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第28話 尾行開始!

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 砂浜には人だかりができていて、その中心では凄まじいビーチバレーの攻防が繰り広げられていた。

「軍曹! 気を抜くな、ここが正念場だ!」

「心得ておりやす、大佐。」

「相手は疲労困憊です。レオパルト、とどめを。」

「あーめんどくさ。あ! レイはん!」

 レオパルトが駆け寄ってきて僕にビーチボールを押しつけた。

「交代してえな。かなわんわ、ほんまに。ワイは泳いでくるわ! いやっほう!」

 一目散に海へ走り、飛び込んだレオパルトのそばではユートが浮き輪でプカプカ浮きながら絵本を読んでいた。

「レイさま! はやくこちらに!」

「ベラベッカさん、その格好は…?」

 彼女は白いワンピースの水着を着ていたが、僕が目のやり場に困るくらいに生地が少なかった。

「レイさま、わたくしの水着姿はいかがですか?」

「あ、いや、まあ、その…よく似合ってるよ。た…そちらのみなさんは、もう着いていたんですね?」

 僕はあやうく大佐と言いかけて訂正した。大佐は地味な濃紺のラッシュガードを着ていてほとんど肌を出していなかった。

「レイ殿! いま、真剣勝負中だ。ベラベッカ殿、レイ殿が困っているではないか。その醜く肥え太った体を自慢げに見せつけられてはな。」

「レイさまが困っているのは、あなたさまのとても見ていられない貧相なお体です。あわれで同情を禁じえませんわ。」

「おのれ、言わせておけば。来い!」

「上等です。」

 ふたりはついに、砂浜の上でプロレスをはじめてしまった。まわりのギャラリーから悲鳴や歓声が巻き起こった。

「ボス、いいの? こんなに目立って。」

 僕はみんなのあまりののんきさに呆れてアイゼに話しかけた。すぐそばのパラソルの下でビーチベッドに寝そべり、アイゼはトロピカルドリンクを飲んでいた。彼女は黒いビキニ姿で、見事な四肢ををおしげもなく見せつけていた。

「レイちゃん。ビーチで水着はあたりまえよ。こういうとこでは風景に溶け込むほうがいいの。プロレス見物しながらのんびりしようよ。いいぞー! 脱がしちまえ!」


 僕はため息をつくと、彼女らをあまり見ないようにしながらとなりのビーチベッドに腰かけた。すかさず、自動人形がドリンクを持ってきた。

「取引相手はもう来てるって。見たらすぐにわかるらしいよ。」

「でしょうね。」

「ボスは取引相手の正体に見当がついてるの?」

「ま、だいたいはね。あとさ、レイちゃん。今夜、ちょっと時間もらえる?」

「え? いいけど何?」

「ナイショ。ベラベッカがうるさいから、うまくまいてからバーラウンジに来てね。」

 それだけ言うと、アイゼは僕にウインクしてドリンクを飲み干し、海に走っていってしまった。


 部屋に戻ると、ホテルから荷物が届いていた。中身は高そうなドレスやスーツが満載だった。

「まさか、これを着て夕食に?」

「当たり前じゃない。ここをどこだと思ってるの?」

「レイさま、よくお似合いですよ。」

 レオパルトとユートはブツブツ言いながらもスーツに身を包んでいた。アイゼは黒、ケンピッカは白を基調としたドレスで、着てみたらふたりとも輝くばかりの美しさだった。

「二人とも、とても綺麗だよ!」

 僕の心からの賞賛に、二人はそれぞれ反応を見せた。

「当たり前でしょ。私なんだから。」

「レイさま、ありがとうございます。嬉しいです。」

 アイゼは胸をはり、ベラベッカは顔を真っ赤にしてうつむいていた。

「馬子にも衣装ってよう言うたモンやな!」

「毛玉、誰に言ってんの?」

「ニャハハ、冗談やがな!」

 レオパルトは僕の背後にささっと隠れた。


 レストランの料理はフルコースで味も最高だった。

「ベラベッカ、何してるの?」

 彼女はメモ帳に何かを必死で書き込んでいた。

「料理の味付けを忘れないうちに記録しているのです。」

「すごいね、君は。」

「あの方には負けられませんので。」

 彼女の視線の先には別のテーブルで食事をとる大佐と軍曹がいた。大佐は僕の視線に気づいて微笑みかけてきた。

「大佐は部下をどのくらい連れてきたのかな?」

「あの隣の方だけらしいですよ。」

「ええっ!?」

「レイちゃん、心配しないで。私たちだけでも十分なんだから。」


 僕は何かが心配でならなかった。みんなはリゾートの雰囲気にのまれて油断しているような気がした。


 夕食の後、僕だけはリゾートの敷地内を散策していた。怪しい奴がいないか、子猫たちの居場所の手がかりはないか、と探したが全く成果はなかった。

(やっぱり明日の取引の場で対決になるのかな。)

 バーでアイゼが待っている時刻だったので僕が庭園を通って帰ろうとすると、背後に人の気配がした。振り返って身構えると、そこには大佐が立っていた。

「すまない、驚かせたかな。こちらに貴殿が歩いていく姿が見えたので…。」

 彼女は背が高くてスタイルが良いのでスーツがよく似合っていた。

「大佐、何か手がかりがないかと歩きまわっていました。」

「そうでしたか。レイ殿らしいですね。」

 大佐は微笑むと、ベンチを指差した。

「少し座って話しませんか? 時間があればですが。」

 僕も大佐に聞きたいことがあったので、二人でベンチに座った。

「さすが大佐ですね。軍曹とふたりだけで来られたのですね。」

「そのことだが、すまない。実は今、命令違反中だ。」

「え?」

 僕はてっきり大佐は勇敢だからふたりで来たと思っていたが、事情は違うようだった。

「報告をあげたが軍内部で妨害されて、本官は謹慎処分を受けてしまった。だから、無許可で来ている身だ。」

「そうだったのですか。子猫たちのために、ありがとうございます。」

「いや、元々我々がしかけた戦争だ。つぐないは当然だ。」

「大佐らしいですね。」

 僕と大佐はお互いに笑った。

「ところでレイ殿…。」

「なんですか?」

「アイゼ院長殿と同じ部屋に泊まるというのは本当なのですか?」


 僕は部屋割りのことはすっかり忘れていた。


「僕はユートとレオパルトの部屋で寝ますよ。」

「そうですか。安心しました。それでは…。」

 大佐は急に口を閉じて、僕を見つめてきた。

「はい?」

「もし良ければだが…その…今から…本官の部屋に…」


 大佐が何かを言いかけた時、どこからか言い争うような声が聞こえてきた。うめき声や人が倒れるようなドサリという音が続いた。


「今のは!?」

 僕たちがその方向に駆けつけると、茂みの中に人が倒れていた。大佐はさすが軍人で落ち着いて調べていたが、胸から血を流したその人は既に息をしていなかった。
 僕は目を疑った。胸の致命傷は明らかに銃撃の痕だったからだ。その倒れている人物に僕は見覚えがあった。

「この人はパルミエッラの部下です。部屋の前を守っていました。」

「本当ですか? いったいなぜ? 仲間割れか?」

 騒ぎに巻き込まれるのはまずかったので、僕は匿名でフロントに通報することにした。

「大佐、さっき何かを言いかけてました?」

「いや、なんでもない。レイ殿も用心を。」

 大佐は周囲を警戒しながら部屋に戻っていった。



「うーん。取引前に不穏な話ね。」

 ホテルのバーカウンターで僕はアイゼと隣同士で座っていて、さっきの死体の話を報告すると彼女は顔をしかめた。

「作戦は中止?」

「それはないわ。ここで奴らを逃すわけにはいかないわ。」

「でも…。」

「ねえレイちゃん、これの使い方を教えてよ。」


 アイゼが僕に身を寄せて来た。ほのかに香水のいい香りがして、なぜか僕はドキドキしてしまった。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない。」

 彼女はバッグを開けて、中身を僕に見せた。中には拳銃や手榴弾が入っていた。

「僕の武器を持ってきたの!?」

「当たり前じゃない。さりげなく後ろを見て。」

 グラスを傾けながら彼女が示す方向を見ると、奥の方のボックス席に異様なういている一団がいた。全員ダークグレーのスーツにネクタイで濃いサングラスをかけていて、無言で酒を飲んでいた。彼らは全員、耳からイヤホンのクルクルしたコードが出ていた。

(奴らが取引相手!?)

(あまり見ないで。たぶんね。)

「君は、このためにバーで話があるって言ったんだね。」

「当たり前じゃない。デートの誘いだとでも思った?」

「い、いや。そうじゃないよ。」

 しばらく様子を見ていると、その一団は全員席を立ち、バーから出て行った。

「あとをつけるよ!」


 僕はアイゼに引っ張られながら尾行を開始した。
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