魔王のパン屋

心絵マシテ

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パン職人編

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 13-4

 地下にある尋問室の前から呻き声が聞こえた。
 誰かに言われるでもなく、ここで取り調べが行われているとクレスは直感した。

 扉を開くと、そこはブロック状の石材で組まれた薄暗い一室だった。

 尋問室とは良く言ったものだ。部屋にはテーブル一つさえ置かれていない。
 異様とも呼べる空間にマーガと帝国騎士であろう中年の男がいた。

 壁際に立たされたまま鎧を脱がされ身軽になった兵士。
 拘束された彼の手足には鮮血の鎖が巻きつけられていた。

 マーガの血が体内に入ると、その者はただちに彼女の眷属けんぞくとなる。

 あえてそうしないのは、相手の自我を消滅させないためだ。
 モノ言わぬ、奴隷になってからでは、情報を聞きだすことができなくなる。

 だからと言って、人間に対して手心をくわえるような甘い給仕長ではない。

 手足の鎖が締め上がるとジュ―と肉が焼けたような音ととも、男が全身を震わせ悶絶していた。

「パンダネ様、おかえりなさいませ。いかがでしたか?」

「首尾は上々だよ。確認したいことは済ませてきた」

 クレスがきたことで、尋問という名の悪夢は一時中断された。

「マーガさん、どう? なにか、分かった?」

「ええ、貴方様が仰っていた通りのケースに酷似しております。
 帝国騎士団がヴェールアリア様とベルベットカンパニーのパイプ役を担っていたようです。
 その際にリザリ様を言葉巧みにそそのかしたのも、この男たちになります」

 抵抗できないように拘束された兵士が、乱れ髪の隙間からにらみつけていた。

「殺せ!」

 近づこうするクレスに帝国騎士は物騒な言葉を発した。
 魔王軍に捕まったのだから生きて帰ることはできない。
 そう思っているようだが、彼を殺す理由が今の魔王軍にはない。

 人間が苦しむことを喜ぶ輩もいないとは言えないが、少なくともクレスがそうはさせない。
 魔族の未来は人との共存が鍵となっているのだから。

「申し訳ありませんが拘束は解けません。他の四人同様、自害しようとしたので」

 マーガが深々と頭を下げ告げる。

「それで構わないよ。彼らを殺さずにいてくれてありがとう。今は帝国と事を構える時ではないからね」

「まったく、厄介な鎖だ……死のうとすると苦痛を与えて邪魔をしてくる」

 二人の会話に割り込むようにして帝国騎士は嘆いた。

 そんな彼の様子を見ながらクレスは一瞬、考えこむとポンと手を打った。
 手持ちのバスケットの中から、まん丸いカタチのパンを取り出し帝国騎士の方へ差し出した。

「なっ…………何のつもりだ?」

 予想打にしなかった魔族の行動に、警戒心が強い騎士の顔に困惑の色が浮かんだ。
 尋問している最中、捕虜に食べ物を渡そうすること自体、ありえない行為だからだ。
 
 それが魔族なら、ことさら考えられない。男の顔にそう書いてある。

「【ポン・デジョン】という芋粉で作ったパンだ。ここに来る前に作っておいた」

「そうではない。それを俺に食べされるつもりか? 大方、自白効果がある薬でも盛っているんだろうが、絶対に食わんぞ!」

「マーガさんや皆の分も用意したから。誰か、テーブルを運んできてくれないか?」

 バスケットを掲げたクレスがそう頼むと地下牢の看守たちがすぐに動きだした。
 殺伐とした尋問室に幅広のテーブルといくつかの椅子が並べられた。

「ったく。いつの間に、そんな物を作っていたんだ?」

 ラクースが片目を閉じながら苦笑していた。

「同感だな。貴殿のパン好きにもほどがあるぞ。まぁ、せっかくだ……いただくがな」

 何やかんやと言うガレット卿が、真っ先にパンへと手を伸ばそうとする。

「ガレット卿、ちゃんと手荒いしてからにしてくださいね」

「う、うむ……」
 
 空かさずマーガから指摘を受け、ガレット卿は素直に手荒い場へと直行した。
 年甲斐もなく、しょんぼりとした様子は、まるで母親に注意された子供だ。
 本当にクレスのパンを食べるのを楽しみにしているのだろう。

「な、何なんだ……この連中は?」

 ポンをつまみながら、茶会を開き出した魔族たちに帝国騎士は言葉を失っていた。

「自分の描いていたイメージとは違うだろう? けれど、これが今の彼らなんだ」

 再度、ポン・デジョンが帝国騎士の前に出てきた。

「茶会に参加するのなら、拘束は解くよ。死なれたら困るから鎖自体は解除できないけどね」

 クレスの言葉を聞きながら彼は黙ってポン・デジョンを手に取った。

 テーブルを囲いワイワイと賑わう輪の中、帝国騎士は呆然としていた。
 そこにあるのはよく見慣れた光景だった。
 家族や友人と共にする食事。
 皆、はち切れんばかりの笑顔でパンを頬張っている。

 例え罠だとしても、ガマンならない。
 そう言わんばかりに両手にポン・デジョンをつかむと帝国騎士はがっつき始めた。

 喉にパンを詰まらせ、慌てて紅茶を手に取る。

「美味い……外はカリッと中はモチモチの食感。シンプルだが、そこがまた良い。
しかも、このチーズはなんて奥深い味わいなんだ。帝国でもこれほどの物はなかなか出回っていないぞ」

「ふん、人間しては分かっておるではないか。これこそパンダネ殿の発酵パワー。
魔族領にいるヤギの新鮮なミルクを使用することで濃厚かつ上品な一品となる。
あとは貪欲の壺で熟成させれば、このように旨味の塊となる」

 何故か、ガレット卿が帝国騎士と意気投合し出していた。
 ラクースより味にうるさいのが彼だ。その肥えた舌は【食通】の域に達している。
 それゆえ、常人では理解できない表現の仕方を時折するが感想自体は的確である。
 クレスのような職人としては、ありがたい味見役だ。

「我々が魔族で何をしようとしていたのか? それを聞きたいのだったな」

問うよりも先に、帝国騎士の方が答え出した。

「ええ、聞かせてください。話が終われば、全員解放します」

「ふっ、魔族なのにどこまでお人好しなんだ。
帝国を裏切るつもりはないが、のやり方にはついてゆけない。
取り引きだ、我々全員の身の安全を保障すると言うのならば知っていることは話そう」

「ことは場合によっては、あなた方全員だけではなく、家族や親族もコチラで保護する所存ですよ」

 目を見張りながら帝国騎士は、周囲をの様子を覗った。
 クレスの主張に誰一人として、嫌な顔を見せる者はいなかった。

「話しに聞く魔族とは大違いだ」と彼は一人で呟いていた。

「心遣い感謝する。改めて名乗らせてもらおう。帝国騎士のロアンだ」

「パン職人のパンダネです。ゆえあって、魔族領再建を執り行っている者です」

 パン職人という言葉に若干、顔をしかめたがロアンは気を取り直して詳細を語った。

「我々五人は団長より命を受け、魔族領にのみに存在する輝石を採取しに来た。
何の目的で集めているのかは知らされていないが、帝国へ運ぶ際にヴェールアリア殿の協力を得て行っていた。
リザリ殿には樹海の警備を依頼しておいた……いや、正確にはという表現が正しい。
記憶を改ざんし他者を操るメギド使いによってな」

「採取はいつごろから始まったのですか?」

「今から半年ほど前だ。その時はベルベットカンパニーの食客の何人かと一緒に我々も魔族領に入りした。
ベルベットの連中が何を企てているのかは分からんが、ろくなことではないのは違いない」

「記憶を操るという者の素性は?」

 そう聞くとロアンは頭抱えながら唸り声を上げていた。

「クウウッ―――無理だ。
いくら思い出そうとしても頭にもやがかかって何も思い出せない。
間違いない、奴の仕業だ。クソッ、俺の記憶まで弄ってやがった!」

 ロアンの拳がテーブルを叩きつけた。

 メギド使いの正体はともかく……裏で手引きをしていたのは、睨んだとおりヴェールアリアだった。
 半年前となると、ちょうど魔族領の農作物に異常が発生し始めた時期と重なる。
 これを偶然と見るには無理がある。

 騎士団長の狙いは定かではないが、に調査を頼んだのは正解だったようだ。

「パンダネ様、クーデール殿が帰還しました」

「ありがとう、すぐに行く。
ロアン殿、今すぐにとはいきませんが約束は果たします。
一先ずは、騎士全員を釈放します。それで構いませんか?」

「ああ、異存はない」

 兵士から伝達を受け、クレスは尋問部屋を後にした。

 騎士ロアンと他四人の身柄は、ガレット卿が預かることとなった。
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