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魔狼の森 ~ 朝靄の街(ティアルサーレ)

38. 馬車に乗る (7日目)

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 ここの人たちは一日二食、ブランチと夕食だけで、お家によっては合間に軽いお三時がある。でも翌朝は、私が出発する前にと早めのブランチにしてくれた。

 オルラさんと一緒にカトラリーをテーブルに並べていくのは、私にもできる数少ないお手伝い。
 皆でそろって食卓につき、ふわふわの自家製パンケーキともちもちの自家製ヨーグルトをいろんな自家製ジャムで食べた。

 今日は風の日だから、パンケーキが蝶々ちょうちょの形。食器や食材の色も紫なのだ。少しだけ赤い物が混じっていたのは、火の週だからだ。
 
 香ばしい自家製野草茶を飲んで一服したら、もう出発の時間。玄関先で女性陣に見送ってもらう。
 ウーナさんから、昨日借りた柘榴ざくろ色のマフラーで首元をぐるぐる巻きにされて、辛子からし色の指なしミトンをめられた。しかも指の部分をカバーできる葡萄ぶどう色の袋が追加されていた。私の指サイズで!

「うん、ぴったり。あったかくするのよ?」

 エトロゥマさんがほおをなでて、微笑んでくれた。昨日ちまちまと編んでいたのは、これだったのか。
 どれが好きかかれたときに選んだボタンが、ミトンの手の甲側に付いている。普段はここに袋を引っかけておくと、指を出したまま作業ができるデザイン。技と気遣いが小粋で細やかだ。

「あ……」

「いいから。持っていきなさい」

 小銭の入った巾着袋を取り出そうとすると、ポケットに仕舞うよう促される。結局、置いていけたのは香木二本だけで、お金は一イリも受け取ってくれていない。皆なんでこんなに優しいんだろう。

 雲のような朝靄あさもやの中を進んでいくと、どんどん辺りが白く覆われていく。それでも何度も振り返って手を振る。
 トゥーハルさんの道案内で、最初に通った外壁の裏門を目指した。



「メメ!」

 竜騎士御殿がもやで見えなくなってしばらくして、誰かの走る足音が近づいてきたと思ったらオルラさん。
 ちょっと怒った顔で、握りしめていたものをポケットに捻じ込まれた。ちゃりんと音がしているから、コレ多分、ベッドの枕の下に隠した宿代だ。

 最初の街で宿に挑戦したときに、じじ様が看板の内容を覚えていてくれた。その値段に加え、出身地じごくにお戻りいただいた不良二人の件で将来的にかけてしまうかもしれない迷惑料もかねて、三泊分の金竜三枚。
 お礼を書いた手帳の切れ端に包んだんだけどな。思考を読まれたのか、バレるの早い。

「こういう変な気配りは大人になって沢山稼ぐようになってからでいいの! お金があったら出来ることだって一杯あるんだから、なるだけ楽な旅しなさい!」

 私のことを思ってお説教してくれる。見つけられたことには落胆したが、意見してもらえるのはありがたいことだ。しっかり目を見てうなずいた。

「それからね、あったかくすること! 女の子は特に!」

 あれ? そっちもバレてた。なんでだ。あのぎゅむっとしたハグのせいか?
 分厚い靴下とレッグウォーマーを渡される。優しい水色……こっちの世界ではそんな名前じゃないんだろうけど、勿忘草わすれなぐさ色だ。

 『私を忘れないで』の花の色だ。

 昨日、広場の毛糸屋さんで買ってた手編みの作品。オルラさんは土の精霊の黄色が多いから、他の人用だとは思っていたけど、まさか私だったとは。

≪足元が青系、マフラーが赤で、手袋が黄色と紫……もしかしなくても、精霊四色?≫

≪うむ。餞別せんべつのときは、四色そろえることが多いの。
 誕生日や就学・就職祝いなんて時は、贈る相手の守護精霊の色にして、「精霊に授けられた特性が伸びますように」と願掛けをするが、別れの時は「ありとあらゆる精霊に愛されますように」と祈るのじゃ≫

 愛されますように……ホントだ、愛されてるなぁ私。

 爺様の説明で、泣きそうになるのを我慢して、靴下とレッグウォーマーを抱きしめながら何度もうなずく。
 結局、オルラさんも馬車乗り場まで来てくれることになった。

「せっかくメメを独り占めできると思ったんだが」

「駄目よ、メメはアタシの妹ですもの」

 親子二人で私をネタにおどけてる。仲が良いのだ、この二人。

 ウーナさんが上のお嬢さんはお母さん子で、下のお嬢さんはお父さん子なのだと揶揄からかっていたっけ。
 その時は「そんなことない!」とオルラさんがエトロゥマさんに抱きついて、じゃれはじめたけれど。

 見ていて私も幸せな気持ちになれた。でも少し羨ましくなった。地球では別に虐待されてたわけじゃないけれど、親に抱きしめてもらった記憶がない。
 ぎゅっと出来るのは熊のぬいぐるみミーシュカだけだった。

 だからオルラさんたちのような家族が一杯増える世界になるといいな、と切に思う。



 三人で裏門をくぐり、街壁の周囲に巡らされた道を辿たどって、森とは反対側へ行く。向こう側の正門には兵士が詰めているがゆえの、裏門利用なのだ。
 いつも検問されるわけじゃないけれど、不良二人の失踪に関わった私の存在は、人々の記憶や記録にあまり残らないほうがいい。宿主のオルラさんたちが疑われちゃう。

 空き地に馬車乗り場があった。幸いにも何台か大型馬車が停まっている。正門が見えるか見えないかという、ギリギリ手前で、馬車を陰にしながら空き地に入っていく。
 すぐ横の街壁と一体化した頑丈そうな建物は、爺様が『外宿そとやど』と訳してくれた。王都や州都を除いて、旅人の馬や竜騎士の竜は街に極力入れないため、馬房ばぼうだけでなく竜房りゅうぼうまである特殊な宿らしい。

「この少はうちの子でね、メリアルサーレまで一人と一匹で行かにゃいかんのだが、頼めるかね」

 トゥーハルさんが乗り場を仕切る馬主と、馬車の点検をしている御者の両方に念を押すように頼んでくれる。『うちの子』だって……じぃぃぃんと胸が熱くなる。そいで男の子の(フリしている)設定で、犬同伴乗車の前提で、話してくれる。

 その横ではオルラさんが馬車代まで払ってくれた。流石にそれは、と首を振るが、「いいの! 大人には甘えるものなの!」と豊満な胸にぎゅむっとされてしまう。
 御者のお兄さんがスゴく羨ましそうにこっちを見てた。もうね、ぱふぱふんで、何度されてもドキドキです。男の人の気持ちがよく解る。

「ワシからの餞別せんべつはこれだ」

 トゥーハルさんが肩にかけた袋の中から、丸めた革袋を取り出し、手の上で広げてくれた。
 なんとまぁ、カトラリーセットではないか! 先割れフォークスプーンと、和菓子楊枝ようじみたいな形のナイフ。どれも木製で大きいのと小さいのがある。
 持ち手部分の浮き彫りは、精霊眷属けんぞくにちなんだ蒲公英たんぽぽきのこ団栗どんぐり楓葉メイプル。一番先には、お酒を入れるマグカップの飲み口と同じ精霊四色の線が塗ってあった。

「こうして丸めてな、腰帯にここで引っかけるんだ」

 自分の腰紐で実演してくれる。あの台所で、ずっと作ってくれていたのはコレだったんだ。
 感動していると足元のカチューシャがショック受けてる。

≪あら、そういえば。牙娘ってば、持ち歩いてなかったじゃない!≫

≪持ち歩く人が多いの?≫

≪外で食事する時は持参するのよ。じじいのは魔道具を兼ねてたから、霊山の結界で消しちゃって、すっかり忘れてたわ!≫

 必ずなんかい。衣食住関係は早めに気づいてよ。そいでもって爺様は生活全般を魔道具改造してんのかな、カトラリーで何やってるんだ。

「~~~~アリ、ガト」

 爺様のえげつないわな部屋の様子を想像したら、泣き笑いになっちゃった。

「え、いやそのだな」

「まぁひどいわ、父さんたらメメを泣かせるなんて!」

「違うぞ、これは単にワシの男らしすぎる顔のせいだ」

「猛獣顔だものね、体もだけど」

 また親子でじゃれだした。いいな、お父さんと仲良し。

 ――ううん。私だって沢山優しさをもらったもの。きっとその分、強くなれる。
 さびしいけれど、自分に無理矢理言い聞かせた。






「精霊の祝福を!」

 出発時間まで一緒にいてくれた二人が馬車を降り、大きく手を振ってくれた。街のほうから、ウィンドチャイムのキラキラとした音が薄っすら聞こえてくる。

 これもこの数日間で覚えた。
 時刻を告げる広場の鐘の音なのだ。オルラさん家の居間にも筒状の風鈴がぶら下がっていて、最初は風が通ったら鳴ると思い込んでいたっけ。

「セイレ!」

 私も手を振り返す。人生初の馬車旅。馬一頭で引っ張るほろ馬車で、近隣の街をつなぐバスみたいなものだ。
 
 ここは、森の中の道よりずっと広いし整備されている『穀物街道』。濃い赤や薄い赤の極小の石を細かく敷き固めていて、等間隔に植えられた背の高い広葉樹の隙間から陽の光が当たるとその小石がキラキラ光る。
 反対方向は、道路の横を走る運河と共に王都まで伸びていた。

 この路線の終点で乗り換えて、その次の馬車の終点がメリアルサーレ、すなわち『暁の街』。今日出発した街がティアルサーレ、すなわち『朝露の街』。
 二人の姿が見えなくなっても、なんだか心残りで……窓部分の透明なシート越しに、来た道をずっと眺めてしまう。
 周囲には、なだらかな山脈が広がる。ひときわ背が高いのが、フィオを閉じ込めていた霊山。

≪……さびしいか≫

≪うん。この国の人って優しいね≫

 熊をぎゅっと抱きしめて、隣のカチューシャに寄りかかる。フィオは足元にそっと挟んで置いているリュックの中だ。

≪であれば神殿の宝珠をさっさと盗んで、あの娘の所に戻――≫

≪却下≫

 ぺし、と軽くチョップをかます。盗品抱えて恩人の家に逃げ込めるか。
 ここ数日念話で会話していて思うのだが、爺様はかなり善悪のネジがズレている気がする。

 この時間帯に乗っている客はしばらく私だけだったが、街を通過するたびにほろ馬車の中が急に混雑したり、がくんと減ったり。

 道の途中で馬車を止める合図も覚えた。
 横向きにパーにした手の平を見せる感じなのだけど、四つの指は真っ直ぐ合わせて親指だけ上に立てて、伸ばした右腕をくいくいっと四度振る。御者がうなずいてやはり親指を見せたら、その場で馬車が来るのを待つ。

 街道の整備がしっかりしているのか、馬の蹄鉄ていてつと馬車の車輪の質がいいのか、時代劇で耳慣れたカッポンカッポンというあの音がしない。
 車輪はトゥーハルさんたちが初日に使っていた、荷車と同じくゴムのような素材。馬の蹄鉄ていてつもただの金属ではなさそうだ。
 どういう仕掛けなのだろう。御者のお兄さんはむちを一切持たず、手綱だけで器用に馬を操っていた。

 ――やはり単純に地球の一昔前の文明度だとは片づけられない気がする。

 自分のどんな行動が何を招くか予測がつかないということだ。改めて気を引きしめることにした。だってフィオは私が守るのだもの。






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