おやすみ

壬玄風

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おやすみ

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「枕取って」

風見日和、21歳。
なんか疲れたー、と言うと突然ベッドに倒れ込む。
今この部屋でもっともグータラな女である。


「ほい」

林梓月、21歳。
日和が頭を落とす位置を狙って枕を投げる。
今この部屋でもっとも働き者の女である。


ルームシェアで二人暮らしをしているが、日和は体調を崩しがちで、家事一切は梓月に任せきりになっている。


「おやすみ、日和」

「……ねえ梓月」

「どうしたの」

「なんで梓月はここまでしてくれるの?」

「なんでって」

「家事は全部やってくれるし、私の方が仕事だって休みがちなのに、それでも文句の一つも言わないで」

「日和は気にしなくていいの。私がそうしたいからしてるだけなんだから」

「でもそれじゃ申し訳ないよ。私にできることがあったら言って」

「なんでもいい?」

「うん。なんでもするよ」

「ふーん、じゃあ死ねって言ったら死んでくれる?」

「なにその小学生みたいな問答……」



高校時代、文芸部で出会った二人はただ一緒にいるだけで、ほとんど会話を交わすことはなかった。

文芸部には他にも三年生で部長の大沢亜季と二年生の野間小詠の二人が在籍しているが、あまり部室に顔を出さなかった。
話しかけられれば普通に答えるぐらいの社交性はあったが、自分から話しかける積極性までは持ち合わせておらず、故に銘々黙って読書をするだけで日々が過ぎていく。


夏休み前日、即ち一学期最後の部活の日も部長と副部長が休みという珍しくもない普通の日で、いつものように梓月と日和だけが部室で読書を嗜んでいた。

すると、突然鍵がかかっていたはずの部室のドアが開かれ、数人の男子生徒がなだれ込んできた。
二人は恐怖を感じて悲鳴をあげ逃げようとするが、あっという間に捕まって床に押し倒されてしまう。



「あの、林さん……」


全てが終わった後、二人は背中合わせにぐったりと座り込んでいた。
しばらくして、ようやく梓月が口を開いた。


「こっち見ないで」

「見てないよ」

「今日のことは誰にも言わないで、お願い」

「言わないよ、こんなこと、誰にも言えないよ……」


梓月は乱雑に着せられた制服を整え、よろよろとよろめきながらもどうにか立ち上がる。


「林さん、もうこっち見ていいよ」

「うん。って全然だめじゃん!」


日和も同じように服を着たのかと思いきや、ろくに服を直してなくて下着は半分ほど露わになっているし酷い恰好のままだった。


「もう直す気力もない。指先も動かしたくない」

「しょうがないなあ。私が直してあげる」

「あっ待って汚れてるよ」

「だけど、こうしてるわけにもいかないでしょ」


梓月はてきぱきと日和の服を整えていく。


「ありがとう、林さんは優しいね」

「そんなことないよ。さあ、早く帰ろう」

「うん……」



それからも、二人はそれまでのように通学し続けた。
何かあったのかと勘づかれるのが怖かったから、内心では怯えながらも何事もなかったかのようにやり過ごした。

表向き変わった点といえば文芸部を辞めて二人で過ごす時間を増やしたこと。
放課後は梓月の自室で過ごし、週末には泊まり込み一つのベッドで寝ることもあった。

当初は二人とも銘々に読書など好きなことをするだけだったが、梓月が徐々に無気力状態に陥っていく日和の面倒を見るようになっていった。


「ねえ、梓月」


秋も深まる頃、日和は読書中には必要以上に干渉しないという暗黙の了解を破り、梓月の真横にぴょこんと座る。梓月は嫌な顔をすることもなくしおりを挟んだ本を後ろ手にベッドに置いた。
日和は面白いことを思いついたような顔で言う。


「私死にたい。死んでいい?」


日和が唐突に死にたいと言い出すのは何度目だろうか。
その度に梓月の胸が痛む。
梓月は、日和のように死んで楽になりたいという気持ちにはならず、理由はわからないが密かに罪悪感に悩まされていた。

そして今回は、死んでいいかと聞いて来た。
梓月が記憶する限り初めてのことで、それは着実に死に近づいているあらわれと感じられた。


「どうせ死ぬならさ……やろうよ」

「何?」

「復讐。いつかしようと思ってた。協力して」

「……うん。梓月がそういうなら。どうせ失敗しても死ぬだけだもんね」


二人は話し合い、調査し、鍛錬を重ねる。
失敗してもいいとは言ったけど、やれるだけのことはやるつもりである。

ターゲットは最初に部屋に入ってきた男、保津康太。
場を仕切っていたのを見るに、連中のリーダー格だろう。


「一人でいるところを狙って闇討ちするだけの簡単な仕事だね」

「日和……その熊の着ぐるみよく似合うね」

「もう無駄話してる場合じゃないよ」

「そうだね、それじゃ後で」



路地裏を一人で歩いている男。特に警戒している様子はない。
熊の着ぐるみを纏った日和が近づく。
保津康太の意識がそちらに向いた途端、背後から梓月の鉄パイプが襲った。


「がっ!」


康太はあっけなく倒れた。
二人は更にひたすら康太を殴りつけると、それぞれ反対方向に逃げ出した。
落ち合う先は、駅前の百貨店。
人混みに紛れ込んだ。


「梓月……」

「日和、やっぱり死ぬのは待って」

「わかってる。私こそお願いするよ。次の仕事も一緒だからね」



梓月は自らに死ぬ理由を設ける。

警察に捕まる前に死んで逃げる。

ああ、でも。

もう一人の自分が否定する。

人はそう簡単に死ぬことなんてできない。
やっぱり、死ぬのは怖い。

捕まるぐらいなら死んでやると覚悟を決めて、実際に警察が踏み込む前に命を断った人はどのくらいいるだろうか。そう多くはないのではないか。

なんだかんだで気づいたら檻の中にいるんだろうな。



だけど今そんなことはどうでもいい。
私は私達がやりたいことをやるだけだ。


誤算は、いつまでたっても警察の捜査の手が及ばないことだった。
捕まるぐらいなら日和を殺して自分も死ぬつもりでいた。
できるかどうかは別として。


「おまわりさんこないね」

「どうしたんだろうね」

「こうなったら皆殺しにしよう」

「日和は全員の顔覚えてる?」

「最初の二人だけ」

「私もだいたいそう。で、思ったんだけど今度は生かしておいて尋問しようと思う」

「それで仲間の情報を聞き出すんだね」


第二の犠牲者、山本正哉を闇討ちし、縛って港の倉庫に拉致した梓月はサングラスとマスクを身に着け竹刀を振り回した。
引きずるようなロングスカートも購入したものの、歩きづらいので断念した。


「あんとき部屋に入った連中の名前を教えな」

「てめえ!こんなことをしてただですむと思うなよ!」

「言わないなら死んでもらう。全部話せば解放する」

「言います」


正哉は、康太を瀕死の重傷に陥れたのがこの二人だと悟り、従順になった。


「これで全部か?」

「はい、俺の知る限り全部です」

「感謝するぜ。これがアタイからの御礼さ。日和やっちまいな」

「へい姉貴」

「なにをす……」


梓月は満足すると、日和に命じ正哉をナイフで刺し弱らせて海に投げ捨てた。
梓月と日和は、痛みと恐怖で顔を歪めながら沈んでいく正哉を静かに見届けた。
正哉は空気を求めもがきはじめたがすぐに意識を失った。


「もうおしまいか」

「今度こそおまわりさん来るかな?」

「来たらどうするの?」

「すぐに私を殺して」

「うん。私もすぐに後を追うからね」

「梓月は私の分も生きてほしいな」

「長生きだなあ、私」

「お願い」

「わかった」

しかし梓月はやっぱり後を追うつもりでいた。
日和のいない人生なんて無意味だから。


「そうと決まったら一人でも多く殺しに行こう」

日和の瞳に輝きが戻ってきた。
梓月はそんな日和を愛おしく感じる。

こうして粗雑な犯行計画のもと次々に尋問と殺戮を繰り返す梓月と日和。
いつか終わりの時が来ることを願いながら、ここまでしてもなぜかおまわりさんはやってこない。


「もしかしたら泳がされてるのかな」

「私もそれ思った」

「自分の手を汚さず私達が復讐を完成させるまで待っているなんてずるいよね」

「だけど好都合じゃない」


そうしているうちに、二人は思わぬ事件の真相にたどり着いたのである。


「とんでもない話だったね」

「大沢亜季……つまり部長が首謀者だったなんて」

亜季は彼氏を文芸部に連れてきたときに梓月を気に入り、ついには亜季と別れ乗り換えようとしていた。それを知った亜季が梓月に恨みを抱き、康太を唆し梓月を襲わせたというのである。
ちなみに日和は部室にいたからついでに襲われただけと聞いて梓月は思わず号泣する。


「ごめんね私の所為で日和がー」

「大丈夫だよ、梓月は悪くないからね」



「あんたたちが連続殺人事件の犯人……」

大胆にも学校内で亜季を襲撃する梓月。
亜季は学校の女子トイレで裸にされて縛られているが、未だに強気を崩さない。


「他の連中はともかく、私にこんなことをしてただですむと思わないことね」

「なんで悪役ってみんな言うことが同じなのかしら」

「どういうわけかみんな同じことを言ってただですんでるのよね、今までは」

「それに安心して先輩。今日は楽しい思い出を共有したいだけだから」


日和がレジ袋から取り出したのはキュウリだった。

「先輩、キュウリ大好きですよねー。もちろん私達も大好きですよ」


亜季はその意図を察して顔色を変える。


「なにすんのよ変態!」

「先輩に言われたくないなあ。さあ足を開いてくださいねー」

「や、やめ……」


亜季はキュウリに犯された。


「これで満足した?もう放してよ」

「さあ二本目のキュウリいきますよ。あと八本ありますからゆっくり楽しみましょうね」

「うそ……」

「ポラ持ってきたから記念撮影しましょう」

「わあ日和素敵、結婚しよ」


翌朝、学校では穴という穴にキュウリをねじこまれた亜季の写真がバラまかれ、本人は両手を縛られたうえに両足の骨を砕かれた状態で放置されているところを発見された。
彼女はこの件について何も語らなかったという。


梓月と日和はどういうわけか警察の捜査の手が及ばないまま、何食わぬ顔で高校を卒業した。そして二人でアパートの一室を借りて新しい生活をはじめた。
大学には行かずアルバイトを転々としながら日銭を稼ぐ生活が続いた。。

日和はもう死にたいとは言わなくなった。
ただ無気力で体調を崩しやすく仕事も長続きはしない。
なかば梓月が日和を養うような形になっていた。


「ねえ梓月」

「どうしたの」

「なんで梓月はここまでしてくれるの?」

「なんでって」

「家事は全部やってくれるし、私の方が仕事だって休みがちなのに、それでも文句の一つも言わないで」

「日和は気にしなくていいの。私がそうしたいからしてるだけなんだから」

「でもそれじゃ申し訳ないよ。私にできることがあったら言って」

「なんでもいい?」

「うん。なんでもするよ」

「ふーん、じゃあ死ねって言ったら死んでくれる?」

「なにその小学生みたいな問答……」

「私、ずっと日和を殺したいと思ってるの」

「そう、それじゃ……」




おやすみ

ええ、おやすみなさい

これからもずっと一緒だね

そうよ、これからもずっと

永遠に

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