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第11話 ミサキ団長VSフロインドラ魔女商会長

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「距離300か。楽勝だぜ。」

 コナは弓矢をひきつがえてニヤリと笑みを浮かべた。建物の屋上から水路橋まで射線が通り、あとは矢を放つだけだった。
 だが、コナの口から舌打ちの音が聞こえた。

「なにやってんだ。支部長、射線上だ!」


「ち、ちょっと! ヨウさん、どうしたの!? 離して! やだ、く、くすぐったい!」

「いやだ! やっぱりこわい!」

「しっかりしてよ! あなた軍人さんなんでしょ!?」

 ヨウはマリーンの腰を持つ手にさらに力をこめ、マリーンは身動きがとれなくなった。

「軍人でもこわいものはこわい!」

 マリーンはヨウを引き剥がそうとし、ヨウはマリーンにしがみつき、こ競り合いをはじめた。カオカルドは不気味なマスクで表情が全く読めなかったが、イライラしているように見えた。

「我輩を無視して目の前でいちゃつくとはゆるしがたいですな。さあ、顔をいただきましょうか。」

 カオカルドは懐からスケッチブックを取りだし開くと、絵の具のチューブを絞り出して山盛りにした。
 思わずマリーンとヨウは動きをとめてカオカルドと目を合わせてしまった。

 カオカルドは2人の顔をじっくりと見比べて、少し首を傾けて考える様子を見せた。

「うーむ、どちらも捨てがたいのう。だがやはり…背の高いほうだな。」

「あ! なんかはらたつ!」

 マリーンの怒りにかまわず、カオカルドはヨウの顔めがけて襲いかかった。マリーンはヨウをふりほどこうと激しくもがいた。
 絵の具山盛りのスケッチブックがヨウの顔に覆いかぶさりかけた瞬間、誰かが2人を思いきり強くひっぱった。

 急に目標を失ったカオカルドは勢い余って前に転倒した。

「ジーン! マチルダも!」

「たすかった…。」

 ジーンは2人とカオカルドの間にすばやく立ち、両手に剣を構えた。反対側では爪を出したマチルダが威嚇をしていた。

「シャーッ! マルにゃんの顔を返せ!」

「覚悟しな! 顔泥棒!」

 カオカルドは立ち上がると、何事もなかったかのように振る舞った。

「うーむ…。残念ながらチミたちの顔はいらないですな。」

 ジーンとマチルダは一瞬ポカンとした表情をしたが、すぐに激怒モードに移行した。

「て、て、てめえ、覚悟しやがれ!」

「ひっかいてやるニャーッ!」

 ジーンとマチルダがカオカルドめがけて突進したまさにその時、マリーンには何か音が聞こえたような気がした。

 そして、水路橋のすぐ近くの高い石造りの建物がいきなり大爆発を起こした。

(ドッガーン!!)

 巨大な爆炎が夜の闇を照らし、一瞬辺りを昼のように明るくした後、橋の上に熱風が襲いかかってきた。

 カスカルドを含めて全員が吹き飛ばされ、地面や欄干に激しく叩きつけられた。
 痛みの苦痛に顔を歪めながら、マリーンはなんとか立ちあがろうとした。

(こんな時に…爆発の怪異が!?)

 爆発した建物を構成していた石のブロックがかけらになって降り注いできた。どこかの火の見櫓の鐘が鳴り出すのが朦朧とするマリーンの耳に聞こえてきた。

(ガツン! ガツン!)

 首をふりながら立ち上がりかけたカオカルドの頭に石があたり、顔怪盗はまた昏倒してしまった。

(みんなは…大丈夫!?)

 ふと上を見あげたマリーンに、ひときわ大きな石の破片が落ちてくるのが見えた。

(え? あたし…死ぬの…?)

 破片がマリーンを直撃しようとしたまさにその時、マリーンは誰かに激しく突き飛ばされた。ヨウだった。

 マリーンは欄干に激突し、薄れゆく意識の中、ヨウに石やレンガが降りそそぐ光景を見た。



「…ちょう、支部長! しっかりしてください!」

 マリーンが目を覚ますと、コナが必死の形相で自分の手を握ってきているのがわかった。

「コナ…! あいたたた。」

「支部長! よかった…。心臓がとまるかと思いました。」

 コナは泣き笑いのような表情になり、マリーンの手を握る力を強めた。

(いつも冷静沈着なコナがこんな顔をするんだ…。)

 マリーンは上体を起こそうとしたが痛みに耐えきれずまた横になった。自分の頭に包帯が巻かれているのをマリーンは感じた。

「無理しないでください! すぐにナダ先生に知らせてきます。」

 横になったままあたりを観察したマリーンは、そこがどこかの建物内の広いロビーであることがわかった。

「それよりも…みんなは? ジーンとマチルダは…ヨウさんは!?」

「支部長、落ち着いて下さい。ここは第11支部です。昨夜の爆発火災は魔女が鎮火して落ち着きました。今はもう昼時です。ジーンとマチルダは軽症ですが、アワシマ氏は…今、ここの医務室です。」

「大丈夫なの!?」

「ここの専属医とナダ先生が治療中です。」

 マリーンはまた上体を起こそうとして痛みに耐えた。

「寝てる場合じゃないわ。奴は…カオカルドは?」

 コナが指差した方向に、ロープでぐるぐる巻きの白いタキシード姿が見えた。マリーンはカオカルドのそばまで這っていき、顔のマスクをひきはがした。

 下から現れたのは、カラスのような黒い鳥の顔だった。

「あなた、鳥人だったんだ! そうか、だから急に現れたように感じたんだ! 逃げるのも早いわけだね。」

「ご名答カアー。」

「何のためにこんな犯行を繰り返していたの?」

「我輩は芸術家カア! 美しい顔の写し絵が豪商に高くで売れたカア。見のがしてほしいカアー。」

 マリーンは痛みをこらえてカオカルドの襟首をつかみさけんだ。

「あきれた! なにが芸術家よ! あたしはね、あなたみたいに他人の痛みを自分の利益にするようなやつが一番嫌いなの! 早くみんなの顔を返して!」

「わ、わかったカア! くるひいカア!」

「ひょっとして最近の爆発事件もあなたのしわざなの?」

「ち、ちがうカア! しらないカア!」

 首を締め上げられて苦しがるカオカルドを見て、慌ててコナがマリーンをとめた。

「支部長! 裁判までは生かしておかなくては。」

「とっておきのネタを密告するから減刑してほしいカア。」

「どんなネタよ。」

「我輩は水路橋で見たカア。」

 マリーンはまたカオカルドをしめあげた。

「なにを見たっての! もったいぶるな!」

「支部長!」

「くるひいカア! す、水路に人が突き落とされるのを見たカア! 犯人を見たカア!」

 マリーンは手を離し、コナと顔を見合わせた。
 


「マリーン!」

 廊下の向こうから長身でロングコート、隻眼の人物が誰かと一緒に早足に近づいてきた。

「団長!」

 マリーンは医務室の前の長椅子に、顔に絆創膏を貼ったジーンとマチルダに挟まれて座っていたが、はじけるように立ち上がった。

「あいたたた。」

「おいおい、無理すんなって。」

「マリーンにゃんの傷、なめてやろうかニャ?」

 マリーンは丁重に断ると、団長に駆け寄った。

「マリーン、大丈夫か! 大けがと聞いて肝を冷やしたぞ。」

「大丈夫です! これくらいのケガ…あいたたた。」

「マリーン、顔怪盗カオカルドを拘束したそうだな! お手柄だぞ!」

 頭を団長になでられて、マリーンは一瞬で顔を真っ赤にしてとろけるように笑った。

「いやあ、あたしひとりの力ではないです。えへへ…。」

 団長のうしろからその様子を冷ややかな目で見ていたのはフロインドラ魔女商会長だった。

「そんなザコ犯罪者のことはどうでもいいですわ。早く治療中の不審人物に会わせて下さいまし。」
 
「ヨウさんは不審人物じゃない! あたしはヨウさんに命を救われたんだから!」

「マリーン、本当なのか?」

 マリーンが答えないうちフロインドラは一歩前に出た。

「そんなことは無関係です。よくもまあ引き延ばしてくれましたわね。今度こそ引き渡してもらいますわ。」

「無理よ! ヨウさんは大けがをしたんだから!」

「お話くらいはできますでしょうに。」

 ふたりの言い争いをとめようと団長は割って入った。

「ふたりとも、静かに。とにかく今は待ちましょう。」

 フロインドラは唇をかんでいたが、おとなしく待つことにしたのか、長椅子に座って大きな水晶球を取りだした。フロインドラが何かをとなえると、水晶球が赤く光り出した。

「やはりまちがいないですわ…。」

 ブツブツ言うフロインドラが不気味なので皆は遠まきにしていたが、マチルダだけが水晶球をのぞきこもうとちかよった。

「あっちへいきなさい! 燃やしますわよ。」

 震えあがったマチルダがマリーンの足にかくれた時、医務室のドアが開いて恰幅の良い白衣の人物が出てきた。

「ナダ先生! ヨウさんは!?」

「おう、マリーン支部長。みんな。団長まで来たのか。」

 ナダはマスクをとり、自分の肩をトントンと叩いた。

「安心せい。名医のワシが治療したからな。アワシマさんの意識は戻ったぞ。」

 笑いながら言ったナダだったが、フロインドラの姿を見た途端に顔色が変わった。マリーンがナダに頭をさげた。

「ナダ先生! ありがとう!」

「あ、ああ。あとはここの医者に任せたからな。ワシは帰るぞ。」

 ナダはカバンを持つと慌てて帰ってしまった。フロインドラはナダの存在には目も留めず、さっさと医務室に入ろうとした。

「フロインドラさん、待ってください。」

 ミサキ団長がフロインドラの肩に手をかけた。フロインドラはふりかえり、キッと団長をにらみつけた。

「なにかしら? 自警団長さん。」

「まずは自警団だけで入ります。あなたはその後です。」

 フロインドラの表情がみるみるこわばり、あたりはいっきに緊張につつまれた。
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