百万の契約

青いピアノ

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第1章 契約と秩序

第4話 おばあ様の願い

山小屋での一夜は、静けさの中に、お互いの警戒心が漂うものとなった。

椿は囲炉裏の火を見つめながら、綾香との距離感を測りかねていた。一方の綾香も、見知らぬ男が自分の家にいることに落ち着かない様子だった。結局、言葉を交わすこともほとんどなく、二人はそれぞれの場所で浅い眠りについた。

翌朝、鳥の囀りと共に、椿は目を覚ました。綾香は既に起きており、静かに瞑想をしていた。

小屋を出ると、相変わらず天気は良くなかったが、少しだけ、太陽の光が差し込んでいた。

ふと見渡すと、そこには昨日の酒場で村の紹介をしてくれた、あの酔っ払いの老人がいた。

しかし、どこか様子が違う。顔の皺が少し浅く、目の奥に昨日のような濁りがない。

「おや、あんたさん。こんなところで何してるんだい?山奥村はもっと北じゃよ?」

老人は、昨日と同じように、気さくな調子で話しかけてきた。

「実は……」

椿が事情を説明しようとしたその時、綾香が険しい表情で老人に近づいた。

「おばあ様……」

その一言に、椿は驚愕した。あの酔っ払いの老人が、綾香の祖母だったのか?

そして、「おばあ様」と呼ぶ声は、昨日の警戒心に満ちたものとは全く違う、優しい響きを持っていた。

老人は、にっこりと微笑み、顔の皺が深くなったように見えた。

同時に、細い男性の顔からふくよかな女性の顔へと変化した。

忍びの術、変化の術を使って男性に化けていたようだ。

「いやはや、町の者たちは愚かでね、女は酒を飲むなというんだよ。女は酒を飲めない、酒に飲まれるからって。何を根拠に。馬鹿げてるだろう?私は山菜売りのついでの酒飲みのために、わざわざこうして亡くなったじいさんに化けてたのよ」

おばあ様は、ホホホと笑いながら僕に言った。

「綾香、この方はどうしたんだい?」

綾香は、複雑な表情で椿を見た後、彼の来訪の目的を祖母に伝えた。

偽装契約、人身取引、そして屋毒という名前。

おばあ様の顔から、笑顔が消えていった。

代わりに、 怒りが浮かび上がってくる。

「やはり……か」

おばあ様の低い声には、長年の苦悩が滲んでいた。そして、椿に向き直り、これまでとは全く違う、真剣な眼差しで語り始めた。

「椿さん、と仰いましたね。実は、綾香が十五になる少し前から、度々、見慣れない者に襲われることがあったのです。最初は、山賊の類かと思っていましたが……どうも様子が違う。まるで、綾香を探していたような……あるいは、綾香を連れ去ろうとしているような。何人かは、屋毒という男の存在を話していた」

「屋毒…」

「襲撃してきた者によると、どうも、既に亡くなったこの子の親、おそらく母親が…生前何かをしでかしてしまったようなのです。わしは、綾香にはこの山で静かに暮らしてほしい。外の世界の争いに巻き込まれてほしくない。契約などというものにも、関わってほしくないのですが」

おばあ様の言葉は、切実だった。しかし、綾香の身に迫る危険は、この山奥にいても避けられないのかもしれない。

「おばあ様、ですが……もし本当に偽装契約があって、それがお母様の死に関わるのであれば……私は、真実を知りたいのです」

綾香の声は、 切実で、瞳には、 決意が宿っていた。

おばあ様は、綾香の強い意志を感じ、しばらく沈黙した。そして、 ハアと息をつき、椿に向き直った。

「椿さん。もし、綾香の力になってくれるというのなら……わしは、あなたを信じてみようと思います。綾香と共に、この契約とやらについて調べてやってください。綾香一人では、危険すぎます。彼女を守ってやってください」

「……それが仕事ですから…」

僕は身が引き締まる思いがした。

「おばあ様……」

綾香は、祖母の言葉に、驚いた表情を見せた。

「ただし、椿さん。もし、綾香を傷つけるようなことがあれば、わしは決してあなたを許しません」

それは、長年、孫娘を守り抜いてきた者の覚悟のようなものだった。

僕が、改めて綾香と祖母に向き合い、協力を誓おうとした、その時だった。

背後の茂みから、鋭い音が響いた。

三人が振り返ると、そこに数人の影が姿を現した。

「見つけたぞ、大火観綾香!」

リーダーらしき男が、 大きな声で言い放った。その目は、獲物を捉えたかのように鋭かった。

綾香は、 クナイを構えた。

僕は、 突然の敵の出現に一瞬戸惑ったが、綾香を守らなければという強い思いが湧き上がってきた。

契約管理官として、綾香を守ることに、椿は使命を感じたのかもしれない。

「綾香さん、おばあ様。僕が戦います!」

椿は、装飾付きの大きな棒、魔法の杖をどこからともなく取り出し前に踏み出した。

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