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第一章
勇者候補たち
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帰国した勇者候補たちは、翌日から通常営業に戻った。
エリアナは主に魔法の練習、将と優星は公国聖騎士団を相手に模擬戦を行うのが日課だった。
基本的に彼らは回復士として修業をするトワと顔を合わせることはない。今では夕食も別々に取っている。
既に魔法士として最強クラスのエリアナに、魔法を教えられる数少ない魔法士がこの国にはいる。
ホリーと同じ祭司長の1人であるリュシー・ゲイブスという初老の男性で、国内でも数少ないSS級の攻撃魔法士である。
アトルヘイム帝国軍にこれまで何度も同行し、戦場経験も豊富な魔法士である。
ちょうど、エリアナたちが前線基地へ派遣されていた時も、アトルヘイム軍へ派遣されていたという。
と云っても現在は前線には立たず、主に帝国魔法局で魔法士たちを指導しているのだったが。
リュシーはエリアナの才能を認めており、魔法のコントロールの仕方を教えている。
その教え方はとても丁寧で物腰も柔らかいので、エリアナは気に入っている。
メイドとそんな話をしていたエリアナは、もうじき枢機卿の指名選挙があるという話を聞いた。
枢機卿という地位は、トップの大司教に次ぐ第2位で、実務のトップだということだった。いうなればこの国の事実上のトップということになり、人事や費用の面で自由に采配を揮える役職なのだ。企業で云えば、大司教が会長で、枢機卿は社長というところか。
前職の枢機卿が老齢のため引退してからずっと空位だったので、実務は4人いる祭司長たちが分担して行っていたのである。
ところがこの祭司長はクセモノぞろいなのであった。
唯一の女性であるホリー・バーンズは対抗心むき出しの野心家だし、大司教のお気に入りのフルール・ラウエデスは研究施設という法外に金のかかる研究に夢中だ。もう1人の祭司長であるナルシウス・カッツという人物は、魔力は国内でもトップクラスに高いのだが、歴史学者でずっと書庫に籠っており、論文を書いたりしていて人前には滅多に出てこない。
4人の中では一番まともなリュシーが最も人気が高く、次の枢機卿候補のトップに挙げられている。
「私は断然リュシーを推すわね!その選挙って私たちには選挙権ないの?」
エリアナの質問にメイドが答えた。
「残念ながら、大聖堂に仕える信徒にのみ投票資格があります。票の買収などを防ぐために選挙期間中は聖騎士団の監視が厳しくなります。もし贈賄などがバレたら即奴隷落ちですから、あまり表だった不正はないみたいですよ」
それでも派閥というものはあるようで、リュシーの派閥は尤も人数が多いという。
ホリーがこの度の遠征でしくじって左遷されたことで、彼女の派閥から随分人が流入してきたとも噂されている。
「どこの国も派閥とか権力争いとかってあるのね」
エリアナはうんざりしたように云った。
「でもゲイブス祭司長って、ちょっと謎なところが多いんですよ」
「謎?」
「ええ。神出鬼没というか…急にいなくなったり現れたりするんです」
「それってそういうスキルを使ってるんじゃないの?」
「はい。もしかして空間魔法が使えるのかもしれないってみんな噂してるんですよ」
「空間魔法って、ワープとかできるやつよね!すごいじゃない!もし本当なら習いたいわ」
「エリアナ様なら会得できるかもしれませんわね」
空間魔法というのは、異空間へアクセスできる魔法である。
エリアナも最初に教師から魔法原理を習う過程で教わった。
異空間にアクセスして自由に行き来したり、指定した空間に物を締まったりできるという。
異空間とは次元と次元の狭間にある空間のことで、いわゆる異次元空間というやつだ。
そこには時間の概念がないため、異空間を通って別の場所へ移動すれば、瞬間移動したように見える。これがワープの原理だ。
こんな便利な魔法なら是非使ってみたいと思うだろう。
だが空間魔法を持つ者は非常に稀だと云われている。
ちなみに、これはエリアナの知るところではないが、魔王が空間魔法の使い手であるというのは、極一部の者が知っている話で、そもそも魔王が不老不死なのは、彼の体が常に異空間の影響を受けているからだと研究者たちは話している。
なぜそんな話が研究者の間で知れ渡っているかと云えば、かつて魔王は空間魔法を使って、人間の研究者たちと異空間を移動できる魔法具を製作しようとしていたことがあったからだ。
それには魔王が建国に助力したグリンブル王国という国が関わっている。
そんな貴重な空間魔法の使い手として人間で唯一確認されているのが、100年前の勇者だったという。
もしリュシーがその使い手ならば、枢機卿の座は揺るぎないものとなるだろう。
翌日、エリアナは早速リュシーに空間魔法が使えるのかどうか、訊いてみた。
だが、答えは「ノー」だった。
リュシーは人のよさそうな笑顔で、こう云った。
「そんな夢のような魔法が使えたら苦労しませんよ。帝国へ仕事に向かうのだって何か月もかけて馬車移動するんですからね」
「なーんだ。じゃあ皆が言う神出鬼没ってどういうこと?」
「私に聞かれても…。まあ、私はこのとおり目立つ方ではありませんし、存在感が薄いので、たまたまそこにいた人が、私に気付いてビックリした、ということじゃないですかね」
「ああ…言われてみればそうかも。存在感はないわね」
「あはは…地味に傷つきますねえ」
「地味な顔だけに?」
「あはは…」
エリアナの寒いギャグに戸惑ったようにリュシーは笑った。
そうはいっても、やはり気になる。
訓練場で別れた後、エリアナは自室へ戻るふりをして密かにリュシーの後をつけてみた。
大聖堂に入っていく彼の後をこっそりとつけて行く。
リュシーは誰も歩いていない通路を真っすぐ歩いて行った。そして急に左の角を曲がってしまった。
見失ってしまうと思ったエリアナは、駆け足で通路の角まで行くと、その角で出会い頭にメイドにぶつかりそうになった。
「きゃっ!」
「すいません!」
メイドは思わず謝った。
「大丈夫ですか?」
「こっちこそごめん」
「いいえ。では失礼します」
メイドはエリアナに会釈をして行ってしまった。
エリアナは曲がった先の通路を見た。
だがリュシーの姿はどこにもなかった。
今来た道を振り返っても、誰もいない。通路の先には今すれ違ったメイドが歩いているだけだ。
「本当に消えた…」
エリアナはボーゼンとしていた。
だが彼女は気付かなかった。
すれ違ったメイドがリュシーと同じローブを手に持っていたことに。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
エリアナとぶつかりそうになったメイドは、そのまま通路を歩いて、大司教の部屋の前までやってきた。
扉をノックしたが返事はない。不在のようだ。
それを確認すると、メイドはそのまま扉をすり抜けて大司教の部屋の中に入った。
部屋の中を物色して回る。
「チッ…金目のものはないな」
彼女は大司教の机の前に移動した。
引き出しを開けようとすると、鍵がかかっていた。
「ふぅん?ここかな」
彼女は手を引き出しに当てると、その手は引き出しをすり抜けて奥へと入った。
引き出しの中に入った彼女の手は、中から鍵を開けることに成功した。
引き出しの中から手を抜き、取手を握って引き出しを開けた。
その中には小さな袋がいくつか入っていた。メイドはその中から適当に2つを手に取る。
袋から中身を出して、確認する。
「お宝、見~つけた」
メイドはそれを服のポケットにしまい込んで、引き出しを閉め、再び鍵を掛けた。
そして今度は堂々と部屋の扉を開けて外へ出た。そして外から扉を閉め、内側へ手をすり抜けさせ、中から部屋の鍵を閉めた。
そうして周囲を伺うと、メイドの姿はリュシー・ゲイブスという初老の男に変わっていた。
リュシーはローブを身に着け、何事もなかったかのように、通路を歩いて行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
中庭のいつもの訓練所で将と優星は模擬戦を行っていた。
将は魔法を剣に付与して戦うスタイルだが、戦場を経験してから聖属性魔法を付与させることを覚えた。
自分の剣に回復魔法を付与することができるようになって、剣を振るたびに体力と魔力を回復させられるようになったのだ。
「将~!それ、ずるいよ」
優星の射る矢を剣で叩き折る度に回復するので、そのあとに飛び込んで接近戦を挑む将は、魔力満タン状態で全力でスキルを使うことができる。
だが、優星もただやられているわけではなかった。
弓矢を叩き折って接近してくる将に向かって、彼が投げたのは暗器と呼ばれるナイフのような小型の武器だ。
「チッ!やるじゃねーか」
その暗器はただ飛んでくるだけでなく、スキルが乗っていて、まるでブーメランのように弧を描いて将に襲い掛かる。
「フフ、どう?僕も伊達に戦争を経験してなかったんだからね」
前線基地での戦いは、2日目には負けたものの、確実に彼らにプラスに働いていた。
将は暗器を剣で受け流しながらも、軽快なステップで優星の懐に飛び込んだ。
「わっ!」
「どうだ、これで暗器も使えまい!」
ダガーを構えるも、一歩遅かった。
将は優星の胸に剣の柄の部分を突き付けた。
「ゲームオーバーだな」
「また負けた…。もうちょっとだったのにな」
「ボーっと突っ立ってるおまえが悪い。遠距離攻撃専門なんだから、常に距離を取ることを考えろよ」
「わかってるけど距離の取り方がよくわからないんだよ」
「それは経験を重ねるしかないな」
優星は将の持つ剣の柄に手を添えた。
「こっちが抜き身だったら僕死んでたね」
「そうだな。詰めが甘いんだよ」
将は剣を鞘にしまった。
「今日はこれくらいにしようぜ」
「そうだね。もう汗びっしょりだよ。お風呂に行かないか?」
「後にする。今の暗器で剣の刃こぼれがひどくなったから、鍛冶師のとこへ行ってくる」
「あ…ごめん。僕のせいだね」
「ああ?なんで謝るんだよ?訓練なんだから必要なことだろ?」
「そ、そうかい?」
「いちいち気にすんじゃねーよ。じゃあな」
将は訓練場を後にした。
ちょうど、彼と入れ違いにエリアナがやってきた。
「エリアナ、遅いね。まさかこれから訓練かい?」
「そうしようと思ったんだけど、リュシーの姿が見えないから探しに来たのよ」
「こっちにはいないみたいだけど?」
優星は周囲を見回した。
日が傾きかけているせいか、辺りにはもう誰もいなかった。
「…ねえ、優星。ちょっといい?」
「うん?」
「あんた、ゲイでしょ」
優星は絶句してエリアナを見つめた。
「だからって別にあたしはどうとも思ってないから。あたしの国では性的マイノリティを公表してる人なんて珍しくないわ」
「やっぱり君にはバレてたか。まあ、別に隠すこともないんだけどさ」
「片耳ピアスの時点でわかってたわよ。で、あんた将が好きなの?」
優星は驚いた表情で彼女を見た。
「…どうしてそう思うんだい?」
「この前の戦争で、あんた将に手柄を立てさせようとしたでしょ」
「あ~、それ、将にも詰め寄られたよ。やっぱわかりやすいやり方はダメだね」
「将は手ごわいわよ。プライドの塊だし。っていうか、あんなののどこがいいのよ?」
「プライドの高いとこがいいんだよ。ああいうのをいつか落としてみたいってね」
「そーいう趣味なわけね」
「将には内緒だよ」
「言う気もないわよ。でも…彼に理解してもらうのは難しいかもね。苦しい想いをするかもよ?」
「今までだってずっと苦しい恋しかしてこなかったよ。でも、それでもいいんだ」
「…強いのね」
「僕は打たれ慣れてるから」
「笑えないジョークだわ。まあ、頑張ってよ」
エリアナは主に魔法の練習、将と優星は公国聖騎士団を相手に模擬戦を行うのが日課だった。
基本的に彼らは回復士として修業をするトワと顔を合わせることはない。今では夕食も別々に取っている。
既に魔法士として最強クラスのエリアナに、魔法を教えられる数少ない魔法士がこの国にはいる。
ホリーと同じ祭司長の1人であるリュシー・ゲイブスという初老の男性で、国内でも数少ないSS級の攻撃魔法士である。
アトルヘイム帝国軍にこれまで何度も同行し、戦場経験も豊富な魔法士である。
ちょうど、エリアナたちが前線基地へ派遣されていた時も、アトルヘイム軍へ派遣されていたという。
と云っても現在は前線には立たず、主に帝国魔法局で魔法士たちを指導しているのだったが。
リュシーはエリアナの才能を認めており、魔法のコントロールの仕方を教えている。
その教え方はとても丁寧で物腰も柔らかいので、エリアナは気に入っている。
メイドとそんな話をしていたエリアナは、もうじき枢機卿の指名選挙があるという話を聞いた。
枢機卿という地位は、トップの大司教に次ぐ第2位で、実務のトップだということだった。いうなればこの国の事実上のトップということになり、人事や費用の面で自由に采配を揮える役職なのだ。企業で云えば、大司教が会長で、枢機卿は社長というところか。
前職の枢機卿が老齢のため引退してからずっと空位だったので、実務は4人いる祭司長たちが分担して行っていたのである。
ところがこの祭司長はクセモノぞろいなのであった。
唯一の女性であるホリー・バーンズは対抗心むき出しの野心家だし、大司教のお気に入りのフルール・ラウエデスは研究施設という法外に金のかかる研究に夢中だ。もう1人の祭司長であるナルシウス・カッツという人物は、魔力は国内でもトップクラスに高いのだが、歴史学者でずっと書庫に籠っており、論文を書いたりしていて人前には滅多に出てこない。
4人の中では一番まともなリュシーが最も人気が高く、次の枢機卿候補のトップに挙げられている。
「私は断然リュシーを推すわね!その選挙って私たちには選挙権ないの?」
エリアナの質問にメイドが答えた。
「残念ながら、大聖堂に仕える信徒にのみ投票資格があります。票の買収などを防ぐために選挙期間中は聖騎士団の監視が厳しくなります。もし贈賄などがバレたら即奴隷落ちですから、あまり表だった不正はないみたいですよ」
それでも派閥というものはあるようで、リュシーの派閥は尤も人数が多いという。
ホリーがこの度の遠征でしくじって左遷されたことで、彼女の派閥から随分人が流入してきたとも噂されている。
「どこの国も派閥とか権力争いとかってあるのね」
エリアナはうんざりしたように云った。
「でもゲイブス祭司長って、ちょっと謎なところが多いんですよ」
「謎?」
「ええ。神出鬼没というか…急にいなくなったり現れたりするんです」
「それってそういうスキルを使ってるんじゃないの?」
「はい。もしかして空間魔法が使えるのかもしれないってみんな噂してるんですよ」
「空間魔法って、ワープとかできるやつよね!すごいじゃない!もし本当なら習いたいわ」
「エリアナ様なら会得できるかもしれませんわね」
空間魔法というのは、異空間へアクセスできる魔法である。
エリアナも最初に教師から魔法原理を習う過程で教わった。
異空間にアクセスして自由に行き来したり、指定した空間に物を締まったりできるという。
異空間とは次元と次元の狭間にある空間のことで、いわゆる異次元空間というやつだ。
そこには時間の概念がないため、異空間を通って別の場所へ移動すれば、瞬間移動したように見える。これがワープの原理だ。
こんな便利な魔法なら是非使ってみたいと思うだろう。
だが空間魔法を持つ者は非常に稀だと云われている。
ちなみに、これはエリアナの知るところではないが、魔王が空間魔法の使い手であるというのは、極一部の者が知っている話で、そもそも魔王が不老不死なのは、彼の体が常に異空間の影響を受けているからだと研究者たちは話している。
なぜそんな話が研究者の間で知れ渡っているかと云えば、かつて魔王は空間魔法を使って、人間の研究者たちと異空間を移動できる魔法具を製作しようとしていたことがあったからだ。
それには魔王が建国に助力したグリンブル王国という国が関わっている。
そんな貴重な空間魔法の使い手として人間で唯一確認されているのが、100年前の勇者だったという。
もしリュシーがその使い手ならば、枢機卿の座は揺るぎないものとなるだろう。
翌日、エリアナは早速リュシーに空間魔法が使えるのかどうか、訊いてみた。
だが、答えは「ノー」だった。
リュシーは人のよさそうな笑顔で、こう云った。
「そんな夢のような魔法が使えたら苦労しませんよ。帝国へ仕事に向かうのだって何か月もかけて馬車移動するんですからね」
「なーんだ。じゃあ皆が言う神出鬼没ってどういうこと?」
「私に聞かれても…。まあ、私はこのとおり目立つ方ではありませんし、存在感が薄いので、たまたまそこにいた人が、私に気付いてビックリした、ということじゃないですかね」
「ああ…言われてみればそうかも。存在感はないわね」
「あはは…地味に傷つきますねえ」
「地味な顔だけに?」
「あはは…」
エリアナの寒いギャグに戸惑ったようにリュシーは笑った。
そうはいっても、やはり気になる。
訓練場で別れた後、エリアナは自室へ戻るふりをして密かにリュシーの後をつけてみた。
大聖堂に入っていく彼の後をこっそりとつけて行く。
リュシーは誰も歩いていない通路を真っすぐ歩いて行った。そして急に左の角を曲がってしまった。
見失ってしまうと思ったエリアナは、駆け足で通路の角まで行くと、その角で出会い頭にメイドにぶつかりそうになった。
「きゃっ!」
「すいません!」
メイドは思わず謝った。
「大丈夫ですか?」
「こっちこそごめん」
「いいえ。では失礼します」
メイドはエリアナに会釈をして行ってしまった。
エリアナは曲がった先の通路を見た。
だがリュシーの姿はどこにもなかった。
今来た道を振り返っても、誰もいない。通路の先には今すれ違ったメイドが歩いているだけだ。
「本当に消えた…」
エリアナはボーゼンとしていた。
だが彼女は気付かなかった。
すれ違ったメイドがリュシーと同じローブを手に持っていたことに。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
エリアナとぶつかりそうになったメイドは、そのまま通路を歩いて、大司教の部屋の前までやってきた。
扉をノックしたが返事はない。不在のようだ。
それを確認すると、メイドはそのまま扉をすり抜けて大司教の部屋の中に入った。
部屋の中を物色して回る。
「チッ…金目のものはないな」
彼女は大司教の机の前に移動した。
引き出しを開けようとすると、鍵がかかっていた。
「ふぅん?ここかな」
彼女は手を引き出しに当てると、その手は引き出しをすり抜けて奥へと入った。
引き出しの中に入った彼女の手は、中から鍵を開けることに成功した。
引き出しの中から手を抜き、取手を握って引き出しを開けた。
その中には小さな袋がいくつか入っていた。メイドはその中から適当に2つを手に取る。
袋から中身を出して、確認する。
「お宝、見~つけた」
メイドはそれを服のポケットにしまい込んで、引き出しを閉め、再び鍵を掛けた。
そして今度は堂々と部屋の扉を開けて外へ出た。そして外から扉を閉め、内側へ手をすり抜けさせ、中から部屋の鍵を閉めた。
そうして周囲を伺うと、メイドの姿はリュシー・ゲイブスという初老の男に変わっていた。
リュシーはローブを身に着け、何事もなかったかのように、通路を歩いて行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
中庭のいつもの訓練所で将と優星は模擬戦を行っていた。
将は魔法を剣に付与して戦うスタイルだが、戦場を経験してから聖属性魔法を付与させることを覚えた。
自分の剣に回復魔法を付与することができるようになって、剣を振るたびに体力と魔力を回復させられるようになったのだ。
「将~!それ、ずるいよ」
優星の射る矢を剣で叩き折る度に回復するので、そのあとに飛び込んで接近戦を挑む将は、魔力満タン状態で全力でスキルを使うことができる。
だが、優星もただやられているわけではなかった。
弓矢を叩き折って接近してくる将に向かって、彼が投げたのは暗器と呼ばれるナイフのような小型の武器だ。
「チッ!やるじゃねーか」
その暗器はただ飛んでくるだけでなく、スキルが乗っていて、まるでブーメランのように弧を描いて将に襲い掛かる。
「フフ、どう?僕も伊達に戦争を経験してなかったんだからね」
前線基地での戦いは、2日目には負けたものの、確実に彼らにプラスに働いていた。
将は暗器を剣で受け流しながらも、軽快なステップで優星の懐に飛び込んだ。
「わっ!」
「どうだ、これで暗器も使えまい!」
ダガーを構えるも、一歩遅かった。
将は優星の胸に剣の柄の部分を突き付けた。
「ゲームオーバーだな」
「また負けた…。もうちょっとだったのにな」
「ボーっと突っ立ってるおまえが悪い。遠距離攻撃専門なんだから、常に距離を取ることを考えろよ」
「わかってるけど距離の取り方がよくわからないんだよ」
「それは経験を重ねるしかないな」
優星は将の持つ剣の柄に手を添えた。
「こっちが抜き身だったら僕死んでたね」
「そうだな。詰めが甘いんだよ」
将は剣を鞘にしまった。
「今日はこれくらいにしようぜ」
「そうだね。もう汗びっしょりだよ。お風呂に行かないか?」
「後にする。今の暗器で剣の刃こぼれがひどくなったから、鍛冶師のとこへ行ってくる」
「あ…ごめん。僕のせいだね」
「ああ?なんで謝るんだよ?訓練なんだから必要なことだろ?」
「そ、そうかい?」
「いちいち気にすんじゃねーよ。じゃあな」
将は訓練場を後にした。
ちょうど、彼と入れ違いにエリアナがやってきた。
「エリアナ、遅いね。まさかこれから訓練かい?」
「そうしようと思ったんだけど、リュシーの姿が見えないから探しに来たのよ」
「こっちにはいないみたいだけど?」
優星は周囲を見回した。
日が傾きかけているせいか、辺りにはもう誰もいなかった。
「…ねえ、優星。ちょっといい?」
「うん?」
「あんた、ゲイでしょ」
優星は絶句してエリアナを見つめた。
「だからって別にあたしはどうとも思ってないから。あたしの国では性的マイノリティを公表してる人なんて珍しくないわ」
「やっぱり君にはバレてたか。まあ、別に隠すこともないんだけどさ」
「片耳ピアスの時点でわかってたわよ。で、あんた将が好きなの?」
優星は驚いた表情で彼女を見た。
「…どうしてそう思うんだい?」
「この前の戦争で、あんた将に手柄を立てさせようとしたでしょ」
「あ~、それ、将にも詰め寄られたよ。やっぱわかりやすいやり方はダメだね」
「将は手ごわいわよ。プライドの塊だし。っていうか、あんなののどこがいいのよ?」
「プライドの高いとこがいいんだよ。ああいうのをいつか落としてみたいってね」
「そーいう趣味なわけね」
「将には内緒だよ」
「言う気もないわよ。でも…彼に理解してもらうのは難しいかもね。苦しい想いをするかもよ?」
「今までだってずっと苦しい恋しかしてこなかったよ。でも、それでもいいんだ」
「…強いのね」
「僕は打たれ慣れてるから」
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