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Ep.4-2《負けられない戦い》
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このベータアリーナは一部の人間のみが入ることを許された存在自体がグレーの、言わば裏の世界。
表の世界とは隔離された世界だったはずだ。
「うそ……なんで……」
さっきからアーニャは同じ言葉を繰り返し呟く。
いくら頭を振って目を擦っても、見える景色に変化はない。
表の世界、フロンティアアリーナでさっきまで一緒に会話をしていたサナが、どういうわけかベータアリーナの観客席で自分のことを応援している。
今も無邪気にこちらに手を振っていた。
(どういうこと……サナちゃんは元々ベータの世界の住人……いや、そんな雰囲気はなかった……ってことは……)
アーニャの視線が、サナの隣にいるミヨに移る。
互いに目が合うと、彼女は大人びた表情でクスリと笑った。
(くっ……ミヨさん、アンタがサナちゃんをここに……)
あくまで予測でしかないが、ミヨが何かをしたのだろう。
例えば、サナがアーニャのファンであることをどこかから知り、アーニャがここで試合をしているということをサナに伝えれば、きっとサナはそれに食いつく。
ミヨの権限であれば部外者の一人や二人、連れてくることは容易だろう。
アーニャは頭の中でそんな予想を組み立てる。
(本当に……本当に趣味が悪い……ッ!)
試合直前でアーニャのメンタルは乱れに乱れていた。
「ねぇねぇ、よそ見してていいの?」
サナのことで頭がいっぱいの状態だが、正面に立つレオの一声でアーニャの思考が一旦止まる。
「始まるよ……殺し合い」
『それでは最終試合、カウントダウンと参りましょうか!! 10! 9! 8!』
気付けば対戦前の口上は既に終わり、開戦のカウントダウンが始まっていた。
『7! 6! 5!』
アーニャは自身の頬をパンパンと叩く。
『4! 3! 2!』
(落ち着け、今集中すべきは一つだけ)
サナのことは一旦忘れ、アーニャは今から始まる戦いだけに集中することにする。
『1!』
ミヨが何を考えているのかは未だに分からない。
だがもしもミヨの狙いがアーニャの動揺を誘うことだったとしたら、その作戦は失敗ということになる。
アーニャとて、まぐれで先の2戦を勝ち抜いたわけじゃない。
カウントダウンが終わる頃には、アーニャの瞳は闘う者の色に変わっていた。
『――――バトルスタートぉおおおおおッ!!』
戦闘開始を告げるクランの掛け声とともに湧き上がる歓声。
試合が始まったのだと体が知覚したその瞬間、意識せずとも体は勝手に動き出す。
相手の位置を確認しながら後退し、近くにあるアイテムボックスに手を伸ばす。
「――ッ、これは!」
中にあるアイテムを視認し、再度レオの位置を確認する。
レオはまだ何もアイテムを手にしていない。
(奇襲をかけるなら……今ッ!)
アーニャは最速の動きでアイテムボックスの中に手を入れ、中に入っているハンドガンを手に持つとすぐさま構えて引き金を引く。
――バンッ!
試合開始からわずか数秒、コンクリートで閉ざされた空間に銃声が響き渡った。
場合によってはこの一撃で試合が終わる。
盛り上がっていた観客達が一斉に息を呑み、一瞬の静寂が訪れた。
「ハズレ~」
レオはおちゃらけた表情でアーニャを挑発する。
胸を狙ったはずの銃弾は、レオが少し体を反らしたことによって空を切った。
その最小限の動きによる回避行動を見て、アーニャは少なからず動揺する。
(今の奇襲を回避した……!? いや、少し狙いがズレただけ……っ!)
『アーニャ選手、ハンドガンを手にするのと同時に発砲しました!! しかしレオ選手、それを涼しい表情でそれを回避! さーてここからどうするアーニャ選――』
――バン、バン!
実況の声を遮り、アーニャは立て続けにもう2発銃弾を打ち込む。
今度は両手でグリップを握り、胸を狙い一発。
そして回避行動を取ったところにもう一発打ち込んだ。
「ざんね~ん、当たらないんだなぁ」
だが弾は当たらない。
まるでダンスをするかのようなステップで、レオはアーニャの攻撃を回避していく。
(嘘でしょ……今のを躱したの……っ!?)
序盤でいきなりハンドガンを手にしたアーニャは、その瞬間こそ勝利を確信していたが、余裕そうな表情を見せるレオに焦りが募る。
踊るように銃撃を躱すその姿は、アーニャの目から見ても常軌を逸していた。
『なんと華麗な回避でしょう! 流石はレオ選手といったところでしょうか!』
『人間離れした反射能力。対戦相手はまるで当たり判定が存在しない敵と戦っているかのような錯覚を感じてしまうことから、ついた二つ名は《ゴーストファイター》。その能力は未だ健在のようですね』
アーニャの頬に汗が伝う。
いくら正確に狙いを定めても、レオに銃弾が当たるビジョンが見えない。
試合開始から1分足らず、アーニャの手には一撃必殺の武器が握られているにも関わらず、精神的には追い込まれた状態だった。
「まだ何発か残ってるでしょ? ほら、撃ってきなよ」
さらに驚くことに、レオは両手を広げながらアーニャの方ににじり寄ってくる。
アーニャはそれが何らかの作戦かと警戒するが、レオに武器や罠を隠し持っている様子はない。
そもそもレオは試合が始まってから、アイテムボックスに近づいた形跡すらないのだ。
アーニャはただその場で銃を構え、薄ら笑みを浮かべるレオの瞳をじっと見つめる。
4メートル……3メートル……二人の距離がだんだんと近づいていく。
(……この距離でも、躱せるって言うの……っ!?)
今までの戦いでは感じたことのないような、尋常ではない圧を感じる。
目の前にいる自分より背丈の低い少年が、今は悪魔のように見えた。
二人の距離はさらに近づき、その間合いは2メートル。
もはやここまで近づくと近接戦の間合いとなる。
そしてレオが次の一歩を踏み出すのと同時に、アーニャは勢いよく飛び出した。
「せやあああああっ!!」
踏み込みと同時にレオの胸に向けて拳を繰り出す。
「おっそ」
だが銃弾よりも遅いアーニャの拳などレオの脅威ではない。
レオは虫を払うように片手でその一撃を払い除け、無防備になったアーニャの腹部に逆に拳を入れ返す。
「かは……っ!?」
その見てくれからは想像できないほどの重い一撃に、アーニャの体が一瞬宙に浮く。
「そーれっ!」
そしてここぞとばかりに無防備になったアーニャの顔面に、ハイキックをかます。
「ンぐぅううッ!!」
強い衝撃とともに、視界がぐわんぐわんと揺れる。
どちらが床で天井かも分からなくなるような状況で、アーニャはまともに受け身も取れずに地面を転がった。
『うぉおおおおッ、レオ選手!! カウンターからの2コンボが決まったぁああああ!!』
「おーおー派手にぶっ飛ぶねぇ」
「あらら、あの姉ちゃんなかなか強かったけど、やっぱレオには勝てねぇか」
「いつまで寝てんだ、早く立てよぉ!」
湧き上がる実況席と観客席。
「くぁ……ん、くぅ……っ!」
その間もアーニャは腹部を抑え、立ち上がれずにいた。
フロンティアの痛覚フィードバックの再現度は高く、脳震盪のように意識が混濁する感覚や腹部からは胃液が逆流してきそうな感覚がやってきて、体に力が入らない。
(くっ……レオの追撃が来る前に、早く立ち上がらなくちゃ、ならないのに……っ!)
そうは思うものの、意志の力だけでは体は自由に動かない。
だがなぜだかレオはその場で立ち止まり、攻撃を仕掛けてくる様子はなかった。
「なにこれ?」
その場で棒立ちしていたレオが不意に呟く。
レオは自身の右頬に触れ、指についた血液を物珍しそうに見つめていた。
『れ、レオ選手の頬から血が! これは一体どういうことでしょうか!?』
『アーニャ選手が吹き飛ばされたときに撃った銃弾が掠ったのでしょう』
『え、そんなの撃ってたんですか……? 気付きませんでした……』
『ええ、衝撃による誤射かと思いましたが、もし狙ったとしたらとんでもない精度と判断力です。すごい……本大会でレオ選手が攻撃を受けたのはこれが初めてです』
「つまり黒ずきんのアーニャは殴られるの覚悟でレオに反撃したってことか……?」
「スゲェ! やっぱあいつならやってくれると思ったんだよ!!」
「アーニャちゃーん! そのままそいつぶっ倒せ~~!!」
今の一瞬でアーニャがレオに一矢報いていたことに気づいた観客たちは、手の平を返しアーニャに声援を送る。
そんな盛り上がる観衆の声を聞きながら、アーニャはゆっくりと立ち上がった。
「はぁ、はぁ……どんなに反応速度が早くても、無理な体の動きはできない……攻撃の瞬間は回避に対する意識も行動も鈍る、ってことね」
ちょっとした意趣返しとしてアーニャは精一杯背筋を伸ばし、自分より背丈の低い少年を上から見下す。
「へぇ、やるじゃん」
対してレオも、心底楽しそうな表情で微笑んだ。
表の世界とは隔離された世界だったはずだ。
「うそ……なんで……」
さっきからアーニャは同じ言葉を繰り返し呟く。
いくら頭を振って目を擦っても、見える景色に変化はない。
表の世界、フロンティアアリーナでさっきまで一緒に会話をしていたサナが、どういうわけかベータアリーナの観客席で自分のことを応援している。
今も無邪気にこちらに手を振っていた。
(どういうこと……サナちゃんは元々ベータの世界の住人……いや、そんな雰囲気はなかった……ってことは……)
アーニャの視線が、サナの隣にいるミヨに移る。
互いに目が合うと、彼女は大人びた表情でクスリと笑った。
(くっ……ミヨさん、アンタがサナちゃんをここに……)
あくまで予測でしかないが、ミヨが何かをしたのだろう。
例えば、サナがアーニャのファンであることをどこかから知り、アーニャがここで試合をしているということをサナに伝えれば、きっとサナはそれに食いつく。
ミヨの権限であれば部外者の一人や二人、連れてくることは容易だろう。
アーニャは頭の中でそんな予想を組み立てる。
(本当に……本当に趣味が悪い……ッ!)
試合直前でアーニャのメンタルは乱れに乱れていた。
「ねぇねぇ、よそ見してていいの?」
サナのことで頭がいっぱいの状態だが、正面に立つレオの一声でアーニャの思考が一旦止まる。
「始まるよ……殺し合い」
『それでは最終試合、カウントダウンと参りましょうか!! 10! 9! 8!』
気付けば対戦前の口上は既に終わり、開戦のカウントダウンが始まっていた。
『7! 6! 5!』
アーニャは自身の頬をパンパンと叩く。
『4! 3! 2!』
(落ち着け、今集中すべきは一つだけ)
サナのことは一旦忘れ、アーニャは今から始まる戦いだけに集中することにする。
『1!』
ミヨが何を考えているのかは未だに分からない。
だがもしもミヨの狙いがアーニャの動揺を誘うことだったとしたら、その作戦は失敗ということになる。
アーニャとて、まぐれで先の2戦を勝ち抜いたわけじゃない。
カウントダウンが終わる頃には、アーニャの瞳は闘う者の色に変わっていた。
『――――バトルスタートぉおおおおおッ!!』
戦闘開始を告げるクランの掛け声とともに湧き上がる歓声。
試合が始まったのだと体が知覚したその瞬間、意識せずとも体は勝手に動き出す。
相手の位置を確認しながら後退し、近くにあるアイテムボックスに手を伸ばす。
「――ッ、これは!」
中にあるアイテムを視認し、再度レオの位置を確認する。
レオはまだ何もアイテムを手にしていない。
(奇襲をかけるなら……今ッ!)
アーニャは最速の動きでアイテムボックスの中に手を入れ、中に入っているハンドガンを手に持つとすぐさま構えて引き金を引く。
――バンッ!
試合開始からわずか数秒、コンクリートで閉ざされた空間に銃声が響き渡った。
場合によってはこの一撃で試合が終わる。
盛り上がっていた観客達が一斉に息を呑み、一瞬の静寂が訪れた。
「ハズレ~」
レオはおちゃらけた表情でアーニャを挑発する。
胸を狙ったはずの銃弾は、レオが少し体を反らしたことによって空を切った。
その最小限の動きによる回避行動を見て、アーニャは少なからず動揺する。
(今の奇襲を回避した……!? いや、少し狙いがズレただけ……っ!)
『アーニャ選手、ハンドガンを手にするのと同時に発砲しました!! しかしレオ選手、それを涼しい表情でそれを回避! さーてここからどうするアーニャ選――』
――バン、バン!
実況の声を遮り、アーニャは立て続けにもう2発銃弾を打ち込む。
今度は両手でグリップを握り、胸を狙い一発。
そして回避行動を取ったところにもう一発打ち込んだ。
「ざんね~ん、当たらないんだなぁ」
だが弾は当たらない。
まるでダンスをするかのようなステップで、レオはアーニャの攻撃を回避していく。
(嘘でしょ……今のを躱したの……っ!?)
序盤でいきなりハンドガンを手にしたアーニャは、その瞬間こそ勝利を確信していたが、余裕そうな表情を見せるレオに焦りが募る。
踊るように銃撃を躱すその姿は、アーニャの目から見ても常軌を逸していた。
『なんと華麗な回避でしょう! 流石はレオ選手といったところでしょうか!』
『人間離れした反射能力。対戦相手はまるで当たり判定が存在しない敵と戦っているかのような錯覚を感じてしまうことから、ついた二つ名は《ゴーストファイター》。その能力は未だ健在のようですね』
アーニャの頬に汗が伝う。
いくら正確に狙いを定めても、レオに銃弾が当たるビジョンが見えない。
試合開始から1分足らず、アーニャの手には一撃必殺の武器が握られているにも関わらず、精神的には追い込まれた状態だった。
「まだ何発か残ってるでしょ? ほら、撃ってきなよ」
さらに驚くことに、レオは両手を広げながらアーニャの方ににじり寄ってくる。
アーニャはそれが何らかの作戦かと警戒するが、レオに武器や罠を隠し持っている様子はない。
そもそもレオは試合が始まってから、アイテムボックスに近づいた形跡すらないのだ。
アーニャはただその場で銃を構え、薄ら笑みを浮かべるレオの瞳をじっと見つめる。
4メートル……3メートル……二人の距離がだんだんと近づいていく。
(……この距離でも、躱せるって言うの……っ!?)
今までの戦いでは感じたことのないような、尋常ではない圧を感じる。
目の前にいる自分より背丈の低い少年が、今は悪魔のように見えた。
二人の距離はさらに近づき、その間合いは2メートル。
もはやここまで近づくと近接戦の間合いとなる。
そしてレオが次の一歩を踏み出すのと同時に、アーニャは勢いよく飛び出した。
「せやあああああっ!!」
踏み込みと同時にレオの胸に向けて拳を繰り出す。
「おっそ」
だが銃弾よりも遅いアーニャの拳などレオの脅威ではない。
レオは虫を払うように片手でその一撃を払い除け、無防備になったアーニャの腹部に逆に拳を入れ返す。
「かは……っ!?」
その見てくれからは想像できないほどの重い一撃に、アーニャの体が一瞬宙に浮く。
「そーれっ!」
そしてここぞとばかりに無防備になったアーニャの顔面に、ハイキックをかます。
「ンぐぅううッ!!」
強い衝撃とともに、視界がぐわんぐわんと揺れる。
どちらが床で天井かも分からなくなるような状況で、アーニャはまともに受け身も取れずに地面を転がった。
『うぉおおおおッ、レオ選手!! カウンターからの2コンボが決まったぁああああ!!』
「おーおー派手にぶっ飛ぶねぇ」
「あらら、あの姉ちゃんなかなか強かったけど、やっぱレオには勝てねぇか」
「いつまで寝てんだ、早く立てよぉ!」
湧き上がる実況席と観客席。
「くぁ……ん、くぅ……っ!」
その間もアーニャは腹部を抑え、立ち上がれずにいた。
フロンティアの痛覚フィードバックの再現度は高く、脳震盪のように意識が混濁する感覚や腹部からは胃液が逆流してきそうな感覚がやってきて、体に力が入らない。
(くっ……レオの追撃が来る前に、早く立ち上がらなくちゃ、ならないのに……っ!)
そうは思うものの、意志の力だけでは体は自由に動かない。
だがなぜだかレオはその場で立ち止まり、攻撃を仕掛けてくる様子はなかった。
「なにこれ?」
その場で棒立ちしていたレオが不意に呟く。
レオは自身の右頬に触れ、指についた血液を物珍しそうに見つめていた。
『れ、レオ選手の頬から血が! これは一体どういうことでしょうか!?』
『アーニャ選手が吹き飛ばされたときに撃った銃弾が掠ったのでしょう』
『え、そんなの撃ってたんですか……? 気付きませんでした……』
『ええ、衝撃による誤射かと思いましたが、もし狙ったとしたらとんでもない精度と判断力です。すごい……本大会でレオ選手が攻撃を受けたのはこれが初めてです』
「つまり黒ずきんのアーニャは殴られるの覚悟でレオに反撃したってことか……?」
「スゲェ! やっぱあいつならやってくれると思ったんだよ!!」
「アーニャちゃーん! そのままそいつぶっ倒せ~~!!」
今の一瞬でアーニャがレオに一矢報いていたことに気づいた観客たちは、手の平を返しアーニャに声援を送る。
そんな盛り上がる観衆の声を聞きながら、アーニャはゆっくりと立ち上がった。
「はぁ、はぁ……どんなに反応速度が早くても、無理な体の動きはできない……攻撃の瞬間は回避に対する意識も行動も鈍る、ってことね」
ちょっとした意趣返しとしてアーニャは精一杯背筋を伸ばし、自分より背丈の低い少年を上から見下す。
「へぇ、やるじゃん」
対してレオも、心底楽しそうな表情で微笑んだ。
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