魔王のパン屋

心絵マシテ

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パン職人編

13-2

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 13-2

 両者が到着するのと同時に門が開かれた。

 いよいよ、目的であるベルベットの本社に足を踏み入れる。

 勝負も大事だが、ここの連中には聞きたいことがある。

 に用意したバトルクッキングなのだから。

 敷地内を進んでゆくと、ため息しかでてこなかった。
 ネガティブな意味ではなく、ノスタルジック。
 そこはベルベットカンパニーのイメージがくつがえってしまうほど哀愁が漂う光景が広がっていた。

「カンパニーと銘打つのだから、もっと物々しいと思っていたんだけど」

 ラークスもクレスと同様の意見らしい。

 企業と敷地内と呼ぶには、あまりにも華がある庭園が拡がっていた。
 行き届いた管理がなされている庭の一画には、子供たちが遊べるブランコなどの遊具が設置されている。
 
 森林公園を想起させる緑の合間には円を描く見事な花時計。
 咲き誇る花々の多彩が見る者の心を奪う。

 その後方では天に向かって放水する五段の噴水が来訪者を出迎える。
 
 ここまで色々と魅せられては一瞬、おとぎの国に迷い込んでしまったのかと錯覚を覚えてしまう。

 ここがベルベットカンパニーだと再認識するのは、噴水の向こう側にいるスーツ姿の紳士の存在に気づいた時だ。
 2オーサ(長さの単位、メートルのこと)近い巨漢は、まさしく大企業に相応しいガーディアン(護り手)である。

「ジャンク通りの会長から話は聞いている。まさか、我々ベルベットカンパニーを巻き込んバトルクッキングをするとはな……酔狂なことをしてくれる」

 低く渋めの声がやけに耳に残る。
 50代くらいの角ばった顔の紳士がクレスたちに冷淡な視線を向けてくる。
 威圧とも見て取れる態度だが、クレスの方も弱腰になるわけにはいかない。
 
「言われてみれば反論の余地もないが、こうでもしないとベルベットカンパニーの人に審査してもらえないからね」

 言い返すクレスに紳士は何も答えようとはしない。
 ここがどこか、分かっているのかと言いた気な雰囲気をかもし出している。

「ここより先は関係者以外、立ち入り禁止である。よって審査は、このゴルドウィンが務めよう」

「ゴルドウィンって……まさか! あのゴルドウィン・ルシアン氏!」

 饅頭屋が、紳士の名を聞くなり血相を変えてのポーズを取る。
 指先までピンと伸ばしガチガチに身体を固めている。

 彼の様子を見て、ようやくクレスたちも紳士が単なるガードマンではないことに気づいた。

「そんなに偉い人なのか?」

「失礼なこと言うな、獣人娘。この方はなぁ、ベルベットカンパニーのCEOだぞ」

 ラクースの失言に饅頭屋の方が慌て出す始末だ。
 どうやらギャリィーレイクの調理人たちとっては、この最高責任者は神に等しい存在らしい。

(一番初めに、こんな大物と出くわすとは……な)

 これを幸運と見て取るか、それとも詰みと見るか。

 悪徳企業の代表がそうそうに姿を見せた。
 イメージとしてはもっと悪趣味で癖の強い人物を想像していたクレスにとっては意外だった。
 善人か悪人かはともかく、シンプルでありながらも毅然とした態度を崩さないのは経営者としての風格を感じる。

 まさに抜き身の刀を体現したかのような男だった。

 見方は様々だが、このCEOと接触できる機会をみすみす逃すわけにはいかない。

 クレスも気を引き締め、名乗りをあげた。

「パンダネと申します。旅のパン職人です」

「ほぉ、旅のパン職人とはな……貴公のことは報告を受けている。何度か、我が社の社員を打ち負かし損害を与えている厄介者がいるとな」

「厄介ついでに、一つお聞きしたい。もし、自分がこの勝負に勝ったら、コチラの質問に答えて貰えますか?」

 クレスからの提案にゴルドウィンは深く溜息をついた。
 答えは即答だった。

「断わる。どうして私が、貴公の要望に応じないといけないのか理解できんよ。ディール(賭け引き)とは公正公平に行われるものだ。貴公の取引は我々になんの利益ももたらさない」

「では、不利益をもたらさない為の取引と言ったら応じてくれますか?」

「……何をつかんでいる?」

 今度は少し間をおいてゴルドウィンが口を開いた。
 いぶかしげな目つきでクレスの方を注視していた。

 揺さぶりをかけてみたらビンゴのようだ。
 反応からして何やら思い当たるフシがあるようだ。

「Dr・Wとレプンツェンの件といえばご理解いただけますか?」

「……いいだろう。そこまで知っているのなら答えてやろう。無論、私の舌を唸らせる一皿が出せればの話だがな」

「いかなる、お客様も納得できる品を用意するのが、パン職人としての自分の理念です」

「その言葉、口先だけではないことを祈ろう……各自、皿を出せ」

 ゴルドウィンの号令で両者の皿が出された―――――

 と思いきや、出てきたのはクレスの皿のみだった。
 CEOの鋭い眼光が店主の方へと向けられる。

「貴公はジャンク通りの饅頭屋だな。どうした? 得意の湖饅頭は?」

「そ、それが……すみません! 先にゴールすることばかり考えていて饅頭を作れませんでした」

 その瞬間、場の空気が凍った。
 コイツは何を言っているのか……ゴルドウィンでも飲み込めなかったようだ。

 しばらくは無言で立ち尽くしていた。


「この! たわけめぇ―――! 料理人が調理しなくてどう評価しろというのだ。貴公は、このベルベットカンパニーのみならず、ギャリィーレイクの街にまで泥を塗るつもりか!」

「ひぃ……本当にお詫びのしようもございません。つ、作り置きでしたら何とか」

 社屋の前でゴルドウィンの怒声が響き渡った。

 それと同時に店主は地面にひれ伏し頭を下げていた。
 全身をガタガタと震わせる姿は、今にも泡を噴き出し気絶してしまいそうだ。

「もう、よい! 採点はパンダネ氏の料理で決める。貴公はもう不要だ。私の機嫌が悪くならないうちに、さっさと出て行け」

 容赦のない言葉を突きつけられ、饅頭屋は尻尾を巻いて逃げだした。
 もはや、勝負にすらならない結果にルール変更を余儀なくされた。

 クレスの勝利条件がゴルドウィンに美味いと認めさせる一皿を出すことに変わった。
 相手が居ようが居なかろうが、クレスには関係ない。
 最高のパンを人々に届ける。ただ、それだけのことだ。

「これは揚げパンか。見たところ、なんら変わり映えしない物のように見えるが」

 皿を手に取り、ゴルドウィンが難しい顔をしていた。
 ジャンクフードがテーマなだけあり、華やかさに欠ける一品はあまり好ましくないといった感じだ。

「食べてみてください。パンの可能性は見た目が全てではない」

「確かに、スパイスの良い香りが漂っている。揚げたてを食べやすいように紙で包んであるな。これは是非、手づかみでいきたいところだ」

 上着の内ポケットからゴルドウィンは取り出したのは、マイ手袋だった。

「せっかくの料理を汚すわけにはいかん」

 油で手を汚さないためではない。自身の手垢がつくのを恐れて手袋を使用している。
 あまりの潔癖さに、ラクースが遠い目をしながら彼を見ていた。

 サクッ、カリッ―――――

 鮮烈な音が鳴ると社屋の前に衝撃波が発生した。

 ゴルドウィンである。彼の内包するメギドが溢れだし周囲に影響を及ばしている。

 噴水に流れる水が一瞬にして飛散し庭園へと舞う。草花は突風を身に浴びながらも耐えている。
 木々はざわめき、小鳥が空へと慌ただしく飛び去ってゆく。

「コイツはとんでもなく食わせ者……いや物か。
中から溢れんばかりのとろけたチーズとパンチのきいたミートソースが私の味覚を攻撃してくる。
トメゴの酸味がより食欲をそそらせる。
生地はどうだ? 申し分のない食感に加え、軽い油を使用しているな……。
しかも風味をスッキリさせる為に香草を混ぜ込んであるのか」

 メギドの荒風がピタリと止んだ。
 厳格だったゴルドウィンの顔が、春の日差しを浴びたような清々しい物に変わっていた。
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