百万の契約

青いピアノ

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第2章 契約と誓約

第95話 報告と進捗

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エレナ総監補佐の冷ややかな美貌に、わずかに影が差した。

「若い者たちを、あのような危険地に送り込んだのは我々の判断ミスだ。……申し訳ない」

「だ、大丈夫ですよ、そんな!」レイチェルがすかさず首を振る。

「学ぶこと、得ること、たくさんありました。行ってよかったって、心から思ってます。それより……屋毒を捕えられなかったことの方が、申し訳なくて…。…また私は期待にお答えできなかったといいますか…」

「いや、やはり我々上層部の見通しが甘かった。反省すべきは反省し、次に生かす。今回の件に関しては、契約書の特別条項に則り、本部から正式な謝罪を行う手筈になっている」

エレナはそう言うと、僕らの前に、金塊と魔法鉱石を山のように積んだ。珍しいものばかりだ。

「金では償えぬとはいえ――どうか、受け取ってほしい」

僕たちはその誠意を、静かに受け取った。

「さて、屋毒について、いくつか新しい情報がある」

声色が締まる。全員が自然と姿勢を正した。

「第一。屋毒の居場所は、依然として不明だ。商業活動は継続しているが、既に現場は部下に任せきり。かつてやつの現れた活動拠点も、すべて放棄されている

第二。雷雨大名との関係性は明白。ただし、ここ数週間は接触が確認されていない

第三。お前たちの任務は今後も継続予定。ただし、人員の増強を検討中だ。詳細は追って通達する」

エレナはそこで、ほんの一瞬だけ言葉を切った。そして――

「そして、これは……非常に重大で悲しい事件だ」

その一言に、空気が一気に張り詰める。

レイチェル、椿、綾香――三人の表情が一瞬で変わった。

「先週のことだ。サリュー執行官が率いていた、都での情報収集チームが、何者かに襲撃された」

「……っ!?」

全員が息を呑んだ。

「特に、サリュー執行官は重傷を負っている。今も治療中だ。彼女は盲目ながら、それを全く感じさせぬほどの戦闘力を持つ高官だ。……その彼女が、だ」

「大丈夫なんですか…?」
綾香が、おずおずと口を開いた。

「危ない状態が続いている。回復の見込みは……まだ見えていない」
エレナの瞳に、わずかな苛立ちと焦燥が混じった。

「襲撃は、チーム全員が一人になった瞬間を狙って行われた。つまり、一対一の状況が作られ、そこに刺客が差し向けられた。だが、真弓管理官とナナ管理官は個人契約の関係で契約印による即時連絡が可能だった。それが功を奏し、二人は連携して反撃に成功。負傷はしたが、命に別状はない」

三人は真剣に話を聞いている。

「百合執行官は、単独で敵を退け、すぐに管理官二人の援護へと駆けつけた。彼女の働きが、被害の拡大を防いだのだ」

「さ、さすが百合執行官ね……」と、レイチェルがぽつり。

「その方……どんな人なんですか?」と、綾香が興味を示す。

「高官ではないが、それに匹敵する実力を持つ。若手の中では、ルークに並ぶ逸材だ」

「ルークさんって、そんなにすごいんだ……」と、綾香が椿に目を向ける。

「うん。若手最強とも言われてる。上層部でも名前を知らない人はいないよ」

そのとき、椿が真剣な表情で言った。

「でも……それだけの人たちがいて、今回の被害。これは……かなり痛手なんじゃ……」

「まさに、その通りだ」

エレナの声が静かに深く響いた。

「特に、百合執行官は“長官”ではない。それが敵の油断につながったのだろう。だが、それでも襲撃者たちは十分に強かった。仮にこれが“霧ノ都”の仕業ならば、我々は慎重に動かねばならない。放置すれば我が組織は信用を失い、対処すれば戦争の火種となる。いずれにせよ――後ほど再度の招集をかける。それまで待機せよ」

会議が終わった廊下で、レイチェルが息をついた。
「なんだか……不穏な空気になってきたね」

「うん。ここ最近では一番大きな問題だと思う。地の主との対立は、本当に厄介だよ。サリュー執行官、回復するといいけど……」

しばらく間が空いて、椿が口を開いた。

「――そういえば、サナエさんに呼ばれてたんだった。行かないと」

「あ、もしかして任務後検診?私の担当医もサナエさんなの。三人で行きましょ」

サナエの医療室――。

白衣を翻して振り返ったその人は、やわらかな黒髪を肩の少し下でゆるく流し、艶のある髪先が優しく揺れた。深い瞳には変わらぬ静けさと慈愛が宿っていて、その視線を受けた瞬間、不思議と心が落ち着く。

「あら、レイチェル!あなた胸が少し大きくなってるわね?トップは98よ」

「ちょっ……!サナエさん、椿に聞こえるからやめてよっ!」

淡いピンクのシルクシャツが彼女の豊満な胸をふんわり包み、黒レースの下着がふとした動きの合間からちらりと覗く。変わらぬその佇まいに、椿は視線を泳がせて顔を真っ赤にした。

「綾香ちゃんは……変わってないわね」

「よ、よかった……!」

「うん、三人とも問題なし!よかったわ!」

落ち着いた薬草の香りがふわりと鼻をかすめる。サナエの声は包み込むような優しさがあり、それだけで診察室の空気が一段と柔らかくなった。

そして、ほんの一瞬、彼女は視線を椿に向けて静かに言った。

「……ところで、椿くん。カナレットが会いたがってたわよ。契約管理機構《コード・レジスト》最強の占い師。あなたの“希望の魔力”について話があるんだって」

「え……」

不意に名を告げられ、椿は目を見開く。
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