前代未聞の異能力者-自ら望んだ女体化だけど、もう無理!-

砂風

文字の大きさ
50 / 233
第三章/赤羽裕璃

Episode046/混戦

しおりを挟む
(74.)
 規定時間になり、ぼくを含めた七人ーー舞香、沙鳥、翠月、ゆき、瑠奈、赤羽さんーーは、壊された三崎大橋の手前に集合していた。およそ一キロ先に教育部併設異能力者研究所の姿が小さく映る。
 気温はまだ暑く、太陽のせいで汗が流れていくが、海に乗って流れてくる潮風のおかげで多少はマシだと感じられる。

「皆さん、それでは手筈どおりに行きますよ? 念のために言っておきますが、なるべく相手を殺さないようにしてください。あくまで契約は守ったふりを貫いてくださいね。こちらが相手を殺すのは、相手から殺されそうになったときだけにしてください」

 沙鳥が僕らを見まわし宣言した。
 難しいことだけど、とはいえ、僕には元々相手を殺すなんて度胸はない。ポケットのナイフを手で確かめながら考える。

「翠月さん」
「りょ」

 翠月は異能力を使った。異能力が発動すると、自身含め姿が周りに映らなくなる。おそらく自身も姿が消えているのだろう。手を見ても自分の手の位置がわからない。

「瑠奈さん、翠月さんの異能力は制限時間が短いです。早く向こうの橋の端までお願いします」
「はいはーい、んじゃちょい待ってて。一応同体化していくから」瑠奈は返事すると、返事とは関係ない言の葉を紡ぎ始めた。「微風瑠奈(そよかぜるな)の名(な)に於(お)いて 風の精霊を喚起(かんき)する 契約(けいやく)に従(した)がい 今(いま) 此処(ここ)に現界(げんかい)せよ シルフィード!」

 微風が過去に口にしていたのと同じ呪文のようなものを唱え終えると、いきなり羽を生やしたきらびやかな緑髪の少女が姿を見せる。

「ほら、いくよ、シルフィードーー同体化!」

 瑠奈が強く言葉にすると、シルフィードの姿が消えた。おそらく瑠奈と同体化したことで、翠月の力がかかり消えたのだろう。

「こんなに大勢運ぶのつらいけど……まあ、大丈夫かな。じゃあ行くよ、さとりん?」
「ええ、お願いします」

 沙鳥が言うのと同時に、ぼくは空に浮かび空中に静止した。多分、皆も同様に浮いているのだろう。ルーナエアウラさんがしてくれた空中飛行と同じ感覚がする。
 数秒経ったのち、素早く橋の向こうまで空中を飛んだまま直線上で向かう。
 やがて、施設へとつづく橋の端まで到着する。

「翠月さん、自身と瑠奈さん以外は異能力を解いてください。瑠奈さんは向こうの銃撃に対抗するため近場に寄ってくださいね?」
「おーけぃ」

 瑠奈が返事をしたのち、沙鳥から始まり、舞香、僕、ゆき、赤羽さんが姿を現した。

「さあ、始めますよーー」沙鳥は建物を見据えながら、なにかを小声で呟き始めた。「赤羽裕璃さんを解放してください。しなければ今から強行手段を取らせていただきます。30分の猶予は与えます。繰り返しますーー」

 ああやって小声で口にしないと異能力が発動しないのだろうか?
 沙鳥が喋り終えてから、およそ30分後ちょうどに中から六名の人たちが入り口から出てきた。

 中心に立つのは、例のユタカについて詳しく質問攻めをしていた新田という男。その背後にあの視界に入った者の異能力を消す異能力を持つ少年が歩いてくる。
 それらの左右に二人ずつ、武装をした四人が新田と少年を守るように前面を歩み来る。
 やがて、その六人が近場まで来ると、対立するよう20メートル距離の空く位置で立ち止まった。

「はっはー。君たちとの契約を反故にするつもりはこちらにはないんだがね? 愛のある我が家の構成員ですらない犯罪者の赤羽裕璃を差し出せと、なにを言い出すのかね、君たちは」新田はこちらを見渡す。「それに今現在、君たちは異能力を使えない。この子のおかげでね?」

 疑問が頭に浮かぶ。どうして僕の姿は男に戻らないのだろうか?
 翠月の透明化も無効化しないのだろうか、と。

 だが、すぐに頭の中に理に適う考察が流れ始める。
 多分、あの少年は、既に発動してしまったあとの異能力を無力化することまではできないのだろう。透明化しているとはいえ偶然相手の瞳に映らないともかぎらないから心配していたけど、無用な心配だったようだ。少しだけ僕は安堵する。
 しかし、緊張感は変わらず保ち続けてしまう。ルーナたちと戦ったとき以来の、本格的に僕が臨む策なのだから仕方ないだろう。

「安心したまえ、ゴム弾だね。君たちをこれから拘束するよ。膝をついて手を挙げてくれるかね?」

 と、新田が口に出したところで、瑠奈と翠月が同時に姿を現した。どうやら能力が切れたらしい。たしかに短時間しか有効ではない異能力。

「わたしは異能力者じゃないっつーーーの?!」

 瑠奈がそう口にしたのと同時に、上方向から瑠奈の頬に何かが高速で当たるなり通過した。銃声。瑠奈は片足を撃ち抜かれ、すぐさま少年を取り押さえようとする動作を止めてしまう。

「スナイパーだよ。きみの能力は想定済みだからね? 威力は半減されるけど、風の障壁を貫けないわけじゃない」

 次は足をかすり抜けていく。直撃じゃないのは銃弾をギリギリ弾いているからだと推測できる。

「例え異能力者じゃないとしても、能力の検討くらい容易に判る。きみの風の障壁は、周囲に産み出すほどに強度は下がっていく。お仲間まで風の守りを広げたら、だいぶ薄い膜になるだろう。きみにも興味がある」今度は島の東側から瑠奈の右手を貫き血が流れ落ちた。「殺しはしないが動きは止めさせてもらうからね?」

 沙鳥は瑠奈に向かいなにかを呟く。一番近くにいるからこそ沙鳥の言葉を聞けるのだ。だから、それは僕の耳には届かない。瑠奈の風が周囲で吹いているせいもある。相手にも聞こえていないためか、少し新田は不審そうな目を向ける。

「っ!」瑠奈は片足を狙撃銃でかすられた直後、次弾が来る寸前、真っ直ぐ少年に向かい勢いよく飛び付いた。「これは封じさせてもらうから、ね! 近づけば上空からの狙撃は防げる!」

 瑠奈は少年の頭を無理やり回しながら、建物に近づき入り口を風の刃で切りつけ炸裂させた。舞香が少年の視界から離れた瞬間、舞香はライフルを持つ相手ひとりの背後に周り蹴り飛ばす。
 瑠奈は少年の頭を地面に叩きつけ全員の異能力者を見ないように伏させた。

「はっはー、困ったね……撃ってくれ」

 新田がそう言うと、三名の男はライフルを僕たちに撃ち始める。それを勘で察知した僕は、ギリギリ避けるなり相手に走り寄る。赤羽さんは足を撃たれたのか、屈み込み動けないでいる。
 早くしなくては!

 僕に相手がライフルを向けた瞬間、そのライフルを持つ男の真横に舞香が現れそのまま蹴り倒す。直ぐ様隣の男に回転蹴りを食らわせ二人を地面に伏せさせた。
 直後、ゆきと赤羽が残りひとりになったライフル兵に向かうが、風圧により新田共々、瑠奈が手で地面に押さえている少年以外地面に圧がかかり伏せた姿勢になる。これであとは狙撃兵のみ!

「急いで異能力消しの少年含め拘束してください!」

 沙鳥は翠月を連れ、建物内部に駆け込みながらそう命令する。

「悪いけどしばらくこのままおとなしくしててね」

 瑠奈は少年に謝りつつ両手を背中に回し結束バンドで固定した。

「作戦を変更します! 狙撃兵が要るかぎり、翠月さんや私が外に居るのは不利になります。内部に侵入するメンバーから瑠奈さんは除いてください! 瑠奈さんは東側にいると思われるスナイパーを無力化させてください! 拘束は私たちで行い念のため人質として捕らえますから!」
「わかった……くそ、痛かったじゃねーかあの野郎……」

 瑠奈はイラついているのか、普段の軽い口調を崩し島の東に向かうため飛翔した。
 新田を含む全員の拘束を終え、沙鳥と翠月が東側にからだを向けて自身を守る。ここから離れないかぎり上空からの狙撃は無理なため、そちらだけを警戒しているらしい。
 でも……殺すつもりは向こうにはないらしいし、こっちにもないんだから別にいいんじゃ……。
 それを読心したのか、沙鳥は付け足す。

「ここを突破されたらという条件付きで殺害許可が降りるようになっています。この男性の心を読むかぎりそのようです」

 うっ……本格的な殺し合いが始まるんだ……。

ーー別に無理して殺す必要はないであろう?ーー

 たしかに……でも、殺さずに付け焼き刃のナイフ戦術しか脳のない僕にできるだろうか?
 沙鳥は急いだ口調で伝達をつづける。

「探索箇所は予定どおりの場所へ各々お願いします。いずれも見つからなかった場合、無線で相談しあい各自素早い者から瑠奈さんが担当する箇所だったところに行ってください。以上、私たちはここで人質を見張り瑠奈さんの帰りをお待ちしていますから、早急に行動を開始してください」

 ゆきと赤羽さん、舞香、そして僕は頷くと、各々別々の向きに体を変えて駆け出した。





(75.)
 豊花は言われたとおり、施設の地図を思い出しながら真っ白な研究施設の通路を進む。各々左右に部屋はあるが、あえてそちらには意識を向けない。
 薬品臭さが鼻につく、まえに来たときに多少なりとも内部を把握しておいてよかったと今さらながらに思う。
 数名の職員たちがいるが、彼らは武装していないのか、こちらを見るなり部屋に籠り出てこなくなる。

 二階への通路へつづく道に辿り着いたとき、目の前にひとりの少女が佇んでいるのを認識し、すぐさまそれが誰だか判明した。

「あ、ありす!?」

 そこにいたのは、ナイフを順手に握るありすの姿。

「あちゃー……やっぱり師匠が言ってた事態が起きたなぁ。嫌な仕事させてくれるよね? まったく」ありすは頭を軽く掻く。「犯罪者側に回っちゃったかー。今しがた殺害する許可は降りちゃったから、殺す羽目になるよ。本当、嫌なことさせてくれるよね、杉井ってさー? 瑠衣にも嫌われちゃうよ」

 僕はありすからナイフ戦を学んだ。だが学ぶ最中一度もありすにナイフを当てられた試しはないし、本物の刃でありすと戦うなんて当然していない。

「ありす! 話を聞いてくれ!」
「悪いけど、問答無用! 覚悟してよ? 可能なかぎり命は取らないようにするからさ?」

 ありすはナイフを構え接近してくる。僕は急いでナイフを取り出し同じく順手で構える。ありすのナイフが腕を切るのだと直感で判断し、そこを避ける。が、すぐさま上方から下方へナイフを振り下ろす。避けられないとわかった僕は、それをナイフで防ぐ。金属と金属がぶつかり、やけに静かな建物内の静寂が破かれる。
 ありすに切りつけようとするが、空いた方の左手でナイフを持つ手を下に押さえ込まれ、そのままありすはナイフを真横に薙ぐ。それを察しギリギリの地点で一歩後退して避けた。

「ありす! 頼むから通してくれ!」

 ありすについに腕を切り裂かれ右腕から軽く出血してしまう。

「無理だって。今回のは師匠に頼まれたことだしさー?」

 ナイフで切りつけられ、切り傷が増えていく。いずれも致命傷には至らないが、徐々に体力が削られていくのがわかる。

 くそ、くそくそくそ!

 私は裕璃を助けられないの?

 そんなの嫌だ!

 一度決めたことなんだ。裕璃がああなった原因は金沢たちのせいじゃない!
 直接的な原因は、考えてみなくても僕だった。金沢たちにやられたせいで僕の態度が悪くなり、友達で居られなくなるーーそう絶望させたからこそ起こってしまった事件じゃないか!
 感情が昂り仕方がない。

「ちょっ……とと。へー、今の振りはフェイントだと思ったよ。私がナイフでの戦術教えたんだから、そのとおりにしてくると思ったのに」ありすは左腕にやや深めに入った切り傷から流れ落ちる血を手で擦る。「まさか、感情のままに大振りの攻撃をそのまま入れてくるなんてね」

 実際、今しがた切り合いの最中、最後に振ったのは、ありすに教わったフェイントだ。大振りの切りつけと見せかけて、その隙をついてくる相手を逆に捉える技。
 しかし、感情が抑えられなくなった瞬間、もはやナイフの基本など忘れ、ただただここを通りたいという願いだけが心に募った。その結果、怒りや悲しみなどが押し寄せ、フェイントのはずだった攻撃をフェイントじゃなくそのまま大振り攻撃にしてしまった。
 だが、結果として、初めてありすに初撃を入れられた。

 しかしーー。

「おいおい、ずいぶんそいつに手間取っているみたいだな?」

 なんという絶望的状況。
 背後から現れたのは、刀を手に持つ異能力犯罪者死刑執行代理人代表の刀子であった。
 挟み撃ちだ。
 ありすひとりにすら劣るというのに、ありすより何倍も恐怖心を抱かせる師匠こと刀子が背後から歩み寄ってきたのだ。

 この二人が配置されているということは、もしかしたら、こちらの目指す第四研究実験室に裕璃が居るのかもしれない。いや、確実に可能性は高まる。
 だからこそ惜しい。
 もはや諦めるしか道がないことに……。

「杉井だったか? 諦めるなら殺しはしない。私にも憐れむ程度の心情は持ち合わせている。いますぐここを立ち去れば、おまえはまだ、異能力者保護団体に所属していられるかもしれないぞ?」
「……諦めるものか……」
「ん?」
「諦められるわけがない! 私が、私、いや、僕のせいで裕璃は酷い目に遭わされるんだよ。私があのとききちんと返事をしておけば! あのとき私が少しでも気にかけておけば! 裕璃は平凡な生活を送れていられたかもしれないんだ!」

ーー豊花、感情的になりすぎだ。まだ諦めきれないなら思考しろ。ここを潜り抜ける策を。ーー

 無理に決まっているだろう!

「もういいよ……」
「諦めるのか? ならナイフを捨てて地面に」
「死ぬまで戦うよ。それでも、少しは裕璃への償いになるだろうからさ……ねえ? ねえ!? それならそうするしかないでしょ!?」
「仕方ない。あまり殺りたくはないんだがーー!?」

 刀子が急に眉間にシワを寄せると、僕の向かう方角から見知らぬ180センチ以上背丈のある、頬に切り傷を負っている男が現れた。

「善河……誠一郎……! なぜだ? なぜ貴様がここに現れる」

 善河と呼ばれた男は、頬の切り傷を軽く撫でながら口を開く。

「よう、クズ野郎。忘れたわけじゃねぇよなぁ? おまえに傷付けられたこと、一度足りとも忘れたことはねぇんだからよ! なあ! ははっ!」

 この男も、刀子並みにヤバい雰囲気を漂わせている。
 何者なのかすらわからない。何が目的なのかさえ、何のためにここにいるのかさえもわからない。

ーー豊花、まずは落ち着け。冷静になるんだ。ーー

「清水刀子……てめーと沙鳥っつー奴を殺す為に急いで来たが、どうやらてめーから殺すことになりそうだなぁなあオイ?」

 ん?
 沙鳥が善河の狙いだとしたら、入るときに沙鳥をさきにみつけられたのではないだろうか?

「ははっ!」

 善河は真っ直ぐ刀子の間合いに入る。それを刀子は刀で薙ぐ。しかし善河は避け拳を刀子にぶつけたーーように見え、数ミリ単位の間合いで避けていた。

「師匠!」

 ありすが善河にナイフを順手に構えながら飛び付く。ナイフの刃が善河の肩に食い込む。

「邪魔だろ、どけよクソガキ!」
「ぶっーー!?」

 ありすの顔面に善河の握り拳が衝突する。ありすは仰向けに殴り倒され鼻血を出してしまう。

「余所見する隙があるのか?」
「ああ? ちっ」

 刀子は善河の腹部を刀で突き貫いた。

「ははっ! 痛いな、おまえのようなボンクラの攻撃、思い出しちまっぜ!」

 だが、善河は刺突された刃を豪強な素手で掴み、刀を抜けなくする。同時に、善河は刀子に激しい頭突きをする。衝撃で刀子の手から刀が離れてしまう。離れるなり、刀子はポケットからナイフを取り出す。

ーー豊花、なにを見守っている。裕璃を助け出すのではなかったのか? ならば今が好機だ。隙を見て奥に進むほか道はない。ーー

 あまりに雑で、あまりにも強大な戦いを目に焼き付けていた私は、ハッと意識を取り戻す。
 そうだ。私の目的は裕璃を助け出すことだ。なら、こちらにとってはチャンスでしかない。

「武器を使う奴が二流なら、武器を使おうとも相手を仕留められない奴は三流以下だな! はははっ!」
「ふざけるな。素手で殺せる相手ではないのを見切れていない、そちらのほうがよほど三下だろう」

 倒れたままのありすの脇をとおり、刀子と善河の言い争う声を聞きながら、通路の奥へ向かって走った。
 すぐに階段を見つけられ、施設の二階へとふらふらになりながらも走る。走る。ただただ走る。
 次にああいう場面に出くわしたら対策は無いに等しい。ならとにかく急いで裕璃の元へと行かなければならない。
 と、階段を登りながら少し考える。

 思考しろ、と心に文字を描いた。

 ここにもしも裕璃が居たとして、帰路はどうする?
 あの三人は、いずれも敵対していながらに共通の目的もある。愛のある我が家の殺害ーー善河は沙鳥と言っていたが、となるとメンバー全員が含まれている可能性が高い。

 つまり、だ。

 善河が勝ったとしても、刀子が勝ったとしても、どちらにせよ帰路が塞がれてしまう。
 なら、もしも私が裕璃を見つけられた場合の最善策はなに?
 無線を舞香に繋げる。

『豊花です。こちらにいる可能性が高いので、そちらが済んでからでいいので頼み事をしてもいいですか?』
『ーーわかったわ。こっちはどうにも守りが薄いし、可能性は低そう。一応赤羽さんにも確認しておくから。で、頼み事って?』
『こちらまで転移できますよね?』
『まあ、時間は少しかかるけど可能ね』
『なら、そちらが終わったら、こちらの実験室まですぐ来てください』
『わかったけど、あまり無茶苦茶な転移はできないから、部屋の前の空間に誰もいないようにしておいてね』
『ありがとうございます。それでは、のちほど』

 考えてみると、舞香さんなら一瞬で研究室すべてをチェックできるはずだ。なのに、なぜそれをしないのか。おそらく、転移先に人や物があると困るのだろう。だからわざわざちまちまとした転移しかしていないのだ。
 なら、確実に実験室の前の空間はあけておかなければならない。
 私はそれを肝に命じながら二階にかけ上がった。





(76.)
 二階に着くと、早速武装した職員がいた。だが、相手はひとり。しかもここまで来れたのが信じられない、といった表情を浮かべ狼狽を顕にしている。
 相手が遅れて撃つのを予測し、駆け寄りながら嫌な予感がした向きの逆へと顔を逸らす。しかし弾丸が肩をかすってしまう。だが、痛みはまるで感じられない。興奮しているせいだろうか?
 私は狼狽えた相手に急いで接近するなり相手の足をナイフで切る。そのまま銃を奪い、沙鳥に説明されていた第四実験室へと入った。入るまえに、背後にはなにもないよう注意を払う。ここにいたら、舞香さんの助けが必要になるからだ。

 扉を開けて室内に入り込む。

 そこにはーー透明な容器に裸で入れられた裕璃の姿。そして、その隣には、まえに夢で見た男ーーたしか、谷口。その二人が待機していた。

「まさかここまで来るとは……しかも、きみのような子どもが」

 谷口は言うが否や手に持つ剣……の形をした装置かなにかを縦に振る。
 直後、嫌な予感を察知。

「いやぁあああああああああ!!?!」

 裕璃!?
 裕璃が途端に目を見開き苦悶で顔を歪め叫ぶ。

ーー豊花、蛍光の真空刃だ!ーー

 ユタカに言われるより早く、私は数歩下がる。
 直後、目の前に真空が炸裂した。
 まえに見た、あの日、目に焼き付いて離れなくなった裕璃の異能力そのものが、裕璃は囚われているというのに発動したのだ。

「ふむ、位置調整がまだまだ不出来だ。失敗作だろう、これは」

 谷口は真顔で言い捨てる。

「ふざけるな! なにが失敗作だ!? 私の友達をそんなにしやがって!」

 私は男に無我夢中で駆け寄る。が、男が真横に剣を薙ぐと、咄嗟に嫌な予感がして屈んでしまった。途端、上空真横に一閃、真空刃が走る。
 裕璃はまた叫びだし、容器の中で暴れだす。

「おまえ、裕璃になにをしたんだよ!?」

 ふむ、と谷口は説明を勝手にはじめた。

「これは強制的に異能力者の異能力を代理として一般人が使えるようにするための実験装置だ。オカルトもバカにはできない世界になったものだ。この実験体の肉体と異霊体、それに隠れた幽体。すべてに刺激を与え痛みで脳裏にある異能力発動の命令を引き出す種類の道具といったところだ。だから」

 谷口は縦に剣を振るう。
 もはや勘以外でもわかってしまう。私は咄嗟に左に避けた。直後、そこに縦一直線の真空刃が炸裂する。かわせたと思っていたが、どうやら地味に触れてしまっていたらしい。足が切り裂かれて出血していた。

「振った向きに異能力が現れるといった寸法だ。だが、やはりダメだな。これでは相手に悟られてしまう。駄作だと新田さんに伝えなくてはならないな」

 剣を振るたび苦悶に顔を歪める裕璃をなにひとつ気にしていない様子で、谷口は何度も剣を振りはじめた。まずい!
 入り口付近まで滑り込み、室内に炸裂する真空刃をどうにか避ける。

「近づけない……」

 あとちょっとなのにーー。

「ーーあれが原因ね? 私も一度囚われた身だし、簡単にわかるわ」
「え……」背後には、いつの間に現れたのか、舞香さんが佇んでいた。「舞香さん! そうです、あれのせいで裕璃が……!」

 舞香が私の持つナイフに手をやると、手元からナイフが消える。瞬時に谷口の剣を持つ手に突き刺さり思わず剣を落とした。
 舞香はすぐさま谷口の背後に回り込み、やや斜め上空から地面に蹴り倒した。

「ぐっ……そ、だから失敗作なんだ……」
「いい加減にしろよ……なに人を玩具みたいに扱ってんだよ!?」

 怒りのあまり、普段はしないようなことーー谷口の顔面を強く殴ってしまう。自身の手も痛いが、そのようなことほとんど気にならない。

「さ、急いで戻りましょ」
「……はい」

 激昂した気分をどうにかクールダウンさせ、深呼吸を数回する。
 無力と化した谷口の横で、容器のスイッチを弄る。すると、中から裸の裕璃が出てきた。どうやら気絶してしまっているらしい。息はあるが目覚めない。

「それじゃ、右手には裕璃の手を持つから、豊花は私の左手に触れて離さないように」

 私が頷くと、三人まとめて外へと転移した。





(77.)
 三人で素早く建物外へと飛ぶと、既にそこには全員が集合してーーあれ、ゆきさんがいない?

「すまねぇ。俺を助けるためだけに変な異能力を使うやつに捕まっちまった」

 赤羽さんは申し訳なさそうにする。
 私と赤羽さんは内心ホッとしているだろう。裕璃が救い出せたことに。しかし、今度は別の仲間が連れられて行かれた。となると、またまたここに来る羽目になるのだろうか?

「ま、澄がもうすぐ帰ってくるはずだから、ゆきはすみに助け出してもらえばいいわ。今回みたいな危険は犯さず済むわよ」
「でも、今回は手伝ってくれなかったんですよね?」
「それはそれ、これはこれ。澄は自分の基準で物事を判断するから。ゆきは自ら協力してくれた。で、ゆきは愛のある我が家の中で最も澄になついているし、結果的に澄とゆきの二人で仕事をする事例が多いから一番信頼度が高い。だから、今回は澄ひとりでも助けに行ってくれるわ」

 澄とやらの基準がわからない。
 とはいえ、澄ひとりでも大丈夫なのだろうか?
 私がまえに見たときの強さは確かに凶悪だったけど、たったひとりでこんな大勢相手にできるとも思えない。

「それでは皆さん、急いで脱出しますよ。瑠奈さん、まだ余力残していますよね?」
「ええ~。まあ、大丈夫だけどさ。はぁ~、ここにシルフも居てくれたらさらに楽になるのに」

 と愚痴りながらも、瑠奈は皆を集め寄る。
 と、入り口から刀子とありすが駆け足で出てきた。
 ヤバい!

「早く行きましょうよ、沙鳥さん」
「ーーいえ、ちょっと待ちます」
「え!?」

 急になにがあったのだろう?
 駆け寄ってきた刀子は、ありすを引き連れながら早口に捲し立てる。

「頼むから手を貸してくれ。狙いはおまえたちもだ。既にこちらの敗北は決した。ここから逃げるのを手伝ってくれ」
「言わなくてもわかります。あの方から逃れたいのでしょう」

 沙鳥は数秒遅れで出てきた血塗れの善河を指差す。

「瑠奈さん、刀子さんとありすさんも含む全員で脱出を!」
「はいはーい……」

 瑠奈は疲弊した様子を見せながらも、皆を引き連れ空に羽ばたいた。
 よかった。裕璃を助け出せて……。
 私はもう大丈夫だろうと胸を撫で下ろす。
 赤羽さんも同じ気持ちらしい。ホッとした表情を浮かべている。

ーー豊花……処方薬を強めてもらえ。きみは自覚をしているか?ーー

 え?
 私が、なにを?

ーー……。ーー

 ……私がなにかした?

 ……私……私……私!?

 全然違和感を覚えなかった。いつから私に入れ替わっていたのだろうか?
 わた……僕は頬を叩き根性を入れ直す。
 女の姿でも、僕は男だ。
 だから……だから……あれ?

 そういえば、裕璃の裸を直視しても、羞恥心がほとんど湧かなくなっている。性欲も薄れているような……。

「皆さん、愛のある我が家にこのまま戻って、早速これからさきの手続きやら何やらを済ませましょう」

 裕璃を救い出せたことにより、僕は胸のつかえが下りた。

 しかし、同時に、これからさきのことも不安になりはじめる。

 裕璃の今後のこと。

 異能力者保護団体との関係。

 そして、瑠璃になにも言わず犯罪者側に属してしまったことーー。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

WIN5で六億円馬券当てちゃった俺がいろいろ巻き込まれた結果現代社会で無双する!

TB
ファンタジー
小栗東〈おぐりあずま〉 二十九歳 趣味競馬 派遣社員。 その日、負け組な感じの人生を歩んできた俺に神が舞い降りた。 競馬のWIN5を的中させその配当は的中者一名だけの六億円だったのだ。 俺は仕事を辞め、豪華客船での世界一周旅行に旅立った。 その航海中に太平洋上で嵐に巻き込まれ豪華客船は沈没してしまう。 意識を失った俺がつぎに気付いたのは穏やかな海上。 相変わらずの豪華客船の中だった。 しかし、そこは地球では無かった。 魔法の存在する世界、そしてギャンブルが支配をする世界だった。 船の乗客二千名、クルー二百名とともにこの異世界の大陸国家カージノで様々な出来事はあったが、無事に地球に戻る事が出来た。 ただし……人口一億人を超えるカージノ大陸と地球には生存しない魔獣たちも一緒に太平洋のど真ん中へ…… 果たして、地球と東の運命はどうなるの?

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

性転のへきれき

廣瀬純七
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...