【後日談有り】わたしを孕ませてください! ー白の令嬢は、黒の当主の掌で愛に堕ちるー

さわらにたの

文字の大きさ
42 / 94

42.

しおりを挟む



「……人の結婚を、あんな風に広めるなんてあんまりだわ」
「まだ怒っているのか?」
「!」

 怒りに任せてつい口に出してしまえば、かすかな笑い声と共に、そっと髪を撫でられて背後から抱きしめられた。気づかなかったが、彼も起きていたらしい。
 顔だけで振り返ると優しい触れるだけのキスが降ってくる。シアはころりと寝返りをうってエルナドに向き直った。

「そうよ、怒っているわ。相変わらず、あなたは気にしてらっしゃらないのね?」

 そう、エルナドのこの態度もシアの怒りの原因のひとつなのだ。
 もうひとりの当事者である彼が一緒に怒ってくれていれば、溜飲も下がるし王だってあんなに調子に乗って広めなかったかもしれないのに、と。
 ぽす、と手でこぶしを作って愛しいその胸を軽く叩くと、また笑い声がしてシアはむすっとした。昨日肌を重ねたままのその素肌に飛び込み、批難もこめてぎゅうと抱きつく。

 結婚してからのこの一年で、エルナドはずいぶんと感情豊かになった。以前は目を緩めるだけだったその笑みは、シアとふたりのときにはよく声を上げるようになったし、怒りも悲しみも比較的素直に出してくれるようになった。といってもエルナドが怒ることなどめったにない。そしてシア以外には、相変わらずの鉄面皮だけれど。

「きみは、意外とこういうことにかけては繊細なんだな」
「……意外と?」

 そう言って自分の白金の髪を梳いてくる夫を、シアはムッと眉を寄せて見つめる。
 しかし彼の言いたいこともわかる。そもそもの出会いのときからそして現在に至るまで、シアはエルナドにたしなめられ、心配され、時には蛮勇を叱られ、庇われながら生きているから。

「でも、最初はあなたも王様に怒っていたでしょう?」
「確かに、きみとの結婚にまつわる全てが、王の手のひらの上だったことについては面白くないと思っている。だが……」
「だが?」
「こうして私とシアの話が国中に広められていれば、他所からシアに手を出そうとする男はいなくなるだろう、と言われて、それはいいことだと判断しただけだ」
 
 エルナドの言葉にシアは目を丸くした。
 確かにあるときからエルナドからヴィンスフェルト王への怒りが消えたと思ったけれど、そんな理由で?

「そんな、理由で?」

思わず声に出すと彼は静かに頷いて、また、かすかに笑った。

「わたしに手を出す人なんて、いないと思うわ?」
「……。きみがそう思っているのなら、それでいい」

 そう言って強く抱きこまれ、直接肌と肌が触れあう。続けて頭を撫でられて少し子ども扱いされている気がするけれど、彼に撫でられるのは好きなので、されるままになっていた。
 ちらりと抱きしめられたまま、上目遣いに彼を見ると、言葉よりも雄弁な優しい瞳が見つめてくる。

 思い返せば、最初に出会ってからずっとそうだった。
 彼の瞳はとてもおしゃべりだ。思っていることをすぐに伝えてくれる。
   黒に染まるその瞳の奥、藍色の光が優しくまたたくとき、シアは彼に愛されているのだと強く思う。困っているときのまたたきや、身体に触れてくるときのどこか少年のようなまっすぐな色。
 けれど彼とは長い付き合いのはずのニグラードの使用人たちと話していても、「坊ちゃんの表情はわかりにくいですから」と言われることが多く、そのたびにシアはきょとんとしてしまうのだ。
 こんなに分かりやすいのに、と思うが、それを口にしたことは一度もない。
 妻である、わたしだけが知っていればいい。
 ふふ、とそんなことを思い返して微笑むシアに、エルナドは少しだけ眉を顰めた。

「どうした」
「ううん――あなたが好きだなって、あなたと出会えてよかったって、改めてそう思っただけよ」

 奥に青碧を潜ませる長い黒髪、藍の虹彩を宿した漆黒の瞳。
 怜悧な顔立ちと他者を寄せ付けない雰囲気と長身も相まって、エルナドの外見は冷たく研ぎ澄まされた刃のように、美しくてどこか遠い。
 けれどその鋭さの裏にある温もりを、わたしはもう知っている。
 愛しい人。わたしの、誰よりも大切な夫。

 「……シア」
 
ふいに呼ばれ、そっと視線を上げる。

 「エルナド様?」

 彼は少し眉をひそめ、優しく、けれど少しだけ咎めるような口調で言った。

 「様付けはやめよう、とこの間話し合っただろう。もう夫婦なのだから」

注意するその言葉の裏に、たまらない甘さを感じてわたしは微笑む。

 「……ふふ、そうね。ごめんなさい、エル」

 頬が自然にゆるんでしまう。そしてそっと触れあう唇。
 言葉はいらなかった。すべてが互いの眼差しの中にあるから。

「今日もお忙しいの?」
「休みだ、王城にもいかなくていい」
「……え? 本当に!? 嬉しいわ! わたし、あなたとしたいこと沢山あるの、聞いてほしいお話も」
「……そうか」

 そっと髪を掻き上げられてこめかみに口づけられる。熱い唇とその仕草に、ぞくりと背中がざわめいてシアは静かに瞳を閉じた。

「でも、お話はあとにするわ」

 紫の潤んだシアの瞳が、期待に満ちた色を乗せて目の前の愛しい漆黒を見つめる。

「いいのか?」
「ええ。あなたから欲しいものも、沢山あるもの……」

 恥じらいながら囁くシアの頬に、エルナドの指先が触れた。
 
 昨日も一晩愛し合ったというのに、身体はまだ彼を求めている。
 そしてそれは、きっと彼も。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

賭けで買われた花街の娘、契約結婚のはずが孤高の皇太子に溺愛されています

青嵐澄
恋愛
「そなたを愛することはない」 初夜の段階にすら至らぬうちに、皇太子からそう宣告された。 神の悪戯によって異世界へ転移し、花街へと売られ妓女となった橘小満(たちばな みつる)。 絶望的な状況の彼女を買い取った皇太子・言蹊(エンシ)との、一年限定の契約結婚生活が始まる。 しかし、「私の子を孕め。そうすれば、傍に繋ぎ止めておける」 名ばかりの結婚のはずが、一体どうしてこうなった!? ※他サイトにも掲載しています。

幼馴染の勇者に「魔王を倒して帰ってきたら何でもしてあげる」と言った結果

景華
恋愛
平和な村で毎日を過ごす村娘ステラ。 ある日ステラの長年の想い人である幼馴染であるリードが勇者として選ばれ、聖女、女剣士、女魔術師と共に魔王討伐に向かうことになる。 「俺……ステラと離れたくない」 そんなリードに、ステラは思わずこう告げる。 「そうだ‼ リードが帰ってきたら、私がリードのお願い、一つだけなんでも叶えてあげる‼」 そんなとっさにステラから飛び出た約束を胸に、リードは村を旅立つ。 それから半年、毎日リードの無事を祈り続けるステラのもとに、リードの史上最速での魔王城攻略の知らせが届く。 勇者一行はこれからたくさんの祝勝パーティに参加した後、故郷に凱旋するというが、それと同時に、パーティメンバーである聖女と女剣士、そして女魔術師の話も耳にすることになる。 戦いの昂りを鎮める役割も担うという三人は、戦いの後全員が重婚の認められた勇者の嫁になるということを知ったステラは思いを諦めようとするが、突然現れたリードは彼女に『ステラの身体《約束のお願い》』を迫って来て──? 誰がどう見ても両片思いな二人がお願いをきっかけに結ばれるまで──。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました

春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。 名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。 誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。 ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、 あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。 「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」 「……もう限界だ」 私は知らなかった。 宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて―― ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。

処理中です...