前代未聞の異能力者-自ら望んだ女体化だけど、もう無理!-

砂風

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第三章/赤羽裕璃

Episode050/赤羽裕璃

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(81.)
 ようやく暗闇が終わり、まぶたをゆっくり開けてみる。
 目の前にあるのは、古びたアパートの壁ではなく、小綺麗な真っ白い部屋だった。足元には、先ほどのと同じ図形が描かれた魔法円がある。こちらは全く汚されておらず、床が光るほど綺麗に磨かれていた。
 どうやら無事に異世界に辿り着いたらしい。赤羽さんや朱音、そして裕璃も魔法円の内に佇んでいるのを確認して、ホッと胸を撫で下ろす。

 部屋は広く、ベッドも通常よりも遥かに大きい。大金持ちの家のお嬢様を思わせる様相の室内だ。ここは誰の部屋なのだろう?
 明かりには小さなシャンデリアらしき物が吊り下げられており……いや、それはいいんだ。気になるのは、冷蔵庫のような物が置かれていること。どう考えても異世界の光景には相応しくない。

「ここが……異世界なんですか?」
「そうだよ。ぼくが幼い頃に作り上げた世界だから、ところどころおかしなところもあるけど、目を瞑ってくれ。例えばそこーー」朱音さんは室内にある本棚を指差した。「見てごらん」
「あ、はい……」

 みんな気になっているのか、赤羽さんや裕璃も本棚に歩み寄る。

「へ……? ここって日本かなにか?」

 部屋にある本棚には、異世界というには違和感ありまくりの日本語で書かれた本ばかりが並んでいた。というより、日本語以外の本が見当たらない。

「うーん、やっぱりルーナエアウラは外出中か」
「ここってルーナエアウラさんの部屋なんですか?」
「うん、言わなかったかな?」

 言われたかどうか定かではないが、考えてみればルーナエアウラさんという、いかにも外国人の名前なのに、日本語をペラペラ喋っていた彼女もおかしい。異世界というには明らかに現実染みている。
 うーん?
 日本なのにルーナエアウラなんて名前はおかしいし、かといってここが日本でないなら日本語の本しかないのも疑問だ。
 そんな僕をよそに、朱音はルーナエアウラさんがいないからと部屋の扉を開け、外の通路の左右を見やる。

「朱音じゃねーか。どした? またルーナエアウラに用事か?」

 ちょうど通路を横切ったらしき人物が部屋に入ってきた。
 朱音に声をかけてきたのは、赤い髪色をした短髪の女性。この世界の人は、皆こうも髪色が奇抜なのだろうか?

「うん、ちょっと相談したいことがあってね。ああ、みんな、この方はメアリー。メアリー・ブラッディさん」

 朱音はこちらを振り向き、皆を見ながら赤髪の勝ち気な女性ーーメアリーさんを紹介した。

「魔女序列七位の、メアリー・ブラッディ・アリシュエール∴サラマンダーだ。よろしく」

 またもや長い名前!
 メアリーとしか覚えられない!

「あ、杉井豊花です。よろしくお願いします」
「えっと、裕璃です……」

 僕と裕璃は緊張しながら、軽く自己紹介をした。

「で、ルーナエアウラはいるかな?」
「あいにく、今は戦争に赴いている。とはいえすぐに帰宅する。もう決着がついたと連絡が届いた。少し待てば来ると思うが……どうするんだ?」
「それじゃあ、待たせてもらうよ。ルーナエアウラが帰還したら、朱音が部屋で待っていると伝えてくれないかな?」
「……ったく、しゃあねぇなぁ」メアリーさんは面倒くさそうに呟く。「リアリティー帝国との戦いは終結した。しばらく待てば帰ってくるだろうさ」
 
 とつづけたメアリーさんは、そのまま部屋から出て行った。

「ここってルーナエアウラさんの家なんですか?」

 気になっていたこと質問する。部屋なのはわかるが、今しがたチラリと見えた外の通路の広さを見る限り、とてもひとりの家には見えない。マンションのようなものだろうか。

「いいや、違うよ。ここはアリシュエールの名を冠することが許された、魔女序列20位までが在籍しているお城の中さ」

 ここは城の中だったのか……。
 ん?

「え、つまりルーナエアウラさんってすごいひとなんですか?」

 気になってしまい、再び質問してしまった。

「ルーナエアウラは魔女序列三位の大物だよ。つまり、アリシュエール王国で三番目に強い精霊操術師ともいえるね」
「はえ~」

 たしかに、あの凄まじい攻防を繰り広げられるレベルなら、第三位というのも納得できる。
 てか、第二十位まであるのは、いささか設定を盛りすぎではないだろうか?
 更なる疑問も浮上する。どうして外国人みたいな奇抜な名前ばかりなのに、皆が皆、日本語で会話をできているのか気になってしまう。

「あの……朱音さん。どうしてみんな外国人みたいな名前なのに、日本語を喋れているんですか?」
「…………あーうん……ぼくが日本語しか喋れないから、異世界の言語はすべて日本語で共通にしたんだよ」と、朱音は答えてくれた。

 うう……なんていい加減な異世界づくり……。
 せめて専用の言語でもつくってみたらだいぶ違うのに。

「ちなみに、魔女序列第一位は、羽咲(はさき)・辻(つじ)・アリシュエール∴フェンリル。この異世界の極東にある日本という国からやってきた、氷の大精霊を従える人物だよ。第二位は、マリア・ホワイト・アリシュエール∴イフリート。こっちは火の大精霊イフリートを従えた人物さ」

 と、訊いてもいないのに朱音は付け足した。
 みんながみんな、やけに長ったらしい名前じゃないか。なんだか納得できない。そもそもアリシュエール王国なのに日本人がいて、さらにいえば魔女序列一位だという時点で、なんとなく朱音が幼少期に考えた雑な設定だと感づいてしまう。
 裕璃や赤羽さんは終始ポカンとしており、特に口を挟まない。いや、挟めないのだろう。事実、僕も朱音の言っていることの大半が理解できていない。

「メアリーが言うには、北側にあるリアリティー帝国との争いが終わったらしい。だから、暫く待てば帰ってくる。それまでここで待つことにしようか」

 朱音にそう言われ、必要最低限な物が置かれた、ただただ広い殺風景なルーナエアウラさんの部屋で待つことになった。

 数分が過ぎ、沈黙が流れる。
 気まずい。それに、やることもなくただただ暇だ。

「あの……冷蔵庫や部屋の電気って、どうやって機能してるんですか?」

 裕璃は沈黙を破りたいのか、本当に気になるのか、朱音に問いかけた。
 それに関しては、地味に僕も気になっていた。どうやって、このような現実的な物が扱われているのだろうか?
 
「ここらは面倒くさくて適当につくった設定だから、あまり言いたくはないんだけど……」朱音は、コホン、とわざとらしき咳払いをすると教えてくれた。「冷蔵庫はフェンリルやセルシウスといった氷の大精霊の下につく、下級の氷精によって動作しているんだ。灯りも同じく、ヴォルトやトールなんかの雷の大精霊の下につく下級の雷精の力で動作している。要するに、下級精霊に手伝ってもらっているんだ」

 なにそれ。精霊を道具として扱っているようにしか思えないんだけど……。
 なんか嫌だな、それ……。

「異世界をつくったのはだいぶまえで、幼い自分には考える力が不足していたんだよ。細かな設定は自動生成された部分もあるから、あまり突っ込まないでくれるとありがたいな」

 僕の思い描いていた異世界像がガタガタと崩れ落ちる。
 まさに、小中学生が突発的に考えた、時代考察の足りない異世界ではないか。
 少しガックリしてしまう。異世界というなら、もっとこう、その……古代の西洋的なファンタジー世界を想像していた。なのに、これはあまりにもあんまりじゃなかろうか?

「ちなみに、魔女序列ーーというより精霊操術師になれるのは女性だけという仕来たりがある。男性には精霊と契約する能力がないから、操術師にはなれない。代わりに騎士序列という剣で戦う部門はあるけどね」

 なるほど。
 だから精霊操術師とやらには、瑠奈やメアリーさん、ルーナエアウラさん含め、女性しか見当たらないのか。なんだか女性優遇社会みたいで、あまり気分のいいものではない。女性ばかりな理由は理解できたけど、腑には落ちない。

 ちなみに、朱音いわくルーナエアウラさんはシルフ、瑠奈はシルフィードという女性形の精霊と契約しているが、メアリーさんの場合は動物的な形状の精霊を従えており、また、ジルフやジンという男性形の風の大精霊も存在するという。
 ファンタジー用語満載で頭がこんがらがってくる。それは皆同じようで、裕璃も赤羽さんも目をぱちくりさせ、『なにを言っているんだこの子は』みたいな視線を送っている。
 それを察したのか、朱音は僕と赤羽さんに対して「きみや赤羽さんはあまり気にしなくていいよ」と告げた。

「きみや赤羽さんには、すぐに元の世界に帰還してもらうからあまり気にしなくていいんだ。ルーナエアウラが帰ってきたら、裕璃を連れて皆で一度覚醒剤の密造現場に見学しに行き、軽く見学したら、裕璃以外はすぐに元の世界に帰ってもらう。もっと正直に言えば、ひとりひとりの名前なんて覚えなくていい」むしろ、と朱音はつづける。「覚えるべきはきみーー裕璃のほうだ」

 朱音は覚醒剤の密造は小さなミスで爆発事故などが起こるため、手順を後で頭に叩き入れてほしいと裕璃に伝えた。
 裕璃は覚醒剤と聞いて、薬物に対する恐怖から心配そうな表情を浮かべる。やっぱり、いくら罪を犯したからとはいえ、薬物に対する恐怖心はあるのだろう。
 しかし朱音は、「大丈夫。きみは監督役だから見張るだけでいい」と気楽に答えた。

「簡単な仕事だけど、その代わりにリスクは大きいのだけは自覚しておいてほしい」

 朱音が言うには、覚醒剤は元の世界に密輸する物とは別に、こちらの世界で使う分もつくるとのことだった。
 なにやら他国との戦争時で強壮剤として愛好されているらしく、戦争に赴くひとには必需品になっているらしい。
 純度は高品質を維持し、不純物はなるべく取り除く。混ぜ物は絶対にNGとのことで、現実世界の売人や買うひとからも、ブランド視されつつあるという。

 だが、売人に100g単位で売り付けたりする事例が大半なため、中には売人がカルキ抜きなどを混ぜてかさましする輩もいる。
 そういった輩には制裁を加えたうえ、二度と愛のある我が家から覚醒剤を手回ししないようにする。等のルールがあるという。

 ふと、愛のある我が家の一員になったら信条を教えるーーと沙鳥から聞いていたことを思いだした。
 ルーナエアウラさんが帰ってくるまでにはまだまだ時間がかかりそうだし、訊いてみることにした。

「あの、愛のある我が家のルールって、いったいどんなものなんですか? あと、どういう仕事を主にしているんですか?」

 仕事内容と、愛のある我が家の信条とはなにか、まとめて朱音に質問してみた。

「そういえば、正規メンバーになった豊花には教えておいたほうがいいかもしれないね。まずはその一、両者納得をした商売をすること。ウィンウィンの関係さ」例えば、と朱音はつづけた。「覚醒剤を欲しがる相手には覚醒剤を売る。未成年だけど安心できるバッグを付けて売春したい女の子をスカウトして、ロリコン相手に高い金銭を払わせ売春させる。一応マージンは抜くけど、それも女の子が納得するような金銭に調整するのさ」
「ば、売春……」

 覚醒剤以外にも、新たなもろに犯罪行為といえるシノギが現れた。

「あとは用心棒。代金を払ってもらう代わりに、風俗店などで不祥事を働いた客を武力で制圧し後悔させて、その不祥事に合わせて罰を下すこともある。その対価として、契約を交わした風俗営業の店から毎月報酬を貰うけどね」

 まだあるという。
 例えば闇金。暴利な利子での金貸しだが、利息を納得して契約を交わした相手からのみ搾取すること。向こうも納得しているのだから、もちろん破った場合はとことん追い詰めるらしい。最終的には蛸部屋に送ることもあるという。

「他には、暴れている他県の凶悪な異能力者を始末するように依頼を受けたら討伐しに行くこともある。まあ、これに関しては大概澄の仕事になっているけどね」

 まだまだ細かな仕事もある。
 しかし、いずれも両者が納得した対等な取引であり、こちらから反撃するのは被害者を出した加害者に対してのみらしい。その大半が処罰するだけに留める。
 間違っても銀行強盗をしたり、誘拐して身代金を要求したりするなど、完全な加害者側にはならないのが、愛のある我が家のルールその一だと朱音は教えてくれた。

「で、ルールその二は、こちらに被害が出ない場合は無益な殺生はしてはならない。ルール三は、愛のある我が家に所属するメンバーになにか被害が生じたりした場合、皆で協力して助けること。この場合にかぎり、こちらの被害度合いによっては殺人もやむ無しさ」

 今更ながら実感する。
 やはり、腐っても特殊指定異能力犯罪組織。どれもこれも一見筋が通っているように思えるが、よくよく考えてみなくても、やっていることは犯罪のオンパレード。

「で、ここからは沙鳥ちゃんがリーダーになってから追加された掟になるよ。ルールその四、愛のある我が家の正規メンバーに男性は加えないこと。とはいっても、愛のある我が家の上にある大海組や、その上の総白組、さらに上の総白会は大半男性だけどね。愛のある我が家の正規メンバーには男性は加えない。傘下である少女苺倶楽部や、協力関係にある殺し屋や組織はその限りではないけどね」

 単純に解釈するなら、愛のある我が家の正規メンバーは皆女性かつ異能力を持つ者だけが所属していいことになっているということだろうか?

「これは過去に沙鳥ちゃんが体験した事件のせいで、沙鳥ちゃんが男性嫌悪を発症しているから追加されたルールでしかない。舞香さんがリーダーの時代にはなかった決まりごとだよ」と朱音は付け足す。「きみーー豊花にはまだなんの仕事を手伝わされるのか沙鳥ちゃんも決めていないから、おそらくだけど、ひとりひとりの仕事を見学して、自身にあった仕事を手伝うことになると思う」

 覚醒剤の運搬か。
 不祥事を起こした客への制裁か。
 闇金の回収か。
 ロリコン相手の売春か。
 悪事を働いている異能力者の討伐か。
 それぞれ上から順に、瑠奈、ゆきと時々瑠奈、沙鳥と舞香、翠月、澄あるいはゆきが担当しているという。
 朱音に関しては、今まで覚醒剤密造の監督および異世界の情勢のチェックをしていたらしい。

 正直に言うと、いずれも手伝いたくない。だけど、今さらNOとは言えない立場だろう。
 とりあえず、ロリコン相手への売春だけは絶対に嫌だ。
 覚醒剤の運搬も見つかるのが怖い。客への制裁や闇金の回収、異能力者の討伐なんて自身の力で出来るかも怪しい。
 次第に実感が湧いてくる。これから犯罪に手を染めていくことになるのだと。
 今頃になって後悔の念が襲ってくる。
 本当に、愛のある我が家に所属したままでいないといけないのだろうか?

「豊花は……犯罪組織に所属するの?」
「……」

 裕璃は不安そうにこちらを見つめる。
 裕璃を助けるためならなんだってする。罪悪感からそう決心してしまったが、もう少しスマートに解決できなかっただろうかと考えてしまう。
 裕璃の心配そうな瞳を見ていると、なおさらそう思う。

 と、話が一段落したと思ったとき、部屋の扉が開いた。

「朱音、強壮剤の回収日ってきょうだっけ?」

 ちょうどルーナエアウラさんが帰宅してきたのだ。
 朱音は事情を、ルーナエアウラさんに端的に説明した。
 裕璃をしばらくこちらで暮らさせてほしいこと、覚醒剤の密造の監督役を裕璃にすること。それらをかいつまんでルーナエアウラさんに伝えた。

「なら、とりあえず最初は強壮剤の密造を見学をするんだね?」とルーナエアウラさんに言われ、朱音、赤羽さん、僕、裕璃の順番で、ルーナエアウラさんの案内の下、部屋の外へと出ることになった。



 さすがは、お城というだけある風貌。通路には赤い絨毯が敷かれており、左右の幅も天井の高さも遥かに広い。
 道を進み階段を降り、さらに降りて地下へと辿り着くと、そこでは、なにやら数人の男女が、異世界に似つかわしくない装置や道具を使い、防護マスクのような格好をして、あくせく動き回っていた。
 ここが、覚醒剤を密造する部屋なのか。

「一応、部屋から外部に害が出ないように結界を張ってもらっているけど、それはあくまで外部に被害が出ないようにするためなんだ。失敗したら室内の人は黒焦げ死体に変貌してしまうかもしれない」

 そら恐ろしいことを朱音はさらりと口にする。

「だから、まずは裕璃の体調を安定させるのが最優先だ。精神がある程度安定したら、まずはつくる手順や注意事項を頭に叩き込んでもらうよ。そうしたら監督として、なにか不用意なことをしないかここからみんなを一望したり、移動したりして、作業を確認してもらう」と、一旦間を置き、朱音はつづけた。「実は過去に一度、爆発事故が起こったことがあるんだ。そのときは皆が皆、サラマンダー、いやイフリートの精霊操術が発動したのか!? ってパニックに陥った経験がある」

 朱音はそう口にする。
 だからこそ、監督役が必要だと考え、今までは朱音がちょくちょく来て面倒を見ていたというわけだ。幸い、それ以降はいまのところ失敗していないらしい。
 僕や裕璃、赤羽さんは皆、わけのわからない行程でなにかをしている男女を暫し眺める。

 やがて、小さな結晶の塊らしきものが大量に出来上がった。
 それを、あろうことかひとりの女性が手に取り指でぐりぐり潰し、一思いに鼻から吸い込んだ。
 表情を歪めながらも笑顔になり、OKマークを指でつくり、作業員や朱音に成功だと伝える。

「高純度の覚醒剤をつくるブランド志向があるから、味見役として彼女も必要なんだ」と朱音は言う。
「これを……私がつくるの……?」
「ああ。厳密には監督役だけど」ただし、と朱音は真面目な表情に変わる。「裕璃はなにがあっても、ぜったいに覚醒剤には手を出さないでほしい。試さない。吸わない、炙らない、注射するなんてもってのほかさ。きみは失敗しないように監視してくれていれば、それだけでいい」

 朱音は忠告する。
 朱音はひとりで訊いてもいないのに、その理由を淡々と説明し始めた。

 なにやら、身近に覚醒剤が原因で一度大変な目に遇い、リーダーの座を降りる羽目になった人物がいるという。今でも再使用(スリップ)を定期的につづけ、やめたいのにやめられない、覚醒剤を見るだけでやりたくなるように変貌してしまった仲間がいる。
 だから、快楽目的に使うのはぜったいに許さないーー朱音はやや険しい顔をしながら裕璃に注意する。

 それって誰なんだろう?
 と考えたところで、ふと、舞香が覚醒剤を見たとき『やりたくなるのよ』と言っていた言葉や、沙鳥がリーダーになるまえは舞香がリーダーだったことを思い出した。
 つまりは、そういうことだろう。
 推測でしかないが、直感でわかる。
 おそらく舞香は、覚醒剤にドップリと依存してしまい、その結果大変な目に遭ってしまったのだと。

「私に……務まるのかな?」

 裕璃は心配そうに呟く。
 もうこちらの世界で生きる覚悟は決めたのか、異世界で暮らすのを前提として訊いている様子だった。
 朱音は「大丈夫」と返事した。

「密造の手伝いと言っても、さっきから言っているとおり監督をするだけでいい。事実、ここにいる人たちは、長年覚醒剤の密造をつづけているスペシャリストたちばかりだ。そうそう失敗なんてしない。きみに監督役をしてもらう理由は、ここで暮らす大義名分を得るためと言っても過言じゃないんだよ」
「大義名分……?」

 と、朱音はふと思い出したかのように付け加えた。

「ルール五、働かざる者食うべからず。これも沙鳥が新たにつくったルールだ」





(82.)
 見学を終えた裕璃と僕たちは、再びルーナエアウラさんの部屋まで戻った。

「悪いけど、ルーナエアウラにはしばらく、裕璃と共に寝食を共にしてもらうよ。大丈夫かな?」
「まあ、部屋は無駄に広いし、別にそれくらいならいいよ」

 ルーナエアウラさんは朱音の頼みを案外すんなり承諾してくれた。
 でも、やはり心配だ。おそらく今の裕璃は、セルシンで多少なりとも鎮静している。が、しかし、薬が切れたらどうなるのかわからない。
 僕はルーナエアウラさんにセルシンのアンプルを渡す。舞香からもらった注射剤の半分だ。
 注射針付きのアンプルの半分をルーナエアウラさんに手渡し、残りの半分は裕璃に渡した。

「裕璃……不安や恐怖、焦燥感が強まって、どうしようもなくなったら使うようにして」
「でも……使い方がわからないよ」

 それもそうか。
 注射なんて普通、自分で自分にすることなんて滅多にないのだから。

「ルーナエアウラなら強壮剤として覚醒剤(メタンフェタミン)を注射した経験があるだろうから、注射の仕方はルーナエアウラに訊けばいいよ」

 朱音はルーナエアウラさんに目を向ける。
 ルーナエアウラさんは仕方ないといった様子で頷いた。

 もうすっかり日は暮れて、夜になっていた。
 窓の外には月が二つ浮かんでおり、オーロラのような美しい景色が空に映えている。幻想的なその光景についつい見惚れてしまう。
 すると、裕璃が隣に来て僕に声をかけてきた。

「いつか、また、絶対に会おう? 振られちゃったけど、私はまだ豊花を諦めきれない。叶わない恋だとしても、恋心を抱くだけだから、許して……。いろいろ迷惑かけてごめん、豊花。また会える日を楽しみにしてる」
「……こっちこそ、ごめん」

 こんな目に裕璃が遭うはめになったのは僕のせいだ。

「あの日、身勝手に怒ってごめん。裕璃の気持ちを考えないで、暴言を吐いたこともあった。本当は声をかけるべきだったんだ。なのに……無視してごめん。僕があの日、仲直りしようと行動してたら、裕璃はこんな目に遭わなかった……」
「それは……豊花のせいじゃないよ……」
「昔、いじめられていたとき助けてくれてありがとう。こんな僕と友達でいてくれてありがとう。裕璃のことを嫌いになったことなんて一度もないよ」けれど……。「ごめん。それでも、僕にはもう好きな子がいる。それは、僕からの一方通行な恋愛かもしれない。瑠璃は、僕を恋人として好きになっているわけじゃないような気がするんだ。ただ単に、僕を束縛するためだけに、僕と付き合っている気がしてならないんだ」
「……」
「それでも、僕は瑠璃ときちんとした恋人同士になりたい。裕璃が僕になんと思おうと勝手だけど、多分、裕璃の望む未来は来ないと思う」

 勇気を振り絞り、僕は本心を語った。
 裕璃は涙目になりながらも、小さく微笑む。

「私なんかを助けてくれてありがと。そう簡単には想いを変えられないや……。まだ、私と友達ではいてくれる?」
「……うん。それは、当然だよ」

 それから数分、裕璃と他愛のない話をした。
 次に、赤羽さんは柄にもなく泣きそうな顔をしながら、裕璃を抱きしめて「頑張るんだぞ」と親としての言葉を告げた。

「さあ、そろそろ帰らないといけないよ。金輪際のお別れというわけじゃないんだ。まだ、豊花や赤羽さんとは定期的に会ってもらう。さあ、みんな、魔法円の内に入ってくれ」

 朱音に言われ、僕たちは魔法円の中に入る。来るときのメンバーからひとりーー裕璃が減った三人で。
 裕璃は、「バイバイ、またね」と目を潤ませながら呟く。
 僕も、裕璃に聞こえるかどうかわからない声量で「またね」と返事する。
 赤羽さんも辛そうだが、自分の娘がやらかしたことの重大さを理解しているらしい。無理やり連れ戻そうとはしない。僕より辛いだろうに……。
 これからは、裕璃にとっては辛い日々が待っているだろう。
 それでも、教育部併設異能力者研究所で廃人に成り果てるよりはマシなはずだ。僕はそれを強く信じている。

「じゃあ、皆行くよ」

 朱音の言葉により、再び奇妙な感覚を覚え視界が暗闇に閉ざされた。


 こうして、摩訶不思議な世界から現実世界へと帰還を果たしたのであった。

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