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還らずの森
帰路を照らす光と心
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人によっては彷徨っていた魂が悪しきものから、ようやく解放される何とも映える絵面だが……なまじ魔力の流れを視認できる為、全くそうは思えない。
私には分かっていた。
大抵は、見えなくなったことをいい事に纏わりつき、しばらくは嫌がらせをしてくる。
魔物のくせして度し難いほど往生際が悪い。
取り祓うには神職者の力が必要だけど、時間の経過とともに自然消滅するから気せず我慢するのがベターな方法だ。
それよりもだ――
靄の中にいたのは、恰幅のいい中年男性だった。
養分としてかなり生命力を吸われている、すでに虫の息だ。
助けるにしても薬すら手持ちにはない。
すでに、もう手遅れな半生半死状態で完治は見込めない。
お医者さんや救命士もいない状態では、ほぼ絶望的……と嘆いてしまう所だったが彼は運がいい。
実は、命を救う方法が一つだけある、私にはそれが可能だ。
私は右手の人差し指にはめていた指輪を外すと男性の指につけ変えた。
勿論、ただの指輪ではない。
魔導士の指輪といえば何らかの祝福が施されているオシャレアイテムと相場で決まっている。
この指輪には癒しの祝福という紋様が刻まれており、魔力さえこめれば師匠の使っていた回復術ぐらいには効果を発揮するはず……試していないけど、そうでなくてはこちらが困る。
「ブッ!!」
「うわっ! きたねぇぇえ――!!」
気絶していた男性が前触れなく、唾液と鼻水を噴射した。
噴水みたいな激しい勢いにドン引きしつつも、そそくさと安置に避難する私。
「あ――。あん? 俺、寝てたんか? つぅーイテテテッ、ここは…………森か、還らずの森だよな」
中年男性が目を覚ました。
自身の置かれた状況を把握するのに、かなり困惑している様子だ。
それもそうだ、起きたら辺りが悲惨なぐらいぐしゃぐしゃになっていて傍には見知らぬ女が介抱しているという異様な状態。
もう私の口から説明した方が手っ取り早い気がする、口元を釣り上げられた魚みたいにパクパクさせているし。
「気づいたみたいね。オジさん森の魔物に食われかけていたんだけど、覚えている?」
「生きている……のか? もしかして、お前さんが俺を助けてくれたのか!?」
「助けたというより、私もこの森に迷いこんで出れなくなったところで、偶然オジさんを見つけただけだから」
「それでも、命を救われたのは事実だ。どうか礼をさせてくれ」
よほど義理難い人なのか、彼は何度も深々と頭を下げ自身の素性とこの森へと赴いた経緯を語ってくれた。
中年男性ことフランクさんは、森から少し離れた街からやってきた行商人で、森には魔法薬の精製素材になる野草や花を調達する為に訪れたそうだ。
無論、魔物から襲撃をうける危険性や、私も知らなかった迷ったら二度とでてこれないという森の呪いまでも熟知していた。
というか、この森は危険すぎて誰も近寄ろうとはしない有名な場所らしい。
それでも、彼はここにしか咲かないという花を求めやってきたのだという。
理由はともかく、相当な覚悟が必要だ。
「森から出る方法? ああ、準備しておいた荷があるから俺についてきな。にしても……お前さん、その出で立ちからして魔法学院の生徒か?」
「違うよ? 私は旅の魔導士」
そう答える私を彼はマジマジと見ながら「ん~」と低く唸っていた。
直後、何かを諦めたかのような深いため息を吐き出した。
「フランクさん、女の子を見ながらため息をつくのは犯罪だと思う」
「い、いや。やましいことではないから誤解しないで欲しい。魔術師と魔導士の違いは分からんが、魔法学院のモノとどう違うのかと思って制服を見ていたんだ」
「あいにく、これは…………趣味で似せたものをハンドメイドしただけ。学校ねぇ、もし私が生徒だって言ったらどうしていたの?」
「どうもこうも、学院に娘が通っているから娘のことを聞けるかと思ってな。あったぞ、ここに隠してある」
フランクさんとともに歩くこと数分、位置的に小川をわずかにそれた場所にやってきた。
暗闇の中、フランクでも迷うこともなく目的の場所に到達できたのは、皮肉にも自然に優しくない女が木々をぶっ飛ばしてしまったせいだ。
おかげで、星の光がまんべんなく地上に届いている。
私は、この光景を瞼に焼きつきておかなければならない。
好奇心に負けて無作為に魔法を使用した結果がこれだ……あらためて、魔法を使用する者として配慮の足りなさと責任の重さを自覚しなければならない。
大きな岩の陰を探っていたフランクさんが何かをくるんだ布を取り出してきた。
中身はランタン、どこにでも売っていそうな品だが土台に魔法の文字が刻まれている。
意味は光り射す者ねぇ……魔道具は魔力を保持していない者には扱えないから、代用としてのまじない品といったところだろう。
「ランタンに明りを灯せば所持する者が願う場所に光で導いてくれるはずだ。いけねぇ……火種がねぇ」
「私がやるよ、貸して」
魔法で火をつけるとランタンの光が一直線になり、森の外に向かって伸びた。
思っていた以上に時間かかったが、これで外へ抜けられる。
「素材は取っておかなくてもいいの? せっかく、ここまで来たんでしょ?」
「なぁに、命あって物種さ。商人として、何度も引き際を間違えるわけにもいかんしな」
迷いの森、異世界で私が初めて出会った商人は、少し苦笑いしながら答えた。
私には分かっていた。
大抵は、見えなくなったことをいい事に纏わりつき、しばらくは嫌がらせをしてくる。
魔物のくせして度し難いほど往生際が悪い。
取り祓うには神職者の力が必要だけど、時間の経過とともに自然消滅するから気せず我慢するのがベターな方法だ。
それよりもだ――
靄の中にいたのは、恰幅のいい中年男性だった。
養分としてかなり生命力を吸われている、すでに虫の息だ。
助けるにしても薬すら手持ちにはない。
すでに、もう手遅れな半生半死状態で完治は見込めない。
お医者さんや救命士もいない状態では、ほぼ絶望的……と嘆いてしまう所だったが彼は運がいい。
実は、命を救う方法が一つだけある、私にはそれが可能だ。
私は右手の人差し指にはめていた指輪を外すと男性の指につけ変えた。
勿論、ただの指輪ではない。
魔導士の指輪といえば何らかの祝福が施されているオシャレアイテムと相場で決まっている。
この指輪には癒しの祝福という紋様が刻まれており、魔力さえこめれば師匠の使っていた回復術ぐらいには効果を発揮するはず……試していないけど、そうでなくてはこちらが困る。
「ブッ!!」
「うわっ! きたねぇぇえ――!!」
気絶していた男性が前触れなく、唾液と鼻水を噴射した。
噴水みたいな激しい勢いにドン引きしつつも、そそくさと安置に避難する私。
「あ――。あん? 俺、寝てたんか? つぅーイテテテッ、ここは…………森か、還らずの森だよな」
中年男性が目を覚ました。
自身の置かれた状況を把握するのに、かなり困惑している様子だ。
それもそうだ、起きたら辺りが悲惨なぐらいぐしゃぐしゃになっていて傍には見知らぬ女が介抱しているという異様な状態。
もう私の口から説明した方が手っ取り早い気がする、口元を釣り上げられた魚みたいにパクパクさせているし。
「気づいたみたいね。オジさん森の魔物に食われかけていたんだけど、覚えている?」
「生きている……のか? もしかして、お前さんが俺を助けてくれたのか!?」
「助けたというより、私もこの森に迷いこんで出れなくなったところで、偶然オジさんを見つけただけだから」
「それでも、命を救われたのは事実だ。どうか礼をさせてくれ」
よほど義理難い人なのか、彼は何度も深々と頭を下げ自身の素性とこの森へと赴いた経緯を語ってくれた。
中年男性ことフランクさんは、森から少し離れた街からやってきた行商人で、森には魔法薬の精製素材になる野草や花を調達する為に訪れたそうだ。
無論、魔物から襲撃をうける危険性や、私も知らなかった迷ったら二度とでてこれないという森の呪いまでも熟知していた。
というか、この森は危険すぎて誰も近寄ろうとはしない有名な場所らしい。
それでも、彼はここにしか咲かないという花を求めやってきたのだという。
理由はともかく、相当な覚悟が必要だ。
「森から出る方法? ああ、準備しておいた荷があるから俺についてきな。にしても……お前さん、その出で立ちからして魔法学院の生徒か?」
「違うよ? 私は旅の魔導士」
そう答える私を彼はマジマジと見ながら「ん~」と低く唸っていた。
直後、何かを諦めたかのような深いため息を吐き出した。
「フランクさん、女の子を見ながらため息をつくのは犯罪だと思う」
「い、いや。やましいことではないから誤解しないで欲しい。魔術師と魔導士の違いは分からんが、魔法学院のモノとどう違うのかと思って制服を見ていたんだ」
「あいにく、これは…………趣味で似せたものをハンドメイドしただけ。学校ねぇ、もし私が生徒だって言ったらどうしていたの?」
「どうもこうも、学院に娘が通っているから娘のことを聞けるかと思ってな。あったぞ、ここに隠してある」
フランクさんとともに歩くこと数分、位置的に小川をわずかにそれた場所にやってきた。
暗闇の中、フランクでも迷うこともなく目的の場所に到達できたのは、皮肉にも自然に優しくない女が木々をぶっ飛ばしてしまったせいだ。
おかげで、星の光がまんべんなく地上に届いている。
私は、この光景を瞼に焼きつきておかなければならない。
好奇心に負けて無作為に魔法を使用した結果がこれだ……あらためて、魔法を使用する者として配慮の足りなさと責任の重さを自覚しなければならない。
大きな岩の陰を探っていたフランクさんが何かをくるんだ布を取り出してきた。
中身はランタン、どこにでも売っていそうな品だが土台に魔法の文字が刻まれている。
意味は光り射す者ねぇ……魔道具は魔力を保持していない者には扱えないから、代用としてのまじない品といったところだろう。
「ランタンに明りを灯せば所持する者が願う場所に光で導いてくれるはずだ。いけねぇ……火種がねぇ」
「私がやるよ、貸して」
魔法で火をつけるとランタンの光が一直線になり、森の外に向かって伸びた。
思っていた以上に時間かかったが、これで外へ抜けられる。
「素材は取っておかなくてもいいの? せっかく、ここまで来たんでしょ?」
「なぁに、命あって物種さ。商人として、何度も引き際を間違えるわけにもいかんしな」
迷いの森、異世界で私が初めて出会った商人は、少し苦笑いしながら答えた。
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