前代未聞の異能力者-自ら望んだ女体化だけど、もう無理!-

砂風

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第五章/異能力者

Episode108╱卯月

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(152.)
 夕方が過ぎ、夜の七時になった時間帯。とっくに外は薄暗く、建物の外壁に付けられている電灯で建物の正面が照らされている。
 外は肌寒く、やはり夜になると冷える季節になってきたのを実感できた。
 やや冷たい空気の香りが鼻腔を囀ずる。その香りに悪臭が混じってきて、弥生が建物に近づいてくることが察せられた。

 私を含め、ゆき、刀子さん、ルーナエアウラさんは警戒体勢に入る。

 刀子さんは表に出る前に誰かに連絡をしていた様子だが、だれだかはわからない。気にすることはないだろう。

 やがて、弥生の姿と、もうひとり、見知らぬベリーショートの髪型をした少女が、正面から堂々と姿を現した。

「皆さんごきげんよう。今度こそは、私の彼氏たちの力と卯月ちゃんの力を以て、あなた方を潰して差し上げます」

 弥生がそう言うと同時に、地面から数体、全身が目玉で覆われた化け物が湧き出すように出現した。
 おそらく卯月ちゃんというのは、弥生の隣に立っているベリーショートの少女のことだろう。死んだ魚のような瞳をしており、自らなにかを発しようとしない。
 弥生と正反対のような性格だと一目でわかる。

「またまた気持ち悪い怪物を作り出すものだな。いったい何種類化け物がいるんだ」

 刀子は気持ち悪い化け物を見ながら、文句のような言葉を投げ掛ける。

「それは答えられないですね。あたしには無限に愛しい恋人がいるのですからーー」

 ルーナエアウラさんは、刀子と弥生が話している隙に怪物に向けて鋭い風の刃を投擲する。
 しかし、怪物に当たりはするものの、かすり傷しか負わせられなかった。

 おかしい。
 以前に強襲を受けたときは、刀子さんの刀やルーナエアウラさんより弱い瑠奈の風刃ですら切断できたというのに、今回の怪物は、直撃したはずなのに僅かな血液を散らすだけだった。

「さすがは卯月ちゃん。守りに関しては鉄板の異能力ですね。あたしの彼氏を助けてくれて感謝します」
「そこの卯月とか言う輩の異能力だな? 厄介な者を連れてきてくれたな」

 刀子さんも目玉で全身を埋め尽くしている怪物に対して、刀で一、二、三回斬りかかるが、紙で指先を切ったような傷しか付かない。
 ゆきも刀子さんの背後から応戦しようと拳でからだの中央を突くが、奇声をあげて苦しむだけで、少しの凹みしか傷を負わない。

 ゆきは前回とは違い、あらかじめ吸血して力を補っているのにーー最大限力を発揮しているというのに、その程度しかダメージを与えられていない。

 まずい、まずいまずいまずい!
 卯月という異能力者、想定以上の厄介さだ!

 目玉の怪物がゆきを殴り飛ばす。ゆきは建物の外壁にぶつかる。

「かはっ!」

 窒息しそうになりながらも、ゆきはどうにか立ち上がった。
 刀子さんは別の怪物に殴りかかられるが、不思議な動作でそれを避け、再び斬りかかる。が、やはり少しの出血しかしない。

「あはは! 卯月ちゃんがいれば、あたしたちはこのまま異能力者保護団体ごと壊滅できそうですね!」
「あまり異能力者保護団体を舐めてかかるなよ?」

 刀子さんはバックステップしたのち拳銃を取りだし発砲する。しかし、やはり怪物に風穴はできなかった。貫通しないのである。

「ちぃ!」

 刀子さんは弥生本人にターゲットを変えるが、目玉の怪物が素早く前に立ち塞がり、そのまま拳を刀子さんに向けて放つ。
 刀子さんはそれを刀で弾き、再び背後に下がる。後退しながらも、着実に、少しずつ怪物に怪我を負わせていく。

 ルーナエアウラさんは刀子さんの思惑を理解したのか、空中に向かって飛翔し、その場で静止する。
 そこから風撃を弥生と卯月に向かって勢いよく放った。
 しかし、弥生には目玉の怪物に邪魔され当たらない。

 だが、卯月には確かに命中したはずなのに、バラバラにはなっていない。
 たしかに片手から多量に出血はしているが、ルーナエアウラさんの本気の風撃を受けて、普通はその程度で済むはずがない。

「痛い……弥生ちゃん、わたしのことも守って」
「ごめんなさいね、卯月ちゃん。あたしの彼氏はあたしのことしか守ってくれないの。後ろに下がって見守っててちょうだい?」

 痛いだけで済むのが恐ろしい。
 目玉の怪物が、今度は二体まとめて私に向かい走ってきた。

「ひぃ!」

 怪物の拳がクロスするかのように頭に襲いかかる。
 私はそれを直感で避けて後退。化け物は追い討ちをかけるようにストレートを打ち込んでくる。
 それを感覚で刀子さんの歩法を真似て避け、化け物にナイフで切りかかる。
 しかしかすり傷以下しか負わせられず、仕方なく数回バックステップを繰り返し怪物から離れた。

「しばらく時間を稼げ! ここまで強敵だと思っていなかったから最初から呼んでいなかったが、時間が経てば援軍が到着する」

 先ほど連絡を入れたのはその援軍とやらにだったのか。
 最初から呼ばなかったことを後悔するように、刀子さんは舌打ちする。

「ええ、ええ。いくらでもお仲間を呼んでくださいな。何人でかかろうが、あなたたちにはあたしを倒すことはできません」
「それはどうかな?」

 刀子さんは怪物の猛攻撃を弾き、斬りかかり、防ぎ、避ける。
 やはり異能力犯罪死刑執行代理人。並の異能力者より刀子さんのほうがよほど強力だ。

「この!」

 ルーナエアウラさんは怪物数体に全方位に向けて風の槍を投げ当てる。
 しかし怪物に小さな穴が空くだけで、その穴も周りの肉片が集まりすぐに塞がってしまう。
 このままではじり貧だ!
 以前のようにゆきに頼ることも不可能。刀子さんにはなにか考えがあるようだが、このままでは異能力者保護団体内部に侵入されるのも時間の問題だ!

 そこに、正面玄関が開き、誰か二名が外へと出てきた。

「遅れてごめんなさい。でも、私ももう戦えるわ」
「ルーナエアウラと共闘なんてしたくないけど、状況が状況だしね。仕方ないや」

 中から出てきたのは、舞香と瑠奈の二人だった。

「もう大丈夫なんですか!?」

 私は思わず舞香に問いただす。

「ええ。まだ少し疲労感はあるけれど、こんなときに甘えていられないわ」

 瑠奈は建物の外壁に飛び立つと、ルーナエアウラさんに向かって叫ぶ。

「出し惜しみしてないで早く本気出すよ!」
「言われなくても、今からそうするつもりだった!」

 瑠奈とルーナエアウラさんは、同時に、もはや聞き慣れた詠唱をはじめた。

かぜ大精霊だいせいれいまねく 夜明けよあけいて 浄化じょうか大気たいき かぜすべてをべるトキ 世界セカイみつる やさしいひかり シルフ!」
「微風瑠奈の名(な)に於(お)いて 風の精霊を喚起(かんき)する 契約(けいやく)に従(した)がい 今(いま) 此処(ここ)に現界(げんかい)せよ シルフィード!」
 唱え終わると同時に、二人の真横に精霊が姿を現す。

「行くよ?」

「「同体化!」」

 すると、辺りに強風が吹き荒れ、二人の姿が変貌する。ルーナエアウラさんはほとんど変わっていないけど、周囲に緑色の粒子が纏い舞いはじめる。
 微風瑠奈は元の姿からかなりの変化を遂げていた。まえにも見たことあるけど、その変貌ぶりはいつ見ても慣れない。

 瑠奈の髪は腰の辺りまで急速に伸び風に靡かせている。黒髪だった髪の色は、一面美しい浅緑色に染まり変わった。
 瞳も綺麗なティフニーブルーに輝き、まさに魔法が出てくる異世界ファンタジーの住人らしき幻想的な姿へと姿を変えたのだ。
 ルーナエアウラさんと同じく、ライトグリーンに発光している小さな小さな粒子が、瑠奈の体表を纏うように舞っている。

「ルーナエアウラ、行くよ!」
「わかってるって!」

 二人は風を交わらせ、強力な狂風を生み出し、それを化け物一体に向けて集中的にぶつけた。狂った風の力のまえには、流石に強化された怪物も耐えきれず、背後に吹き飛ばされた。

 その間も、舞香は別の怪物の背後に転移し、気持ち悪い肉体に触れた。寸刻、化け物の上半身が離れた位置に飛ばされ、下半身だけがその場で崩れ落ちる。

「ちょっとちょっと! 卯月ちゃん、貴女の守り役に立ってないんだけど!?」
「そんなこと言われても……うう……」

 そこに、写真で見たことのある男性ーー水無月が唐突に現れた。

「本気がまだ出ていなかったようだ。さあ、狂え。狂い狂って本気を出せ」

 水無月は背後に下がっている卯月の肩を掴むと、なにかを呟いた。
 瞬間ーー。

「あぁぁああああああああああああッッッ!?」

 卯月は聴いたことのないような、女の子がこんな音を吐き出せるのかーーそんな叫声を上げると、途端に瞼をカッと見開いた。

「では、私は立ち去るとするよ」

 水無月は隠れていた栗落花の能力により、そそくさ現場から離れてしまった。
 夘月はふらふらしながら、こちらを睨む。
 舞香は気にせず弥生の背後に転移すると、その肩を掴んだ。
 しかしーー。

「え?」

 化け物が弥生の前から後ろにいる舞香目掛けて拳を振るう。
 舞香は動揺しながら居場所を置換し、自身を化け物たちから離れた位置まで転移した。

「舞香、いったいどうしたの……?」
「……私の異能力が、効かなかったのよ」

 はあ?
 舞香の強力な、現時点で唯一打開策になり得る異能力が、効かなかった?
 ルーナエアウラさんと瑠奈は、再び風刃を今度は卯月に向かって放つが、今度は夘月も出血せず、数歩後ろに風圧で押されるだけだった。

「な!?」

 ルーナエアウラさんは違和感を抱き、怪物たち複数に向かい、風の刃、風でつくられた槍、風の弾丸を勢いつけて放ちまくる。
 しかし、怪物たちはさらに強固になっており、今度は傷ひとつ負わない。出血すらしないのだ。

「まずいな……早く到着してくれ」

 刀子さんは化け物の攻撃を刀で弾いたーーと思いきや刀が折られ、腹部に強烈な一撃を受けてしまう。

「くそ!」

 痛みで屈んだ刀子さんを援護しようとゆきが前に出るが、軽く叩かれただけで、明後日の方向に吹き飛ばされてしまった。

「ゆき!」

 瑠奈はゆきを援護するため、ゆきの飛ばされた方に向かって飛び立つ。
 ルーナエアウラさんはその間、刀子さんが殴り潰されないよう数度に渡り、刀子さんの前に立ちはだかる怪物に向けて風を撃つ。怪物は数歩下がり動作を止めるが、やはり傷ひとつ負いもしない。

 思考しなくても理解できる。

 水無月の異能力により、卯月の異能力が強化されたのだ。

ーーおそらく卯月の異能力は身体干渉系だろう。周囲の指定した者の守りを強化する類いと予想できるな。ーー

 言われなくてもわかっている!
 でも、このままでは全滅だ!
 なにか打開策はないものか……考えろ、考えろ!

 だが、思考を許すかとばかりに怪物が殴りかかってくる。それを寸でのところで回避し、追撃も横にからだを反らし、更なる追撃も背後に後退し避けきった。

 刀子さんは痛みに耐えて立ち上がり、ルーナエアウラさんに向けて『もう大丈夫だ』と合図を送り礼を述べた。
 刀子さんは折れた刀を放り捨て、拳銃を取りだし二体の化け物の攻撃を不可思議な足と肉体の動作で避けながら卯月と弥生に向けて発砲する。

 が、二人とも半歩程度下がるだけで、まるで効いていない。
 痛みすら感じていないように、平然とした顔つきのままだ。

「そろそろ飽きましたわ。あたしの彼氏たち、合体なさい」

 弥生が口にすると、目玉の怪物たちはぞろぞろと中心に集まりはじめる。
 それがひとつひとつ繋がっていき、全身に血走っている瞳を宿した巨大な怪物へと変態した。

「さあさ、蹂躙しなさい。愛のある我が家も、異能力者保護団体も!」

 怪物が前進しはじめる。このままでは、本当に潰されてしまう。
 ……と、いきなり怪物が前進を止めた。

「あら? ちょっと、いきなりどうして……」

 弥生が言うより早く、怪物はドロリと溶けて地面に吸い込まれるように消えてしまった。

「遅い」刀子さんはニヤリと頬を緩める。「だが、助かった」

 異能力者保護団体の正面入り口から、メアリーさんと、少年ーーたしか森山という名の男の子が歩いて向かってきていた。
 森山の視線は弥生に向かって集中している。

「異能力者保護団体を舐めるな、と言っただろう?」

 刀子さんは拳銃を構え、森山に向かい卯月を見るようアイコンタクトをした。
 森山は、たしか異能力者ーーそれも、異能力を無効にする特殊系統の異能力を持つ男の子。
 森山が卯月に視線を向けると同時に、銃声が鳴り響く。

 卯月の心臓から、多量の血液が噴出した。
 衣服に血が広がっていき、卯月は激突するかのように地面にアッサリ倒れ付した。

 そのまま森山は弥生に視線を移す。

「ひ、卑怯者! そんな異能力者を呼んで、恥ずかしくないの!?」
「貴様には言われたくないな。だから何度も言っていただろう? 異能力者保護団体を舐めるなとな」

 二回の銃声が響く。銃弾は弥生の頭と胸に命中し、そのまま生き絶えた。
 刀子さんはこれを待っていたのか……。たしかにこれなら、どんな異能力者でも対処できるだろう。

「弥生の異能力が継続系で助かったな。一度使ったら出現したままの異能力だったら森山の力は通用しなかった。まあ、そうだとしても、卯月の力さえ抑えてくれればどうにでもなったが……」

 刀子さんは死体を確認しながら呟くように口にする。
 なるほど、一度使ったらそのままの力だから、私の異能力は無効化されないのか。

「はー、焦った。このまま全滅するかと思っちゃったよ」

 瑠奈は冷や汗を拭いながら同体化を解き、ゆきを運びながらこちらに飛んできた。
 ルーナエアウラさんもそれに並ぶ。

「私の異能力が通じなかったときは、危うく死ぬかと思ったわ……」

 舞香も相当焦っていたらしい。

「さて、弥生と卯月は始末できたことだし、そろそろ向こうも本格的に手を打ってきそうだな」
「私らもここに残ったほうがいいのか?」

 メアリーは刀子に問う。

「いや、森山は残しておいてほしいが、マリアは念のため教育部併設異能力者研究所で待機しておいてくれ」
「了解」

 メアリーは森山を護衛するためについてきただけなのか、それだけ返事すると、そのままこの場を後にした。

「さて、中に戻るとするか」

 刀子さんの提案に皆は頷き、異能力者保護団体の中へと戻るのであった。



 旧暦のうちーー異能力の世界のリーダー格のメンバーのうち、卯月、弥生、皐月、葉月は討伐を終えた。
 残るは、睦月、如月、水無月、文月、長月、神無月、霜月、師走で最低でも八人いることになる。
 そして神無月は部下として赤や緑、栗落花を用いていた。他のメンバーも部下を抱えているかもしれない。
 今回は偶然、単独で行動する弥生が相手でよかったものの、大量の異能力者を連れて来られたら、いくら森山がいるからといはいえ、対処しきれない。
 なぜなら、森山は凝視している対象ひとりの異能力を抑えるだけしかできないからだ。

 もう四人も倒したというべきか、まだ八人も残っていると考えるべきか。

 今の私には、答えはわからなかった。
 皆も同様なのか、誰一人明るい表情を浮かべる者はいなかった。
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