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聖女の決意

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「はぁ……残念です。今日もダメでしたね」

 大聖堂の地下で、私ことラーナ・エルフィオーネは、ため息を吐いて言いました。

「聖女様、あのような者は勇者としての資格が足りておりませぬ。致し方ないかと」
「申し訳ありません、サリエル卿」
「それではまた明日よろしくお願い致しますぞ」
 
 サリエル卿と兵士たちが階段を上がっていった。

「また明日ですか……」

 これまで、どれほどの勇者を召喚してきたことでしょうか。
 世界が魔王に支配されつつある今、私たち人族、いえ、この世界に住むすべての者たちが危機に瀕しています。

 幾度も他国と協力して立ち向かってきましたが、わたしたちでは魔王を討ち倒す力はありませんでした。

 今から五年ほど前でしょうか。

 ◇

「貴方の力は……勇者召喚です!」

 私は田舎の小さな村に生まれた村娘です。
 村の小さな教会で成人の儀を受けた私は、神託を授かり、ある力を手に入れました。

 その力は〈勇者召喚〉。
 一日に一度だけ、この世界とは異なる世界から勇者を呼び寄せる事ができるというスキルです。

 この力は、古くから村の言い伝えに登場する、聖女様が持っていた力と同じものでした。

「ラーナ、お前には特別な力がある。それも世界を救う事ができるほどの大きな力だ」
「わたしたちはあなたを誇りに思うわ」

 このスキルを手に入れたと知った父と母は泣いて喜んでくれました。
 
 しばらくすると、王都ジュネイルから使いの者が村にやって来ました。

「そなたが聖女だな。我々と王都に来てもらいたい」

 このような高貴な方々が、なぜ辺境な田舎村に? と思いましたが、私の噂を聞きつけてやって来たのです。

 父と母は、この時も大喜びしてくれました。
 王都へ誘われるというのはとても名誉なことで、父と母にはちょっとした親孝行ができたかなと思いました。

 そして私は王都へ向かうことになります。

「このままでは世界は魔王に支配されてしまう。聖女よ、そなたの力でこの国を、この世界を救うために力を貸して欲しいのだ」

 私は陛下に直接お会いし、聖女として大聖堂でお仕事をさせていただく事になりました。

 一日一度、勇者を召喚するのです。
 そう、魔王を討ち倒すために。

 ◇

「こ、ここはどこだ……? お前らは誰だ?」

 初めて勇者を召喚した時です。
 黒い髪の黒い瞳をした青年でした。

「勇者様、どうか私たちの世界を救っていただきたいのです。このままでは魔王により世界は滅亡してしまいます」

 これで私たちは救われると思いました。
 しかし青年から思いもしない言葉が返ってきたのです。

「なぜ俺がお前たちの世界を救わなければいけない。今すぐ元の世界に帰してくれ!」

 困りました。
 このスキルは呼び寄せることはできても、元の世界に帰すことはできません。

 続けて青年は言います。

「お前が一方的に呼び寄せたんだ。慰謝料として相応の物を支払ってもらうからな」

 確かに呼び寄せたのは私ですが〈勇者召喚〉は転移を望む者しか召喚できないのです。つまり異世界へ旅立ちたいと思っている者が召喚の対象となります。
 
 こちらも引き下がるわけにはいきませんでした。

「勇者様、魔王を倒せば元の世界へ帰ることができるかもしれません」
「は? お前の言葉からして、魔王を倒しても元の世界に帰れる保証は無いってことだよな?」

 確かに青年の言う通り約束はできません。
 ですが遥か昔、魔王を倒した勇者が元の世界に帰ったと、ジュネイル聖書に記されています。
 この聖書に記されていることは、すべて現実となる予言の書でもあるのです。
 此度の魔王襲来も、聖女の私がいつどこで現れるのかも記されていたほどです。
 青年も元の世界へ帰ることができるはずです。

 しかし何度お話をしても断られました。
 「ちーとも無いのに」など、色々と聞いたことが無い言葉を使われていましたが、<勇者召喚>で呼び出した者たちは、この世界の誰よりも強大な力が備わっているのです。

 力が無いと思っているのは、ただの勘違いです。

 青年は聞く耳すら持ってくれず、結局、相応の金貨を支払った後、「俺は自由に生きるぞ。スローライフだ!」と言って、この街で住み始めました。

「申し訳ありません、サリエル卿」
「いえ、初めてではございませんか。それではまた明日、よろしくお願い致しますぞ」

 そして、この日を境に一日一度、勇者を召喚することになります。

 勇者召喚を始めて三年。
 これまで休むこともなく、何人もの勇者を召喚してきましたが、未だ誰一人としてこの国から旅立つ者はいません。
 それどころか、勇者という名を利用して悪行を繰り返すばかりか、すべてを私のせいにする者までいます。
 益々この国は良からぬ方へ突き進んでいます。

 本来の私は、根っからの聖女ではありません。
 実は粗暴が悪いこともあり、小さい頃は男の子とよく喧嘩をして泣かしたこともあります。
 村では魔物が襲ってくることもあり、常に危険と隣り合わせ。か弱い少女のままでは普通の生活もできないのです。
 それゆえに、幼少の頃から身を守る術を父に叩き込まれ、粗暴が悪くなってしまったと思います。

 村の教会で神父様によく言われた言葉があります。

「ラーナ様は聖女となられるお方。これまでの話し方では聖女は務まりませぬ。丁寧な言葉遣いを心掛けるようにしなさい」

 そう神父様に教えていただきましたので、これまで必死に努力をしてきましたが、やはり私は聖女とはいえ村娘。
 心までは昔とあまり変わっていないようです。
 寛大な心を持っている訳でもありませんから、物語に登場する聖女様では決してないのです。
 
 もう我慢の限界です。

 真の勇者様を召喚できるその日まで、私は勇者、いいえ、愚か者には裁きを与えなければいけません。

 拒否する者には鉄槌を。
 敵対する者には極刑を。
 裏切り者には断罪を。

「愚か者たちには制裁あるのみです!」

 ◇

【CASE.始まりの青年に鉄槌を】

 まず手始めに、三年前に初めて召喚した黒髪の青年を制裁します。
 すべてはこの青年が私を変えたのです。
 一年ほど前でしょうか、私が街を歩いていた時、偶然青年を見かけました。

 ◇

「お前ら雑魚のせいでクエスト失敗したんだろうがッ! 俺様はこの国のS級冒険者だけでなく勇者様なんだぞッ! その俺様の言う事を聞かないから失敗なんてすんだ、このクズ共がッ。クズはクズらしく地べたを這い回って魔物に食われるか、野垂れ死ねばいいんだよ」

 青年は以前より自身が持つ力に気付き、冒険者だけで無く、力を持たない街の人たちまでも自慢しては罵声を浴びせたりと、やりたい放題していました。

 勇者という称号を利用していたのです。

「くそッ、S級だからと調子に乗りやがって。何が勇者だ。自分は何もせず、ただ後ろで偉そうに指図してただけだろうが」
「おい、聞かれでもしてみろ。ただじゃ済まされないぞ。ヤツは人間のクズだが力だけはあるんだ。昨日もB級パーティが森で忽然と消えたという話だ。何でもあいつに誘われて断っていたのを見かけた連中がいるんだ」
「だから断れなかったんだろうが。大体、勇者だからといって、ギルド長は何であんなクズをS級にしやがったんだ。あんな奴とっとと消えてくれたらいいんだがな。あぁ…誰か奴を始末してくれねえかな……」

「おい、お前ら。何をコソコソと話してやがる? まあどうでもいいが、クエスト失敗の落とし前として有り金全部よこしな」

 青年は冒険者から金貨を要求するだけでなく、「支払わなければどうなるか分かってるよな?」と、何とも恐ろしい言葉をぶつけていました。
 
 さらには、年端もいかない女の子にまで手をあげる始末です。

「キャッ! も、申し訳ございません、ご主人様!」
「このクソガキがッ! とっととしやがれッ。チッ、安いから買っただけだが、メスガキの奴隷は失敗だな」
「お、お許しください、ご主人様!」
「俺様のことは勇者様と言えと何度言ったら分かる! 今度同じことを言ってみろ、斬り捨ててやるからな!」

 この光景を見ていた街の人たちから、コソコソと話し声が聞こえてきます。

「おい、またあいつかよ」
「毎日毎日なんて酷いことをするのかしら」
「可哀想な子たち……」
「あんな奴が本当に勇者なのか?」
「どうだかな。他にも勇者を名乗る奴はいるが、ありゃひでえな」

 どうやら酷いことをするのは、今に限ったことでは無いようです。

 青年が勇者ということは三年前から知れ渡っていますし、国のS級冒険者として名を馳せているのも、青年が持つ強力な力の他ありません。
 火、水、風、土、光、闇を司る全六属性の魔法を、詠唱も無しに行使することが可能だからこそ、青年は成り上がることができたのです。

 街の人たちは青年を追い出したいと思っているようですが、残念ながら逆らうことはできません。
 自分たちが酷い目に遭いますからね。
 ですが、いかに自分の奴隷といえど、王都では手をあげることは禁止されています。

 そこで私が青年を注意する事にしました。

「お久しぶりですね」
「ああ? お前はあの時の女か。てめえのお陰で俺はこうして自由を手に入れることができたぜ。こんな風になッ」
「「キャッ!」」
「おらッ、もっと泣けやメス共ッ!」
「「い、痛いです! お、お許しください、勇者様!」」
「やめてあげて下さい! いかに奴隷といえど、この国では手をあげてはいけないのですよ」
「んなことはどうでもいいんだよ。俺の奴隷なんだ、俺が好きに使って何が悪い? それとも何か? お前がこのメスガキ共の代わりにでもなってやるって言うのか?」

 この時、私は言葉を失ってしまいました。
 
「ほら見てみろ、偽善者にどうこう言われる筋合いはねえ。元はと言えばお前が俺を呼んだんだろ? 予言書とやらにも書いてあんじゃねえのか? 俺がどんな人間なのかとな。ひゃはははははっ!」
「そ、そのような事までは記されていません」
「なら、予言書ってのは嘘のようだな。俺以外に勇者を名乗るヤツを見たことがあるが、そいつらも大概だったぞ。本当はお前が召喚しているのは勇者ではなく、魔族何だろ? そしてお前は聖女なんかでは無く、魔王の手先。つまり魔族が人に成りすまして民を洗脳し、あたかも善人のフリをする。そんな話を俺は知ってるぞ」

 よくも有りもしない事を言うものです。
 当然、私は反論しますが……。

「わ、私は魔族なんかではあり…」「おい! 見て見ぬふりをしている、お前ら! よ~く俺様の話を聞け! この女は聖女に成りすました魔族だぞッ! お前たちを騙し、いずれこの国を支配するつもりだぞッ!」
「おいおい嘘だろ……」
「聖女様が魔族だって!?」
「そんなはずはないだろ?」
「いや、よく考えてみろ。勇者が来てからというもの、俺たち碌
ろく
な目に遭わされていないぞ。その勇者を呼んでいるのは聖女様なんだろ?」
「ってことは、まさか魔族が悪魔を召喚しているとでも言うのか……」
「あながちアイツが言ってることは間違ってないかもな」

 そんなありもしない話に乗せられて、私も聖女としての信頼を失い、街を歩けば石を投げられる事もあります。
 私が召喚したのですから、やはり私がケジメをつけなければなりません。

 ただ問題が一つあります。
 私に与えられた力は〈勇者召喚〉一つだけという事です。幼少の頃から父に鍛えてもらったとはいえ、あの青年に返り討ちにされてしまうのは目に見えています。

 そこで、サリエル卿に相談させていただくと、私と同じ想いを抱いているようでした。
 何か良い方法は無いかと聞いたところ、一つだけ力の無い私でも対抗できる術を教えていただけました。

 ◇

「聖女様、ここだけの話ですが、この大聖堂にはあるマジックアイテムが封印されております。そのアイテムをお使いすればよろしいかと」

 サリエル卿からとても良いお話をいただき、早速案内していただきました。

 そのマジックアイテムは、ジュネイル王国の秘宝と呼ばれるもので、あまりに強力な魔力が込められているため、大聖堂の地下に封印されていました。

 大聖堂はすべて知り尽くしているはずでしたが、まさか祭壇の下に隠し階段があるとは思いませんでした。

「聖女様、こちらが王国の秘宝でございます」

 何と禍々しい宝玉でしょうか。
 私はサリエル卿から使い方を教えていただき、この宝玉を持って青年のところへ向かいます。

 青年は毎晩とある宿に泊まっていると聞いていましたので、すぐに居場所は分かりました。
 王国一の高級宿として名高く、一流の冒険者でなければ泊まることができない〈星降る黄金亭〉です。
 あの青年がいかに稼いでいるかが分かりますね。
 真っ当に稼いでいるとは思えませんが。

 その後、私は一人〈星降る黄金亭〉へ向かいます。

「そちらのお客様ですと、最上階のスイートルームに滞在されております」

 聖女の私にかかれば、部屋を教えてくれることなど造作も無いことです。と言いたいところですが、私も今や忌み嫌われた者の一人。フードを深く被り、青年の奴隷と名乗って部屋を教えていただきました。

 「トントン」と扉を軽く叩きました。

「お前は……また何の用だ? あれでも懲りてなかったのか? それとも何か? 俺の奴隷にでもなりたいのか?」

 一年ぶりに見た青年は、何一つ変わっていませんでした。後ろにいる奴隷の女の子たちは、娼婦のような服装をさせられ、体中は痣だらけ、何をされていたのかは容易に分かります。

「まあ、入れや」

 青年が部屋に入れてくれました。
 私も今から何をされるのかぐらいは分かります。

「ご主人様、また新しい奴隷ですか?」
「チッ。ったく、お前は何度言えば分かるんだ! 俺のことは勇者様と言えと言っているだろうが、このクズがッ!」
「キャーッ! お、お許しください……ゆ、勇者様…………」

 あの時と変わらず、女の子に何度も手を上げています。
 私はその時、聖女というお役目を被ることを辞めました。

「貴様がここまでクズだとは思わなかった。せっかく、あたしが呼んでやったというのに愚かな男だ」
「なッ!? お、お前は本当にあの時の女か……? だがよ、そこまで俺様に言ってタダで済むと思っているのか?」

 愚か者はベッドに立てかけられた剣を握り、あたしを殺そうとしてきた。
 だが剣を向けられたぐらいで、あたしは動じない。
 父に剣を教えてもらったからね。
 といっても相手は勇者の端くれ、真っ向からでは敵わない。が、だからこそあの宝玉を持って来たのさ。

「あたしはケジメを付けに来ただけさ」
「ケジメだと? ふっ。言わせておけば、お前も性奴隷にしてやろうかと思ったが辞めだ。今ここで死ねや、クソ聖女!」

 愚か者が剣をふり被って斬りかかってくると、あたしは手に持つ宝玉をかざした。
 その瞬間、目を瞑るほどの光りを放つ。

「クッ!? な、何だその玉は……?」
「愚か者に制裁を下す時がきた」
「制裁だと? てめえ、何様のつもりだ……」
「あたしは聖女様さ。聖女様の言うことを聞けない愚か者はクズさ。いや、虫けら以下のゴミでしかないね」
「ふっ……ふははは、ぎゃはははははッ!! 何をしたか知らんが、聖女の皮を被ったとんだ悪役聖女だな。俺と同じ匂いがするぞ。だが、お前の方がよっぽどタチが悪そうだ。だからよ……今すぐ死ねやッ!」
「貴様はあたしの奴隷なのさッ!」
 
「――ぐ、ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁッッ!!!」

 相当苦しんでいるようだけど、ま、それもそうだろうね。今までのことはすべて忘れてしまうのだから。

「もはや貴様に人間の資格は無い。生涯家畜となり、地べたを這い回りながら生きるといいさ」
「わ、分かりました……」

 素直に言うことを聞いてくれるようになったね。
 あっ、いけません。
 つい昔の口の悪さが出てしまいました。
 この話し方をしてはいけませんと、よく神父様にも叱られていましたのに。

 この王国の秘宝は、〈忘却の宝玉〉という呪われたマジックアイテムです。
 今までのことをすべて忘れて、洗脳することができるという、とても素晴らしいアイテムです。
 
「みなさん安心して下さい。あなた方はもう奴隷ではありませんよ」
「ど、奴隷から解放されたというのですか……?」
「ねえ、わたしたちの奴隷紋が無くなっているよ?」
「あの、わたしたちが好きにご主人様を、その……」
「ええ、もちろんです。私の奴隷になったとはいえ、私には必要ありませんので、あなた方の好きにして構いません」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ、それでは私は失礼させていただきますね」

 その後、青年を従えた女の子たちは、自分たちの首輪を男の手足にまでかけ、毎日街を散歩するようになりました。
 街を歩けば石を投げられるのは当然の事、よって集って殴られ、踏みつけられては顔がパンパンに腫れあがり、人とは思えない顔になっていました。

 奴隷だった女の子たちに拷問された後、森に連れて行かれ、魔物のオークが持つ大きな金槌で頭を割られて生き絶えた後、餌にされたようです。

 青年は短い間ながらも私の言い付け通り、家畜として生きてくれましたし、文字通り最後は鉄槌が下ったのです。
 
 ああ……何という高揚感でしょうか。
 これはクセになってしまいそうです。
 なぜだかすごくドキドキしてきました。

 それでは早速、新たな制裁を下すとしましょうか。
 次は誰にしましょうか?
 沢山いるので迷ってしまいますね。
 ですが、そのような時間はありません。

 拒否する者には鉄槌を。
 敵対する者には極刑を。
 裏切り者には断罪を。

「愚か者たちには制裁あるのみです!」
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