白になく

輪芽

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第三話

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 どうやら俺は彼氏になれたらしい。

「……ついて来て」

 少女はそれだけ呟くと脇目も振らず歩き出した。
 俺は正直相手にされないと心の中で思っていたから、何故かうまく事が進んでいる状況に困惑し頭が動かないでいた。しかし少女はどんどん先に行ってしまう。とりあえずついて行くことにした。
 
 少女は何処へも分からず無言でただ歩いている。そんな時間が10分程度続く。正直気まずい。いや、そうか今俺は試されているのか。ここで彼氏らしく振る舞えるかどうかを。それならば、

「いや~こうして二人で歩いているとデートみたいだね!」

んな訳ないけど。寧ろ他人からだと追いかけているようにさえ見えてくる。少女は何も言わず無言を貫き通している。今のは完全に失敗だった。ならば、

「そういえば言ってなかったな。俺は秋城謙一。君は?」

そう。こういうのは段階が必要だ。まずはお互いの名前を知って、親睦を深めようか。
 すると、少女は半分振り返ったかと思いきや、5秒程無言でこちらを睨み、「ちっ」と舌打ちだけして元に戻り、また歩き始めた。な、名前くらい教えてくれよぉ。


 
 しばらく歩いていくと、怪しげにも程がある様な区画に差し掛かった。そこは、廃れたビル群、乱立された廃車、点滅しているライトなどまるでゾンビ映画の世界だった。え、なに?おれここで×されるの?どうにも不安しか頭をよぎらなかった。

「なにしてるの?いくよ。」

きょとんとした顔でこちらをみている。いやいや、こんな場所どうやってもビビるでしょ。なんで、そんな『どうしたの?』みたいな顔ができるのさ。でも正直かわいい。
ここがどこかもよくわからないし、結局はついて行くしかなさそうだ。

 そうして少し歩いたところで少女は足を止めた。横に並ぶ。そこは古い喫茶店の様だった。ガラスから見える中の様子は薄暗く、本当に開店してるのかもよく分からない。少女は中を注意深く見た後、口を開いた。

「ちょっと用事があるからこの中で待ってて。」

いや絶対怪しいじゃん。なんか出るじゃん。
俺は少女の方を見て全力で首を振った。すると少女は笑顔で

「早く行ってね。後、誰か出て来ても私のことは言わないでね。」

あーもう絶対なんかあるわ。俺のSOSも全部無視だし。
覚悟を決めよう。もともと俺から告白したんだ。ハニトラでもなんでもどんとこい。
 ゆっくりと扉を開く。擦れる音がギシギシと酷く不気味に感じた。少し開けた所で中の様子を伺う。店内はモダン風の落ち着いた雰囲気で、思ったよりは悪い状態ではなかった。椅子やテーブルも綺麗に整頓されている。ん?奥に黒い影みたいな物が見えた気が……?

「さっさと……」

声が後ろから聞こえたと同時に背中に衝撃が走った。

「…行けっ!」

少女が背中を蹴り上げてきたのだ。それも凄い衝撃で、あっという間に体は宙を舞っていた。



 気づくとイモムシ状態で地面に突っ伏していた。どうやら気絶していたようだ。
背中はジンジンと痛むし、起き上がろうにも体が動かない。どうやらこの体勢でいるしかなさそうだ。

「…おい」

手前からやたらと低い声が聞こえる。どうやら少女では無いらしい。

「よくウチの扉壊しといて呑気に寝ていられるな。」

ああ、ここの店員の方か。違うんです。合っているけど、違うんですよ。後ろの少女が蹴飛ばして来たんですよ。言葉にしたかったがやめた。こんな態勢の男が何言っても信じてくれるわけ無い。

「後3秒で起き上がらねえと本気でシメるぞ。」

だって体が動かないんですもん。しかもこれはヤンのキーのお方だ。間違いなくボコられる。
必死で後ろに手を伸ばし助けを求める。だが反応が無い。ていうかさっきから後ろ音がしなく無いか…?
しかもこのヤンキーさんも絶対視界に入っているはずなのに。は!
 あいつ逃げやがった!!!

「…1」

ああ。終わった。次に目が覚めたらボコボコの状態でゴミの山に捨てられてる奴だ。

「…ゼr」

「ここで働かせてください!!!」

「…は?いやそうじゃ」

「弁償分として!」

とっさに出た言葉だった。状態が状態なので、とにかく声で勝負した。

「後、今体動かないんで起き上がれませんのでこの状態で言わせてもらいます。
 掃除、接客、経費管理まで全部できます!いや、します!のでお願いします!!!」

どうだ。過去一番の誠心誠意をこっめてやったぞ!このイモムシの態勢も見方を変えれば土下座っぽいしな。どうやら少し考え込んでいるらしい。勝った。

「ウチ、今休業中なんだわ。」

「へ?」

思わず変な声が出た。あ、そういえばそうか。こんな昼間なのに電気真っ暗だし。ということは。

「終わった…」

かつてこんなに感情がジェットコースターしたことがあっただろうか。もう太刀打ちの仕様がない。正直体は治って動けそうなのだが、目の前を見れる自信はない。これが最後の抵抗なのだ。ごめんなさい。
 また何かを考え込んでいる。一息つき、その場に座り込む音が聞こえた。

「まあ…いいや。」

お、あれあれ?これは…

「弁償に関しては今度話さしてもらうわ。今日はそこの掃除だけして帰って。」

「ほんとっすか!?」

さっと起き上がり顔を見つめる。なんていい人なんだ。

「お前、起き上がれねえて言ってなかったか?」

「さっき治りました!」

人は90秒で怒りが収まるって聞いたことがある。これを俺は狙ってたんだな。うんうん。
 改めて顔を見る。やはり凄い強面だ。それに金に少し黒の混じった短髪、黒シャツ、ポケットにはサングラスまで入っている。唯一、その上に羽織っているエプロンが理解できないが。
 そしてヤンキーさんが指差す方向をみる。予想通り犠牲になった扉に次いで、近くに置いてあった花瓶だったのであろう物が割れていたり、入り口に近いテーブルが転倒していたりして、酷い有様だった。顔面蒼白とはこのことだ。治りかけていた体温が急激に引いていくのを感じた。

「こ、今度っていつっすか…」

「あぁそうだな。別に今忙しいだけだから、じゃあとりあえず明日みっちり聞かせてもらうか。」

「は、はい…」

「ああ、ついでで悪いんだが…」

ヤンキーさんが何かを話そうとしたと同時に、奥の扉(裏口だろうか)が、ギイと開くような音がした。
悪いちょっと待ってろ、と手で謝る合図を取り、ヤンキーさんも奥へと向かう。

「雫!!お前また盗みに来やがったなぁ!!!」

雫…?誰だろう。よほどの恨みでもあるのか、猛スピードで走っていく。その鬼神の如く怒り狂っている様子にはただ呆然とするしかなかった。
 ヤンキーさんが奥に行って見えなくなった所で、トントンと肩を誰かが叩く。そこには少女がいた。
いくよ、と涼しげな表情で少女は言う。助けてくれたのか。待て、とも言われてはいたが今行かないと逃げるチャンスもないので、あまり迷うこともなくその場を後にした。



 かなり走って来ただろうか。相変わらず少女の走りは見事で、追いつくのにずっと必死だった。もうここまで来たら大丈夫、と少女はペースを落とし、歩き始める。少しホッとした。
 歩き始めて少しした頃に、少女がクスクスと笑い始めた。

「もうほんっと面白かった…っ」

足が止まる。少女はしゃがみ込んで目を伏せ、その場でゲラゲラと大爆笑している。今更だが怒りの感情が芽生え始めた。おい、笑うんじゃねえ。

「必死そうに手伸ばして助け求めてくるんだもん…こっちは笑い堪えるのに必死になっちゃった。」

「いや、居るんなら助けろよ!」

ふふっと笑いながら、溢れ出た笑い涙を拭く。

「でもかなりの大手柄だよ。あんたが引きつけてくれてたお陰でこんなにたくさん取れたしね。」

そう言って、右腕に持っている、何かが大量に詰め込まれたポリ袋をこちらに見せて来た。

「それは?」

「これはね……じゃん!りょうちゃんの家で作ってる野菜達~」

「は?まさか盗って来たの?」

「そ。その為にあんたが必要だったの。前までは上手く盗めてたんだけど、最近休業中でも店に籠もりっぱなしになっちゃって。でもあんたのお陰で大成功。本当は別のプランだったんだけどね。」

 何かをベラベラと喋っている。りょうちゃん、と言うのはあのヤンキーさんのことだろう。じゃあなんだ?俺が成功したと思っていた告白は、万引きの共犯にする為に利用されてただけってことか?俺は膝から崩れ落ちそうになった。俺はなんで一目惚れなんかしてしまったんだ。

「けんいちって言うんだっけ?」

名前を呼ばれ少しドキッとする。そして揺れ動いたのを見計らったかのように、少女は俺の手をとる。

「私は倉白雫。これからよろしくね。」

雫はニコリと笑った。その数秒で頭の中の回路はショートし、最終的にこんな考えに至った。
まあ、可愛いからいいや。
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