百万の契約

青いピアノ

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第4章 契約世界への挑戦

第222話 板挟み

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「ここには、私の他、数人の魔法使いがお前を迎えに来ている。都の外れには玲子と彼女の精鋭部隊が待っている」

「れ、玲子も…」

紫音の言葉に、僕は一瞬言葉を失った。朝霧郷へ帰る? 玲子とその精鋭部隊? 頭の中で情報がぐるぐると渦巻く。エリシアさんの視線が僕の横顔を刺すように感じるけど、彼女は黙って紫音と僕のやり取りを見守っている。部屋の中の空気が一気に重くなった。

「ちょっと待って、紫音。急に何だよって。朝霧郷に帰るって…どういうこと? 僕、機構の任務でここにいるんだ。勝手に動けないよ」

紫音はニヤリと笑い、紫のローブの裾を軽く翻しながら一歩近づいてきた。彼女の切れ長の目が、まるで僕の心の奥底を見透かすように光る。

「ふふふ、契約管理機構《コード・レジスト》ね。椿、あんたがそんな堅苦しい連中の言いなりになってるなんて、らしくないわ。朝霧郷と誓約を交わした男が、そんな簡単に機構の鎖に縛られるわけないでしょ?」

その言葉に、胸の奥で何かがざわついた。誓約。あの朝霧郷で、紫音や玲子たちと交わしたあの重い約束。朝霧郷への忠誠と魂を懸けた誓約は、確かに僕の心に深く刻まれている。でも、同時に、機構との契約も僕を縛る。今、ここに、朝霧郷と敵対する雷雨大名の元にいるのは、機構の従事者としてだ。僕個人の問題として、ヴァルティエ家のエリシアさんやサナエさんとの契約もある。

どれも僕にとって軽いものじゃない。

「紫音、僕だって…誓約のことは忘れてない。でも、機構の契約も、全部大切だ。勝手に放り出すわけにはいかないよ」

紫音は少し眉を上げ、興味深そうに僕を見た。 

「へえ、ずいぶん真面目なのね、椿。まぁ、いいわ。あんたのその真っ直ぐさ、嫌いじゃないわ。でも、朝霧郷が、玲子がわざわざ精鋭部隊を引き連れてここまで来てるってことは、ただのお迎えじゃないってこと、わかるでしょ?」

「う…」

紫音は一瞬黙り、部屋の隅に視線を投げた。まるで誰かに聞かれていないか確認するような仕草だ。エリシアさんが静かにタオルを握りしめ、紫音の次の言葉を待っているのがわかる。やがて、紫音は低い声で話し始めた。

「朝霧郷と霧ノ都の間の戦争。霧ノ都にお前の希望の魔力の力を与えれば、我々との誓約を破ることになる。今後、朝霧は攻勢に出るつもりよ。その時、朝霧はお前の力が必要になる」

「なるほど…」

その言葉に、エリシアさんが小さく息を飲んだ。

「紫音、ちょっと待って。僕が朝霧郷に戻ったら、他の契約はどうなるんだ? 機構の任務だって放棄できない。それに…」

僕はエリシアさんをちらりと見た。

「エリシアさんとも魔力融合の契約を結んでる。彼女の魔力を安定させるためにも、僕が必要なんだ」

エリシアさんが静かに微笑んだ。

紫音は腕を組んで、ふんと鼻を鳴らした。

「ふん…。お前がそんな風にいろんな勢力と関わってるからこそ、話はもっとややこしくなるんだ」

「ややこしく…」

紫音は一歩踏み出し、僕の目の前で立ち止まった。

「椿、お前は今、契約管理機構《コード・レジスト》、朝霧郷の誓約派、ヴァルティエ領…全部の中心にいる。どの勢力もあんたの希望の魔力を欲しがってる。でも、誰もが自分のルールで縛ろうとしてる。機構は契約で、朝霧郷は誓約で、ヴァルティエは…まぁ、契約とちょっとした色気か?」

紫音はエリシアさんをチラリと見て、ニヤッと笑った。

エリシアさんが軽く頬を赤らめながら、「色気だなんて、失礼ね」と返すけど、どこか楽しそうな雰囲気だ。僕はそんなやり取りに気を取られそうになりながらも、紫音の言葉の重さを噛み締めた。

「紫音、つまり…僕がどの勢力を選んでも、他の勢力と敵対することになるってこと?」

「その通り。で、選ばなかった勢力はあんたを裏切り者扱いするかもしれない。なかなかスリリングな状況じゃない?」

紫音はまるで楽しむように言うけど、僕の胸はどんどん重くなる。

「紫音、玲子は何を望んでるの? 僕を連れ戻して、具体的に何をさせたいんだ?」

紫音は少し考え込むように黙り、やがてゆっくりと口を開いた。

「玲子は、朝霧郷の誓約を強化するために、あんたの希望の魔力を最大限に使いたい。あんたの力で、朝霧郷内外の誓約派の結束を強め、国際社会で優位に立ちたいってわけ。…でも、正直、玲子にはもう一つ狙いがある気がする。彼女はお前のことをただの道具として見てないよ」

「?」

「お前は向こうではあいつの夫という位置付けだろ。忘れるな。そして私たちは使役者」

紫音はそう言って、いたずらっぽく肩をすくめた。

その時、部屋の外から再び足音が聞こえてきた。重く、整然とした足音。まるで訓練された兵士の行進のようだ。紫音が扉の方に目をやり、ニヤリと笑う。

「ほら、話してる時間もなさそうね。椿、決断の時間よ。朝霧郷に帰るか、ここに留まって契約を優先するか。…それとも、全部ぶち壊して自分の道を行くか?」

エリシアさんが静かに立ち上がり、僕の肩にそっと手を置いた。

「椿、どんな選択をしても、私には関係ないわ。あなたが信じる道を選んで。でも…私との契約だけは、忘れないでね」

彼女の声は優しいけど、どこか強い意志を感じさせた。

頭がぐちゃぐちゃだ。朝霧郷の誓約、機構の契約、ヴァルティエの約束。そして、僕自身の気持ち。どれを選んでも、何かを失う気がする。でも、立ち止まってる時間はない。外の足音がどんどん近づいてくる。

「紫音…少し、考えさせてくれ。すぐに答えは出せない」

紫音はため息をつきながら、「まぁ、そう言うと思ったよ。いいよ、椿。少し時間やるから、ちゃんと自分の心と向き合いな。…でも、玲子は待つタイプじゃないから、急いだ方がいいよ」

エリシアさんが微笑みながら、「じゃあ、私は先に失礼するわ。椿、紫音さん、話がまとまったら教えてね」そう言って、彼女は優雅に部屋を出て行った。

紫音と二人きりになった部屋で、僕は深く息を吐いた。頭の中では、契約と誓約、そして自分の信念がぶつかり合っている。玲子が待つ朝霧郷、機構の任務、ヴァルティエのエリシアさん…。そして、僕自身の希望の魔力が、この全てをどう変えるのか。

「紫音、玲子には…僕、なんて言えばいいのかな?」

紫音は静かに笑い、僕の肩をポンと叩いた。

「椿、お前らしい言葉でいい。誓約は、魂の言葉よ。…さあ、行くわよ。玲子が待ってる」

扉の向こうから聞こえる足音が、僕の心臓の鼓動と重なる。この選択が、僕の未来をどう変えるのか。まだわからない。でも、進むしかない。

扉を開けると、魔力融合をした女看守が待っていた。

「さあ、急いでください」
「途中、この子に出くわしてな…。彼女にお前の魔力に近しいものを感じて聞いてみたら、ここまで案内してくれたの」
「な、なるほど…。それでここまで来れたのか」

僕らは紫音の空間移動魔法でその場を後にした。
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