百万の契約

青いピアノ

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第3章 契約と運命

第112話 クリスティーナ総監補佐

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陽光が草原の丘を照らしていた。風が緩やかに草を揺らす中、収容施設の鉄門が重い音を立てて軋む。直後、青白い火花が虚空を裂き、空間転移魔法が展開された。

眩い光の中から姿を現したのは、二人の女。

白銀の長髪が陽光を反射するクリスティーナ・ハイアット総監補佐と、静かな気迫を纏ったアイリス・マドレン契約調停官・長官。その数秒後、雷雨家臣の茶畑次郎と若草梅雨が魔法の札を持って現れた。

草原の風が彼らの衣を揺らし、珍客の到来に空気が張り詰める。

門前に立つのは、この施設の責任者・氷花。焦げ茶寄りの金髪をなびかせ、紺色の軍服に身を包んだ彼女は、儀礼的な微笑を浮かべる。

「ようこそ、霧の丘奴隷兵収容所へ」

姿勢は凛とし、語り口に誠実さが滲む。しかしその茶色の瞳の奥には、来訪者への明確な警戒があった。

クリスティーナはその視線を受け止めることなく、一歩前へ出る。長身に、白のロングコートがなびく。灰青色の瞳は陽光を拒むかのように冷たく、余計な言葉を一切排していた。

「氷花施設長。貴重な時間を割いていただき、感謝します」

形式的な言葉ながら、声音には高圧的な温度が潜む。挨拶というよりは、通過儀礼だ。

「こちらこそ、ご足労に感謝いたします」

クリスティーナの背後でアイリスが静かに佇む。赤茶色の髪を低いシニヨンにまとめた彼女は、魔法石付きの指輪をわずかに撫でている。

「では、どうぞ中へ。会議室を用意しております」

「感謝します。ただし、形式だけの会談には興味がありません」

「もちろん。私たちも、真実を伏せるつもりはありません」

二人の目がようやく合う。どちらも笑わず、ただ短く頷き合った。

その瞬間、背後から声が上がる。

「クリスティーナ総監補佐…!」

声の主は、レイチェル。彼女はどこか安堵の表情でクリスティーナを見つめていたが、クリスティーナは目もくれず無言で歩を進めた。草原の風が彼女の言葉を奪い去っていった。

会議室は外の陽光が窓から差し込む。長卓を挟んで、クリスティーナと氷花が向かい合う。アイリスはその隣で、静かに周囲を観察している。部屋の奥には、調達長官イサベルと副長黒峰透も控えていた。

「まず、我らの執行官らの保護に感謝します」と、クリスティーナが口を開く。

氷花は頭を下げる。

「そして本題ですが――」

白手袋を外し、革の書類ケースを机上に置く。その動きには、何の躊躇もなかった。

「契約書・第四条に明記されている通り、機構関係者に危害または行方不明事案が発生した場合、施設は全データ、あらゆる部屋は出入りする鍵を即時共有する義務があります。これは、あなた方の署名もある正式な取り決めです」

空気が静止する。

氷花は一瞬だけ視線を逸らしたが、すぐに戻す。

「…確認しております。契約には従いまいましょう。ですが、施設内で“何が起こったのか”、私たちもわかりかねます」

「構いません」

氷花の眉がわずかに動き、氷花の背後にいた黒峰が、短く息を飲んだ。

「…協力しましょう。疑いをもたれるのは好みませんので」

「ならば今すぐ、全収容者と職員を訓練場に集めてください。確認したいことがあります」

その後、草原の中央にある訓練場には、四千を超える奴隷兵と職員が集められた。ざわめきが風に混じってうねる。高台に立つクリスティーナは静粛にと二度ほど叫ぶが、その声は群衆によってかき消された。そこで彼女は、アイリスに目配せする。

「強制消音」

アイリスが呪文を囁いた瞬間、空気が変わった。草のなびく音すら消え、全員がその異変に気づく。群衆はその異常にざわめこうとするが、声が出ない。

「これからテストを行う。今から尋ねる質問全てにハイと答えろ。今ここに、お前たちを呼んだ理由は聞かされたか?」

クリスティーナの声だけが、スッと群衆に届く。

アイリスは、「識別」の呪文を発動。心で「はい」と思った者は無事。しかし、「いいえ」や曖昧な思考をした者、嘘で「はい」と思い込もうとした者――その者たちには、気を失うほどの衝撃が走る呪文だ。

すると、悲鳴すら上げられず、彼らは無音のまま崩れ落ちる。気絶。全身を包む光が、呪いのように見えた。氷花、黒峰、イザベルはその光景にただただ息を呑む。レイチェル、百合、真弓とナナも同様に。

「いいか。私たちは昨日ここで失踪した男の契約管理官と女の契約見守り人の二名を探している。お前たちが“犯人”だと言っているわけではない。だが、消えた者を見た者、気づいた者、何か知っている者はいるとみる。今からする質問にハイと答えろ。沈黙又は虚偽を述べるものは、今見たとおりだ」

群衆が息を呑むのが、沈黙の中でも伝わった。

「次。昨日の午後六時から七時、宿舎付近にいた者はいないと聞いているが本当か?」

沈黙の中、幾人かが意識の中で「はい」と答える。その者たちに魔法が反応し、淡く光るだけで済む。だが、“嘘”をついた者にはまた電撃のような衝撃。数名が倒れる。

「次。不審な気配を見た者。光、影、人影、異常な音。どんな些細なものでも――見たか、ものはいないと考えていいか?」

時折、「本日既に朝食をとった者?」というような、本題と関係のない質問を織り交ぜながら、質問は淡々と続く。

やがて、気絶者が増え、残された者たちは互いに顔を見合わせる。

頃合いを見計らい、クリスティーナは十数人ほどの者を指差す。

「お前たち。今から別室に行く。聞きたいことがある。ついてこい」

クリスティーナは最も正直な者たちを選別していた。選ばれた正直者を引き連れ、密室で集団面談と個人面談の両方を行った。

日が暮れ始めた頃、クリスティーナ総監補佐とアイリス調停官は部屋から出てきた。
すると、氷花を見て、一言。

「…この施設のどこかに、秘密の収容所なるものがあるそうですね?契約通り、話していただきたいのですが」

正直者の一人の告白に、空気が変わった。

「…ええ。たしかにあります。ここに入るとき、少し離れた小高い場所に白い建物をご覧になられましたか?あれが“霧の丘・高岳収容所”。秘密の収容所とも呼ばれています。ですが、あそこはこの施設の外にあり、本施設とは異なります。したがって、契約書の範囲外でございます」

その説明に、クリスティーナの目がピクリと動いた。

彼女は視察任務契約を作る際、霧ノ都が保有する奴隷兵収容施設の数を調べていた。その数は二箇所――都中心と、霧の丘。都中心の施設は、彼女自身が確認済み。となれば、霧の丘が怪しいと踏んでいた。

“秘密の収容所がない”とは思っていなかったが、“ある”という確信もなく、契約書には盛り込めなていなかった。

「秘密の収容所について、雷雨大名から存在を知らされなかった。たしかに契約書作成時に他に施設はあるかと聞いたのだが…彼が嘘をついていたと?」クリスティーナの目は剣先のように鋭く尖っていた。

「まさか、大名様が嘘などつくはずもありません」

「最悪、雷雨大名は契約違反を犯したことになる。任務内容を詰める前、彼と契約をした。その契約書には申告漏れの奴隷収容施設が発見された場合、施設の者たちを拘束するとある。確認するか?」

「…申告漏れもなにも、あの施設はつい先日使われ始めたばかり。あなたが大名様とその契約を交わした際には、まだ"なかった"ものです」

「それが嘘なら後でどの道あなた方は拘束されますが?」

氷花が息を吸い、黒峰は剣に手をかけ、イザベルは視線を尖らせる。
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