魔王のパン屋

心絵マシテ

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パン職人編

7-2

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 7-2

 デザートを食べ終えるとサムールも少しは落ち着いたようだ。
 座ったままクレスたちの方を向くと両膝に手を乗せて、頭を下げてきた。

「マダム、皆さん、すんませんでした! ついに、ヤケを起こして情けないトコロをさらしてしまいました」

「気にしなくてもいいのよ。貴方みたいな人は、結構いるから。自分が変だとか思わないでね」

 穏やかな口調でマダムが告げるとサムールは、涙でハンカチを濡らした。

「それで、暴走した理由は? さっさと吐け」

 遠慮なしに聞いてくるガレットの言葉はまるで尋問だ。
 クレスは慌てて「自分に任せてくださいと」ガレットを抑止した。

「話せることだけでいいです。一体、何があったのですか?」

「こんな事を言うと気分を悪くするかもしれないけんど……」そう前置きしてサムールは話し出した。

「こないだ、クレスに教わって作ったサンドイッチを彼女のところへ持っていっただ。それ見て、えろーカンゲキしてくれたで。ワイも気分よーなって、食べなってススメたら彼女、サンドイッチを食べながら急に泣き出したんよ」

「チッ、女がいるのか? むさ苦しそうな奴なのに……」

「ガレットさん、少し静かにしてくれません?」

 背後から聞こえる舌打ちに鬱陶うっとうしさを覚えながら、クレスはサムールに詳細を聞けるか尋ねた。

「したら、こげん美味かもんサームルに作れるわけないって言うから、ワイもついムキになってしまったんよ。ほんで喧嘩して彼女、近くの遺跡に行くって村を出て行ってしまったんだわ」

「はい?」クレス同様、その場で話を聞いていた全員が、サムールの話に困惑していた。
 途中まではよくある恋人同士のいざこざだったのだが、急に浮上した【遺跡】と言う言葉により、一気に流れがおかしくなってきた。

「どうして、サムール君の彼女は遺跡に行くなんて言い出したのかしら?」

「彼女、遺跡マニアで。暇さえあれば、遺跡と名のつくところに行くんでさ。機嫌が悪いときなんか、出掛けたきりしばらくは戻って来ないんよ」

「心配なんでしょ? 迎えに行ってあげるべきよ、きっと彼女も貴方が来るのを待っているわ」

「それは無いって、マダム。なんせ、近くって言っただけで、どこの遺跡に向かったのか教えてくれなかったから、分かんねぇ―のよ」


「言われてみればそうだった」二人のやり取りを聞くなり頭を抱えながらクレスはテーブルに突っ伏した。

「そんなに多くあるのか?」と驚くガレットにサムールが手持ちの地図を広げて見せた。

「この村の周辺だと此処と此処、あと少しはなれたこの遺跡で三ヶ所もあんね。一ヶ所で探すだけでも入り組んだ遺跡内部を捜索していたら、何日もかかるんよ。ワイだって仕事があるし森を離れるわけにはいかんよ」

 サムールの意見はもっともだった。

 彼には彼の生活があり、それを他者がどうこう言う権利はないのだ。
 だとしても、納得がいくのかは別問題だ。恋人よりも他を優先しようとしている彼を止めなくていいのか?

 クレスの心の中にシコリが残る。

「はっ、何かにつけて言い訳ばかりだな貴様はぁ!」

 突然、席から立ち上がり激怒したのは、まさかのガレットだった。
 カーペンターである彼を魔族領に引き入れるという目的をすっかり忘れているように見える。

 正直なところ、クレスにとっては意外だった。
 魔王城にいる時のガレットは、希薄というか他者に対して無関心であり素気ない。

 だが、今の彼は激情的に心の内を前面に押し出している。
 その気迫に、負けたサムールは椅子をひっくり返し転倒した。

「自分の恋人すら、大事に出来んとはな。見下げた男よ! クレス、遺跡には我々だけで向かうぞ」

 そう息巻くとガレットはタヴァンを出て行ってしまった。

「ガレットさん……。マダム、サームルさん申し訳ありませんが、ここで」

 放っておくと何をし出すのか分からない。
 すぐに話を切り上げ、クレスはガレットを追った。

「待って下さい、ガレット卿! 本気で遺跡に向かうつもりですか?」

「クレス殿か、当然だ。あの腰抜けの弱みを握っておけば、いくらでも従わせることができるからな」

 捕まえて真意を聞けば悪い顔をしている。ガレットが魔族の中の最高峰である四魔皇であることを失念していた。
 真っ当な感情で事を起こすわけがない。

「なら、何故? サームルさんを罵倒したんですか?」

「罪悪感を植えつける為に決まっている。そうすることで人間とは、何かに没頭し目を逸らそうとする。クレス殿、優しさや思いやりだけで誰かを救えるほど、世界は甘くないぞ」

 何も言い返すことができないクレスに、貪欲の壺を出すようにガレットは要求した。
 なんでも、遺跡に向かうのに必要な道具を揃えるのだという。

「聞こえるか? ミミコ、ジェットトランクを二つほど用意してくれ。それから、カーペンターのサムールを強制的に菜園へと連れてゆくが良い」

「そんな横暴がまかり通るわけが――――」

「クレス殿の時と同じ方法ですぞ。あれこれと説明するより、実際に魔族領におもむいて貰ったほうが手っ取り早く済む」

 ガレットと意見が割れるなかで、壺の中から二人分のトランクが飛び出てきた。
 トランクとは、むろん持ち運ぶ荷を収納するケースのことだ。

「こんな物が本当に必要なんですか? それにどこの遺跡にサムールさんの彼女がいるのか分からないじゃないですか? まさか、見つかるまで全部を調べるとか言いませんよね……」

「なっ、わけなかろう。奴の恋人の所在は、我がメギド・アスターレア【D・スペクター】が突き止めている」

「いつの間に……でも、どうやって?」

「クレス殿、自分の能力をひけらかすのは愚か者がすることだ。貴殿に教える義理はない」

 何食わぬ顔で答えるガレット。
 これこそ、クレスが普段から見慣れている男の顔だ。
 警戒心が人一倍強く、石橋を叩いても渡らない慎重さ。

 悪魔族である為、自分以外を疑うことに固執している。ある種、もっとも扱い辛い相手だ。

「不満がある顔ですな。愚痴ならあとでいくらでも聞きましょうぞ。とりあえず、トランクを跨いで座って頂きたい」

 これもサムールの彼女を連れ戻すためだとクレスは腰をおろした。
 トランクに座ったって何かが起きるわけがない。

 そう思った矢先、全身に浮遊感を覚えた。真下を見ると徐々に地面が離れてゆく。
 どういう理屈で、そうなっているのか謎だがトランク自体が確かに浮き上がっている。

「魔女のほうきと同じでコイツは空を駆けるトランクだ。私の後について来られよ。進みたい方向を念じれば手足のように動かせるはずだ」

「えっ……うわととととと! 本当に俺の意思に従って動かせている」

「行きますぞ!」

 急加速しながら飛び発つガレットのトランクを追い、クレスも前進するように念じる。

 魔女の箒など比ではなかった。弾丸のように飛び発つ殺人的な推進力。

 思っていた以上に急激な速度上昇が空気抵抗を生み、キンキンに冷えた空気が全身に絡みついてくる。
 うかうかしていたら、上空で凍えて振り落されてしまう。

 この負荷に耐えられるのは強靭な肉体を持つ魔族ぐらいだ。
 生身では人と大差ないクレスにとって、初のフライトは生と死の狭間を行きかう壮絶なものとなった。

「だわああああ――――!! 寒い寒い、痛い、息ができなっ―――――」

 次回からはマッド・Oを発動させた状態でトランクに乗るべきだと心底、思い知られるクレスだった。
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