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朝焼けの街 (カハルサーレ)
30. 音を探す
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お次は子どもが集まっている場所を探すのだ。
カチューシャの優秀な犬耳が子どもの遊び声を拾い、ふわふわな尻尾を揺らして、こっちこっちと誘導してくれた。
ゴミ捨て場と化した空き地があって、絶好の探検スポットになっているもよう。
ちなみに神殿があるのは王都のみ。宗教施設がどーんと寄付を集める形式ではなく、家の中に祭壇を設けるのが伝統。祭壇もない貧しい家庭は、街の外れや森の入り口付近に遺った古代の精霊ピラミッドへ祈りに赴く。でも帝国発の合理主義に押され、ここ数世代は信仰心すら希薄になってしまった。
その証拠に、ゴミ捨て場のすぐ隣がミニピラミッドだもの。お供え物も皆無。
≪フィオ、起きてる?≫
≪わかんなぁい、たぶん……?≫
まだ眠そう。リュックの中の小さな竜に揺らすことを断ってから、私の膝丈ほどのピラミッドに手を合わせた。そして山積みになったひび割れ煉瓦の横にしゃがみ込み、荷物すべてを両足の間に置く。
子どもたちに笑いかけながら、爺様の手帳に絵を描こう。市場の林檎でしょ、洋梨でしょ。靴でしょ。
ずーっとその動作を繰り返していると、だんだんと子どもたちの警戒がとけ、近づいてくる。にっこり。あ、この子、ぶっちぎりで好奇心旺盛なタイプだわ。にっこり。
≪『ボク何してるの?』だの『どこの子?』だの訊かれてるわよ≫
カチューシャは遠くから通訳してくれる。ふわもふ犬VS怪しい異国の旅芸人だと、人気判定で勝てる気がまったくしなかったので、廃棄された荷車の影に隠れてもらっているのだ。
ちなみに熊のぬいぐるみもそっちに隠した。中身はジジイだが、外見は黒珈琲色したラブリー極まれりの子熊である。勝てる気が――以下同文。
そして髪形とズボンのせいで、『少年』と呼び掛けられるのは市場でもう慣れた。だけど小学生くらいの子どもから『どこの子』扱いされるって……そこまで幼くないぞ、オイ。
こ・れ、と絵をさす。何か判るかな?
最初に一番近くに来て手帳を覗き込んだ男の子が何か言うと、他の子も興味津々で、口々に話しだす。
子どもたちのおかげで、買った商品の名前がだいぶ判った。忘れないよう、別のページをこそっと捲って、カタカナとアルファベットの混合で発音を走り書きしておく。
子どもたちの持つおもちゃや、ここから見える範囲にある物も描いて、『さぁこれはなんでしょう~』的に手帳を見せては、わいわいと賑やかに過ごす。
もうここら辺になると、記憶容量を越えてきているので覚えようとはしないけどね、『これは○○です』って言い回し部分は耳タコで耳コピした。
「コ、コレ。コレハ、リ、リンゴ。コレハ、クッツ」
手帳の絵を指して私が『そりゃもう頑張って話してます』的に大きく口を動かすと、子どもたちも私の微妙な発音の間違いを訂正しながら繰り返してくれる。
あんまり長い時間やると飽きちゃうよね。ここら辺で締めに入りますか。
私はページをめくり、鉛筆でぐるぐるの線を描く。その後、縦の線を加えたり、横の線を加えたり。
「コレハ……コレハ……」と私が言いながら筆を動かしていると、子どもたちが何を描いているのか不思議がって、盛んに当てっこしはじめる。
≪今の! 水色の髪の少女≫
カチューシャが遠くから叫んだ。
『ん? 聴こえなかった』って顔して、さっき何か言った水色の髪の女の子を見る。すると、その子がまた同じようなフレーズを言う。他の子も、口々に同じことを唱えだした。
私、ちょっと耳が遠くて頭の悪い人だと思われてるみたい。いや、シャウトしなくていいからね、そこの君。
「コレ、ハ、ナァニ」
子どもたちと同じフレーズを発音してみた。
蛇杖で前のページの林檎の絵を指して、「コレハナニ?」と不思議そうに首を傾げ、「……コレハ、リンゴ!」とにっこり。
「コレハナニ? ……コレハ、コート」と一つひとつ大げさな表情で語り聞かせながらページを捲り、蛇杖で呪文をかけるようにぐるぐる。
なんじゃもんじゃな絵に到達すると蛇杖で奇妙な線の塊を叩き、「コレハナニ? ……コレハ、ナ・ア・ニ。ナァニ!」と断言。おどろおどろしく言ってからニヤッと魔女のおばあさんぽく得意げに決めてみせると、子どもたちがどっと笑った。
荷物をふたたび背負った私は、子どもたちに手を振って別れを告げ、カチューシャと合流する。
『なになにオバケ』の紙芝居は終わったのに、まだ手を振り返してくれてる。良かった、計画どおりに子どもたちが反応してくれて。
≪まさか児童を語学教師にするとは思わなかったぞ≫
≪今の? あれはねぇ、私の国の有名な言語学者が使った手。真似させてもらったの≫
ぬいぐるみの花柄ネックストラップ部分をもう一度首に掛けつつ、爺様の問いかけに答える。
おじいちゃん曰く、事実は違ったんじゃないかとも言われているのだけどね、金田一京助という学者がアイヌ語を現地調査したときのやり方なのだよ。
カチューシャに『この絵は何だ』ってフレーズが出たら、誰が言ったか教えてって先に頼んでたから、私の場合はもっと簡単だったものの、子どもが素直に応対してくれるか心臓バクバクだった。
人生やったもの勝ち。何事も恐れず挑戦してみるものだ。
市場に戻ると、ほとんどの露店が店じまいを始めていた。お昼時なのか、ここに来てお腹が強烈な音を立てはじめる。
「******!」
昨日、パイを恵んでくれた屋台のおじいさんだ。横にも縦にも大きいフグさん体型。そして日焼けした肌は赤褐色。首長フラミンゴおばさんのピンクがかった白肌とは随分違う。
≪もしかして、赤林檎の皮みたいに赤々しい人もいるの?≫
≪そんな奇抜な色味があってたまるか。旅芸人でも見かけたことないわ≫
ほんのり薄っすら紫色だの、わずかに青味がかった白肌だって、私からすれば十二分に奇抜だよ。
熱い鉄板の上に乗った『ベビーカステラ』もどきを数個、大きな葉っぱにさっと掬い入れて目の前に差し出してくれる。
団栗を模したのは赤色で、ポルチーニ茸っぽく成型したのは青色。あとは紫色した紅葉と、黄色の向日葵形もあった。
「イリ?」
指さしながら、値段を確かめる。
≪さっきの歌のお代ですって。売れ残りだけど、持ってけって。あと横のパイもね≫
え、今日もいいんですか? かたじけない!
カチューシャに訳してもらってすぐ――フィオにリュックを揺らしちゃうことを念話で断ってからだけど――ぺこぺこお辞儀をする。
「アリガト!」
縁日のベビーカステラみたいな見た目に反し、香りも味もフライドポテトだった。どこか一部が欠けたり焦げていたが、塩とハーブがまぶしてあってまだ温かい。
じゃが芋は月の四色存在してて、こんな風に器用な形に料理するのが『普通』ってことだな。
次に渡された紅葉型の紫パイは、私の手の平よりも一回りデカイ。小麦粉も天然で四色あるんだって。中のクリームソースも上のパリパリチーズも、舌が染まりそうな真紫。
ヴィジュアルのエグさ極まれりだが……ワタシ、魔王だから多分死なない、魔王は何色でも平気のかっぱ巻き、と自分に言い聞かせる。幸いなことに、味は地球と一緒!
ポテトとパイを齧って見せては、大袈裟にジタバタジタバタ。
めっちゃ美味しいです、と全身のジェスチャーで赤フグおじいさんに感動を伝える。笑顔でもう一度しっかりお辞儀して、また閉店ギリギリ巡り。
≪フィオもあとで食べる?≫
≪――竜に人間の食い物を与えるヤツがおるか。特に炒め物なんぞ身体を壊すぞ≫
爺様のドクターストップが入ったので、私が一人占めさせていただくことになった。
って、~~仕方ないじゃないか。
犬猫ペットと似たようなものだと考えれば確かに非常識なのかもしれないが、念話とはいえ人間みたいにしゃべれる竜の食生活なんて想像つかないんだもん。
しかもフィオは魔獣のスプラッタ肉のせいで、普通の竜とは食の好みが違うし。
≪あの、芽芽ちゃん、えっと、せっかく誘ってくれたのに……ごめんねぇ≫
食べられなくて、とリュックの中でフィオが恐縮している。ただでさえ、ミニミニサイズなのに。
≪いいよぉ、その代わり果物は食べてね!≫
≪うん!≫
フィオは林檎や梨を芯の部分まで、しゃりしゃり美味しく食べる。なんなら上に付いていた枝まで丸ごと、種も気にならないとのことで、大変エコな竜である。
我が家の緑竜は、ラブ&ピースの究極ヴィーガンなのだ。
カチューシャの優秀な犬耳が子どもの遊び声を拾い、ふわふわな尻尾を揺らして、こっちこっちと誘導してくれた。
ゴミ捨て場と化した空き地があって、絶好の探検スポットになっているもよう。
ちなみに神殿があるのは王都のみ。宗教施設がどーんと寄付を集める形式ではなく、家の中に祭壇を設けるのが伝統。祭壇もない貧しい家庭は、街の外れや森の入り口付近に遺った古代の精霊ピラミッドへ祈りに赴く。でも帝国発の合理主義に押され、ここ数世代は信仰心すら希薄になってしまった。
その証拠に、ゴミ捨て場のすぐ隣がミニピラミッドだもの。お供え物も皆無。
≪フィオ、起きてる?≫
≪わかんなぁい、たぶん……?≫
まだ眠そう。リュックの中の小さな竜に揺らすことを断ってから、私の膝丈ほどのピラミッドに手を合わせた。そして山積みになったひび割れ煉瓦の横にしゃがみ込み、荷物すべてを両足の間に置く。
子どもたちに笑いかけながら、爺様の手帳に絵を描こう。市場の林檎でしょ、洋梨でしょ。靴でしょ。
ずーっとその動作を繰り返していると、だんだんと子どもたちの警戒がとけ、近づいてくる。にっこり。あ、この子、ぶっちぎりで好奇心旺盛なタイプだわ。にっこり。
≪『ボク何してるの?』だの『どこの子?』だの訊かれてるわよ≫
カチューシャは遠くから通訳してくれる。ふわもふ犬VS怪しい異国の旅芸人だと、人気判定で勝てる気がまったくしなかったので、廃棄された荷車の影に隠れてもらっているのだ。
ちなみに熊のぬいぐるみもそっちに隠した。中身はジジイだが、外見は黒珈琲色したラブリー極まれりの子熊である。勝てる気が――以下同文。
そして髪形とズボンのせいで、『少年』と呼び掛けられるのは市場でもう慣れた。だけど小学生くらいの子どもから『どこの子』扱いされるって……そこまで幼くないぞ、オイ。
こ・れ、と絵をさす。何か判るかな?
最初に一番近くに来て手帳を覗き込んだ男の子が何か言うと、他の子も興味津々で、口々に話しだす。
子どもたちのおかげで、買った商品の名前がだいぶ判った。忘れないよう、別のページをこそっと捲って、カタカナとアルファベットの混合で発音を走り書きしておく。
子どもたちの持つおもちゃや、ここから見える範囲にある物も描いて、『さぁこれはなんでしょう~』的に手帳を見せては、わいわいと賑やかに過ごす。
もうここら辺になると、記憶容量を越えてきているので覚えようとはしないけどね、『これは○○です』って言い回し部分は耳タコで耳コピした。
「コ、コレ。コレハ、リ、リンゴ。コレハ、クッツ」
手帳の絵を指して私が『そりゃもう頑張って話してます』的に大きく口を動かすと、子どもたちも私の微妙な発音の間違いを訂正しながら繰り返してくれる。
あんまり長い時間やると飽きちゃうよね。ここら辺で締めに入りますか。
私はページをめくり、鉛筆でぐるぐるの線を描く。その後、縦の線を加えたり、横の線を加えたり。
「コレハ……コレハ……」と私が言いながら筆を動かしていると、子どもたちが何を描いているのか不思議がって、盛んに当てっこしはじめる。
≪今の! 水色の髪の少女≫
カチューシャが遠くから叫んだ。
『ん? 聴こえなかった』って顔して、さっき何か言った水色の髪の女の子を見る。すると、その子がまた同じようなフレーズを言う。他の子も、口々に同じことを唱えだした。
私、ちょっと耳が遠くて頭の悪い人だと思われてるみたい。いや、シャウトしなくていいからね、そこの君。
「コレ、ハ、ナァニ」
子どもたちと同じフレーズを発音してみた。
蛇杖で前のページの林檎の絵を指して、「コレハナニ?」と不思議そうに首を傾げ、「……コレハ、リンゴ!」とにっこり。
「コレハナニ? ……コレハ、コート」と一つひとつ大げさな表情で語り聞かせながらページを捲り、蛇杖で呪文をかけるようにぐるぐる。
なんじゃもんじゃな絵に到達すると蛇杖で奇妙な線の塊を叩き、「コレハナニ? ……コレハ、ナ・ア・ニ。ナァニ!」と断言。おどろおどろしく言ってからニヤッと魔女のおばあさんぽく得意げに決めてみせると、子どもたちがどっと笑った。
荷物をふたたび背負った私は、子どもたちに手を振って別れを告げ、カチューシャと合流する。
『なになにオバケ』の紙芝居は終わったのに、まだ手を振り返してくれてる。良かった、計画どおりに子どもたちが反応してくれて。
≪まさか児童を語学教師にするとは思わなかったぞ≫
≪今の? あれはねぇ、私の国の有名な言語学者が使った手。真似させてもらったの≫
ぬいぐるみの花柄ネックストラップ部分をもう一度首に掛けつつ、爺様の問いかけに答える。
おじいちゃん曰く、事実は違ったんじゃないかとも言われているのだけどね、金田一京助という学者がアイヌ語を現地調査したときのやり方なのだよ。
カチューシャに『この絵は何だ』ってフレーズが出たら、誰が言ったか教えてって先に頼んでたから、私の場合はもっと簡単だったものの、子どもが素直に応対してくれるか心臓バクバクだった。
人生やったもの勝ち。何事も恐れず挑戦してみるものだ。
市場に戻ると、ほとんどの露店が店じまいを始めていた。お昼時なのか、ここに来てお腹が強烈な音を立てはじめる。
「******!」
昨日、パイを恵んでくれた屋台のおじいさんだ。横にも縦にも大きいフグさん体型。そして日焼けした肌は赤褐色。首長フラミンゴおばさんのピンクがかった白肌とは随分違う。
≪もしかして、赤林檎の皮みたいに赤々しい人もいるの?≫
≪そんな奇抜な色味があってたまるか。旅芸人でも見かけたことないわ≫
ほんのり薄っすら紫色だの、わずかに青味がかった白肌だって、私からすれば十二分に奇抜だよ。
熱い鉄板の上に乗った『ベビーカステラ』もどきを数個、大きな葉っぱにさっと掬い入れて目の前に差し出してくれる。
団栗を模したのは赤色で、ポルチーニ茸っぽく成型したのは青色。あとは紫色した紅葉と、黄色の向日葵形もあった。
「イリ?」
指さしながら、値段を確かめる。
≪さっきの歌のお代ですって。売れ残りだけど、持ってけって。あと横のパイもね≫
え、今日もいいんですか? かたじけない!
カチューシャに訳してもらってすぐ――フィオにリュックを揺らしちゃうことを念話で断ってからだけど――ぺこぺこお辞儀をする。
「アリガト!」
縁日のベビーカステラみたいな見た目に反し、香りも味もフライドポテトだった。どこか一部が欠けたり焦げていたが、塩とハーブがまぶしてあってまだ温かい。
じゃが芋は月の四色存在してて、こんな風に器用な形に料理するのが『普通』ってことだな。
次に渡された紅葉型の紫パイは、私の手の平よりも一回りデカイ。小麦粉も天然で四色あるんだって。中のクリームソースも上のパリパリチーズも、舌が染まりそうな真紫。
ヴィジュアルのエグさ極まれりだが……ワタシ、魔王だから多分死なない、魔王は何色でも平気のかっぱ巻き、と自分に言い聞かせる。幸いなことに、味は地球と一緒!
ポテトとパイを齧って見せては、大袈裟にジタバタジタバタ。
めっちゃ美味しいです、と全身のジェスチャーで赤フグおじいさんに感動を伝える。笑顔でもう一度しっかりお辞儀して、また閉店ギリギリ巡り。
≪フィオもあとで食べる?≫
≪――竜に人間の食い物を与えるヤツがおるか。特に炒め物なんぞ身体を壊すぞ≫
爺様のドクターストップが入ったので、私が一人占めさせていただくことになった。
って、~~仕方ないじゃないか。
犬猫ペットと似たようなものだと考えれば確かに非常識なのかもしれないが、念話とはいえ人間みたいにしゃべれる竜の食生活なんて想像つかないんだもん。
しかもフィオは魔獣のスプラッタ肉のせいで、普通の竜とは食の好みが違うし。
≪あの、芽芽ちゃん、えっと、せっかく誘ってくれたのに……ごめんねぇ≫
食べられなくて、とリュックの中でフィオが恐縮している。ただでさえ、ミニミニサイズなのに。
≪いいよぉ、その代わり果物は食べてね!≫
≪うん!≫
フィオは林檎や梨を芯の部分まで、しゃりしゃり美味しく食べる。なんなら上に付いていた枝まで丸ごと、種も気にならないとのことで、大変エコな竜である。
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