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霊山

4. 竜と知り合う

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芽芽めめ視点に戻ります。

****************



 遠く向こうで葉がこすれる音が続いていた。

 背の高い針葉樹の後ろで、ずんぐりむっくりした生き物が、樹の幹より遥かに太いその巨体を隠そうと必死に身をよじっている。

 ………………うん?

 ふむ。頑張りは認めるのだが、ちょっと無理があるよね。針葉樹って皆スリムじゃん? きみの体は熊のぬいぐるみわがミーシュカ同様、かなりのぽちゃカワ体形なのだよ。自覚しよう。

 あ。顔だけはなんとか樹の陰に隠れたから、こっちからも見えないと思い込んでるのかな。これは知らないフリをしてあげるべきなのだろうか。
 でもまたすこーし顔を傾げて、こっそりこっちをのぞこうとしている。あ゛ーごめん。私も運動神経が鈍いほうだから、目が合っちゃったや。

≪え、えっと。ボク……いません。忘れてください≫

 いるよね。がっつりいるし。宙ぶらりんな状況は私も困るしクマる。
 まず現状把握から始めよう。これは、だ。声を出していないのに、頭の中に入ってくる言葉。超能力。
 ……そっか、テレパシー?

 私は過去に興味半分で調べたことのある知識を総動員した。
 SFなんかじゃ高等エイリアンの通信手段だ。古代地球人もかつては駆使していたという説がある。現代でも軍隊が真面目に研究しているらしい。つまりテレパシーは、人間に元から備わった能力であり、訓練次第で花開く。
 ということで、お散歩中の野良猫や犬に出会うたんびに尾行して、頭の中で必死に話しかけている。今のところ全敗記録更新中だけど。

 なぜだ、なぜに猫も犬も鳥も虫も、私を避ける? テレパシー出来なくたって、動物好きな人間には懐くって言うよね?! 私、24時間四方八方がっつりウェルカメ体勢なんだよ!
 さっきの四星よつぼし天道虫てんとうむしといい、縞栗鼠なめんなリスといい、なんで蜘蛛くもの子散らすように皆ことごとく逃げてくのよっ。
 くっ、涙なしには語れない悲しい黒歴史を芋蔓いもづる式に思い出してしまった。

 じゃなくて。メッセージ送信だよ。頭の中の松果体まつぼっくりで念じるんだよ。伝えたい内容をはっきりとイメージして、気持ちをこめて。でも力まずに、相手にぽーんと送る感じで。

≪さっきの竜、さん、ですよね? そこ、にいます、よね?≫

 つ、伝わったかな。自信ないけど、今度こそ伝わってほしい。



 森の中はしーんと静まったまま、冷気だけがゆっくりと上から降ってくる。動物の遠吠とおぼえ一つしない。風すら止まってしまった気がする。

≪いいいいい、いませんっ≫

 辛抱強く待っていると、小さな小さな声がやっと返ってきた。おー、会話が成立してる! どうよミーシュカ! なんか神掛かってなくなくない、今日の私? すごいよ、すごい! 一気に連勝ギネス記録じゃん!

≪あのー。一人じゃ、寂しいんで。出て来て、くれると、うれしい、のですが≫

 今度はもっと積極的に話しかけてみる。

≪あの。でも。ボクは体が大きくて≫

 樹々の間に押し込んでいた大きな体は、なぜかふるふると震え出した。

≪そうですね。私の三倍くらいかな≫

 おじいちゃん家の一階天井は、余裕でぶち抜きそうな高さである。

≪その。怖くない……の?≫

≪うん? 怖いですよ。多分、かなり≫

 樹の陰で、大きなかたまりがびくっと動く。せっかく半分くらいは体を見せてくれていたのに、ふたたび樹々の間に無理矢理押し込めようとするのだから、じれったい。

≪だってその大きさだと、貴方が転んだりしたら、ぺちゃんこにされそうですし。動物の本能としては、そりゃあ怖いですって≫

 これは本当のことだから、誤魔化すつもりはない。どれだけ気をつけていたって、事故は起きるときには起きるのだ。

≪でも、貴方がその大きさなのは貴方のせいじゃないし。私がこの小ささなのも私のせいじゃないし。最大限潰さないように気を配ってくれたら、ぺちゃんこにされても仕方ないかなって受け入れます。
 あ、ただし事故った場合はひと思いに仕留めて、この熊と一緒に埋葬してください≫

≪むりですっ! ボク、人間、し、仕留めるの嫌いです。熊も、殺すの、苦手です≫

 えーと、竜だよね、きみ。もしもし?

≪でも、さっきの人たちの仲間なんでしょう? あの人たち、人間の子どもを多分殺してた≫

≪あ……はい。あの人たちはします≫

 顔のある辺りを見上げると、竜が悲しそうに項垂れていた。……ような気がする。現実に体ががくっと動いたというよりは、テレパシー的になんだかそんな感情が伝わってきたのだ。

≪だけど、ボクはそういうの、キライなんです。嫌なんです≫

 頭の中で泣きそうな声が聴こえる。

≪だとしたら、なぜあの人たちと同じ所にいるの?≫

 竜はしばらくの間、黙りこくっていた。やがて意を決したように、顔だけは完全に樹の間から出してこちらに向けてくる。

≪あの人たち、ボクをこの山に閉じ込めてるの。だから逃げられない≫

 なんですと!?
 わたしゃ、動物虐待は大反対なのだよ。人間の生死に関わる薬剤ならともかく、化粧品ごときで動物実験してそうな会社には一銭も金落とさん主義。

≪閉じ込めるってどうやって!? ……つか、貴方。ちょっとこっちへいらっしゃい≫

 私は両手で抱えていたミーシュカを右腕に移し、自分の左横の地面をぽんぽんとたたく。

 竜も私の迫力に根負けしたのか、とうとう樹々の間から全身出してきた。それでも近寄るのが怖いらしく、砂利土の空き地と樹々の生えているさかいでじっとこちらをうかがっていた。

≪あ、えと。ボク、小さくなれます≫

 お。そりゃすごい。

≪小さくなると、しんどかったりするの? 大変なの?≫

≪ううん、平気。昔は小さくなってよく移動してたから。最近はしてなかったのだけど――≫

 そして恐る恐る、首だけこちらにぐーっと伸ばしてくる。全身こっちに動かしたほうが早くないか、それ。

≪――あの。ど、どんな大きさがいい、ですか?≫

 おおう。リクエスト対応ありなの? うーむ、そうだな。

≪私とおんなじくらい、かな? でも、貴方のなりたい大きさを優先してくれて大丈夫なのだけど……≫

 判りにくいと申しわけないので、き火の前でまっすぐ立ち上がってみる。お尻がずきん! と痛んで、一回ちょっとよろけたけどミーシュカと共になんとか立てた。



≪じゃあ……色とか、ありますか?≫

≪は?≫

うろこの色。好みのやつ≫

 ちょっと奥さま、お聞きになりまして。色までカスタムメイドな気配でしてよ。すごいじゃん、ドラゴン! 天上天下唯我独尊じゃないですかっ。
 なんでその勢いで人間滅ぼさないかな。意味不明だよ、きみたち種族。

≪えっと……そのままでも美しいと思うので、そのままが好み、かな……≫

≪あ、ありがとうございます!≫

 うわぁ、照れてるの、めっちゃ可愛い。なんかモジモジしてる。ほお赤らめてる感じが伝わってくる。
 あーもーたまらん。このままだと職質モノの危ないオッサンになりそう、私。

≪で、でも。いつも母に小さくなるときは色も変えるように言われてまして≫

≪おかあさん? ……も、いるんですかっ!? ここにっ!?≫

 それ最初に申告して! 子ども抱えた母親の獣って、一番凶暴なんだよね?! 私、殺されるよね! ミーシュカだけは見逃してっ!

≪いえっ! 母は……少し前に亡くなりまして≫

≪あ。そ、それは……何と返答してよいやら……すすすみません≫

≪いえ、お気遣いなく≫

 お互いぺこりとお辞儀する。なんだろう、ちっとも竜との会話っぽくない。大学行って、寮でルームシェアとかしたら、こんな会話から始まるのかな?






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