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序章

第1話 死霊術士、追放される

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「おい、クラウス。残念ながらお前とはここでお別れだ」

 俺の名はクラウス・アイゼンシュタイン。
 二十五歳。職業は冒険者だ。
 突然だが、大ピンチである。

「お、お別れって?」

「そのままの意味よ。あんたみたいな役立たずが本気であたし達の仲間だと思ってたの?」

「そうだぞ、雑魚クラウス。略してザコウス! ウハハハハ!」

「そういうわけだ。お前はこのデスマウンテンで魔物の餌となるのだ」

 う、嘘だろ?
 俺はさっきの戦闘で負傷している。回復魔法をかけてもらわなければ、身動きがとれない。
 このままこんなところに置いていかれたら、数分後には俺は肉片となって散らばっているだろう。

 それもそのはず。
 ここはデスマウンテンと呼ばれる魔族の巣なのである。
 ここでまともに魔物とやりあえるのはA級冒険者以上の者だけ。それ以外の者が立ち入ることは自殺行為だ。

 たった今俺に非情なお別れ宣言をしたのはS級冒険者であり勇者のジョーキット、二十二歳。
 下は革のズボン、上体にはチェインメイルを着てその上に革のベストを身につけている。紺色の短髪が爽やかな精悍な男だ。

 その腰巾着がA級冒険者で魔術師のフローリアと戦士のアサルド。どちらも二十一歳。
 フローリアは全身を覆う黒いローブと青いストレートロングヘアーが特徴的な美女だ。ローブの隙間から悩ましい太腿が覗いているのが目に毒である。
 筋骨隆々で大柄な身体に分厚いアーマーを纏っているのはアサルド。背負っている大剣と逆立った金髪がとても威圧的だ。

 そしてその腰巾着に顎で使われているのが、C級冒険者で荷物持ちの俺、クラウス。
 服装は黒いズボンに黒いコート。極めつけは黒髪と、黒ずくめの大変地味なナリである。
 二十五歳の最年長なのにこの体たらくだ。

「あ、うあ……」

 あまりの驚きに声が出ない。どうか冗談だと言ってくれ。

「じゃあな。せいぜい気張って町に帰るんだな。無理だろうけど。ハハハ!」

「ど、どうしてだよ、ジョーキット……?」

「あん?」

「こんなところで見捨てるくらいなら……どうして俺を仲間にしたんだ?」

 俺が当然の問いを投げかけると、三人は顔を見合わせてゲラゲラと笑いだした。

「どうしてだって? クラウスちゃんよ、まだわからないのか? こうするためだよ」

「こうするため?」

「いいか? 俺ら栄えある勇者パーティーに誘われたC級冒険者のカスは、当然喜んでついてくるよな。俺らが魔王を倒した暁にはお前も魔王を倒したパーティーの一員になれるんだからな。そうなりゃ王から一生遊んで暮らせる金も貰えるし女も選び放題だ」

「そりゃあ、まあ……」

 確かに、俺はジョーキットたちに誘われたとき、めちゃくちゃ喜んだ。薬草集めとかカスみたいなクエストをしていた俺が勇者パーティーに入れるなんて夢みたいだったからな。

「そうして浮かれているカスを、こうして奈落の底に突き落とすのは最高だろ? それが答えさ」

「……は? そ、それだけ?」

「それだけって……あのなぁ、旅で最も大切なことが何かわかるか、クラウス?」

「えっと……金と、食糧の確保じゃないのか?」

「ノンノン! 正解は娯楽だよ、ご、ら、く!」

 立てた人差し指をこれ見よがしに振りながら、ジョーキットはとんでもない単語を口にした。

 娯楽って……う、嘘だろ?

「旅ってのは退屈でなぁ。街に滞在してるときゃ、それなりに娯楽はあるもんだが、一歩街を離れればそうはいかねえ。死と隣り合わせの恐怖と、娯楽のない退屈に支配される」

「そんなあたし達が考案したのが、あんたみたいなカスを上げて落とす遊びってわけ」

「街でお前みたいなカスを仲間に誘って、優しく接する。カスが見事に勘違いしてきた頃に、突き放して絶望へと落とす! カスを上げて、カスを落とす! 略してアゲカス! ウハハハハ!」

 ゲラゲラ笑う三人。

「こいつをいつ落としてやろうか、と考えながら旅をするのは本当に楽しくってよぉ。最高の娯楽になるんだぜ? クラウス」

 そんな。
 それだけの理由で、俺はこいつらに誘われたのか。
 俺は仲間だと思っていたのに。

「卑屈になるなよ、クラウス! お前は立派だった! 我が勇者パーティーの支えになってくれたのだからな! 誇れよ!」

「たまに胸の谷間見せてやったでしょ? あれもこのときの為よ! この女ワンチャンあるかもとか思ってたっしょ? あるわけねーだろカス! アハハハ」

 あれわざとだったのかよ――じゃなくて。

 これ――夢だよな?

 誰か、夢だと言ってくれ。

「ってなわけで。じゃあなクラウス。その怪我じゃ無理だと思うけど、もしついてきたりしたら殺すからな。縁があったらあの世で会おうな。もっとも、会えるのは何十年も先だろうけどな!」

 ジョーキットがそう言い捨てると、三人は俺を置いて先に進んでしまった。
 三人の背中が視界から消えると、俺はうなだれた。
 終わりだ。俺は死ぬのだ……。クソみたいな人生だった。
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