百万の契約

青いピアノ

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第3章 契約と運命

第183話 陽拝山の闘い

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「ヒモト!」

若丸が叫んだ。

「いいタイミングだ!」

ヒモトは忍刀を振り上げ、怒りを浮かべていた。

「思ったよりも早かったな!罠はどうした!?効かなかったのか!?」

そこへ、元山猫一族の族長ヤクも姿を現した。彼は太刀を片手に、山猫一族の者たちを率いて士気を上げ、捕らえられていた仲間を次々と解放し始めた。

戦場は一気に逆転し始めた。ヒモトの狼たちが侍の足を止め、ヤクの剣術が敵を翻弄する。トキも忍術を駆使し、手裏剣や煙玉で侍たちを攪乱した。だが、侍の数はあまりに多く、背後から新たな部隊が現れる気配があった。

「若丸、背後だ!」ヤクが叫んだ。

振り返ると、黒い影が木々の間を縫うように動き、若丸を襲った。マリリーだった。彼女は意識を失ったイヅルを空中に浮かべながら現れた。

「イヅルさん!」
「ま、待て…元四賢者だと…?」

ヤクが太刀で影を叩き切ると、そっと呟き、再び太刀を構えた。

「こいつは厄介だ」

マリリーの唇が歪み、冷たい笑みが浮かんだ。

「忍びども、陽拝山は今日で終わりだ。雷雨様の命により、貴様らを根絶やしにする」

ヒモトが一歩前に出た。

「雷雨の手下か!俺達が何をしたというのだ!?」

「何もしていないさ。今はな!だが、今後お前たちが次の大吉霧《おおよしきり》一族にならない保証がどこにある?雷雨大名様が狙われる前に、お前たちを討つ!」

敵の侵入を確認して数時間、戦場はさらに激しさを増していた。

マリリーの連れてきた軍勢が猛攻。数の力に再び押されて、解放した忍びたちも再度捕らわれていった。


ヒモトの霧狼と影狼たちがマリリーを包囲し、ヤクの太刀が彼女の動きを封じ込める。トキは側面から手裏剣を放ち、マリリーの注意をそらすが、彼女の反応は異常に速い。まるで未来を予見するかのように攻撃をかわしていく。

「怨嗟の底より、呪われし業よ、呼び覚ませ! 生者の魂を捻じ曲げ、絶望の淵に突き落とさん! 命脈を枯らし尽くせ!奪魂の魔手!!」


詠唱と共に、術者の手から漆黒の闇の掌が音もなく出現し、忍びたちの胸元に触れる。触れた瞬間、標的は声にならない絶叫を上げ、闇の掌がその魂を掴み取る。魂は光を失った球体となり、掌の中に吸い込まれ消滅。魂を失った肉体は、まるで糸の切れた操り人形のように倒れ伏し、瞬時に冷たくなっていく。

「…ヒモト!仲間が次々と闇の手に命を奪われていくぞ」

「はははは!あがくなよ!どうせ何もできやしないよ!」


若丸は戦場から一歩引いた位置で、逃げ遅れた子どもたちを安全な場所へ導くことに専念していた。彼の目は戦場全体を見渡し、侍たちの動きを冷静に分析していた。戦わないとはいえ、彼の役割は重要だった。子どもたちを森の奥へと導きながら、隠れ場所や逃げ道の地形を頭に叩き込んでいた。

森の奥では、沙耶香が銀次を連れて子どもたちを落ち着かせていた。銀次の銀色の毛が月光に映え、子どもたちに安心感を与える。沙耶香は若丸の指示を思い出し、冷静に周囲を警戒しながら、子どもたちに静かにするよう小声で指示を出した。

一方、戦場ではヒモトの狼たちがマリリーに襲いかかるが、彼女の闇の魔法によって狼の一頭が倒れる。すると、また一頭が倒れ、他の狼も続いた。ヒモトの咆哮が戦場を震わせ、仲間たちの士気を再び高めた。

戦場の空気は重く、血と汗の匂いが漂う。木々の間を抜ける風は冷たく、雷鳴が遠くで響くたびに、戦士たちの緊張が高まる。陽拝山の斜面は血と土で汚れ、倒れた忍びや侍の姿が点在していた。

真奈香とイリは家の裏手で戦況を見守っていた。真奈香の心は不安で締め付けられるが、イリの冷静な視線が彼女を支える。「真奈香、沙耶香は若丸と一緒よ。信じなさい。あの子は強い」とイリが静かに言った。

真奈香は頷き、腹の子の動きを感じながら、祈るように目を閉じた。

「沙耶香…無事でいて」

戦場では、忍び狩りが数の利で忍びたちを一箇所に追い込んでいた。その中には真奈香の夫、ヤマトと彼の使い魔の影狼たちもいた。

「はあはあ…。くそ!沙耶香!真奈香!無事でいてくれ」

「くはは!最強の忍びとは名ばかりだったようだな!」

「ヤマト様、このままでは全滅です…」

「わかってる…。クロ、俺の相棒よ。何かあったら影になって沙耶香と真奈香を守れ!いいな」

すると、影狼のクロは優しく唸った。


一方、マリリーが一瞬の隙をついて「悪魔の湯釜」と詠唱すると、マグマ入りの釜がヤクを包み込み、焼き尽くした。

「ぐああああ!」
「ヤク!くそ!」

ヒモトは「火遁・炎狼群」を放つが、マリリーは魔法の風で炎の狼を薙ぎ払う。だが、ヒモトは動じず、残った狼たちに新たな攻撃を命じる。霧狼たちは濃霧を作り出すと、一斉にマリリーに襲いかかった。彼は狼に紛れてマリリーに接近し、両手に炎を纏うと、掌底の構え。

「紅蓮掌!!」

「冥き帳よ、闇の淵より顕現せよ! 淀みし瘴気よ、敵を縛し、その生を閉ざせ! 冥府の障壁!」

詠唱と共に、マリリーの周囲に黒の靄が瞬時に広がり、壁を形成した。それは物理的な障壁ではないが、触れた瞬間に悪寒が全身を駆け巡る。結界に接触した者の皮膚はみるみるうちにどす黒く変色し、まるで粘着質の泥に沈み込むかのように四肢が重くなる。瘴気が体内へと侵食し、筋肉は痙攣を起こし、関節は軋むように動きを鈍らせ、やがて触れている体が腐敗する。

「ぐわぁぁぁぁ!」

ヒモトは結界の瘴気によって両手を失うと同時に、すべての狼を失った。トキは木々の影から手裏剣を放ち、マリリーの足元を狙う。だが、風の魔法に阻まれ、手裏剣は届かなかった。

若丸は子どもたちを安全な洞窟に導き終え、入り口を隠すように枝を配置した。

「ここにいろ。銀次たちと一緒にな。俺が合図を出すまで動くな」と沙耶香に囁き、彼女の肩を軽く叩いた。

沙耶香は銀次の背に手を置き、頷いた。

若丸は洞窟の外に出ると、戦場の音を聞きながら、次の策を練る。彼の嫌な予感はまだ消えていなかった。

「ヤマト!」
「すまん…真奈香!俺は…何もできなかった…」

真奈香とイリの元へと侍たちに連れて来られたヤマト。

「ほう、これはこれは。なかなか美しい女性たちだ。身ごもっているが、他の女の比ではない。こいつが、お前の嫁か」

屈強な侍がいやらしい目で二人の女性を見つめる。

「真奈香、逃げなさい。ここはお母さんに任せて」とイリは囁くと、忍法・巨大化の術で手裏剣を巨大化。侍の群衆に突っ込んだ。同時に、遠方から斬撃が飛んできた。

「原牛流剣術奥義!鬼門!」

屈強な侍が太刀で斬撃を受け止め、他の侍たちはイリの手裏剣に苦戦する。

「なんという力だ!」
「若丸さん!」

若丸は勢いよく侍たちとの距離を詰めると、イリと共に侍たちを押し始めた。しかし、その努力も虚しく、悲劇は続く。若丸が逃がした子どもたちが、他の侍たちによって見つかってしまった。泣き喚く子どもたちの声を聞いて、手足を止める若丸とイリ。子どもたちの中には沙耶香もいた。

「沙耶香…!子どもたち!」
「ははは!ガキ共を今すぐ殺されたくなければ諦めろ!」

すると、イリは覚悟を決めた表情で呟いた。

「若丸さん、沙耶香と子どもたちをお願いします」

イリはそう言うと、ヤマトを見つめた。ヤマトはその視線の意図を瞬時に理解した。彼女は若丸を蹴飛ばすと、爆弾を懐から取り出し、ヤマト諸共、自爆した。

ドーンという地響きとともに、マリリーが忍び狩りの被害に気づく。

「っち…!あまり遊んでいられそうにもないね」

よそ見をした隙に、ヒモトは一か八かの賭けに出る。手印を用いない不安定な火遁で挑む。

「火遁・火射矢一閃《かしゃいっせん》」

回転を伴う炎の矢が魔法の鎧で防御を強化していたマリリーの左腕を容易く貫通。マリリーの左腕は燃えながら地面に落ちた。

「…な!!!私の鎧を一撃で!?ふざけるなよ!雑魚があああああ!!!」

マリリーは奪魂の魔手を次々と繰り出すと、あっという間にヒモトを含む、残りの忍びたちを狩り尽くした。

生き残った侍たちが、捕らえた子どもたちを連れてマリリーの元へと急ぐ。その道中、トキが最後方にいた沙耶香を奪還。若丸は他の子どもたちを助けようと試みるも、ヒモトがマリリーにやられた姿を見るやいなや、目を力強く閉じて、トキと沙耶香と共に撤退し、姿をくらました。

炎に囲まれる中、真奈香は崩れ落ちていた。あっという間に焼け野原となった忍びの里。かつて最強と謳われた大火観一族の成れの果てを見つめながら。
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