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霊山

◆ 風の竜騎士:姉貴分とかぼちゃ祭り

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※風(紫)の竜騎士ディルムッド視点です。
 同じ日の深夜ですが、芽芽めめが召喚される直前まで巻き戻ります。

◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇



 この最北の国で秋になっても蚊が一向に減らない。
 忍び込んだ部屋でも一匹いるのは気づいていた。

 やっと俺を目掛けて飛んできたな。

 ――と格好をつけて握りつぶした直後、虚しさに項垂うなだれる。

 深夜の神殿しょくばで単身ガサ入れ決行だとか。
 もはや竜騎士としては末期的だ。

 それでも何かがこの部屋に隠されているという気がしてならない。
 昔からそうなのだ。
 黒い古代竜の夢を見た翌日には、根拠のない直感が必ず当たる。

『竜騎士って単細胞の塊ですわね! 「神殿で聖女に尻尾振ってるただの番犬」って魔導士の皆々様からの評価を、ご親切にも体張って証明してさしあげるだなんて! 度重なる肉体強化術の悪影響で脳みそ全体を石化なさいましたの?』

 コミーナのお決まりの説教文句が脳裏に響く。
 叔母おば――もとい、少し年の離れた姉のようなものだからか。
 正確には乳姉弟ちきょうだいなのだが。
 中級魔導士に昇格してからは、余計に口うるさくなった。

 とりあえず現状では反論の余地がない。
 残念ながら完全に。

 め息がこぼれる。
 木彫りのちょうの羽根部分を開いて簡易の防音結界を張った。

 神殿で対立している魔導士らから、竜騎士は『狂犬』と罵倒されている。
 怪しい場所をうろつけば何か見つかるのでは。
 と安直に考えた俺は確かに『単細胞』の『犬くずれ』なのだろう。

 ――だが、他に何が出来るというのだ。

 めいのエルリースが行方不明になった。
 休暇返上で王都中を探し回って早二月ふたつき
 万策尽きて、神殿奥深くの上級魔導士の部屋に侵入した。

 職場用にしては、やたら禍々しく高価な机だ。
 年代物の金縁の引き出しの中を、魔法陣を警戒しつつ探した。

 まず魔法陣の付与された万能鍵を引き出しに差し込む。
 魔術除けの手袋でガードしながら慎重に回す。
 そして結界粉を鍵穴から吹き込むのだ。

 いずれもグウェンフォール様の発明品だ。
 高性能の魔道具を真剣に開発してくださる。
 貧しい家庭用から、魔導士を監視する竜騎士専用まで。
 かような上級魔導士はごく稀だ。
 毒舌のコミーナですら尊敬のあまり、絵姿を部屋に飾っている。

 だが頭の固い同業者らは、グウェンフォール様を公然と罵倒していた。

『陛下! あやつは国籍不明の経歴不詳、ふん! 平民以下の根無し草ではないですか!
 我が国の伝統行事で民の労をねぎらい、表彰する立場を任せるのは如何いかがなものかと! ふん!』

 しわだらけの顔を嫉妬と怒りで赤黒くさせていた老害、モスガモン。
 他人を蹴落とすことで神殿長にまで昇りつめた男だ。
 常に白髪を三つ編みにして腰まで垂らしている。
 演説をぶつ際には異様に大きな鼻を鳴らすのが癖だ。

 来月半ばに王都で開かれる秋祭り。
 審査員の席次を巡って争うとか勘弁してほしい。
 恒例の目玉企画は『かぼちゃ比べ』だぞ。
 そもそも論として、なぜに国王陛下は出席を求めたのだ。
 農作物の品評会に救国の英雄を引っ張り出して何になる。

 職場しんでんの長の言語進退が恥だ。
 そして一国の長こくおうへいかの思考回路が謎だ。

 俺が生まれて間もない頃。
 グウェンフォール様はヴァーレッフェに突如いらした。
 隣国アヴィガーフェとの九年大戦で、助太刀くださった大恩人である。
 あの方がいなければ王都陥落は避けられなかった。

 その後も我が国に留まり、貴重な研究を惜しげなく発表されている。
 魔導学院の学長として、後進の指導も引き受けてくださった。
 戦後の急速な復興は、ひとえにグウェンフォール様のおかげだ。

 とはいえ、もうご老体。
 特にかぼちゃ好きだと聞いたことはない。

 宮廷の調整会議に急遽きゅうきょ出席を求められ、終始無言を貫いていた。
 あれは完全にあきれ果てていらしたのだと思う。

 昨今はめ息をつきたくなるようなことばかり続く。
 机の中は、偉大なる救国魔導士の発明品をもってしても何も見つからない。
 不自然なくらいに何も。

 そして不自然といえば。
 先ほど片腕を振り上げ、虫を握りつぶした時の空間の揺らぎ。
 この奇妙な違和感の正体は――。



「……先輩、悪趣味ですよのぞきは」

「職場で他人の引き出しを漁る後輩に言われたくはないな」

 神殿の石壁がぐにゃりとゆがみ、女が現れた。
 灰色の長いローブの下は膝丈の短い桃色スカート。
 夜間の出前配達だとでも誤魔化すつもりだろうか。
 酒場で新人の給仕女がする格好をしていた。

 ひだ飾りの多い艶めいたシャツ、やたらと光る化粧……。
 『若作り』という単語が条件反射で頭に浮か――。

「おや、お仕置きが必要かな。その顔は?」

「イエナニモ」

 目に猛毒という帰結は脳内で捻りつぶす。
 俺は引退したら、騎竜のダールと小動物に囲まれて暮らすのだ。
 夢半ばにして、胴体を切断されたくない。

「上級魔導士のお仕事部屋に無断侵入とは、悪い子だねぇ」

「……そういう貴女は神殿に無断侵入していますが」

 ここは聖女の住まう神殿。
 魔導士と竜騎士が厳重に警護し、部外者は立ち入り禁止だ。

 少なくとも俺は準幹部級の竜騎士だ。
 この部屋の区画自体には立ち入り権限がある。
 対して出前はこの時間、通用門の詰め所までしか入れない。

「行方不明になっためいっ子の捜査かい? 身内が首を突っ込むのは関心しないな。
 たとえ上級魔導士の関与が疑われたとしてもだ。ああ、それとも……。
 この部屋は黄金倶楽部クラブたまり場になっていて怪しいぞと、竜騎士側の調査権を発動するつもりかな?」

 思わず舌打ちした。
 昔からそうだ、何もかも見通すような目。
 この人はどこまで把握しているのだ。

陛下に報告なさいますか、ヘスティア様」

「同じ色のよしみで見逃してあげても構わんよ、ディルムッド」

 お互い幼い頃から馴染なじんだ笑顔を見せ合い、探りを入れる。
 コミーナ同様、厄介な姉貴分だ。

 数年違いで同じ紫の風の日生まれ。
 向こうは火の選定公家、俺は風の選帝公家の本家筋でもある。
 幼い頃から同じ師に稽古をつけてもらった。
 そしてどちらもヴァーレッフェの騎士学校を首席卒業した。
 だが、そこから歩んだ道は異なる。

 ヘスティア様は竜との契約をしなかった。
 何年か前には親に勘当され、姿を消してしまった。
 帝都でも有名な商家の道楽息子と駆け落ちしたせいだ。
 皇帝の間諜かんちょうになったのではといううわさも立った。

 それが今年になり、しれっと現れたのだ。
 竜騎士と魔導士が守りを固める神殿の最奥に。
 昼間だったからか、その時は見習い魔導士の草臥くたびれた格好で。

 しかしこの国を売るような人物ではない。

 恐らくは『闇夜のからす』。
 表向き存在しないことになっている国王陛下直属の諜報ちょうほう部隊だ。

「交換条件は黄金倶楽部クラブの情報ですか?」

「まぁ、それは後で酒でも飲みながら。今は――漁るぞ」

 これで無事、ここから出られる確率は上がった。
 だがその先に待っているのは――。
 姉弟子風を吹かせた説教と自白剤まがいの強い酒。
 こちらの情報は根こそぎむしり取られること必須だ。
 
 俺がげんなりした顔をしたせいだろう。
 ヘスティア様はわざとらしく高笑いしてみせた。

 そして袖口に忍ばせていた魔杖まじょうを手元まで滑らせる。
 後ろ端を握りしめると、瞬時に自らの身長を越える高さへと変えた。
 首席卒業したのは騎士学校だけではない。
 シャスドゥーゼンフェ帝国の魔導士大学と大学院でも成し遂げた。
 前代未聞の天才であり、奇行も多い理解不能の大変人。
 味方につけられれば、頼もしいことこの上ない。



 今宵、霊山へとつながる神殿の地下に神殿長モスガモンと補佐官らが向かった。
 黄金倶楽部クラブと称する魔導士の会合は不定期だ。
 だが必ず最奥の扉に強力な結界を張り巡らせる。
 そしてそのぶん、解錠も大掛かりになるのだ。
 部下のバノックが見張り、俺に合図を寄越す手筈てはずとなっていた。

「先輩、これの片割れって追跡できます?」

 上着の内側に入れていた耳飾りを見せる。
 すでに信頼できる魔導士数名に検分してもらった。
 正八面体にカットされた紫水晶がぶら下がっている。

「風の選帝公家ってのは、魔力測定もまだの子供に贅沢ぜいたくだな」

 ヘスティア様は即座に持ち主をててきた。
 まぁこの夏、王都を騒がせた行方不明事件だ。
 幼い姪のエルリースが買い物の途中でさらわれた。

「一族久しぶりの女児誕生ですから、甘やかしてしまいまして」

 普段使いにするには高額すぎる宝石。
 他家の顰蹙ひんしゅくを買うのもやむなしと苦笑する。

「――消されてるな。紛失防止の魔法陣の痕跡が皆無だ」

 これまでの鑑別と判を押したように同じ答えだ。
 それでも期待をしてしまう自分がやるせない。

「この部屋に、もう片方ないかと思ったのですが……」

 項垂れている時間は残っていなかった。
 単細胞でも何でもいい。
 神殿奥を公式捜査対象に持ち込む口実を探さねば。

 土の攻撃魔法は大陸北部では不人気だ。
 しかし魔獣を意のままに操れば、九年大戦のような悲劇を防げる。
 土の精霊に縁のある上級魔導士だけで研究すると言い出した。
 帝国風に金属っぽさを加味して、その名も『黄金倶楽部クラブ』。

 実態はモスガモン神殿長派の決起集会に過ぎない。
 参加者は髪・肌・瞳のいずれかを黄色くしているだけだ。

 神殿長本人は自慢の白髪のまま。
 会合を開いた今日は風の日。
 深夜を回ったから聖女の日になった。
 もう随所で建前が破綻している。

 だが実験と称し、魔獣の死体を無数に運び込む頻度は増えた。
『契約獣を呼び出し、戦わせるため。』
 搬入部門への申請書類に記載された文言には吐き気がした。
 古代、一部の貴族がたしなんだとされる闘魔獣。
 とっくに廃れた悪習だというのに。

 神殿長が敵視するグウェンフォール様に対抗してのことか。

 大陸北部で最も強い契約獣を従えているお方だ。
 俺としても召喚方法について直接おたずねしたいとは思っていた。
 残念ながら一昨日から外出中。
 いつ戻るかも不明だと他の教師らに言われてしまった。

 夏季休暇が明け、新学期に入った矢先だというのに。
 学長自ら数日続けて席を空けねばならぬとは一体何が起こったのか。

 気掛かりなことがまた増えたと思うと、憂鬱ゆううつになる。

 それでも今日は昼休みを潰したかいがあった。
 神殿の奥へと続く回廊。
 エルリースの耳飾りの片方を発見できたのだから。






◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇

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