弟子に負けた元師匠は最強へと至らん

Lizard

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第四章 国難

その三十五 魔獣化

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 ――――『魔獣化』。

 俺は、この現象をそう呼んでいる。
 魔獣血石が大量に取り込んだ俺の体は、既に人間からかけ離れたものと化している。
 あまり認めたくはないが、今の姿は張りぼてに近いものだろう。
 だが……唯一、人族としての形を完全に残している部分がある。

 それは――精神。
 元の性格は残っているし、記憶もそうだ。
 だが肉体が魔獣に近づいているというのに精神はそのまま、などということは有り得なかった。
 精神は変わっていない。変わってはいないが……

 『魔獣化』とは、いわば魔獣としての精神の発露。
 魔獣の本能が強く反応した時にのみ現れる、もう一つの精神。
 そう、俺の人族としての精神は変わっていないが、代わりに魔獣の本能は俺の心中の奥底に在る。

 そもそも人の精神では数百という数の魔獣の能力ちからを全て十全に扱うことなど出来る筈もない。
 一つ一つ、あるいは幾つかの同時発現なら造作もない。
 だがそれが数百、あるいは数千という数になった時……人のままでそれを完全に扱うことなど出来ない。
 そう、人のままでは、だ。

 ならば全て扱いきるためにはどうすればいい?
 当然、
 厄介なことに『魔獣化』は自在に発動できるようなものではない。
 何よりこれは魔獣の能力の利点であり、同時に
 一時的にとはいえ、人の精神が消えた状態になる。
 それが安全なハズが無い。






「――っがぁあああああああああああああああああああああああッ!?」


 一瞬の静寂、その後。
 悲鳴を上げたのは魔族レーガンだった。
 『神』という存在故か、血が出ることは無い。
 しかしもぎ取られた様な切断面から先の右腕は無く、数百数千という年月を無傷で過ごしてきた彼は悲鳴を堪えられなかった。


「レーガンッ!? ……!?」

 ロデスと呼ばれた者、竜人の姿をした神はその光景に困惑した。
 相棒レーガンの右腕は無く、その代わりにいつの間にか背後に居た人族が人の腕――否、神の腕――を持っているのだから。

「なっ……人族、貴様一体何をした……!?」


 返答は無かった。
 人族――テイルが掴んでいたレーガンの片腕は、ロデスが問いかけた頃には塵となって消えた。
 【消滅】だ。


「クソがぁっ!! てめぇ何しやがった!!」


 未だ苦悶の表情を浮かべてはいるが、『神』であるレーガンの立ち直りは早かった。
 額に汗を浮かべ、顔を顰めてテイルを睨みつけている。
 並の生物であれば暫く転げまわっていてもおかしくない激痛が、未だ彼を蝕んでいた。

 そして二度も問われたテイルはと言えば、一切表情に変化はない。
 喜びも、悲しみも、怒りも。何一つとしてその表情から読み取ることは出来ない。
 その背から生えた蝙蝠の――あるいは竜の――翼のみが、ゆったりとした動作で羽ばたいていた。

 そして唐突に、テイルが両腕を水平に左右へと突き出した。
 二柱の神は目を瞠った。
 少年の腕が人の物ではない皮膜、鱗と腕そのものから現れたものを順番に纏ったのだ。
 それは他の部位も同様なようで、既に襤褸と化した衣服を押し上げていく。
 顔は目や鼻こそ覆われていないが、額や口周りは完全に鱗に覆われている。
 腕に至ってはそこから更に黒色の物体が纏わりつき、巨大な拳の形となっている。
 それだけでは収まらず臀部から血の様な紅の尾が生え、明らかに子供の体に見合わない大きさにまで伸びた。


「……獣化、ではなさそうだな」
「ああ……混ざってるモンが滅茶苦茶だ。ありゃもう人間じゃねぇよ」
「そのようだ……――くるぞッ!!」
「おう!!」


 テイルが一瞬足を引く。二柱の神はどんな動作も見逃さないように、と身構えた。

 ――刹那。


「……あ?」


 テイルの姿が、掻き消えた。
 直後、爆ぜるような音と共にレーガンの視界を何かが過った。


「――」


 咄嗟に背後に振り返る。
 隣に居た相棒が居ないことに気付いたのは爆音の数瞬後であった。
 彼の眼は、数歩離れた位置にいるテイルと、を捉えた。
 そして彼の直感が、『神』としての、生物としての本能が、大音量の警鐘を鳴らした。
 確認することもせずに腕を重ね胴体の前で構えた。


「ぐぅッ!?」


 衝撃が全身を駆け抜ける。
 そして痛みを堪えながら目を向けた先にあったのは――ゆらゆらと揺れ動く鱗を纏った尾。
 見ればその尾は伸縮しながらレーガンの隙を窺っていた。


(……ンだよ、これ……魔獣の部分が無けりゃ【凶暴化ベルセルク】の魔法だが……ありゃあちげぇな)


 彼はテイルの全身が纏っている人に在りえないものを魔獣由来のモノだと正確に見抜いていた。
 だが、その状態は彼の理解の範疇外にあった。

(魔獣の力が暴走でもしたか……? いや、魔獣血石で取り込んだ時点で魔獣の力は自分の物だ。暴走なんてするはずもねぇ――)


 しかし魔獣となった人族はそれ以上の考察の時間は与えなかった。
 『神』を超える有り得ない身体能力でレーガンに襲い掛かったのだ。


「オオァァッ!!」
「――がっ!?」


 巨大な拳がレーガンを打ち据える。
 それだけに留まらず、伸縮する尾が追撃する。
 レーガンにとっては有り得ない状況だった。
 自分の目でも追い切れず、力で負け、魔法を使う暇すら与えられない。


「くっそ……魔法も使えんのかよっ」

 未だ保たれている【消滅】が彼の身を削る。
 何よりも彼にとって予想外だったことは、魔獣と化したテイルが十全に扱っている事だ。


(尻尾の動きが馬鹿みてぇに速え……畜生が)


 しかし彼は神業とも呼べる武術を用いてそれに対応した。
 初動を見て先を読み、途轍もない力を技で受け流す。
 暴走している様な状態でも技術を失っていなかったことは予想外ではあったものの、彼の技術はこの程度では崩れなかった。

 だが、暫く回避を続けた時。


「……おいおい、勘弁してくれや」


 彼は、僅かに諦念を浮かべた。

「『神』が『魔獣』に負けるとか……笑い話にもなんねぇな」


 浮かび上がる敗北の二文字。
 その理由は――テイルの臀部から生えた、
 『この程度なら、これだけあれば殺せる』と判断したが故の変化。

 レーガンは、苦笑した。
 『神』となってから、彼が初めて抱いた感情だった。
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