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第十四話

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 シャワーを浴びながら、琴美はパニックになっていた。

 (ど、どうしよう。きっと、この後、やるんだよね?あ、あの律さんの身体に抱かれるんだよね?大丈夫かな、私。かなり久しぶりなんだけど…。それに前に押し付けられた時思ったけど、律さんのってなんだか大きそうだったし…は、入るかな。う、嬉しいけど、ドキドキしておかしくなりそうだよー!!
 そ、それにどんな格好で出ていけば良いんだろう。パジャマも下着も…ぬ、脱ぐんじゃ着てる意味もないかな?でも、バスタオル巻いて出て行って、やる気満々みたいに思われるのも嫌だし。あー、こんな時のために勝負下着くらい買っておくんだった!でも、律さんはどんなのが好みかな…可愛い系?綺麗系?それともすごいエッチなのが好みだったりして…。だとしても、私は持ってないんだけどさ!!)

 琴美は念入りに頭と身体を洗った。
 髪を乾かして、お風呂場を出る。
 結局琴美は迷った末にパジャマも下着もしっかりと身につけた。脱がすのが好きって人もいるし、と。

 「り、律さん…お、お待たせしました。」

 真っ赤な顔で俯きながら、琴美は言う。

 しかし、律から返事はない。

 「…律さん?」

 律はベッドに横になっていた。またしても、琴美愛用の抱き枕を抱きしめていた。

 まさか…!と思い、琴美が近づく。

 律はすっかり寝息を立てて、眠っていた。

 「ね…寝ちゃった…。」

 琴美は一人苦笑いだ。
 ベッドの横に座り、律のサラサラとした髪の毛を撫でる。それにも律は全く動じず、すぅすぅと寝ている。

 「…本当に寝れてなかったんだ。

 ふふっ…可愛い寝顔。」

 律は安心したようにぐっすり眠っている。

 布団を敷こうかとも思ったが、ふと律の抱きしめているクマの抱き枕と目があった。たかが抱き枕…なのに、琴美は羨ましいと思ってしまった。

 琴美は重い律の腕を持ち上げ、抱き枕と入れ替わるように自分の身体を滑り込ませた。律は眠ったままだが、琴美をギュウッと抱きしめて、微かに笑ったようだった。

 「律さん…お休みなさい…。」

 琴美は大好きな匂いと温かい体温に包まれて、眠りについた。


   ◆ ◇ ◆


 次の日、律は包丁の音で起きた。

 「ん…あれ?」

 起き上がると、キッチンに立つ琴美が気付いて、エプロンで手を拭きながら、ベッドに腰掛けた。

 「律さん、おはようございます!」

 そこで、律は思い出した。琴美を待っている間に寝てしまったことを。

 「うわぁー!!俺はなんて勿体無いことを…。」

 律はベッドの上で項垂れている。
 琴美は微笑んで、律の頭を撫でた。

 「寝てなかったんですもん。仕方ないですよ。」

 律は頭を撫でる琴美の手をガシッと掴むと、ぐっと引き寄せた。琴美は律の胸に倒れる。律はすかさずぎゅっと琴美を抱きしめる。

 「…じゃあ、今から琴美を愛しても良い?」

 「律さん…。」

 二人の唇が重なろうとした時、ピピーっと炊飯器の音がした。二人は目を合わせて、笑った。

 「…ご飯食べよっか。」


   ◆ ◇ ◆


 律は味噌汁を流し込むと、琴美に言った。

 「琴美、今日は何か予定あるの?」

 「特にないです。敢えて言うなら、食材の買い出しと、部屋の掃除くらいかなぁ…。」

 琴美は浅漬けを摘みながら答える。

 「じゃあさ、夜、デートしない?」

 律は満面の笑みだ。

 「デート、ですか?」

 「うん。付き合い始めたんだし、初デート。」

 律は前のめりになりながら、琴美の答えを待っている。
 キラキラした瞳は本当に子供みたいだ。

 「ふふっ。わかりました。楽しみにしてますね。」

 「やった!!じゃあ、仕事終わったら、車で家の前まで迎えに来るね。」

 「ありがとうございます。
 あ、でも、時間あるし、律さんの会社まで行きましょうか?」

 「え?いいの?
 確かに時間も節約できるし、助かるけど…。」

 「大丈夫です。
 …そ、その方が長く一緒にいれますし…。」

 琴美が素直な気持ちを吐き出すと、律は嬉しそうに顔を緩める。はぁ…と、どこか色っぽい溜息を吐いた。

 「琴美…なんて可愛いんだろ…。
 あー、本当に今日仕事行きたくない…。」

 律はがっくりと肩を落とす。

 「頑張ってきて下さいね。」

 その後、二人でお茶を飲んだ後、琴美は一旦家に帰ってから出勤するという律を見送った。


   ◆ ◇ ◆


 「うー。どこに行くのか聞いておくんだった…。」

  琴美は普段は結んでいる髪を巻き、いつもかっちりしている化粧を今日はナチュラルな感じにしてみた。そして、今はクローゼットをひっくり返して、デートに着ていく服を選んでいる。

 (律さんが可愛い系が好きなのか、綺麗系が好きなのかも分からないし、どこに行くかも分からないから、なかなか決まらないよー!余裕を持っていくなら、そろそろ出なきゃいけないのに…。)

 琴美は仕方なく最近買ったばかりのラインの綺麗なノースリーブのワンピースを選んだ。無難すぎるような気もするが、ワンピースなら脱ぎ着もしやすいし…と思ったところで、夜を思いきり期待している自分に気付き、一人顔を赤らめる。下着も一応今持ってる中では一番可愛いと思われるものを選んだ。水色のレースが可愛らしい下着だ。パンティの方は少し扇情的だが。
 何もなかったとしても、別に良い。別になくてもいいけど何かあったら困るので、万全の状態を整えていくんだ!と琴美は自分に言い聞かせた。

 支度を整えて、家を出る。電車を乗り継ぎ、律に教えられた住所まで歩く。律が仕事が終わると言ってたのが十八時半。この調子でいけば、十分前には着く。

 歩くうちに琴美はその道のりに既視感を感じた。

 (私…ここ歩いたことある。いつ歩いたんだっけ?)

 確かに歩いたことのある道だと思うのだが、なんで歩いたのかを思い出せない。

 (この辺りに目的のお店でもあったのかなぁ?
 まぁ、いいか。仕事で通っただけかもしれないよね。)

 琴美は深く考えずに歩いた。
 律の会社の前に到着する。

 そこで琴美はようやく思い出した。

 「…あっ。…ここって…。」

 そこは前に一度だけ来たことがある俊哉の会社だった。ここは自社ビルだと前に俊哉が話していたから、律と俊哉が同じ会社であることはほぼ確実だった。

 「ま、まじかぁ…。
 でも、かなり社員数も多いし、律さんと俊哉が知り合いってことはないよね…たぶん。」

 琴美がビルを見上げて立っていると琴美を呼ぶ声がした。

 「琴美!」

 琴美が声をした方を見ると、会社から律が出てきたところだった。……何故か俊哉と共に。

 律は琴美に駆け寄る。琴美は俊哉を見て固まっている。

 「琴美、お待たせ。ちょうど部下が下に降りるって言うんで、一緒に降りてきたんだ。

 …って、琴美?どうした?」

 俊哉を見て固まる琴美を訝しそうに律は見つめる。
 俊哉が口を開いた。

 「琴美…久しぶり…。」

 「う、うん。」

 二人の気まずい空気を感じ取った律が琴美に尋ねる。

 「琴美、もしかしてー」

 琴美はどこを見ていいか分からない。ソワソワと落ち着きなく、結局足元に視線を落とした。

 「あー、うん。この人が…私の元彼、なの…。」

 律がふぅと小さく息を吐く。

 「そうなのか…。

 まぁ、驚きはしたが、誰が琴美の元彼だろうと関係ない。今、琴美と付き合ってるのは俺だしな。」

 律はそう言って、琴美の頭にポンと手を置いた。

 「…律さん…。」

 琴美は律が面倒くさがったり、嫌な顔を一つもしなかったことが嬉しかった。琴美はキュッと律の服の裾を掴んだ。

 それを俊哉は唇を噛み締めるようにして見ていたが、耐えきれずに口を開いた。

 「あ、あの、副社長ー」

 律は琴美を背中に隠すようにして、俊哉の言葉を遮った。

 「じゃあな、菊地。
 今日はありがとう。また来週頼む。」

 律の声はどこか怖く、これ以上琴美のことに触れるなと暗に伝えているようだった。

 「は、はい…。」

 「じゃあ、琴美行こうか。」

 そう言って律はぐっと琴美の腰を抱き、駐車場へ歩き出した。律と琴美の後ろ姿を見つめる俊哉の拳は固く握られていた。

 その時、琴美は全く違うことを考えていた。

 (副社長…ってどういうこと?!)


 
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