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エピローグ
しおりを挟む「夜間外出許可証か。珍しいなアディ」
「はい、明日から数週間、夜間警邏を外していただきます。夕刻から用事ができるかもしれませんので」
書類を確かめて判子を押しながら、騎士団長ラファエルははぁーっと深いため息を吐いた。
「アディ―――お前さ。マジで計画通り過ぎんだろ……ちょっと引くわ」
「何のことでしょうか?」
「メルちゃん呼び出す日、わざと騎士団演習でみんなが出払ってる日にしただろ? なぁ? クソ真面目なお前が演習に出ねぇなんて、ちょっとおかしいなって思ったんだよな?」
「……」
「あのあと、副団長室、急に改装になっただろ」
「壁紙の模様が、以前から気になっていたもので」
「ホントかぁ?」
ラファエルの追及に、涼しい顔をしてアレクディールは答えない。
「……まぁ、頑張れよ。下町の商店街にもライバルはいっぱいって話だぜ? ああ、メルちゃん、オレの天使だったのになぁ」
「メル嬢は俺の女神です。二度と気持ち悪い言葉を吐かないでください」
「……気持ち悪い、とか団長に向かって言うか?」
目を眇めるラファエルをものともせず、アレクディールは書類を受け取るときれいに一礼をしてさっさと部屋を出た。
***
「回復薬の納品にきました。確認、お願いします!」
部屋の外からでもわかる明るい声に、ああメル嬢だと頬がわずかに緩む。
騎士団にポーションをもってくる錬金術師はそれなりに多い。特殊技能である錬金術を操るせいか、偉ぶり騎士を見下す錬金術師が多い中、彼女は全く違っていた。
元々アレクディール自身、錬金術師にいいイメージを持っていなかったが、彼女と出会って変わったのだ。
「今月は四十本ですね! いつもありがとうございます!」
ひとつの三つ編みにして結んでいる金髪の長い髪が揺れる。大きな青い目を輝かせるメル嬢は、いつも快活でキビキビしていた。
結婚狙いか、それとも遊び相手狙いか。騎士に媚びを売るような、わざとらしく艶を振りまく女錬金術師が多い中、彼女は仕事然した真面目な態度を崩さず、それでいて穏やかな物腰でさわやかだった。一緒にいて居心地がいい。声をもっと聴きたいと思う。
「俺が運びます」
「いいんですか、ありがとうございます! 毎回、アレクディール様、運んでくださいますよね。重いのに……」
「重いならば、なおさらでしょう。貸してください」
そう言って籠を受け取る自分に向けられる、毎回の花開くような笑顔。
「本当に、ありがとうございます」
最初はただ、顔が美しく、所作が綺麗で、えらぶらない空気が穏やかで明るい人だと、ほんのりと好ましく思った。そして少し経ってから俺は、それを「一目惚れ」というのだと知った。
だがそれだけではない。
彼女の作るポーションは、本当に些細なところに気づかいがあった。キャップの開けやすさ、飲んだ時の口当たり、そして最後ののど越し。他のポーションと比べて、圧倒的に飲みやすかった。
いつかの検品時にそう話せば、ありがとうございます! と微笑んだ後、「ええと、ポーションを飲むときって体調がよくないことが多いですよね? だったらちょっと手間がかかっても、できるだけ口当たりのいいものを用意したいなって思っていて……。ふふ、気づけていただけたの、すごく嬉しいです。錬金術師冥利につきますね」と恥ずかしそうに微笑んでいた。
その時の言葉と、その笑顔で、アレクディールは思った。
結婚だ!と。
アレクディール=シュテルン=ヴィッセルバルド。
二十過ぎにして、人生初めての燃えるような恋であった。
騎士団に努めていると、街の警邏や王城の貴族とのやりとりで人の悪意に触れることが多い。王の甥だと身分を知っている者からの嫉妬もある。そんな醜悪な人間と接してばかりですさんだアレクディールの心を、彼女の存在と言葉は癒してくれた。
もう、止まらなかった。
街で見かけた時にはつい目で追ってしまった。警邏中は彼女の姿を探してしまっていた。
――俺が、彼女の力になれないか
――いや、まどろっこしい。結婚したい。
――だがどうすれば? 騎士団内外にファンの多い彼女を。
――お茶に誘う? 観劇に誘う? ダメだ、女性とどう話していいのかわからない。どうでもいい女性ではない、大切なメル嬢なのだ。
そう自分の中で迷い、行動もできず、堂々巡りな考えをぐるぐるとさせることしかできない。
そんな中起きた、この媚薬騒ぎだった。
正直、彼女との仲が進展しない中、騎士団の風紀がこんなにも乱れているということで、余計に輪をかけて腹立たしかったのはある。
認めよう、嫉妬である。
不純だ、と怒っていたのは本当で、呆れていたのは本当で、そしてその媚薬を作った「ハルパ」を問い詰めようと思っていたのも本当だ。
だが――メル嬢が「ハルパ」だと知り、この媚薬が彼女の作ったものだと知り、そして双方に恋心がなけば作用しない、という効果を知った時、俺は思った。
彼女の前で、これを飲めば彼女の気持ちがわかるのではないか――と。
『副団長にはわからないかもしれませんが、本当に恋心が後押しされるというか』
『好きという気持ちを大切にくるまれて愛情にされるというか』
『媚薬っていうより愛の薬だな。相手への想いがあふれ出すんだ』
「事情聴取」と称して使用して実際に付き合ったり結婚した団員に話を聞き、俺は決意した。
彼女を呼び出し、飲んで、少しでも作用すれば――勇気を出して、告白をしよう。
そう決めて、俺は媚薬を手に入れるとメル嬢を呼び出し、自然な流れで薬を煽った。
結果は――とんでもない事故を盛大に引き起こしてしまったが。
本当は、甘く愛を囁き、きちんとした告白をするつもりだったのに。
今回の俺のミスは、ふたつある。
ひとつは、俺の中のメル嬢への想いが、こじれにこじれていた自覚がなかったこと。ここまで性欲も愛情も爆発してしまうと予測できなかったのだ。
だからこそ、メル嬢も俺の暴発した睦言を「媚薬過剰摂取故の、言わされた愛の言葉」ととらえてしまっているようだった。
嘆かわしい。あれは全て俺の本心だったというのに。
そしてふたつめは、媚薬の分量を間違えたことだ。
騎士団内でも頑健な身体、風邪一つひいたこともないことが仇となり、ポーションのように飲み切る薬品しか飲んだことがなかったのだ
俺のなかでは、ほんのりと媚薬にひたされた、甘いムードで告白するはずだったのに。
そのせいで獣のように狂い、彼女を押し倒して求めて――ひたすらに身体を穿ってしまった。
(でも、これからですね)
ラファエルに判を押してもらった書類を手に、意気揚々とアレクディールは綺麗に”改装”された副団長室へと戻る。
これで、彼女の家に堂々と上がり込む口実が出来た。
余計な羽虫が群がることは防げるし、なんなら先んじて潰すことだってできる。手に入れた「彼女の助手」という地位から、それだけの信頼の距離に必ず収まってみせる、と心の中でアレクディールは密かに誓う。
いきなり彼女を白濁塗れにしておいてどの口が言うか、という話ではあるが、アレクディールはただ性欲を満たしたいわけではなかった。
彼女を慈しみたいのだ。あの清廉な笑顔も、まっすぐな性根も、優しい微笑みも、俺はその全てを愛しているのだから。
誰にも、絶対に、渡さない。
正直、媚薬が効いた、ということについては量の問題もあって一旦保留だが、俺のことは憎からず思ってくれているのではないか、と思う。
その点は、彼女の錬金術師としての腕前を信頼している。
押して、引いて、あらゆる手を使って、彼女を絶対に手に入れて見せる。
誓約書は、”ちょっとだけ”文章を変えてメル嬢に署名してもらったその足で、国王である叔父に持って行き、きちんと判を押してもらった。
これで彼女が何かを言いだしても、大丈夫である。
国王の判の威力は絶対だ。
次は婚姻届けになると思います、と宣言すれば、「お前、ほんとに姉さんの子だな……。まぁお相手、大事にしてやれよな」と震えられた。
そう。我が母は王族でありながら下級貴族の父を訓練場で見初め、敵対勢力と反対勢力を物理的にも精神的にも完膚なきまでに叩き潰し、颯爽とお嫁入りした戦乙女である。
初めて、といっていた彼女を抱きつぶしたことは深く反省している。
もし次があるのなら、それまでしっかりと「待て」するつもりだ。
アレクディールは、立派で真面目な誇り高い騎士である。
ただ少しだけ、計算高く、愛情深いだけなのだ。
【終】
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お付き合いありがとうございました!
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