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第15話 漆黒の狩人たち

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 僕はレオパルトの後について、地下への暗い階段を恐る恐る降りていった。

(カツーン、カツーン)

 自分の足音が反響する中、地下は湿気がありカビ臭かった。僕は何度も段を踏み外しそうになったが、レオパルトはすいすいと無音で先を行った。
 階段を降りきると、いかにも古そうな重厚な扉があった。この屋敷は何もかもが古いようだった。
 レオパルトが珍しく真面目な表情で言った。


「ええか、開けるで。」


 僕は無言で頷いた。

(いったいこの扉の先には何が?)


 重い扉がギギギと開いた。


 ポン!
 ポン!

(発砲音!?)


 僕は乾いた破裂音にびっくりして目を閉じてしまった。ゆっくりと目を開けると、僕の目の前には無数の紙ふぶきがただよっていた。天井からは割れたくす玉がぶらさがり、壁には横断幕がかかっていた。


『ようこそ! 猫の街の孤児院、こねこの家へ!』


(パチパチパチパチパチ…)


 部屋の中では、黒髪の少女とベラベッカとユートが笑顔で拍手をしていた。

「こ、孤児院?」

 僕がぼうっと立ち尽くしていると、ベラベッカが寄ってきて僕の腕を取った。

「レイさま、さあさあ、座って下さいな。やたくしの隣にぜひ。」

「ベラベッカおねえちゃん、距離が近すぎニャ。レイにいちゃんは明らかに迷惑そうニャ。」

 ユートの指摘に金髪の少女はあかんべえを返した。目の前には大きなテーブルがあり、その上には飲み物が入った瓶やグラスが並び、お菓子が山盛りになっていた。

「こんなに買って、お金は大丈夫かニャ?」

 心配そうな様子のユートに、黒髪の少女は胸をはった。

「大丈夫よ、ユート。レイちゃんのおかげで、ものすごい臨時収入があったからね。」

 彼女は僕にウインクした。戸惑いながら僕が着席すると、レオパルトが泡の出る飲み物をグラスになみなみと注いできた。

「まずは飲めやレイはん! こないだの続きや! まあこれはサイダーやけどな、ニャッハッハッ!」

「レオパルト! レイさまには私が注ぐので、余計な手出しは一切無用です!」

「レイはん、そいつは無視してワイと飲もうや。」


 僕を間に挟んで喧嘩を始めるふたりだった。ふと視線をあげると、黒髪の少女と僕の目が合った。彼女はグラスでチビチビとミルクのような飲み物を飲んでいた。

「驚いた? ひょっとして、拷問されるとでも思ってた?」

「ここは孤児院なの? 君たちはいったい何者?」

「待って。順番に説明するわ。まず、まだ名乗ってなかったよね。私の名前はアイゼ・クランツ。この孤児院の院長よ。いちばん偉いんだから。」

 彼女はまた僕にウインクした。僕の両隣から咳払いが聞こえてきた。

「はいはい、今言うから。もう知ってるよね。そっちの、あんたにぞっこんの奇特な趣味の彼女はベラベッカ。落ちぶれ貴族の娘よ。そっちの大きな毛玉はレオパルト。無駄飯食らいの酔っ払い猫ね。唯一まともで使えるのはそちらのチビちゃん、ユート君。」

「落ちぶれ貴族!?」

「無駄飯食らいやて!?」

「ボス、うまいこというニャ!」

 ふたりはかなり不服そうに顔を膨らませ、ユートだけは飲み食いしながらご機嫌だった。

「そのほかの細かいことは後で個人的に聞いて。」

 どうやらアイゼ院長は面倒くさがりのようだった。僕も慌てて自己紹介をすることにした。

「もうみんな知ってるようだけど、僕の名は三毛神 零。なぜ知ってたの?」

「そこの毛玉に聞いた。」

 アイゼから急に話を振られたレオパルトはかじっていたピザを飲み込んだ。

「レイはんは察しがええからもう気づいてるわな。キャリアンとワイは知り合いやねん。
昨日の朝にな、レイちゅうお人がこの街に来るからよろしゅうて伝令インコが来たんや。見た目ですぐにわかったわ。」

(それで僕を尾けていたのか。)

 レオパルトの毛の中から青い綺麗な小鳥が出てきて抗議するようにギギッと鳴いた。

「あ、ゴメンね。忘れてた。その子はカイトちゃん。有能な伝令インコよ。」

 カイトは鮮やかな青い胸を張って羽を広げて満足げにピヨピヨ鳴いた。僕にはまだ解けない疑問があった。
 

「アイゼさん、さっきから君のことをみんながボスって呼んでるけど?」

「そう、私たちは抵抗組織なの。名前は漆黒の狩人。もちろん私がそのボスよ。」

(抵抗組織!?)

 アイゼはあっさりと認めた。やはり彼女は黒猫だったのだ。それにしても、こんな子供ばかりの抵抗組織なんて、僕には信じられなかった。

「メンバーは何人くらいなの?」

 僕の質問に、アイゼは右手を上げて手を広げた。

「50人くらい?」

 アイゼは首を振った。

「現在5名。もうすぐ6名。」

「たったの6人!?」

 僕は思わず声に出してしまい、今この部屋にいる人数を数えてみたが、カイトをいれてもひとり足りなかった。

「あとのひとりは誰?」

 僕の質問に、アイゼはさも当たり前のようにまっすぐ僕を指差した。

「あんたよ、レイちゃん。ようこそ、こねこの家へ。そしてようこそ、漆黒の狩人へ!」

 その瞬間、まわりからまた盛大な拍手と歓声と口笛があがった。

「そうかそうか、ワイが勧誘するまでもなかったんやな。レイはん、おおきにな。」

「レイさまと共に侵略者どもと戦えるなんて、まさに歓喜の極みです!」

「よかったニャ! レイにいちゃん!」


 あまりに急な話を僕は飲み込めず、キョトンとしてしまった。自分を指差して念のために確認してみた。


「僕?」

「そう、あんたよ。」

「無理無理無理!! 無理だそんなの!」

 僕は激しく拒絶したが、アイゼはニヤニヤするばかりだった。

「よく言うわ、私を殺しておいてさ。あんたのあの大ウソ演説、わりといい度胸してたけどね。」

「そ、それは…。」

 僕が言い淀むと、レオパルトが割って入ってきた。

「そやけどボス、これはチャンスやで! 敵は黒猫が死んだと思うとるで。ボスはいろいろ動きやすうなる上に、レイはんは人間やし、敵の中に潜り込む絶好の機会やで!」

(敵の中?)

「わたくしは反対です! いずれ我が伴侶となるお方にそのような危険な任務を遂行させるなど、わたくしは全くもって了承しかねます!」

 ベラベッカは僕の腕を持つ手にギュッと力を込めた。

「危険な任務って?」

「子猫誘拐組織への潜入作戦ニャ!」

 とんでもない事をユートが言い出した。

「パルミエッラがその組織のボスなの。あんたのせいで逃げられたけどね。」

 アイゼの嫌味に、僕は赤いドレスの女性を思いだした。

「昨夜、あいつが秘密舞踏会に参加するって情報を得たので皆殺しにしようかな~って思って襲撃してやったの。」

 アイゼは恐ろしいことをさらりと口にした。

「で、逃げたあいつを追ってたらあんたに遭遇したってわけ。」

「子猫誘拐組織って?」


 ユートの説明によると、パルミエッラは私兵を率いる民間戦闘請負業者のボスらしい。人間国の正規軍だけでは足りない兵力を補うため、人間国政府の依頼で猫の街への侵攻作戦に参加したという。彼女の組織は、正規軍ができないような汚い仕事を何でも引き受けるそうだ。
 最近、猫の街では急に姿を消す子猫が多発しており、彼女の組織が関わっているに違いないと言う。


「何のためにそんなことを?」

 僕の疑問にアイゼは首を振った。

「わからない。調べたけど、子猫たちは猫収容所にもいないの。子猫たちを救う為に奴らの組織に潜入して調べる必要があるんだけど、それは人間でないと無理ね。」

「その潜入作戦を僕に?」

「そう! あんたにしかできないもの。あんたはパルミエッラにも気に入られてたみたいだったしね。」

「院長、それはどういう意味でしょうか?」

 ベラベッカの質問に焦った僕はその話を遮った。

「いきなりそんな事を言われても…。」

「子猫たちを救うことが、占領軍を追い出すことにもつながるのよ。」

 僕はアイゼの言う意味を聞こうとしたが、話に飽きてきたユートがあくびをした。

「ねえ、このお菓子とジュース、みんなに持っていって良いかニャ?」

 アイゼがうなずくと、ユートは部屋から駆け出して行った。

「私も家事と子猫たちのお世話がありますので失礼いたします。」

 アイゼをひと睨みしてからベラベッカも席を立った。僕は小声でレオパルトに問いかけた。

「あの二人、仲が悪いの?」

「まあ、たまに意見の相違でかるくやりあうわな。さ、ワイも飯までひと眠りするわ。」


 レオパルトは大あくびをしながら部屋から出て行ってしまい、会議室は急にしんと静まり返ってしまった。

(アイゼさんと二人きりだ…。)

 気まずい沈黙の中、考え込んでいたアイゼが急に口を開いた。

「レイちゃん?」

「な、何?」

「仲間にする以上、もう一度聞くね。あんたはどこから来たの? いったい何者?」

 それは僕が一番恐れていた質問だった。
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