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第5章 契約と誓約の戦
第284話 内部抗争
しおりを挟む椿はジョンの私邸を出て、馬車に乗る。その中で、最後に話した内容を反芻していた。
『幹部たちも既に現行体制への反発の動きを感じ取っている。お前たちとは別に反対運動をしていた小規模なグループがいたが、先日全員監獄に送られた。気をつけろよ…』
椿は拳を握りしめ、遠い空を見上げた。
その頃、霧ノ都に設置された機構の支部には、椿達によって倒された執行官達に代わる新しい人員が送られ、支部の強化が行われていた。
新たに送られた人員の多くは、モン・ブラン総監補佐の直属の契約管理官、契約執行官、契約調停官たちだった。
総監補佐をはじめとする幹部に成り上がる者たちのほとんどは、自分たちの勢力を持つ。
例えば、クリスティーナ総監補佐は自ら執行官たちを鍛え上げ、多くの優秀な執行官と調停官を輩出した。クリスティーナは力を与える代わりに、自分の味方となるよう指導していた。
エレナ元総監補佐は積極的に自分の勢力を築くことはなかったものの、龍之介執行官長官や沙耶香執行官長官、新指揮官などは彼女の上官としての姿勢に惹かれて、彼女のもとに集まった。
ケーキ総監補佐とモン・ブラン総監補佐は、手段を問わずに契約を守ることを重視するという思想のもと、多くの者を味方につけた。特に、モン・ブランは少数種族である獣人ということもあり、少数種族からの支持が厚い。つまり、新たに霧ノ都に駐在することとなった機構従事者の多くは、獣人をはじめとする少数種族だ。
この頃、椿の仲間のうち、都で夏希の加勢をしていたのは百合、真弓、ナナ、アラナの四人だった。彼女たちは、都内の誓約派や過激な契約主義へ反対するレジスタンスを討伐する雷雨大名の兵たちとの直接戦闘は避け、情報収集に専念していた。
この日、真弓とアラナはレジスタンスの基地にて待機しており、百合とナナが拡大し続ける支部の様子を伺っていた。
「…すごいね。霧ノ都にかつてないほどの機構従事者が集まっているよ」と百合が木の陰に隠れてささやくと、ナナがこくりと頷いた。ナナは、声を潜めて話す。
「全員、獣人だね。獣人は奴隷の対象とされがちだから、契約文化を嫌う傾向にあるって聞くけど、機構に従事する獣人たちは逆を行くイメージがあるよね」
「うん。奴隷化されないように緻密かつ詳細な契約書を作成することが大事だという考えらしいね。それもわからなくはないけど、守れなければ結局奴隷になるリスクはあるよね。奴隷でなくても牢獄行きとかね」
すると、木の上から低い笑い声がした。
はっと上を見上げると、そこには執行官の黒いコートに身をまとったハクビシンの獣人の姿があった。彼は華麗に地面に着地すると、百合とナナをにらみつけた。
「お前ら…。本部の者か?なんで本部の従事者がここにいる?俺たち支部の者たちが霧ノ都の契約管理を任されているんだが…」
すると、彼の背後からハイエナの獣人の男とカバの獣人の女がやってきた。二人とも、執行官のコートに身をまとっている。
「おい、ハク…!こんなところで何をしている?」
「…ねえ、ムレル。この二人、エレナ元総監補佐の勢力の執行官だよ」
「本当か、カバ子?なんで契約ぬるま湯派がこんなところにいる?」
「ムレル、それを俺も問いているところさ」
百合はとっさに口を開く。
「休暇中に何をしようと私たちの勝手でしょ!?私たちだってここで任務をこなしたことがあるんだから、知り合いもいるんだよ」
しかし、ハイエナの獣人のムレルは引かない。むしろ、彼はロングソードを腰から引き抜き、百合に向けた。
「…お前たち、エレナ派の動きに注意しろとモン・ブラン総監補佐がおっしゃっていた。やましいことがないなら、支部に来てもらおうか。調停官の中には心を読む奴もいる。調べさせてもらう」
「な、仲間を信用しないっていうの!?」
ナナが声を荒げて言うと、その様子に益々不信感を抱いたハクビシンの獣人・ハクは、カバの獣人・カバ子に「調停官を呼んで来い」と命令した。
その時だった。
雨がぽつりぽつりと降り始めると、突然バケツの水をこぼしたような大雨が一帯を覆った。
雨によって、呪印を弱める塗り薬が消えて、これまで見えにくかった百合たちの契約印が顕になった。
「!?!?お前たち…そんなところに忠誠契約印があったのか…!?なんで突然現れた…!?」
「まさか…!?おい!ハク!」
「ああ…!」
「まずい!ここで戦闘になれば支部の奴らも駆けつける。逃げるよ、ナナ!」
「うん…!」
百合は電気の魔法で自分とナナの身体能力を強化し、すぐさま支部と反対方面に跳ぶ。
しかし、獣人の脚力は強化した人間の肉体のそれを上回る。
あっという間に追いつかれた。
ロングソードを振り下ろすムレルに対して百合はすかさず魔法の杖でガードする。しかし、力の差で吹き飛ばされる。
ナナもまた、ハクに首を掴まれ、百合の飛ばされた方向へと投げ飛ばされた。
二人は石壁にぶつかり、強打。フラフラと立ち上がると目の前にはムレルとハクが既に目の前にいた。
「お前のそのでかい乳、食いちぎってやろうか?俺は小さい乳が好みなんだよ。小さくなれば、俺の好みの女になる」
「カバ子が仲間を連れてくる。とっとと降参するんだな」
「はあはあ…。誰が…!!」
百合は右手を天に掲げると無詠唱で雷の柱を発動。巨大な雷の柱が地面から天に向かって放たれる。
ドン!!
しかし、ムレルとハクは容易く避けていた。ムレルが剣を振ると百合は雷の剣を作り、応戦。ナナはハクと対峙する。
ガキン!ガキィ…バチバチ!
百合は剣では敵わないと悟ると魔法戦に切り替える。
「雷精の投げ槍・三連」
ドゴォォォ!!!
「追尾する槍よ…!雷よりは劣るけど、この速度なら避けられないでしょう!?」
しかし、ムレルは百合の背後に現れ、剣を振る。
「あの程度の威力で威張るなよ」
ザンッ!
「あ…!」
「百合!」
「よそ見するなよ、管理官のくせによ」
ハクは爪を尖らせ、ナナに襲いかかる。
「反発する盾」
ガキィ!!
「な!?」
衝撃を跳ね返す盾によってハクは弾かれる。
「なるほど。少しはやるようだな」
百合とムレルの戦闘は続く。百合はシャボン玉のように浮かぶ高電力の球体を十数個作り出し、敵の動きを制限する。
「強力な電撃の球だよ。触れれば一発KOもありえる」
「小細工にすぎないな」
「雷の鎖・六連」
移動を制限されたムレルに鎖が襲いかかる。ムレルは跳んで避けるが、逃げ場が少ないことに気づく。その戸惑いを百合は見過ごさなかった。
「雷鳴槍」
ドカン!!
細く鋭い雷の速度で放たれた槍がムレルの右脚を貫通。ムレルが地面に倒れ込むと百合が追い打ちをかける。
「立てよ、雷の柱!くらえ、雷の矢・三連!」
ズズズーンと轟音と共に砂埃が激しく舞う。
雨がすかさず砂埃を鎮めると、そこには負傷したムレルが立っていた。
「はあはあ…。やるな…。デカ乳…お前、長官級か…!?」
「はあはあ…。まだ立つのか…!」
その時だった。
「魔力解放・魔力大砲」
ズン!と百合の上半身を魔力の塊が暴力的に襲う。彼女は「きゃあ!」と叫ぶと地面に倒れた。
「助かった、カバ子」
「いいの。調停官の皆さん、あの女どもを捕獲してください」
防御魔法で防戦一方のナナは、ハクに追い詰められていた。彼女は防御が間に合わず、焦っていたところで百合の敗北を目の当たりにした。
その瞬間、ナイフがナナの肩に突き刺され、ナナが倒れる。
「はあはあ…。ごめん、みんな…」
ドサッ!
叩きつけるような雨の中、百合とナナは捕らわれた。
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