Free Hugs〜最後のハグから始まる恋〜

はるみさ

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第十一話

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 次の日からも茂野は定時後に仕事を手伝ってくれた。

 最初は遠慮していた琴美だったが、ランチを奢ってほしいだとか、翌日にコンビニのコーヒーを買ってきて欲しいだとか、朝起きるのが辛いからモーニングコールをしてほしいだとか、ちゃんと対価を求めてくれるのが頼み事をするのが苦手な琴美には有り難かった。

 茂野の予想通り、課長は茂野が私の仕事を手伝っているのには気づいていたようだったが、特に何も言うことはなかった。

 途中、水曜日に律から出張から戻ってきたと連絡があったが、それどころじゃなかった琴美は今週は仕事で忙しいから会えないとメッセージを送った。律からは無理をしないでね、と心配するメッセージが届いた。

 仕事は茂野の有能ぶりも遺憾なく発揮され、修正案件も現在抱えている案件も問題なく期限通りに終えることが出来た。
 
 琴美は金曜日の定時後、打ち上げをしようと茂野に食事に誘われた。琴美は終始心配をしてくれていた日菜子も一緒にと誘ったのだが、予定があるとのことで断られてしまったので二人きりだ。

 琴美は居酒屋のテーブルの上で茂野に深く頭を下げていた。

 「今回は本当にありがとう!
 この恩は必ずいつかお返しします。」

 茂野は微笑む。

 「そんなの良いって。
 大体あれは一人でこなせる量じゃなかった。」

 琴美は苦笑して、頷いた。

 「私も引き受けたは良いけど、茂野君がいなかったら、正直どうなってたか…。ほんと、ありがとね。」

 「ん。いつも一生懸命なのは成瀬の美点だけどな。」

 それだけ言うと、ぐいっと茂野はビールを飲み干した。
 琴美はじっと茂野を見つめる。

 (これに懲りたら仕事の受け方を考えろ、とか言われると思ったのに…。)

 「…ねぇ。なんで、責めないの?私の仕事の受け方が原因で茂野君に迷惑かけたのに…。」

 茂野はポカンとした後に、ハハッと笑った。

 「責める理由なんてない。一生懸命仕事して、他の人のフォローまでして、そんな頑張ってる成瀬を責めようなんて奴はいないよ。それに、成瀬は人一倍優しいだけだ。

 俺はそんな成瀬を好きになったんだから。」

 茂野はそう言って、琴美に微笑んだ。
 琴美はキュッと唇を噛み締めて言った。

 「……違うよ。そんな優しいとかじゃないの。断るのが苦手なだけで…本当は引き受けたくなんてなかった…。」

 「成瀬が断れないのは、自分がやらなきゃ誰かがやる…って考えるからだろ?

 成瀬はちゃんと断れるはずだ。確かに押しに弱いところはあるかもしれないけどな。」

 茂野は新しく来たビールに口をつけた。

 「そう、なのかな?」

 「俺はそう思うけどな。

 成瀬が引き受けるのは、大抵誰かが困ってる時とかどうにもならない時だけだ。」

 「…そうだっけ?」

 琴美は自分がどんな時に依頼を引き受けているかなんて、考えたことがなかった。茂野は言う。

 「あぁ。例えばこの前、新人が早々に出来ないと言って成瀬を頼ってきただろう?あの時は断ってた。」

 確かにそんなこともあった。調べながら出来るような案件だったから、本人にもう少し頑張るように言った。

 「それは、私が引き受けたら新人の子の為にならないと思って。時間もあったし、本人がやるべきだと思っただけだよ。」

 茂野は焼き鳥を翳しながら、言う。

 「それにこの前、田村が頼ってきた時も断ってた。」

 田村君は私達の同期だ。少し調子の良いところがある人で琴美はあまり得意じゃない。

 「あれは田村君が私に仕事を押し付けて、合コンに行こうとしてるのを知ったからだよ。ひなちゃんが教えてくれたの。」

 茂野はニッと琴美に笑いかけた。

 「…どう?ちゃんと断れてると思うけど?

 中にはずる賢く困ってるフリをして、成瀬を頼ろうとする奴もいるけど、それはそいつが悪いのであって、成瀬が悪い訳じゃない。
 …大体これからはそんなことさせない。」

 「そんなことさせない…って?」

 茂野は、琴美の瞳をじっと見て言った。

 「すぐに偉くなるから待ってろよってこと。」

 琴美はプッと吹き出した。

 「すごいよ、茂野君は!
 本当にすぐ偉くなっちゃいそう!

 楽しみにしてるね!」

 「あぁ、楽しみにしてろよ。」

 それから、二人は盛り上がり、遅くまで飲んだ。


   ◆ ◇ ◆


 「ごめん、結局この調子だと今日も終電になっちゃいそうだな。」

 「ううん、大丈夫。明日からは休みだし、全部終わった今日のお酒は楽しかったしね。」

 琴美と茂野は駅に向かっていた。駅から離れた居酒屋で飲んだので、また会社の前を通って、この一週間、毎晩茂野と歩いた駅までの道を今日も茂野と歩く。

 会社を通り過ぎ、少ししたところで茂野が急に立ち止まった。

 「茂野君?どうしたの?」

 振り向いた琴美の手を茂野はギュッと引いた。

 「へっ?!」

 いつの間にか琴美は茂野に抱きしめられていた。

 「しっ、茂野君!ちょっ…やめて。」

 琴美は茂野の胸を軽く押して、離れようとしたが、茂野は強く琴美を閉じ込めた。

 「成瀬。この一週間のご褒美くれないか?」

 琴美は動きを止めた。

 「一分だけでいいんだ。大人しく…して?」

 (一週間の……そう言われたら断れないよ。)

 琴美は諦めたように腕を横に下ろして、そっと目を閉じた。

 (…律さんとは違う匂い。律さんの方が体温高いな。
 茂野君も鍛えてそうだけど、律さんのような胸板はないや。

 …なんで、
 私はここにいるんだろう。

 …なんで、
 私を抱きしめてくれるのが律さんじゃないんだろう。

 律さんに会いたい。)

 気付けば、琴美の頭の中は律でいっぱいだった。

 茂野が琴美を解放する。

 琴美の顔を見て、茂野が寂しそうに笑う。

 「…そんな顔するなよ。」

 琴美は何も答えられない。

 琴美だって茂野のことは嫌いじゃない。けれど、琴美が茂野の腕の中で思い出すのは律のことだった。この一週間もずっと思い出さないようにしていたけれど、本当は毎日のように律に会いたくて仕方がなかったし、琴美の料理を食べて笑う律が見たかった。

 思えば律はいつも琴美のことをすごいすごいと褒めてくれた。料理のことだけじゃない。仕事の話もニコニコと聞き、「琴美はすごいね」「琴美はみんなに頼られてるんだね」と励ましてくれてた。

 ハグだって、いつも琴美のことを優しく包みこんでくれて…意地悪を言うことはあっても、琴美が嫌がるようなことは何一つしなかった。

 いつ気付いても良かったはずなのに、律に恋をしたら大変だとか言い訳をして、琴美は自分の気持ちと向き合うことから逃げていた。裏切られて終わった恋の後遺症もあったのかもしれない。

 でも、ようやく琴美は気付いた。

 律に恋をしているんだと。

 そう気付いてしまえば、律への愛しい気持ちが溢れて仕方なかった。行き場を無くしたその感情は一筋の涙となって、琴美の頬を濡らした。

 もう茂野の告白の返事が決まってしまった。
 琴美は口を開いた。

 「茂野君、この前の返事なんだけどー」

 「ごめん。今は聞きたくない。」

 「でも…っ!!」

 「返事は分かってる!

 …けど、どうしても諦められない。
 成瀬が結婚するまでは足掻くつもりだから。」

 「茂野君…。」

 茂野はフッと笑う。

 「本当に成瀬はモテるから困る。
 俺もまだまだ頑張んないとな。

 ほら、終電に間に合わなくなる。行くぞ。」

 そう言って、茂野は先に歩き出してしまった。

 それを慌てて、琴美は追いかける。
 涙を拭って、琴美は思う。

 (私の気持ちは決まってる。
 律さんに言おう。私も伝えたいことがありますって。

 それで会えたらちゃんと伝えよう。
 律さんのことが好きですって。)

 しかし、そんな琴美の気持ちとは裏腹にその日以降、律からの返信は途絶えた。
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