167 / 295
第3章 契約と運命
第163話 緩やかな成長
しおりを挟む岩山の夜、霧炭町の外縁に、星々が鋭く光っていた。岩の表面には夜露がわずかに光り、足元には砕けた石が散らばっている。風が低く唸り、遠く西の荒地のざわめきを運んでくる。そこに、レイチェルは横たわっていた。彼女の白く美しく輝く金の髪は乱れ、岩の上で広がっていた。
「よかった! レイチェル! 目を覚ました!」
涙で目を潤ませた綾香が、レイチェルの肩をそっと支えながら叫んだ。綾香の声は震え、喜びと安堵が混じる。レイチェルはゆっくりと体を起こし、綾香の手を借りて岩にもたれると、周囲を見渡した。そこには、百合、真弓、サナエ医療担当官、そしてその弟子のメルスがいた。皆、疲れと緊張の色を顔に浮かべ、岩場に座ったり、立ったりしている。サナエは医療服の裾を軽く払いながら、穏やかな視線をレイチェルに向ける。メルスは師匠の傍らで、医療器具の入った小さな鞄を握りしめていた。
「ここは…」
レイチェルが掠れた声で呟くと、綾香が勢いよく答えた。
「レイチェル、三日間も目を覚まさなかったんだよ! 魔力欠乏症で…本当に大変だったんだから!」
レイチェルの頭に、断片的な記憶がよみがえる。岩地で戦った巨大な蜥蜴、がむしゃらに放った、本でしか見たことのない光の魔法。その映像が、頭の中でちらつき、胸を締め付けた。そして、ふと、過去の記憶が蘇る。あの日の約束、壊れたペンダント。彼女は思わず口を開いた。
「椿は?」
綾香は真弓の方を振り返り、柔らかな笑みを浮かべた。
「椿は荒地にいるよ。真弓が負傷したみんなを魔法の札でここに運んでくれたの。椿は荒地で私たちを待ってる!」
真弓は綾香の視線を受けて、頬を赤らめ、照れくさそうに髪をかき上げた。
「レイチェル、安心して。一足先に回復したステファニーも椿のそばにいる。もう少し休んだら、合流しよう!」
「そう…」
レイチェルは小さく頷き、視線を百合に移した。百合は岩に腰掛け、膝を抱えて俯いている。彼女の目はどこか憂いを帯び、夜の闇に溶けそうだった。
そこへ、サナエが静かに割って入った。彼女は医療服の袖を軽く整え、落ち着いた口調で言った。
「レイチェル、今回は命拾いしたわね。魔力がほぼゼロに近かった。これだけ早く回復したのは奇跡よ。二度と無茶はしないで。」
「あ、ごめんなさい…」
レイチェルは申し訳なさそうに目を伏せた。
サナエは穏やかに続ける。
「でも、あなたの力はやっぱり認めざるを得ないわ。魔力量を気にして力を抑え続けるのは、この先難しいと思う。どうかしら? そろそろ、椿と魔力を融合してみるのは?」
突然の問いに、レイチェルは目を丸くした。彼女の手は無意識に胸元の壊れたペンダントを握る。そこには、亡き母の姿が浮かんだ。レイチェルの心は決まっていた。
「今回は、迷惑をかけてごめんなさい。でも、私は…結婚するその日まで、たとえ相手が最愛の人でも、今のままでいるつもりです。」
サナエは全てを悟ったかのように、静かに頷いた。
「そう…。残念」
それ以上、彼女は何も言わなかった。
やがて、岩山に静寂が戻り、仲間たちは疲れ果てて眠りについた。岩の隙間に簡易な毛布を敷き、微かな寝息が響く。だが、レイチェルは眠れず、百合のそばにそっと近づいた。百合は膝を抱えたまま、星空を見上げている。
「寝ないの?」
レイチェルが柔らかく尋ねると、百合は小さく首を振った。
「寝れないよ」
「なんだか、今回の任務はこれまでで一番過酷ね」
レイチェルは百合の隣に腰を下ろし、岩の冷たさを感じながら言った。
百合は無言で、ただ星を見つめていた。
「私、この任務が終わったら、しばらく休みを取ろうかしら。どこかの島でゆっくりしたりして…。戦いにも、恋愛にも、契約にも…なんだか疲れちゃった」
レイチェルは軽く笑って、夜風に髪をなびかせた。
百合がふと顔を上げ、囁くように言った。
「…レイチェル、私も一緒に行くよ」
「いいわね! 一緒に行きましょう!」
レイチェルは明るく答え、百合の肩に軽く触れた。
「ねえ、レイチェル」
百合がためらいがちに口を開く。
「最近、ミスばっかりなの…。椿の魔力を取り入れて強くなったはずなのに、なんだか私だけうまくいっていない感じがする」
レイチェルが何か言おうとしたその時、背後から穏やかな声が響いた。
「それは、きっと新しい魔力のせいかもしれないわね」
二人が振り返ると、サナエが毛布を肩にかけ、髪をかき分けながら微笑んでいた。
「ふふ、話し声が聞こえて、起きちゃったの」
「あ、ごめんなさい! うるさかったですか?」
レイチェルが慌てて謝ると、サナエは首を振った。
「いいえ、全く! それで、百合、新しい魔力の話だけど…魔力って、成長と共に少しずつ変化するものよね? それが突然大きく変わると、体が驚くのは当たり前だと思わない?」
百合は少し考え込み、頷いた。
「…たしかに。でも、ステファニーも真弓ももう使いこなしてるみたいに見えるのに、私だけ…」
サナエは優しく続ける。
「恐らく、この力にはリスクもあるのよ。魔法は原則、誰でもどの属性魔法も使えるけど、魔力の性質によっては偏った属性しか使えない場合もある。例えば、雷属性を好んで使っていた人が、魔力融合で本来の魔力性質と大きく変わって、雷が使えなくなることだってあるかもしれない」
「たしかに…」
百合は目を伏せ、考え込む。
「百合の場合、使えるけど、これまでにない違和感に戸惑ってるんじゃないかしら。慣れれば、問題なくなると思うわ」
サナエは穏やかに励ました。
「そうかな…。そうだといいんだけど」
百合は小さく呟き、星空を見上げた。
「それと、イップスかもしれないわね」
サナエが付け加えた。
「イップス?」 百合が首をかしげる。
「そう。不安や緊張から、できていたことが突然できなくなる症状よ。明確な治療法はないけど、大丈夫。きっと、治るわ」
サナエは百合の肩にそっと手を置き、静かに微笑んだ。月光が彼女の医療服を照らし、岩山に柔らかな光を投げかけていた。
0
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる