無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます! ーヘイズ留学 過去から未来編ー

愚者 (フール)

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第5章 栄光を目指せ

第4話 起死回生

    周辺の学生たちからは、奇妙な存在として不審者を見るような視線を浴びていた。
目を閉じている彼は、それを気にしてないのか気づいていない。

聞き逃さないように集中して聞かなくとも、自然と頭で理解できる。
耳をすませば、生まれてから聞き慣れた母国語。
それだけでも、心が自然と穏やかになる。

『ああ、帰ってきたのだな。
この門を出た頃は、自分は希望であふれていた。
あの頃よりも、自分は成長したのだろうか』

昔の自分に語りかけ、時の狭間にいて自問自答する。
その静寂を終わらせる足音が、跳び跳ねるように近づくのが聞えてきた。

「おはようございます、先生!
そんなところで立ち止まっては、通行の妨げになりますわ」

愛らしい声が前からしてきて、苦手なものが傍に寄ってくる。最悪の気分になり、彼は嫌々ながら閉じた目をゆっくり開けた。
声の主は、白金の髪が陽光に照され眩しく写る。
珍しい紫の瞳は、若々しい生気に満ちていた。

『女は見るのも嫌いだが、これはなかなか目の保養。
しかし、軍学園には不釣り合いな容姿だな』

整った顔立ちと女性らしさを強調されないせいで、彼の不快であった気持ちが薄らいでいく。

「先生?
先生とは、私のことかい?」

「は……い、違いました?
新しい先生だと思いましたが」

宝石に輝く瞳は、真面目にそう思っている。
そう訴えかけていた。
君と同じ学生だとは言いにくかった。
しかし、ハッキリ立場を示さないといけない。

「先生では……。ないです」

「いやいや、先生でしょう!
見た目が十代ではないもん」

「ないもん、と言われてもな」

本人が否定したのに、認めずに否定で返された。
見た目と言われて、留学から帰って家族に言われた言葉が胸に突き刺さる。

「苦労をしたのですね。
こんなにやつれて……」

「お兄様、お手が岩のようです。
留学途中でも、ヘイズに戻ればよかったのにー」

「我が息子よ!
苦難を乗り越えて、よく最後まで頑張ったな。
無事に帰還したお前を、父は誇りに思うぞ」

母上は私を見るなり、目に光るものがみるみると現れ、
妹は手を合わせた瞬間、驚きと憐れみを見せた。

数年前から時が止まっていた家族には、自分は変わり果てた姿をしていたようだ。

「君の言った通りで十代でないが、今日からここの学生だ」

「やっぱり、フレデリカ様の兄上様でございましたか。
私は、エテルネル国からの留学生でー」

不自然にならないように段取りをとって、自分から先に紹介する流れにしていた。
段取りを無視して、彼はプリムローズからの挨拶を遮った。

「おーお、君が妹と母の仲を取り持ってくれた。
プリンドール嬢でしたか」

「えっ、プリンドール?」

プルんプルんと揺れ動く、プリンでできた自分の姿が脳裏に現れる。

「間違いましたか?
プリムドーム嬢でしたな」

キラキラした紫のバラを模様したドーム型の置物を、プリンの自分が自慢げに手にしていた。
プルプルと小さく頭を振ると、それらは一瞬で消えてくれた。

「プリンでも、ドームでもございません。
私は、プリムローズ・ド・クラレンスでございます」

「ハハハ、プリムローズ嬢とおっしゃるのか。
素敵なお名前ですな」

初対面でバカにされているのだろうか。
出会ったことのないタイプで、接し方に戸惑う。
ロッタとジャンヌが、言い争いに見えたのはこの場面。

そして、やっと救世主が現れてくれた。

「チューダー侯爵令息。
無沙汰ぶさたしております」

「貴殿は、スクード公爵令息だったような?
名前は……、そうだ!
君の名はオスシ!」

「オスモですよ。
いつになったら、私の名を覚えてもらえるのですか」

答えに期待していたようで、不満な面持ちをしていた。

「あり得ないんですけど、オスモ様も名前を覚えていないの。
スクード家とチューダー家は、同じ将軍で交流があるはずですよね」

自分の名前をからかわれた彼女は、これを使って侯爵令息に嫌味を言う。

「申し訳ない。
顔と家名は平気だが、名前を覚えるのは苦手でな。
またしても、間違ってしまった」

「気になされないでください。
一文字違いで、しかったです。
チューダー侯爵家のアンテロ殿」

男たちの間抜まぬけな挨拶に、プリムローズでも口を挟むことすらできないでいた。
微妙な空気だった仲を取り持つように、今度はプリムローズに話しかける。

「クラレンス公爵令嬢も、アンテロ殿に挨拶をしていたのかい」

「オスモ様、ごきげんよう。
じつは、チューダー侯爵令息を先生と勘違いしてしまって」

「先生?
アンテロ殿とは数年ぶりですが、貫禄がついたようにお見受けします」

公爵の息子のオスモの方が、身分は高いはず。
年上のアンテロをたてて、丁重に話されているのだ。
こういう気遣いに、プリムローズは感心して聞いていた。

「オスモ殿は、私が老けたと言いたいのかな」

「そんな風に思っていません。
さぁ、もう校舎に入った方がいいです」

もう完全に面倒くさい人になっていた。
オスモに押し付けてしまえと、任せてプリムローズは逃げることにした。
つかみどころのない性格で、間近でずっと一緒にいたらイラつきそうになる。

「友人たちが待っておりますので、私はここで失礼します。
アンテロ様、またお会い致しましょう」

「ブリムロード嬢、妹フレデリカをこれからも頼みます」

最後まで、正しい名前を呼んでくれることはなかった。
何度も間違われてムカついたけど、 妹を思う言葉に気持ちが少しだけ和らいだ。
疲れ気味に戻ってくるプリムローズを待ちながら、二人は聞き漏れた会話で侯爵令息の人柄を判断する。

「気難しいそうだと見ていたが、面白味がある方のようだ。
近くで関わらないならな」

「失礼よ、ロッタ。
それより、プリムローズ嬢。
大丈夫かしら、行きと違って疲れているわ」

「私たちより若い、平気だろう。
さすがは、生徒会長だ。
公爵令息は気が利くな。
彼を移動させてくれた」

「手を引かれている。
ふふふ、子供みたい。
笑いそうになっちゃう」

ジャンヌの笑い声が聞こえて、帰ってきたプリムローズは不機嫌そうだった。

「なんで、笑ってんですか?
あーあ~、話しかけなきゃ良かったわ」

アンテロ・チューダー侯爵令息は、プリムローズに強烈な印象を残した。
朝一番で彼を見た人たちから、学園中に噂が広まり有名人となっている。


   学園の話題を一気いっきにかっさらったのは、他国から帰国した将軍の息子。
剣術の実力は、未知数みちすうで想像が膨らむ。

「何かよう、気に入らない。
物語みたいに、最後の最後で最強の敵が現れる感じだぜ」

「だよなぁ、それも留学帰りの復学だってな。
北の将軍は、学園に裏金でも渡しているのか」

「試験を受けさせる資格を、学園は簡単に与えるなよ!」

「与えるに決まってるだろう。
奴は、未来の将軍さまだ!
俺たちのような、平民や下級貴族とは違うんだぞ」

教室のすみで話題の人物のことで、数名の男子学生が贔屓だと攻め立てる。
仲間の愚痴を聞いていた学生が、ニヤニヤしながら声を殺して宣言する。

「俺は【起死回生きしかいせい】に賭ける。
身分や学業成績よりも、この一発勝負ですべてが決まるんだ」

「口だけは威勢いいな。
今年は、将軍の息子が2人もいるんだぞ」


無理だなって顔つきで、仲間たちは諦めたようすだった。

「で、その騎士解散って。
どんな意味なんだ?」

「騎士解散って……。
頭だけじゃなく、耳も悪いんだな。
起死は、死にかかっている病人を生き返らせることだ。
回生とは、よみがえることを指す」

「その【起死回生】、実技試験がどう関係があるんだよ」

素直に言葉通りに解釈したら、余計に理解できなくなる。
いつもとは様子が違う彼を、友人たちは知らない誰かと対面しているようだった。

「負けが確定している状態から、何かの策を講じて状況を乗り越える。
貴族出身の学生は、お上品な戦いをする。
だがな、誰もが同じ振舞いとは限らない」

「ズルでもするつもりか」

「やめろ!
もしもばれたら、一生騎士になれないぞ」

「俺たち、そろって卒業しようと誓ったじゃないか」

「嬉しい事を言ってくれるな。
よく聞いてくれ!
軍学園は長い歴史を持つのに、平民の首席は一人もいないんだ」

入学する前から、彼は疑問を抱いていた。
首席で卒業した人物は、全員が高位貴族。
伯爵の息子はいても、子爵と男爵はいなかった。
平民なら卒業できたら御の字で、上位に入ったらまぐれに近い幸運である。

「変だとは思うよ」

「でもさぁ。
高位貴族に怪我でもさせたら、遺恨が残ってしまうだろう」

「じゃあ、お前は遠慮して負けるんだな」

彼はそれだと、友人たちに指摘する。
歴代の首席になった人は、実家の身分による優位を暴いた。
こうして、意識なしに刷り込まれているんだとー。

「怖いと思わないか?」

友人の問いかけに、自分たちは知らず知らず洗脳されていたのではないか。
学園は平等だと呼び掛けるが、根元には身分格差が脈々に続く。

「将軍の息子が二人。
初めて他国からの女子留学生。
彼らの試合を観戦するため、来賓は例年より大勢訪れる」

「いい試合を見せたら、偉い人の目に留まるかな?」

「それだけじゃない。
もしも、将軍の息子たちに勝てたら……。憲兵にー」

「セコいこと言うなよ。
もっと、上の部隊へ引き抜かれるかもしれない」

友人たちの目の光と表情が見たくて、自分は秘めた思いを伝えたのだ。

「勝利できたらいいな」

「でも勝てなくても、俺たちの存在を分かってくれればいいんだ。
観戦した者へ信念が伝われば、そうだろう!?」

この中の誰かが優勝できたなら、身分差という頑丈な壁に穴を開けられる。
友人たちの瞳の奥で、闘志とは別の強い光が宿っていた。

別の場所で、学園長は侯爵令息の復学で頭を痛める。
直接関係ある教師を集めて、紛糾しながらも意見を聞いている途中でもあった。


 

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