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第二章・激闘
第28話 土佐の志士、那須信吾(二)
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それから藤太は話を戻して、勝蔵に尊王攘夷の大切さを熱っぽく語った。
いよいよ我々が待ち望んだ尊王攘夷の時代が来る。お前もそろそろ博徒から足を洗って朝廷に身命を投げうってはどうだ?我々が戦うべき相手は夷狄である西洋人だ。尊王攘夷の道へ進めば、お前が以前から望んでいた武士になる道も見えてくるかも知れないぞ。
といった話を懇懇と勝蔵に言って聞かせた。
ただ、そうは言われても勝蔵は今、それどころではない。
犬上や仙之助、それに三蔵に対して復讐しなければならないし、次郎長という打倒すべき相手もいる。そして何より、自分を信じて集まってきた子分たちを養わねばならない。
尊王攘夷のことは昔から度々聞かされているので、それが正しい筋道であろう、ということはよく分かっている。
が、今の自分はそういった政治の話に気を取られている余裕などない、というのが勝蔵の率直な気持ちだった。
しかし藤太から聞かされた話で一つ、非常に気になる話があった。それは、
「いつか尊王攘夷の義軍が立ち上がった時は、その義軍によって甲府城を攻め落とすことも考えておく必要がある」
という話だ。
これは勝蔵にとって衝撃的だった。
そんな話はこれまで考えたこともなかった。
もしそれが実現できれば、甲府勤番役人の手足となって働いている仙之助や三蔵といった二足の草鞋連中を根こそぎ打倒することができる。まして自分は、昔からあの甲府城に見下ろされるのが気に入らなかった。
あの連中をやっつけるというのか。
勝蔵は一年前、甲府勤番役人と戦うと謀反になるので甲州から逃げ出さざるを得なかったが、尊王攘夷の力を借りれば甲府城を陥落させることも可能だ、と聞いて驚愕した。
まさに天地がひっくり返るとはこのことだろう。
尊王攘夷という考え方はともかくとして、あの甲府城の役人たちを打倒できるのであれば、是非その「義軍」に加わるために馳せ参じたい、と勝蔵は思った。
このあと勝蔵と猪之吉は武藤屋敷を出て戸倉へ帰った。その際、二人は「甲州での情報収集のため数日は戸倉に留まるつもりだ」ということを藤太やお八重に伝えてから帰った。
それから三日後、夏の厳しい日差しが西日となった頃、なんと、お八重が戸倉の勝蔵の屋敷へやって来た。
武藤屋敷から戸倉までの距離はそれほど遠くないとはいえ、このような博徒の棲み家へ武藤家のお姫様がやって来るのは、なんとも不穏当な行為と言うべきだろう。
お八重を出迎えた猪之吉も狼狽してしまった。
「ど、どうしたんだい、こんなところへやって来るなんて。武藤の旦那に怒られるんじゃないの?」
「いえ、良いのよ、猪之吉さん。私は兄の許可をもらってここへ来たのだから。私は、勝蔵さんに会いたいというお方をここへご案内してきたのです」
そしてお八重は、脇に控えていた男を猪之吉に紹介した。
その男は身の丈六尺を超える大男だった。
歳は三十代ぐらいで二本差しの武士姿をしている。顔は無精ヒゲだらけで身なりもいくぶん薄汚いが、目つきが鋭く気高い印象があり、昔の戦国武将もかくやあらん、といった風情がある。
この日たまたま、黒駒の小池家から兄三郎左衛門の息子長吉が遊びに来ており、玄関の土間で蚊いぶしの煙を起こしていたところ、その男が「許せ」と言いながら脇を通って家の中へ入っていった。
長吉は、この時の武士のことが強烈な印象となって頭にこびりつき、後年になるまでずっと、この武士のことが忘れられなかった。
勝蔵はその大柄でいかつい雰囲気の武士を見て、さすがに面食らった。
どう頭をひねっても過去に面識があるとは思えなかった。だが、藤太の紹介で、しかもお八重がここまで案内してきたのであれば信用すべき人物なのだろうと思い、その人物との面談にのぞんだ。
その間、猪之吉が縁側でお八重の話し相手をつとめることになった。
「拙者は土佐人で石原幾之進と申す」
と、その男は名乗った。勝蔵にはやはり、聞き覚えのない名前だった。
それから男は自身の事を語り始め、尊王攘夷に挺身しており、各地の同志を訪ね回っているところだ、と述べた。
なるほど。尊王攘夷の志士が甲州へ来れば武藤藤太に会うのは当然のことだろう。
しかし--。
「なぜ、わざわざ俺のところへ?俺はただの博徒ですよ。まさか武藤の旦那が、俺のことを志士として、あなたに紹介したんですか?」
だとしたら、そりゃまた買いかぶられたものだ、と勝蔵は多少、ありがた迷惑な感じがした。
「いや。武藤殿は別に、そのようには申されなかった」
「ではなぜ、俺のところへ来られたのですか?」
「小池殿は、坂本龍馬のことを覚えておられるか?」
坂本龍馬!
その名前を聞くのは七、八年ぶりだ。
江戸の千葉道場のことなど、ここ最近、すっかり忘れてしまっていた。
石原は土佐にいた時に龍馬から、もし甲州へ行くことがあれば小池勝蔵という面白い男がいるから会ってみるといい、と言われていたのだが、武藤家でその話をすると、なんと知り合いだというので妹さんの案内で連れてきてもらった、ということだった。
実はこの石原幾之進、本名を那須信吾と言う。
龍馬と同じ土佐勤王党に所属し、龍馬の知友でもある。土佐勤王党とは武市半平太が作った、その名の通り土佐の尊王攘夷党だ。
そしてこの年の四月、那須は武市の命に従って同志の大石団蔵、安岡嘉助と共に土佐藩の佐幕派参政・吉田東洋を暗殺した。その直後に那須は土佐を出奔して長州や京都へ行き、そのあと各地を回って尊王攘夷の同志を糾合しているのであった。
むろん、那須はそういった東洋暗殺のことまで勝蔵に話したわけではなかったが、龍馬と一緒に土佐勤王党員として土佐で活動していたことを勝蔵に説明した。
「それで龍馬は今、どこでどうしているんですか?」
「実は拙者が土佐を出発する直前に脱藩した」
「脱藩?」
「武市先生は『龍馬は土佐にあだたぬ奴だ』とおっしゃっていた」
「あだたぬ……?」
「あだたぬ奴、とは土佐では『収まりきらぬ奴』という意味だが、拙者も確かに龍馬はそういう男だと思う」
「そうですか。やはり、とうとう脱藩しましたか、龍馬は……」
「その後どこへ向かったかは不明だが、噂によると江戸へ行ったとも聞いている」
「もし江戸へ行ったのであれば、おそらく今頃、千葉道場にでもいるのでしょうな」
「おそらくは……。それで小池殿。これからも武藤殿に協力して尊王攘夷の道に励んでいただきたい。この国はもう、幕府や藩、それに朝廷だけでは立ち行かなくなっている。これからは我々草莽の人間が国を変えてゆかねばならぬ」
「草莽……」
勝蔵は武藤藤太のおかげで博徒にしては学があるほうだが、特にこの“草莽”という言葉には親しみを感じていたので、意外にもその意味を知っていた。
草莽とは草むらのことで、そこから転じてお上や官とは正反対の人間のことを言う。
要するに庶民、民間人、在野の人物のことだ。
社会の枠からはみ出た勝蔵のような人間も、これに含まれる。
那須はしばらく甲州に滞在し、その間、武藤家で世話になるつもりだ、ということだった。
一方、縁側では猪之吉がお八重と話をしていた。
「しばらくしたら、猪之吉さんはまた勝蔵さんと一緒に東海道の旅に出るのでしょう?」
「まあ、そういうことになるかな……」
それにしても、こうして二人で話をしていると猪之吉としては何とも心が落ち着かない。
猪之吉は今、二十四歳で、お八重は二十二歳だ。
お八重は誰が見ても美しいと認めるほどの美女で、しかも未婚のお姫様だ。
この縁側のすぐ近くに玉五郎たちがいて、その玉五郎などは「おい、猪之吉。親分の女に変な気を起こすんじゃねえぞ」と猪之吉に釘を指してはいるが、いくら幼なじみとはいえ、久しぶりにこうして二人きりになると、どうも胸の内がぞわぞわとして落ち着かない。
「どうしたの、猪之吉さん?」
「いや、何でもない……」
「でも、猪之吉さんは良いわね。勝蔵さんと一緒に伊勢神宮やいろんな神社を見て回ることができて」
「え?うん、まあ、そう言えば、そうとも言えるかな……、ハハハ……」
時には敵の博徒の賭場を荒らして金をかっさらっている、などという話はさすがに猪之吉も口にできない。
「私もお伊勢参りのついでに、東海道で旅回りしている勝蔵さんのところへ遊びに行こうかしら?」
「え?」
「本当は勝蔵さんや猪之吉さんと一緒に各地の神社を回りたいぐらいなんだけど、一緒について行っちゃダメかしら?」
「そんなの無茶だよ。無理に決まってるじゃないか」
「どうして?なぜ無理なの?」
「いや、どうしてって言われても……」
「私も八反屋敷で普段からそういう世界に触れているから、勝蔵さんが危ない仕事をしていることは薄々わかってるわ。でも、こうして自分からついて行かないと、なんだかこれから勝蔵さんや猪之吉さんに会えなくなるような気がするのよ……」
猪之吉はやっと分かった。
この女性はこの女性なりに、勝蔵親分と所帯を持つということを真剣に考えようとしているのだ、ということを。
勝蔵と所帯を持つということは、すなわち博徒の親分のおかみさんになるという事だ。
勝蔵が甲州から追われる以前であれば、同じ黒駒地域に住んでいたから「その事」をそれほど難しく考える必要もなかったが、こうしてお互い離れ離れで暮らすようになって、ようやくお八重は真剣に「その事」を考えるようになったのだった。
だが、猪之吉としては、
(今の勝蔵親分の状況では、とてもじゃないがそれは無理だ)
と思わざるを得ない。
黒駒一家を立て直すのに精一杯で、しかも東海道を流浪している身ではとてもおかみさんを迎えるような状況ではない。
さらに決定的なのは、なによりお上から手配されているお尋ね者だということだ。そんな人間に嫁ぐなど武藤家の親兄弟が許さないだろう。駆け落ち同然で結婚するならまだしも。だが、それも難しいだろう。
とにかく猪之吉としては、そのお八重の問いかけに対して曖昧な言葉で逃げるしかなかった。
それから二日後、戸倉に潜伏中の勝蔵に対して石和代官所から捕り方の手が回りそうだ、という情報が勝蔵のところへ飛びこんできた。
それで勝蔵と猪之吉は急きょ甲州での潜伏を早めに切りあげ、再び東海道へ逃げて行った。
これで、お八重が抱いていた不安は的中することになったのである。
いよいよ我々が待ち望んだ尊王攘夷の時代が来る。お前もそろそろ博徒から足を洗って朝廷に身命を投げうってはどうだ?我々が戦うべき相手は夷狄である西洋人だ。尊王攘夷の道へ進めば、お前が以前から望んでいた武士になる道も見えてくるかも知れないぞ。
といった話を懇懇と勝蔵に言って聞かせた。
ただ、そうは言われても勝蔵は今、それどころではない。
犬上や仙之助、それに三蔵に対して復讐しなければならないし、次郎長という打倒すべき相手もいる。そして何より、自分を信じて集まってきた子分たちを養わねばならない。
尊王攘夷のことは昔から度々聞かされているので、それが正しい筋道であろう、ということはよく分かっている。
が、今の自分はそういった政治の話に気を取られている余裕などない、というのが勝蔵の率直な気持ちだった。
しかし藤太から聞かされた話で一つ、非常に気になる話があった。それは、
「いつか尊王攘夷の義軍が立ち上がった時は、その義軍によって甲府城を攻め落とすことも考えておく必要がある」
という話だ。
これは勝蔵にとって衝撃的だった。
そんな話はこれまで考えたこともなかった。
もしそれが実現できれば、甲府勤番役人の手足となって働いている仙之助や三蔵といった二足の草鞋連中を根こそぎ打倒することができる。まして自分は、昔からあの甲府城に見下ろされるのが気に入らなかった。
あの連中をやっつけるというのか。
勝蔵は一年前、甲府勤番役人と戦うと謀反になるので甲州から逃げ出さざるを得なかったが、尊王攘夷の力を借りれば甲府城を陥落させることも可能だ、と聞いて驚愕した。
まさに天地がひっくり返るとはこのことだろう。
尊王攘夷という考え方はともかくとして、あの甲府城の役人たちを打倒できるのであれば、是非その「義軍」に加わるために馳せ参じたい、と勝蔵は思った。
このあと勝蔵と猪之吉は武藤屋敷を出て戸倉へ帰った。その際、二人は「甲州での情報収集のため数日は戸倉に留まるつもりだ」ということを藤太やお八重に伝えてから帰った。
それから三日後、夏の厳しい日差しが西日となった頃、なんと、お八重が戸倉の勝蔵の屋敷へやって来た。
武藤屋敷から戸倉までの距離はそれほど遠くないとはいえ、このような博徒の棲み家へ武藤家のお姫様がやって来るのは、なんとも不穏当な行為と言うべきだろう。
お八重を出迎えた猪之吉も狼狽してしまった。
「ど、どうしたんだい、こんなところへやって来るなんて。武藤の旦那に怒られるんじゃないの?」
「いえ、良いのよ、猪之吉さん。私は兄の許可をもらってここへ来たのだから。私は、勝蔵さんに会いたいというお方をここへご案内してきたのです」
そしてお八重は、脇に控えていた男を猪之吉に紹介した。
その男は身の丈六尺を超える大男だった。
歳は三十代ぐらいで二本差しの武士姿をしている。顔は無精ヒゲだらけで身なりもいくぶん薄汚いが、目つきが鋭く気高い印象があり、昔の戦国武将もかくやあらん、といった風情がある。
この日たまたま、黒駒の小池家から兄三郎左衛門の息子長吉が遊びに来ており、玄関の土間で蚊いぶしの煙を起こしていたところ、その男が「許せ」と言いながら脇を通って家の中へ入っていった。
長吉は、この時の武士のことが強烈な印象となって頭にこびりつき、後年になるまでずっと、この武士のことが忘れられなかった。
勝蔵はその大柄でいかつい雰囲気の武士を見て、さすがに面食らった。
どう頭をひねっても過去に面識があるとは思えなかった。だが、藤太の紹介で、しかもお八重がここまで案内してきたのであれば信用すべき人物なのだろうと思い、その人物との面談にのぞんだ。
その間、猪之吉が縁側でお八重の話し相手をつとめることになった。
「拙者は土佐人で石原幾之進と申す」
と、その男は名乗った。勝蔵にはやはり、聞き覚えのない名前だった。
それから男は自身の事を語り始め、尊王攘夷に挺身しており、各地の同志を訪ね回っているところだ、と述べた。
なるほど。尊王攘夷の志士が甲州へ来れば武藤藤太に会うのは当然のことだろう。
しかし--。
「なぜ、わざわざ俺のところへ?俺はただの博徒ですよ。まさか武藤の旦那が、俺のことを志士として、あなたに紹介したんですか?」
だとしたら、そりゃまた買いかぶられたものだ、と勝蔵は多少、ありがた迷惑な感じがした。
「いや。武藤殿は別に、そのようには申されなかった」
「ではなぜ、俺のところへ来られたのですか?」
「小池殿は、坂本龍馬のことを覚えておられるか?」
坂本龍馬!
その名前を聞くのは七、八年ぶりだ。
江戸の千葉道場のことなど、ここ最近、すっかり忘れてしまっていた。
石原は土佐にいた時に龍馬から、もし甲州へ行くことがあれば小池勝蔵という面白い男がいるから会ってみるといい、と言われていたのだが、武藤家でその話をすると、なんと知り合いだというので妹さんの案内で連れてきてもらった、ということだった。
実はこの石原幾之進、本名を那須信吾と言う。
龍馬と同じ土佐勤王党に所属し、龍馬の知友でもある。土佐勤王党とは武市半平太が作った、その名の通り土佐の尊王攘夷党だ。
そしてこの年の四月、那須は武市の命に従って同志の大石団蔵、安岡嘉助と共に土佐藩の佐幕派参政・吉田東洋を暗殺した。その直後に那須は土佐を出奔して長州や京都へ行き、そのあと各地を回って尊王攘夷の同志を糾合しているのであった。
むろん、那須はそういった東洋暗殺のことまで勝蔵に話したわけではなかったが、龍馬と一緒に土佐勤王党員として土佐で活動していたことを勝蔵に説明した。
「それで龍馬は今、どこでどうしているんですか?」
「実は拙者が土佐を出発する直前に脱藩した」
「脱藩?」
「武市先生は『龍馬は土佐にあだたぬ奴だ』とおっしゃっていた」
「あだたぬ……?」
「あだたぬ奴、とは土佐では『収まりきらぬ奴』という意味だが、拙者も確かに龍馬はそういう男だと思う」
「そうですか。やはり、とうとう脱藩しましたか、龍馬は……」
「その後どこへ向かったかは不明だが、噂によると江戸へ行ったとも聞いている」
「もし江戸へ行ったのであれば、おそらく今頃、千葉道場にでもいるのでしょうな」
「おそらくは……。それで小池殿。これからも武藤殿に協力して尊王攘夷の道に励んでいただきたい。この国はもう、幕府や藩、それに朝廷だけでは立ち行かなくなっている。これからは我々草莽の人間が国を変えてゆかねばならぬ」
「草莽……」
勝蔵は武藤藤太のおかげで博徒にしては学があるほうだが、特にこの“草莽”という言葉には親しみを感じていたので、意外にもその意味を知っていた。
草莽とは草むらのことで、そこから転じてお上や官とは正反対の人間のことを言う。
要するに庶民、民間人、在野の人物のことだ。
社会の枠からはみ出た勝蔵のような人間も、これに含まれる。
那須はしばらく甲州に滞在し、その間、武藤家で世話になるつもりだ、ということだった。
一方、縁側では猪之吉がお八重と話をしていた。
「しばらくしたら、猪之吉さんはまた勝蔵さんと一緒に東海道の旅に出るのでしょう?」
「まあ、そういうことになるかな……」
それにしても、こうして二人で話をしていると猪之吉としては何とも心が落ち着かない。
猪之吉は今、二十四歳で、お八重は二十二歳だ。
お八重は誰が見ても美しいと認めるほどの美女で、しかも未婚のお姫様だ。
この縁側のすぐ近くに玉五郎たちがいて、その玉五郎などは「おい、猪之吉。親分の女に変な気を起こすんじゃねえぞ」と猪之吉に釘を指してはいるが、いくら幼なじみとはいえ、久しぶりにこうして二人きりになると、どうも胸の内がぞわぞわとして落ち着かない。
「どうしたの、猪之吉さん?」
「いや、何でもない……」
「でも、猪之吉さんは良いわね。勝蔵さんと一緒に伊勢神宮やいろんな神社を見て回ることができて」
「え?うん、まあ、そう言えば、そうとも言えるかな……、ハハハ……」
時には敵の博徒の賭場を荒らして金をかっさらっている、などという話はさすがに猪之吉も口にできない。
「私もお伊勢参りのついでに、東海道で旅回りしている勝蔵さんのところへ遊びに行こうかしら?」
「え?」
「本当は勝蔵さんや猪之吉さんと一緒に各地の神社を回りたいぐらいなんだけど、一緒について行っちゃダメかしら?」
「そんなの無茶だよ。無理に決まってるじゃないか」
「どうして?なぜ無理なの?」
「いや、どうしてって言われても……」
「私も八反屋敷で普段からそういう世界に触れているから、勝蔵さんが危ない仕事をしていることは薄々わかってるわ。でも、こうして自分からついて行かないと、なんだかこれから勝蔵さんや猪之吉さんに会えなくなるような気がするのよ……」
猪之吉はやっと分かった。
この女性はこの女性なりに、勝蔵親分と所帯を持つということを真剣に考えようとしているのだ、ということを。
勝蔵と所帯を持つということは、すなわち博徒の親分のおかみさんになるという事だ。
勝蔵が甲州から追われる以前であれば、同じ黒駒地域に住んでいたから「その事」をそれほど難しく考える必要もなかったが、こうしてお互い離れ離れで暮らすようになって、ようやくお八重は真剣に「その事」を考えるようになったのだった。
だが、猪之吉としては、
(今の勝蔵親分の状況では、とてもじゃないがそれは無理だ)
と思わざるを得ない。
黒駒一家を立て直すのに精一杯で、しかも東海道を流浪している身ではとてもおかみさんを迎えるような状況ではない。
さらに決定的なのは、なによりお上から手配されているお尋ね者だということだ。そんな人間に嫁ぐなど武藤家の親兄弟が許さないだろう。駆け落ち同然で結婚するならまだしも。だが、それも難しいだろう。
とにかく猪之吉としては、そのお八重の問いかけに対して曖昧な言葉で逃げるしかなかった。
それから二日後、戸倉に潜伏中の勝蔵に対して石和代官所から捕り方の手が回りそうだ、という情報が勝蔵のところへ飛びこんできた。
それで勝蔵と猪之吉は急きょ甲州での潜伏を早めに切りあげ、再び東海道へ逃げて行った。
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「地図と読む 現代語訳 信長公記」 太田 牛一 (著) 中川太古 (翻訳) KADOKAWA
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