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第4章 契約世界への挑戦
第212話 ハイアット家の戦い
しおりを挟む屋毒の収容期間は、二年間と決められたのは、椿が攫われてひと月ほど経った頃だった。つまり、椿は霧ノ都に二年間、奉仕することが決まった。この一報を聞いて血の気が引いたのは、綾香、百合、ステファニー、サナエ、真弓、ナナ、アラナ、ガンナだけではなかった。椿の力を使わせてもらう契約をしていたヴァルティエ家もまた、機構に対して怒り、失望した。
機構は、椿の意見や尊厳を尊重しないことを明らかにしたようなものでもあった。
ドン!と拳で机を叩きつける百合は「なんでこんなことをゆるしたんですか!?」と怒鳴る。エレナ総監補佐は気を悪くしたように顔を曇らせた。しかし、彼女に代わって答えたのはケーキ総監補佐代理。
ケーキは立ち上がると、美しく輝く赤いハイヒールを自慢気に見せつけるようにして歩き出した。しかし、誰もが注意を引かれるのは彼女のゆれる腹。はち切れそうな緑のスーツ姿の彼女は百合の顔を見ることもなく淡々と異様に高い声で話した。
「霧ノ都との関係を壊さないことと屋毒を罰することで契約を守ること、この両方を達成させるためには仕方がないことのよね。椿管理官も理解してくれると信じているのよね」
「彼に相談もせずに決めるなんて許せない!彼は機構の奴隷じゃない!」
「奴隷ではないかもしれないが、契約文化を守るために機構に従うと契約書に書いてあるでしょう!?自分の契約印に魔力をかざしてよく読んでみなさいよ!」
ケーキ総監補佐代理は冷徹に答えると、百合はそれ以上言うことを諦めて部屋を後にした。
百合は力強い早歩きでカツカツと音を立てながら廊下を突き進んだ。その先に彼女を待っていたのは綾香とナナだった。
「どう?何か進展はありそう?」
「百合…」
二人の掛け声を無視するかのように百合はそのまま突き進んだ。
一方、ステファニーもまた、クリスティーナ総監補佐と面会をしていた。
「お母さんだなんて呼ばないでくれる?もうあなたは私の子供ではないのだから」
「……失礼。クリスティーナ総監補佐、今回の決定に椿管理官本人の意思を確認しましたか?」
「なんでそれを気にするの?彼は機構の従事者。契約文化を守るために与えられた彼の使命。きっと彼も喜んでいるはずよ」
「二年間、彼は自由を奪われて、本気で喜ぶとでも…?彼には彼の人生がある」
「契約は絶対よ。それが彼の自由を奪うものであったとしても。忘れたのかしら?ステファニー執行官…?」
すると、ステファニーは腰に手をやり、レイピアを抜くと、剣の先をクリスティーナへと向けた。
「今すぐ椿管理官を解放しなさい」
「出来損ないの執行官が私に剣を向けるとは何事か。…まあ、いいわ。私に勝てば考えてあげる!」
常に冷静に見えるクリスティーナが少なくともステファニーの前で初めて怒り狂ったような目つきで怒鳴る。クリスティーナは異空間から青白く輝く氷のように美しい弓矢を取り出し、構えた。
「今の言葉に偽りはない?クリスティーナ総監補佐」
「ないわ。簡易契約でよければ今すぐサインするわよ?…アイリス!」
「はい。準備はできています」
アイリス調停官が簡易契約書を手に現れる。クリスティーナとステファニーは、武器を構えたまま口頭で契約内容を述べ、契約書に魔法の文字が浮かんだ。二人は内容を確認し、魔法でサインを終えた。
「お二人とも、執務室ではなく、外で戦ってください」とミリアン調停官に導かれるようにして執務室後方にある庭へと続く扉へ向かった。
太陽の光に照らされる中、改めてクリスティーナとステファニーは武器を構えた。
『長官になれていないステファニーに勝ち目はないわね…』とアイリスは冷ややかな目でステファニーを見つめる。すると、ステファニーが仕掛けた。
「氷山の襲撃」
山のように巨大な氷塊が連なるようにしてクリスティーナに襲いかかる。
「その術、好きね。お父さんの得意だった術…。いまだにあの人が恋しいの?子どもね…」
呆れた表情で襲いかかってくる氷山を見つめるクリスティーナは弓矢をひいた。
「天裂きの嵐矢」
雷を纏った無数の小型の矢が乱回転しながら氷山を貫く。ズドドドと轟音を立て、氷にヒビが入り、ついに崩壊した。
氷山を死角にステファニーは天に向けて呪文を放つ。
「光の天帷《てんい》」
天に向かって放たれた光が、空中で輝く幕のような形状に広がり、意志を持ったかのように標的を自動追尾すると、クリスティーナはすかさず魔障壁を展開する。
氷の背後からステファニーが飛び出すと、彼女は目にも止まらぬ速さでクリスティーナとの距離を詰める。
光の魔法がクリスティーナの魔障壁を破壊すると同時に、ステファニーはレイピアに炎を纏わせ、突き刺す。彼女の突きは、空気を裂くように音が割れた。
クリスティーナはすかさず弓で剣先を弾くが、レイピアに纏わりつく炎の熱に一瞬怯む。その隙をステファニーは見逃さなかった。
左手の人差し指に魔力を集中させると、「魔力弾」と呟き、魔力の塊をクリスティーナの腹に三発ぶつける。
クリスティーナは魔力膜で最初の二発は防いだものの、一発は貫通。彼女の腹から血が滲み出た。
「くっ!」
「クリスティーナ様!」
アイリスが思わず叫ぶとステファニーの攻撃は勢いを増した。ステファニーは突きを連続で放つ。
クリスティーナは魔力膜で守るも、突きを数発腕に喰らう。
「氷山の襲撃」
再び襲い来る氷。近距離で放たれたそれはクリスティーナを直撃し、後方へ吹き飛ばした。ステファニーは追撃を仕掛ける。
「焔の追撃」
高速のオレンジ色の炎が氷ごとクリスティーナを狙う。
「空喰う闇よ、その命の源を奪え! 息吹の断絶!」
酸素を消し去る魔法の空間をクリスティーナの周辺に作り出したのはミリアン調停官。彼女の魔法によってステファニーの炎はクリスティーナに当たる前に消え去った。
ステファニーは立ち止まり、ミリアンを睨みつける。
「邪魔する気ですか?」
「私たちはクリスティーナ様を危機から守ることが務め。そういう契約ですので、どうぞよろしく」
ミリアンの不敵な笑みにステファニーは怒りを覚える。
すると、クリスティーナはゆっくりと立ち上がり、口元に笑みを浮かべて言った。
「諦める?ここで終わりにしてもいいのよ?」
ステファニーは「諦めるわけないでしょ」と呟いてレイピアを構える。
『アイリスさんは戦闘を好まない…。二人相手なら勝てる…』
「急速冷却」とステファニーが唱えると、彼女の周囲から冷気が舞い上がる。辺り一面、一気に熱を失い、氷の世界が出来上がる。
「なるほど、冷気で動きを鈍くする気か…」とアイリスが呟くと、ステファニーはクリスティーナを目掛けて突進。
「温暖な空間」
ミリアンは庭全体を覆うように結界を張ると、その中は突然亜熱帯のジャングルのように温かく湿った空間へと変化した。
「冷気から熱気に突然変わって、体はついていける?」とステファニーはクリスティーナに問う。
クリスティーナは質問に答えることもなく弓矢を引いた。
「光の矢・七連、火の矢・七連、風の矢・七連」
三色の矢を華麗に交わしつつ、ステファニーは氷を纏ったレイピアで斬りかかる。しかし、クリスティーナは難なく避ける。
「その剣は斬るのには向いてないんじゃないの?」
「氷で強固な両刃剣にしているの、見えないの?」
ミリアンが援護に動く。
「火の鎖」
しかし、ステファニーは魔障壁で鎖を弾く。
「ミリアンさんは私の氷魔法が嫌いなのかしら?」
「そんなことはないわよ。あんな幼稚な氷魔法、恐れるに足りません」
「そう?火の鎖だなんて長官様が使うには些か物足りないのでは?」
ステファニーはレイピアを地面に突き刺す。ミリアンはステファニーの氷魔法を警戒して、杖代わりの魔法の腕輪に手を触れる。
「遥か深淵より出でし、冥府の炎よ。万象を灼き尽くす、終焉の業火よ。我、汝に命ず。蠢く生命を消し、大地を滅ぼせ。冥府の焦土!」
華やかな庭は一瞬で溶岩地帯のようなドス黒い、粘土質の土を含む燃え盛る焦土となった。氷魔法を警戒したミリアンは一瞬、戸惑った。同時に、変化した地形への対処の判断が遅れた。ステファニーはその戸惑いを見過ごさなかった。レイピアの剣先をミリアンに向けて魔法を放つ。
「激痛走り」
パリッと音と共にミリアンに当たった無属性のその魔法は、魔力を敵にぶつけることで全身に激痛を与える。効力は、ぶつけた魔力が消えるまで続く。
「きゃあああ!」
「立てよ、光の柱」
ステファニーがミリアンに巨大な光線を浴びせると、ミリアンは燃える大地に倒れ込んだ。この一連の流れは、クリスティーナが「天裂きの嵐矢」を放つ一瞬の間で行われた。
『速い…!クリスティーナ様の呪文より、ステファニーの呪文の方がはるかに速い!高い魔力純度に加えて、なんという魔力コントロール技術!』
アイリスは全身が震えるほど驚いた。
ステファニーは魔障壁でクリスティーナの矢を一部防ぐも、魔障壁は耐えきれず、ステファニーに数発被弾する。
クリスティーナは追い打ちをかける。天に弓矢を向け、魔法の矢を一発放つ。
「嘆きの雨」と唱えると、魔法の矢はステファニーの頭上に向かって降下。矢が無数に増殖し、雨のように降り注いだ。
「くっっ!」
「クリスティーナ様!トドメを!」
「穢れを祓い、不義を穿つ。天より授かりし矢よ、聖なる制裁を下せ!聖裁の銀矢!」
銀色に輝く巨大な一本の矢が出現すると、クリスティーナは弓で放った。
対するステファニーは命の危険を感じ、すかさず「軌道変更」と唱える。クリスティーナの放った銀の矢は微かに軌道がズレた。
しかし、その矢がステファニーの腹に直撃すると、彼女は意識を失った。
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