百万の契約

青いピアノ

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第3章 契約と運命

第110話 百合の後悔

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「椿と綾香が……行方不明?」

百合の声は震えていた。まるで心の奥底から絞り出したような、細い響き。ロコは一瞬、言葉を失った。

「はい……ついさっきまで、椿と綾香は私の隣にいたんです。……綾香は"トイレに行く"って、軽い足取りで離れただけだったのに……。一瞬、目を離した一瞬で……二人とも、消えてしまったんです…。…それでそちらは大丈夫かなと」百合の声は涙に濡れ、言葉の端々が途切れた。

「こっちは今、コントラク島に戻ったところだ。明朝には次の前線基地へ向かう。だが……そこの施設の状況は? 誰か何か言ってるか?契約印での追跡や連絡は試したのか?」ロコの声は冷静だ。

「契約印の効果は妨害されているようです。宿舎には誰も……誰もいないんです。連絡を試みても、誰も応えない。レイチェル、真弓、ナナと私、四人で身を寄せ合っています……」百合の言葉は、不安と後悔に塗りつぶされていた。

「本部にすぐ連絡しろ。クリスティーナ総監補佐のチームが動けるよう準備を整える。もしお前たちに危険が迫っていると判断されれば、彼女のチームが即座に駆けつける」

「わ、わかりました……。ロコさんたちも、どうか……無事でいてください……」百合の声は、祈るように弱々しかった。

「ああ。単独行動は契約で禁止されているが……トイレやシャワーの間ですら、安全とは言えないか。結界を張れるなら、今すぐ張れ」

「はい、すでに私たちの周りに……警戒の結界を……」百合の声は、わずかに力を取り戻した。

「そうか…ならいい……。百合。ほかの奴らも聞いているだろうから、一言だけ」

「はい……?」

「お前…ちゃんと集中してるか?」

「………!!」

その言葉は、百合の心に突き刺さった。鋭く、冷たく、しかしどこか優しい。ロコは静かに通信を切った。

「……百合さんのチーム、大丈夫なんすかね?」サクの声は、ぽつりと不安を滲ませ、暗闇に溶けた。

「大丈夫じゃねえ。二人も消えたんだ。異常事態だ。だが……最悪なのは、リーダーの百合が“浮ついていた”可能性があることだ。最悪、人も消え、手に入ったであろう情報も手に入らないだろうな」ロコの言葉は、まるで刃のように重かった。

——その頃、百合のチーム。

『……私が……私が、任務と恋愛を混ぜたからだ。椿と二人きりになれるって、浮かれて……舞い上がってた。椿は真剣に任務を考えてたのに……私のせいで…』

百合の胸は、後悔の棘で締め付けられていた。涙が頬を伝い、床に落ちる音が、静寂の中でやけに大きく響く。耐えかねたレイチェルが、そっと指揮を引き取った。

「もう一度確認するわ。どんな短い移動でも、単独行動は絶対禁止。トイレに行く時も、必ず誰かがドアの前まで同行する。結界も強化する。椿と綾香の捜索は精霊に任せ、私たちはここで待機よ」

「はい…」真弓とナナが、声を揃えて答えた。

四人は、一番広いレイチェルと綾香が使っていた部屋に身を寄せた。窓の外には、月が不気味に揺れている。

ナナが静かに「警戒」呪文を詠唱する。

「光の精霊よ、最大限、警戒せよ——」

淡い白光が宿舎を包み、すぐに闇に溶けた。見えない結界は、四人以外の魔力を感知すれば光で味方に警告する一方、侵入者を牽制する。これまで張っていた結界、「警告」の上位呪文。

ナナは更に結界を張る。

「聖なる光よ、悪意ある足を踏み入る者を灼熱の光で焼き払え——」

これは、結界に触れた敵意ある侵入者を、光熱を帯びた神聖な輝きを放つ「侵入阻止」の呪文。

レイチェルは、風と光の精霊を呼び出し、「モノ探し」の呪文を使った。

「風の精霊よ、千里を駆け、囁きを届けよ。光の精霊よ、微かな痕跡を照らし出せ……椿と綾香の影を、見つけ出せ……」

すると、風と光が勢いよく窓から飛び出した。

さらに、彼女は地形探査《マッピング》術を展開。足元から薄い魔力を放ち、宿舎の外の空間をスキャンし、立体地図を作成。だが、浮かび上がるのは、ただの無。

人の気配は、ない。

時間は無情に過ぎ、月はゆっくりと沈み始めた。二人が消えた時、昇りかけていたあの月。

精霊たちは気配を掴めず、レイチェルの地形探査《マッピング》は無の地図を更新するだけだった。

「このまま全員が寝不足になるのは危険ね。真弓さん、ナナさん、少し休んで」レイチェルの声は優しかったが、百合には届かなかった。

「はい……」真弓とナナが小さく頷く。百合は顔を上げられず、床を見つめたままだった。自責の念が、彼女の心に冷たく根を張っていた。

夜がさらに深まった頃、百合がぽつりと呟いた。

「……ごめん、レイチェル……全部、私のせいだ……」

「起きてしまったことは、もう変えられないわ。自分を責めすぎないで」

レイチェルの声は、温かい光のように優しかった。

「椿は……私の誘いを断ったの。彼は、任務を、チームを第一に考えてた。なのに、私……浮かれて、恋に溺れて……。綾香も巻き込んで……」百合の声は、涙で途切れた。

「椿はきっと、チームの絆を壊したくなかったのよ。あなたとの関係も、大切にしたかった……優しい子だから」レイチェルの言葉は、百合の心にそっと触れた。

「……ずっと、胸が大きいのが嫌だった。好きな人ができても、引かれるんじゃないかって……怖くて、いつも逃げてた。後悔ばかりだったから……もう、後悔したくなかったの……。彼を見て、運命だと思った。だから…でも、こんな結果になるなんて……」百合の声は、過去の傷を掘り起こすようだった。

「椿も綾香も、強いでしょ。きっと無事だから……信じて、待つのよ」

「……うん……。レイチェル、ありがとう……」百合の涙は止まらなかったが、レイチェルの微笑みが、ほのかな光をくれた。

レイチェルは、朝霧郷にいた時の自分と百合を重ねながら、そっと百合の肩を抱いた。


——夜はまだ明けない。
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