百万の契約

青いピアノ

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第2章 契約と誓約

第41話 バロー港のトラブル

港を見下ろすレストラン「シーウィンド」のテラス席で、僕たち三人は食事を楽しんでいた。契約執行官のレイチェルさん、契約見守り人の綾香さん、そして契約管理官の僕――椿。

テーブルには、ぷりぷりの海老と十種の貝が絡む海鮮パスタ、香ばしく揚がったイカ、トマトとハーブが香る海鮮スープが並ぶ。僕たちは会話を交えながらそれぞれの料理に手を伸ばしていた。

「…港のあれ、何でしょうか?」
レイチェルさんがふとフォークを止め、騒がしい中央市場を指差す。銀板商会の船員たちと港湾評議会の衛兵が武器を構え、屋台が倒れ、人々が叫びながら逃げていた。

「契約トラブルかな」僕が低く呟く。

「バロー港の人たちは穏やかだけど、交易のルールには厳しいからね。商会と評議会の揉め事だとしたら、かなりまずい」

綾香さんが心配そうに僕を見た。「でも、調停官がいれば大丈夫、だよね?」

「そうだといいけど…」
僕は眉を寄せた。

この世界の契約調停官は特殊だ。精神・身体の治療、結界や防御呪文が得意なのは、契約トラブルがすぐ殺し合いに発展するから。戦争の影響で、人々は疑心や怒りを抱えやすく、感情が高ぶるとすぐに刃が抜かれる。だからこそ、調停官はまず、当事者の心を鎮めることが求められる。

「…こんな乱闘じゃ、調停官の腕の見せ所ですね」
レイチェルさんが市場の混乱を見つめながら呟く。

問題の契約内容はこうだ:
・商会は、船の規模に応じた使用料(一トンあたり十銀板)と、貨物価値の5%の交易税を支払う。
・評議会は第参桟橋と倉庫を提供し、貨物の適正な検査を行う。
・違反時の罰則として、虚偽申告や未払いには船の差し押さえと、貨物価値の二倍の罰金が科される。

今回の騒動は、商会が提出した香辛料の貨物リストに「数量の誤申告」が見つかったことに端を発する。評議会は契約に基づき主力船二隻を差し押さえ、百銀板の罰金を課したが、商会側は「事務的なミス」と主張し、評議会の検査が恣意的だと反発。ついにはナイフが抜かれ、血が流れた。

最初に現場に立ったのは契約管理官ゾーイだった。
ミルクティーブラウンのやわらかな髪がかわいらしく、白いコートを翻しながら、彼女は商会代表ガブリエルと評議会の衛兵長アナタシアに声をかける。

「落ち着いて。ガブリエル、アナタシア、まず話を聞いて」
彼女は分割払いと貨物の再検査を提案するが、両者は一歩も引かない。やがて混乱の中、ゾーイは肩を負傷し、声も届かなくなった。

そのとき、調停官リアムが現れた。リアムは肩までの金髪を高い位置でポニーテールにまとめ、小麦肌の似合うしっかりとした体格の女性だ。

「蒼壁の詠」――彼女の青い結界呪文が市場を二分し、武器を遮断する。

「暴力は港を滅ぼす。ガブリエル、アナタシア、私に任せてくれ」

リアムは負傷者を癒し、精神治療呪文で当事者の怒りと猜疑を和らげる。
「倉庫で話そう」と促し、二人を静寂の結界へと導く。

倉庫での対話の中で、リアムはこう語った。
「お二人は港の繁栄を願っている。その気持ちを忘れなければ、解決策は見つかる」

記録を突き合わせながら、リアムは核心を突く。
商会側は過去に過剰な罰金を科されており、不信感を抱いていた。評議会側も、検査基準が曖昧なまま厳罰を続けていた。

最終的にリアムが提案した和解案は次のとおり:
• 差し押さえは解除、罰金は五十銀板に減額。商会は誤申告を認め、三か月以内に支払う。
• 評議会は検査基準を明文化し、数量誤差5%以内は警告、10%以上で罰金とする。
• トラブル時は即時調停を求め、暴力行為は一切禁止。

二人はこの案に署名し、和解が成立。リアムは倉庫を「風盾の守」で保護し、市場に戻って宣言する。

「商会と評議会は和解しました。港は再び一つです」

夕陽が差し込む中、船の差し押さえが解除され、交易が再開される。
リアムは最後まで負傷者を癒し、群衆に平穏を取り戻した。

テラス席に戻った僕たちは、安堵の空気に包まれていた。
レイチェルさんは目を潤ませながら呟く。

「あの二人…本当に素晴らしい仕事でしたね」

「ですね…」
僕は少し驚きながらも微笑んだ。

綾香さんは何も言わず、その光景をじっと見つめていた。

後日談――
リアムは一か月にわたり新契約の履行を見守った。商会は罰金を支払い、評議会は基準を公開。ゾーイが監視役を務めることで、トラブルは激減した。

港の灯が揺れる夜、リアムはテラス席で静かに休息をとっていた。
遠くで、別のトラブルに向かう契約執行官の姿が見える。

だが、彼の癒しが、この港の秩序を守っていた。
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