64 / 295
第2章 契約と誓約
第62話 体の契り
しおりを挟むクルナ鉱山に向かう途中、森を抜けた先にある小さな川辺。陽が差し込む前の、静かな時間。
椿は石に腰を下ろし、靴を脱いで水に足を浸していた。ひんやりとした流れが心地よい。
ふと視線を横にやると、レイチェルがスカートの裾を両手でつまみ上げながら、慎重に水の中へと足を踏み入れていた。
「ひゃっ……つめたいっ」
くすぐったそうに笑いながら、彼女は足元の小石を確かめるように一歩ずつ進んでいく。
その様子がなんとも微笑ましく、椿は思わず口元を緩めた。
レイチェルは髪を後ろでまとめていたが、水面に映る自分の姿を見て気恥ずかしそうに俯いた。それでも、水に慣れてくると、くるりとその場で回って水飛沫をあげる。陽の光が少しだけ木々の間からこぼれ、彼女の金髪を淡く照らした。まるで、物語の中の妖精のようだった。
「椿様」
背後から、玲子の声が届いた。静かな気配のまま、隣に膝を折って座る。
「レイチェル様、水が好きなんですね」
そう言って、玲子もそっと視線を川辺にやる。レイチェルは夢中で水中の小魚を追っているようだった。
「うん。こういう無防備な表情、あんまり見たことないから……ちょっと、いいなって思った」
椿は足を揺らしながら答える。玲子はわずかに微笑んだ。
しばらく沈黙が続いたあと、椿はふと、口を開いた。
「玲子さん、体の契りについて……もう少し詳しく教えてくれないかな。どうして涼さんと姫様は、別々に“贈り物”として、複数の女性を僕に?そして今度は“信頼の証”として、玲子さんを…。正直、最初の五人で十分だったんだけど」
玲子は表情を変えず、ただ静かに川の流れを見つめた。
「それは……外の方には分かりにくいかもしれませんね。“体の契り”とは、私たちの間では“誓約”に等しいものです。もともとは、朝霧において家族同士が結束を深め、協力し合うと決めたときそれぞれの家族が“最も若い男女”を差し出す風習がありました。それが“体の契り”と呼ばれるようになったのです」
玲子の声は静かで、どこか遠くを語るようだった。
「やがてこの風習は、郷や組織への忠誠を誓う場面にも拡張され、集団に属する者のうち、最も若い男女を、“忠誠を尽くす者”に贈るというかたちが生まれました。ただ、朝霧においてこの“後者”の例は稀です。多くは“宝物”を忠誠者に捧げることで誓いを結ぶのが通例となっています」
「つまり……組織に“差し出せる”男女がいなければそもそもその儀式はできない、ってこと?」
椿が確認するように尋ねると、玲子は頷いた。
「ええ。そしてこの“外の方に向けた体の契り”は、姫や組織の長が『結束を望んだ』ときにのみ行われるのです。誰か、姫や組織のために――外の者と体の契りを結んでくれる者はおらぬか、とそう呼びかけがなされます」
玲子は川の石を一つ拾い、水面にぽんと落とした。
「その問いに応じた若い女性たちは、家族や一族の名誉と共に姫や組織からの“贈り物”として外の方に差し出されます。これは、名誉あることとされています。忠誠を誓った姫や組織に、自らの忠誠心の深さを示す機会、それが“贈られる”ということなのです」
「でもさ……贈り物って“他人”じゃないか。自分の子どもとはいえ、自分自身じゃない、それで信頼って、成立するの?」
「椿様、この世で最も尊い宝は、何だと思われますか?」
玲子は、まっすぐ椿を見た。
「……子ども、ってこと?」
「はい。少なくとも、私たちはそう考えます。
最も大切なものを差し出すというのは、命を賭すのと同じです。それほどの覚悟が、贈る側にも、受け取る側にも必要なのです。ですから、裏切りは許されません。裏切られた場合は……地の果てまでも追いかけます」
椿は思わず息をのんだ。玲子の目は、曇りなく澄んでいた。
「じゃあ、今回のこれは?なんで姫様と涼さんが……玲子さんまで僕に?」
「……涼様は、ご自身の“覚悟が不十分だった”と感じておられました。椿様を利用しようとした、そうおっしゃられた。その自責の念と共に、謝罪の意を込めて、そして改めて“信頼、結束の証”として、私を差し出す決断をなさいました。ですから、私は“贈り物”として、椿様のもとに参ったのです」
「……それを、もし断ったら?」
玲子はそっと首を振った。
「無礼極まりない所作となります。それだけでなく、“結束を拒んだ”という意思表示と受け取られても、仕方ありません」
「いやいや、最初の契りで、結束は十分成立してるはずで……」
「私は、涼様の右腕。姫様の側近に連なる一族の者です。その私を、椿様が拒んだとあらば――
私の立場は……おそらく、消えてしまうでしょう」
玲子は淡々と語ったが、その声音にはほんのわずかな哀しみが滲んでいた。
「……で、“契り”っていうのはつまり僕が寝た女性たち、みんなと……今後も関係を?」
「はい。朝霧において“契り”を交わした相手とは少なくとも“結婚に等しい”関係とみなされます。もし渚さんが椿様に求めるのであれば――
どうか応えてあげてください。それが“契り”の責任です」
――風が、川面を滑るように吹き抜けた。
玲子は静かに、しかし確かに言った。
「私は、十四番目の奥方でも構いませんよ?」
椿は何も言えずに、川の流れを見つめるしかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる