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朝焼けの街 (カハルサーレ)
◆ 風の竜騎士: 風の竜舎と帝都新聞
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※風(紫)の竜騎士ディアムッド視点です。
同日の早朝まで戻ります。
◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇
地震から二日経過しても神殿は混沌としていた。
魔導具が随所で誤作動を繰り返しているせいだ。
なのに神殿長が内部に人を入れるのを嫌がる。
となると招集されるのは古参の兵士。
細則まで理解し、貴族階層へ配慮もできる。
本来なら霊山の出入り口や王都近郊の結界塔を監督する人材だ。
ロクに訓練も施していない新米だけに現場を任せて大丈夫なのやら。
神殿長の指示が国土の安全を脅かしている。
だが逆に、騎竜は一斉に大人しくなった。
まるで憑き物が取れたかのようだ。
そして秋なのに、今日も見事な快晴が続いている。
「クルルルル……」
薄暗い竜房の隅で丸まる契約竜のダール。
機嫌良さそうな視線の先は、どこまでも青い空。
こちらに向けた濃い紫の尻尾が、薄紫の床石を軽く叩く。
――後で連れていけ、ということなのだろう。
空き時間は行方不明となった姪の捜査に充てたいが……。
従騎士に手綱を押しつければ、この前のように竜房で暴れそうだ。
異変と言えば、黄金倶楽部の連中。
深夜に神殿奥から出てきた直後は上機嫌だったのに。
全員、魔染めの髪と肌から色が抜けていた。
何らかの共同術式に見事成功したのだろう。
地震で動揺する周囲を尻目に、浮かれまくっていた。
しかし何故かその後は、次々に総崩れしていっている。
万年侍女不足による、聖女の癇癪は無視するとして。
影の神殿長と呼ばれるアルキビアデスが、意識不明に陥った。
副神殿長のファルヴィウスは、手をつけた女中らに訴えられて雲隠れ。
やたら腰の低い司書次長グナエウスは、物騒な独り言をまき散らす。
こうして全ての雑事を押し付けられたのが、ルキヌスとペルキン。
殺人的な忙しさの中で、霊山に出入りを繰り返しては呻っている。
おまけに昨日から、王都内で帝国魔道士が続々と行方知れず。
なのに親帝国派は放置している。
配下がことごとく不運に見舞われ、それどころではないということか……。
「っと! なぎ倒す気か!」
「ディアムッド閣下、いいご身分ですね? 平民にお掃除をさせて、ご自分は優雅に新聞ですか?」
親友のクウィーヴィンが藁箒を剣のように構えてくる。
同じ竜騎士の黒い制服でも、向こうは紺の縁取り。
水烈騎士団所属だ。
風の竜舎までやって来て、俺が溜め込んだ掃除を手伝ってくれていた。
「~~~~すまん、どうにも気になってな」
「いなくなったのは下級魔道士のみ。誰もが属国出身の平民。帝国からすれば捨て駒です。どうせいつものように汚れ仕事に関わりすぎて、口封じをされたのでしょう」
そこが逆に引っ掛かる。
普段なら隠蔽のために別件で騒ぎたてる帝国筋が、今回は妙に大人しい。
「すぐに域外管轄権を主張して捜査官を送り込んでくると思ったのだが……」
「まあねぇ。この天気といい、精霊が息を詰めたかもしれません。
でもディーが今、気にするべきはそっちじゃありませんよね?」
銀髪の男が、極上の笑みをこちらに向けた。
社交界では『氷の貴公子様』と褒めそやされている。
ご婦人なら歓声を上げそうだが、青い目の奥は凍え切っていた。
「……掃除シマス」
帝都新聞を転写した魔紙を手押し車の上に置き直す。
バケツに突っ込んだままの糸箒を掴んで、水気を絞った。
本来、竜の世話は契約を交わした竜騎士がする。
なのに最近は姪っ子の事件のせいで、竜房にもロクに来れずじまい。
今朝は、とうとう大掃除に追い込まれていた。
昔は数日サボろうが、竜舎でこれほど黒カビが発生しなかったらしい。
引退竜騎士の若かった頃は食品も腐りにくかった。
ほんの数十年で気候が大きく変動したのだ。
それも悪い方向へ。
あの先輩の自慢は、五代前の聖女の傍近くで仕えたこと。
そしてそのティーギン様の死因は――。
「老衰に決まっているだろ!」
壁の吐き出し口に汚水を押し出しつつ、ふたたび愚痴ってしまう。
どうにも帝都新聞の特集が脳裏にちらつくのだ。
まぁ、現代の聖女を見ればそこまで畏敬の念は湧かない。
だが他国の新聞に面白おかしく取り上げられると、腹が立つ。
「今朝の一面の表題は『ヒキガエルの謎を追え』でしたよ。噂の的はすでに、聖女様本人ですらありませんって」
クウィンが至極つまらなさそうに指摘した。
紫針草を束ねた箒の長柄の上。
無造作に顎を乗せるヤツの姿が、やたら気障に見える。
自分がまともに寝れていないせいか、何もかもが気に食わない。
「帝国貴族ではないとしても、自国に所属する現役魔道士が相次いで消えたんだ。
他国の聖女様に仕えた精霊の眷属を、ヒキガエル呼びして見下してる場合か? そもそも聖水蛙と書けっての!」
感情に任せて梯子を突き立て、竜房の仕切りに登った。
この前ダールが拗ねて、壁にぶつけた餌の断片をこすり取らねば。
カビの原因になってしまう。
竜は人間と比べて、驚くほど少食だ。
姪の失踪以降は、見習いに竜の世話を任せっぱなし。
騎士学校を卒業して間もない身からすると、餌やりで不安になるらしい。
余分に与えすぎるからダールが食あたりを起こし、不機嫌になる。
本来、俺がすべきなのだから強く叱ることもできない。
「イラつくのは解りますが、王都の連続児童失踪事件ばかり取り上げても、読者は飽きるんです。
夏の間ずっと各紙が特集を組んでましたからね。新たな犠牲者が出ても、今までと同じような調子なら報道は下火になりますって。ネタが尽きてきたってことですよ。
最初の失踪から、もうふた月。六人目だって先月末の話。金目当ての誘拐ならば貧民街の平民は狙いませんし、児童奴隷にするならば目立つ貴族の子どもは狙いません。整合性が無さすぎるんです」
手際よく床を掃くクウィンの指摘は正しい。
夏の火の月半ば、水の週の水の日に始まった王都連続児童行方不明事件。
最初の失踪者が俺の姪、次期選定公の娘だった。
身代金目的の誘拐かと思われたが、犯人からの連絡はなかった。
当代の風の選定公である伯父は、温厚な人格者で知られている。
独身で婚外子もいない。
その跡を継ぐ兄も恨みを買うような性格ではない。
親戚縁者も関係は良好だ。誰かの野心を刺激するほどの利権もない。
以降ほぼ一週間毎に一人ずつ、王都の中で五人の子どもが消息を絶った。
そして二週間弱置いて、六人目が失踪。
この夏最後の聖女の日のことだ。
「たった一つの共通点を、『耳の形のおかしな灰色猫だ』と言いだしても、記事に取り上げるくらい手掛かりがないのですからね」
クウィンが整った顔をしかめた。
部下のボイドが記事を書いた連中を直にあたると、裏づけは皆無。
目撃証人は行方をくらましていた。
噂の発生源は神殿の魔道士らだった。
三日前の晩、王都外壁の塔で現行犯逮捕した小児性愛の連中だ。
グウェンフォール様の魔獣契約が妬ましかったからと。
捜査の混乱もかまわず、偽情報を捩じ込んだらしい。
あの灰色猫の正体を何だと思っているんだ、まったく。
クウィンの言うとおりならば、皆の関心が戻ることはないのかもしれない。
この二日間、紙面は彗星と地震一色になってしまった。
曰く、うん百年ぶりに天が憤怒した。
『動乱を呼ぶ革命彗星』が我が国に最接近したのだ。
『禍々しき』緑の星は、精霊の加護を受けられる四色のどれでもない。
しかも誰もが体感できる『不吉な』大地震が王都を襲った。
そちらは五代前の聖女様が『不審死』した年以来の地の怒りだ、と。
国が亡ぶ前兆ではないかと、皆が危惧していた。
最近の春は決まって吹雪になり、夏に害虫が作物を蝕む。
秋は洪水が頻発し、冬に魔獣の大量発生が街を襲う。
災厄は年々悪化する一方だ。
「極寒の冬が迫っている。ヴァーレッフェの民が不安になるのは解るが……豪雪に埋まりもしない帝国は無関係だろうに」
俺が壁をこすりながら愚痴ると、足掛かりにしている梯子が揺れた。
紫竜が尻尾で小突いてくる。
倒れないように手加減してくれてはいるが、鼻をわざとらしく鳴らす。
存分に空を飛ばせてやれていない。
ダールも不満が溜まっているのだろう。
「……埒が明かない。香妖の森に行ってくる」
「魔猪の巣窟なぞ、正気の沙汰ですか」
クウィンが顔をしかめるが、王都で考えられる場所はすべてあたった。
黄金倶楽部に置いてあった怪しげな魔獣の箱。
その発送元なぞ、何の関係もないのかもしれない。
それでも姪の耳飾りから繋がった唯一の糸なのだ。
「ダールも連れていくよ。多少は運動になるだろう」
昨夜また夢を見た。
霊山の裏手から巨大な猪が統べる森へ。
黒竜が朝日を浴びて悠々と飛翔していく。
あれは香妖の森に違いない。
「自重しなさいディアムッド、風烈騎士団に迷惑をかける前に。
朝も昼も夜も、仕事がない時間はすべて捜索に充てるなんて無茶でしょう。せめて睡眠時間は確保しないと。ひどい顔していますよ、鏡をご覧なさい!」
命令口調で立てつづけに言われてムッとした。
同い年で同期なのに――いや、寝不足のせいだな。
雑巾を握る手に力を込めて、怒りをやり過ごそうとした。
「解っている!」
「いいえ、ディーは解っていません。君の部下も休日返上で動いてくれているというのに。このまま一人一人が闇雲に動いても自己満足で終わるだけ。
自分まで倒れたらどうするのです。風の選定公家の皆さんがさらに心労を重ねるだけとは思わないのですか」
~~~解っている。
部下のボイドやバノックが、王都警察の知り合いと共に探してくれていることは。
親友のクウィンが名家令嬢との見合いを断り、王都中を調べてくれていることも。
乳姉弟をはじめ、選定公家所縁の者たちが心配してくれていることも。
「だが、二か月間で得た物的証拠は耳飾りだけなんだ」
正式な捜査じゃないからボゥモサーレの街警察にも依頼できない。
俺はクウィンみたいに推理が得意なわけでもない。
勘を頼って、地道に現場へ足を運ぶしかないではないか。
それが単に可能性を潰すためだったとしても、だ。
「王都警察の初動捜査は適確でした。あれから王都の警備は最大限引き上げられています。認めるのが難しいのは解りますが……生きた子どもを六人もどこに押し込めるというのです」
「部外者のお前に何が解る」
駄目だ、険悪な声音でしか話せない。
笑わなくなった伯父。
憔悴しきった兄夫婦。
大人の顔色を窺うようになった甥っ子たち。
生死がはっきりしてくれたほうが、どれだけマシか。
「寝不足の頭でいくら考えても妙案は出ません。そのくらいは解るつもりです、ディー!」
「わからず屋の阿呆で悪かったな、クウィン!」
気がついたら、友と睨み合っていた。
始業の鐘が遠くで鳴る。
俺が雑巾を床に叩きつけると、向こうも箒を蹴った。
間に挟まれたダールが、『いい加減にしろ』とばかりに尾を振り下ろした。
◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇
※ということで、王国は別件がテンコ盛りで大忙し。
人々の表情が暗いのは、不穏な彗星と地震のダブルパンチで今年の冬の厄災が怖いから。
対して神殿の上級魔道士たちは当初、芽芽の召喚に成功して、すこぶる上機嫌でした。ただ時間が経つにつれ、様子がおかしくなってきています。
王都に滞在していた帝国の下級魔道士が失踪したのと関係あるのでしょうかねぇ。
まだ霊山から古代竜が脱出したことは、魔道士側にバレてません。
芽芽は巣に連れ去られ、無事(?)食べられたと思われています。
同日の早朝まで戻ります。
◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇
地震から二日経過しても神殿は混沌としていた。
魔導具が随所で誤作動を繰り返しているせいだ。
なのに神殿長が内部に人を入れるのを嫌がる。
となると招集されるのは古参の兵士。
細則まで理解し、貴族階層へ配慮もできる。
本来なら霊山の出入り口や王都近郊の結界塔を監督する人材だ。
ロクに訓練も施していない新米だけに現場を任せて大丈夫なのやら。
神殿長の指示が国土の安全を脅かしている。
だが逆に、騎竜は一斉に大人しくなった。
まるで憑き物が取れたかのようだ。
そして秋なのに、今日も見事な快晴が続いている。
「クルルルル……」
薄暗い竜房の隅で丸まる契約竜のダール。
機嫌良さそうな視線の先は、どこまでも青い空。
こちらに向けた濃い紫の尻尾が、薄紫の床石を軽く叩く。
――後で連れていけ、ということなのだろう。
空き時間は行方不明となった姪の捜査に充てたいが……。
従騎士に手綱を押しつければ、この前のように竜房で暴れそうだ。
異変と言えば、黄金倶楽部の連中。
深夜に神殿奥から出てきた直後は上機嫌だったのに。
全員、魔染めの髪と肌から色が抜けていた。
何らかの共同術式に見事成功したのだろう。
地震で動揺する周囲を尻目に、浮かれまくっていた。
しかし何故かその後は、次々に総崩れしていっている。
万年侍女不足による、聖女の癇癪は無視するとして。
影の神殿長と呼ばれるアルキビアデスが、意識不明に陥った。
副神殿長のファルヴィウスは、手をつけた女中らに訴えられて雲隠れ。
やたら腰の低い司書次長グナエウスは、物騒な独り言をまき散らす。
こうして全ての雑事を押し付けられたのが、ルキヌスとペルキン。
殺人的な忙しさの中で、霊山に出入りを繰り返しては呻っている。
おまけに昨日から、王都内で帝国魔道士が続々と行方知れず。
なのに親帝国派は放置している。
配下がことごとく不運に見舞われ、それどころではないということか……。
「っと! なぎ倒す気か!」
「ディアムッド閣下、いいご身分ですね? 平民にお掃除をさせて、ご自分は優雅に新聞ですか?」
親友のクウィーヴィンが藁箒を剣のように構えてくる。
同じ竜騎士の黒い制服でも、向こうは紺の縁取り。
水烈騎士団所属だ。
風の竜舎までやって来て、俺が溜め込んだ掃除を手伝ってくれていた。
「~~~~すまん、どうにも気になってな」
「いなくなったのは下級魔道士のみ。誰もが属国出身の平民。帝国からすれば捨て駒です。どうせいつものように汚れ仕事に関わりすぎて、口封じをされたのでしょう」
そこが逆に引っ掛かる。
普段なら隠蔽のために別件で騒ぎたてる帝国筋が、今回は妙に大人しい。
「すぐに域外管轄権を主張して捜査官を送り込んでくると思ったのだが……」
「まあねぇ。この天気といい、精霊が息を詰めたかもしれません。
でもディーが今、気にするべきはそっちじゃありませんよね?」
銀髪の男が、極上の笑みをこちらに向けた。
社交界では『氷の貴公子様』と褒めそやされている。
ご婦人なら歓声を上げそうだが、青い目の奥は凍え切っていた。
「……掃除シマス」
帝都新聞を転写した魔紙を手押し車の上に置き直す。
バケツに突っ込んだままの糸箒を掴んで、水気を絞った。
本来、竜の世話は契約を交わした竜騎士がする。
なのに最近は姪っ子の事件のせいで、竜房にもロクに来れずじまい。
今朝は、とうとう大掃除に追い込まれていた。
昔は数日サボろうが、竜舎でこれほど黒カビが発生しなかったらしい。
引退竜騎士の若かった頃は食品も腐りにくかった。
ほんの数十年で気候が大きく変動したのだ。
それも悪い方向へ。
あの先輩の自慢は、五代前の聖女の傍近くで仕えたこと。
そしてそのティーギン様の死因は――。
「老衰に決まっているだろ!」
壁の吐き出し口に汚水を押し出しつつ、ふたたび愚痴ってしまう。
どうにも帝都新聞の特集が脳裏にちらつくのだ。
まぁ、現代の聖女を見ればそこまで畏敬の念は湧かない。
だが他国の新聞に面白おかしく取り上げられると、腹が立つ。
「今朝の一面の表題は『ヒキガエルの謎を追え』でしたよ。噂の的はすでに、聖女様本人ですらありませんって」
クウィンが至極つまらなさそうに指摘した。
紫針草を束ねた箒の長柄の上。
無造作に顎を乗せるヤツの姿が、やたら気障に見える。
自分がまともに寝れていないせいか、何もかもが気に食わない。
「帝国貴族ではないとしても、自国に所属する現役魔道士が相次いで消えたんだ。
他国の聖女様に仕えた精霊の眷属を、ヒキガエル呼びして見下してる場合か? そもそも聖水蛙と書けっての!」
感情に任せて梯子を突き立て、竜房の仕切りに登った。
この前ダールが拗ねて、壁にぶつけた餌の断片をこすり取らねば。
カビの原因になってしまう。
竜は人間と比べて、驚くほど少食だ。
姪の失踪以降は、見習いに竜の世話を任せっぱなし。
騎士学校を卒業して間もない身からすると、餌やりで不安になるらしい。
余分に与えすぎるからダールが食あたりを起こし、不機嫌になる。
本来、俺がすべきなのだから強く叱ることもできない。
「イラつくのは解りますが、王都の連続児童失踪事件ばかり取り上げても、読者は飽きるんです。
夏の間ずっと各紙が特集を組んでましたからね。新たな犠牲者が出ても、今までと同じような調子なら報道は下火になりますって。ネタが尽きてきたってことですよ。
最初の失踪から、もうふた月。六人目だって先月末の話。金目当ての誘拐ならば貧民街の平民は狙いませんし、児童奴隷にするならば目立つ貴族の子どもは狙いません。整合性が無さすぎるんです」
手際よく床を掃くクウィンの指摘は正しい。
夏の火の月半ば、水の週の水の日に始まった王都連続児童行方不明事件。
最初の失踪者が俺の姪、次期選定公の娘だった。
身代金目的の誘拐かと思われたが、犯人からの連絡はなかった。
当代の風の選定公である伯父は、温厚な人格者で知られている。
独身で婚外子もいない。
その跡を継ぐ兄も恨みを買うような性格ではない。
親戚縁者も関係は良好だ。誰かの野心を刺激するほどの利権もない。
以降ほぼ一週間毎に一人ずつ、王都の中で五人の子どもが消息を絶った。
そして二週間弱置いて、六人目が失踪。
この夏最後の聖女の日のことだ。
「たった一つの共通点を、『耳の形のおかしな灰色猫だ』と言いだしても、記事に取り上げるくらい手掛かりがないのですからね」
クウィンが整った顔をしかめた。
部下のボイドが記事を書いた連中を直にあたると、裏づけは皆無。
目撃証人は行方をくらましていた。
噂の発生源は神殿の魔道士らだった。
三日前の晩、王都外壁の塔で現行犯逮捕した小児性愛の連中だ。
グウェンフォール様の魔獣契約が妬ましかったからと。
捜査の混乱もかまわず、偽情報を捩じ込んだらしい。
あの灰色猫の正体を何だと思っているんだ、まったく。
クウィンの言うとおりならば、皆の関心が戻ることはないのかもしれない。
この二日間、紙面は彗星と地震一色になってしまった。
曰く、うん百年ぶりに天が憤怒した。
『動乱を呼ぶ革命彗星』が我が国に最接近したのだ。
『禍々しき』緑の星は、精霊の加護を受けられる四色のどれでもない。
しかも誰もが体感できる『不吉な』大地震が王都を襲った。
そちらは五代前の聖女様が『不審死』した年以来の地の怒りだ、と。
国が亡ぶ前兆ではないかと、皆が危惧していた。
最近の春は決まって吹雪になり、夏に害虫が作物を蝕む。
秋は洪水が頻発し、冬に魔獣の大量発生が街を襲う。
災厄は年々悪化する一方だ。
「極寒の冬が迫っている。ヴァーレッフェの民が不安になるのは解るが……豪雪に埋まりもしない帝国は無関係だろうに」
俺が壁をこすりながら愚痴ると、足掛かりにしている梯子が揺れた。
紫竜が尻尾で小突いてくる。
倒れないように手加減してくれてはいるが、鼻をわざとらしく鳴らす。
存分に空を飛ばせてやれていない。
ダールも不満が溜まっているのだろう。
「……埒が明かない。香妖の森に行ってくる」
「魔猪の巣窟なぞ、正気の沙汰ですか」
クウィンが顔をしかめるが、王都で考えられる場所はすべてあたった。
黄金倶楽部に置いてあった怪しげな魔獣の箱。
その発送元なぞ、何の関係もないのかもしれない。
それでも姪の耳飾りから繋がった唯一の糸なのだ。
「ダールも連れていくよ。多少は運動になるだろう」
昨夜また夢を見た。
霊山の裏手から巨大な猪が統べる森へ。
黒竜が朝日を浴びて悠々と飛翔していく。
あれは香妖の森に違いない。
「自重しなさいディアムッド、風烈騎士団に迷惑をかける前に。
朝も昼も夜も、仕事がない時間はすべて捜索に充てるなんて無茶でしょう。せめて睡眠時間は確保しないと。ひどい顔していますよ、鏡をご覧なさい!」
命令口調で立てつづけに言われてムッとした。
同い年で同期なのに――いや、寝不足のせいだな。
雑巾を握る手に力を込めて、怒りをやり過ごそうとした。
「解っている!」
「いいえ、ディーは解っていません。君の部下も休日返上で動いてくれているというのに。このまま一人一人が闇雲に動いても自己満足で終わるだけ。
自分まで倒れたらどうするのです。風の選定公家の皆さんがさらに心労を重ねるだけとは思わないのですか」
~~~解っている。
部下のボイドやバノックが、王都警察の知り合いと共に探してくれていることは。
親友のクウィンが名家令嬢との見合いを断り、王都中を調べてくれていることも。
乳姉弟をはじめ、選定公家所縁の者たちが心配してくれていることも。
「だが、二か月間で得た物的証拠は耳飾りだけなんだ」
正式な捜査じゃないからボゥモサーレの街警察にも依頼できない。
俺はクウィンみたいに推理が得意なわけでもない。
勘を頼って、地道に現場へ足を運ぶしかないではないか。
それが単に可能性を潰すためだったとしても、だ。
「王都警察の初動捜査は適確でした。あれから王都の警備は最大限引き上げられています。認めるのが難しいのは解りますが……生きた子どもを六人もどこに押し込めるというのです」
「部外者のお前に何が解る」
駄目だ、険悪な声音でしか話せない。
笑わなくなった伯父。
憔悴しきった兄夫婦。
大人の顔色を窺うようになった甥っ子たち。
生死がはっきりしてくれたほうが、どれだけマシか。
「寝不足の頭でいくら考えても妙案は出ません。そのくらいは解るつもりです、ディー!」
「わからず屋の阿呆で悪かったな、クウィン!」
気がついたら、友と睨み合っていた。
始業の鐘が遠くで鳴る。
俺が雑巾を床に叩きつけると、向こうも箒を蹴った。
間に挟まれたダールが、『いい加減にしろ』とばかりに尾を振り下ろした。
◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇
※ということで、王国は別件がテンコ盛りで大忙し。
人々の表情が暗いのは、不穏な彗星と地震のダブルパンチで今年の冬の厄災が怖いから。
対して神殿の上級魔道士たちは当初、芽芽の召喚に成功して、すこぶる上機嫌でした。ただ時間が経つにつれ、様子がおかしくなってきています。
王都に滞在していた帝国の下級魔道士が失踪したのと関係あるのでしょうかねぇ。
まだ霊山から古代竜が脱出したことは、魔道士側にバレてません。
芽芽は巣に連れ去られ、無事(?)食べられたと思われています。
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暖夢 由
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【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
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※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
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