百万の契約

青いピアノ

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第2章 契約と誓約

第45話 自警団リーダー

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霧が馬車を包み、まるでこの世界の希望を閉ざすかのように濃くなる。朝霧郷へ続く迂回路は、岩だらけの谷間に差し掛かり、焼け焦げた木々の残骸が無残に散らばっている。

地図を握りしめる手が震え、紙がくしゃりと音を立てる。先輩として、冷静に判断しなきゃいけないのに…心はプレッシャーに押しつぶされそうだ。

カイと子どもたちは馬車の隅で身を寄せ合い、怯えた目で霧の外を見つめている。

「ねえ、カイ、朝霧郷ってどんなとこ?」

綾香さんが聞いた。

「どんなとこ?」

カイが鋭く返す。

「飢えて、奴隷狩りに怯えるだけだ。大人だって俺たちを見捨てた」

彼の言葉に、綾香さんが唇を噛む。私は胸が締め付けられる。先輩として、子どもたちに安心を与えなきゃいけないのに…どうやって信頼を築けばいいの?

突然、霧の奥でかすかな足音が聞こえる。私は息をのむ。忍びの噂が頭をよぎる。暗殺者たちが朝霧郷の物資を狙い、霧の中で暗躍しているという。もし彼らが私たちを追っているなら…私の判断ミスでみんなが危険に晒される。

「人だ…」

ケンタウロスが低く呟き、馬車を止める。霧の中から複数の影が現れる。弓と短剣を手に、粗末な革鎧をまとった一群。朝霧郷の自警団だった。

リーダーらしき女性が前に立つ。20代、鋭い目、短く結んだ髪が揺れる。

彼女が叫んだ。

「その子どもたちを渡せ! 裏切り者を連れて何のつもりだ!」

「裏切り者!?」

綾香さんが立ち上がる。

「この子たちが何をしたって言うの!?」

私は慌てて手を上げる。

「綾香さん、落ち着いてください!」

自分の声が震え、情けないほど弱々しい。

「あの…私はレイチェル、朝霧郷を目指す旅人です。子どもたちを傷つけるつもりはありません」

自警団の女性が目を細める。

「私はリナ、朝霧郷の自警団リーダーだ。カイ、その子どもたちは郷を勝手に逃げ出した裏切り者だ。大人も子どもも食料がないのに、大変なこの時に郷を見捨てた!わがままで卑怯な奴らだ! 」

カイが槍を握りしめ、叫ぶ。

「裏切り者!? 郷にいても飢えるだけだった! お前らが俺たちを見捨てたんだ!」

彼の声は震え、子どもたちの怯えた息遣いが響く。私は胸が締め付けられる。カイたちの逃亡は、襲撃後の混乱で大人とはぐれた結果だと聞いている。なのに、こんな誤解が…。

「リナさん、誤解です!」

私は必死に言う。

「カイたちは生き延びるために逃げただけです。私たちは彼らを護り、朝霧郷に連れていくつもりです!」

言葉が詰まり、敬語がぎこちなくなる。こんなとき、もっと堂々としていられたら…。

「護る?」リナが嘲る。

「お前らは何者だ? 旅人?嘘つけ、どっかの犬か? 子どもを利用したスパイじゃないのか?」

彼女の言葉に、私はハッとする。確かに、この混沌の地では誰も信用できない。私の不安が膨らむ。

「リナ、落ち着け」

椿くんが静かに言う。彼はリナの前に立ち、両手を軽く上げる。

「僕たちは旅人だ。…とりあえず今はそういうことにしてくれ。少なくとも嘘ではない。子どもたちを連れたのは、放っておけなかったからだ。カイ、話してみろ。リナに真実を」

カイが渋々話し始める。

「郷が襲われたとき、俺たちははぐれた。食料がなくて、山道で死にそうだった。裏切ったんじゃない…生き延びたかっただけだ」

彼の声は震え、子どもたちの目が涙で潤む。

リナの表情がわずかに揺れる。

「…それが本当なら、なぜ戻らなかった? 自警団の仲間は、お前たちを見捨てた裏切り者だと非難してる」

「戻れなかったんだ!」と、カイが叫ぶ。

「奴隷狩りに追われて…怖くて戻れなかったんだ!でもこの人たちは一緒に来てくれるって」

「リナさん、提案があります!」

私は一歩前に出る。声が震え、情けないほど弱々しい。

「私たちの物資…魔法石とテントを分けます。カイたちを郷に連れ戻し、誤解を解くために、話しましょう」

リナが目を細める。

「魔法石とテント? そんなもので信頼を買えると思うか?」

「試してみてくれ」と椿くんが私の言葉を引き取る。

「物資があれば、子どもたちも落ち着くだろう。とにかく、朝霧郷への道を安全に進みたい」

リナはしばらく黙る。霧の中で、子どもたちの小さな息遣いが聞こえる。やがて、彼女は短く頷く。「…分かった。物資を見せろ。話はそれからだ」

馬車はリナの案内で自警団の拠点へ向かう。霧が薄れ、岩場に囲まれた小さな野営地が見える。粗末なテントと焚き火、疲れ切った自警団員たちの目。リナが拠点の中心で物資を確認する。魔法石の淡い光と折り畳まれたテントを手に、彼女の表情がわずかに緩む。

「…確かに本物だ。カイ、お前たちの話、後でちゃんと聞く。約束する」

カイは一瞬驚いたようにリナを見つめ、黙って頷く。

私はほっと息をつく。自分の提案が通じたことに、驚きと安堵が混じる。椿くんの落ち着きが、私を動かしてくれたんだ。

拠点の外で、椿くんがケンタウロスに近づく。

「契約完了だ。約束通り、朝霧郷の外縁まで送ってくれて感謝する」

彼は懐から契約通り銀の板8枚を取り出し、渡す。

ケンタウロスが頷く。

「女に契約の印の痕は似合わん、だと? お前はいいやつだな、椿」

彼の言葉に、私はハッとする。椿くんの左腕に刻まれた車輪の契約印が、銀色の光を放ちながらゆっくり消える。契約の縛りが一つ解けた瞬間だ。私はその光景に息をのんだ。

突然、リナの声が鋭く響く。

「待て。お前たち、こんなところに旅人なんているわけない」

自警団員たちが一斉に武器を構え、馬車を包囲する。リナの目が冷たく光る。

「物資を渡したのはいいが、お前らは正体を明かしていないな? 都のスパイじゃないなら、目的を言え」

すると霧の奥で、かすかな足音が再び聞こえる。忍びか、別の勢力か。緊張が空気を切り裂く。
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