聖魔の乙女は運命を転がす~落ちこぼれ回復士の私が救世主になって魔王に愛される理由~

つかさ

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第三章

コルソー商会の商人

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 出張から戻ったギブスンは、治安維持機構のマサラからすぐに来るように連絡があったと、コルソー商会の受付嬢から報告を受けた。

 どうもうちの受付の女共は皆マサラに対して特別な感情を持っているように見える。
 勝手に電話をかけて、今から向かわせます、ときた。まったく、人の都合も聞かずに勝手にアポを取るなんて、どういう社員教育をしとるんだ。
 ブツブツ文句をいいながらも、ギブスンは治安維持機構本部へと出かけた。


 コルソー商会のギブスンという男は、40歳手前で小柄な割にガッチリした体型の、黄色っぽいサングラスをかけた人間だった。
 商売相手に表情を見せないためにわざとサングラスで目元を隠しているのだが、商売仲間からは「印象が悪い」との指摘を受けている。だがこれは彼なりの商売における戦闘スタイルなのだ。

 治安維持機構本部の立派な応接室に通されたギブスンは、部屋の中にマサラ以外の人物が3人いることに気付いた。
 マサラの他に、椅子に座る子供と、その子供の脇には黒髪の少女が立っていた。
 マサラの座る椅子の斜め後ろには銀髪の護衛が立っている。
 なんだかいつもと違う雰囲気に、ギブスンは警戒した。

 マサラはその子供を我が主の子息だと紹介した。
 なるほど、2人掛けの椅子にふんぞり返っている子供は、たしかに偉そうだ。

 マサラは、真っ先にネビュロスに売った例の宝玉の出所を聞いてきた。
 その子息が同じようなものを、また買いたいというのだ。

 ギブスンは困っていた。
 正直、あの時のことはあまり記憶にないのだ。それが精神スキルを使われたせいだったと気づいたのは、商売が全部終わった後だった。
 約束はできません、とギブスンが云うと、「その宝玉の売り主について聞きたい」と子供が云った。
 ギブスンは、守秘義務があるので詳しくは明かせないと答えた。

 だが、マサラがいろいろ質問をするうち、ギブスンは誘導尋問にひっかかったように、ぺらぺらとしゃべり出した。
 それでわかったことは、ギブスンの元に、宝玉を持ち込んだ者は2人いたということ。
 最初に持ち込んだ者が<次元牢獄>を、そしてその後に別の者が2つの宝玉を持ち込んできたという。
<次元牢獄>の方はネビュロスに売りたいと指定があったが、2人目の場合は指定がなかったのでアトルヘイム帝国の魔法局へ売ったという。

「ほう…。アトルヘイム、ですか。宝玉の中身は知っていますか?」マサラが尋ねる。
「私には魔力がありませんので確認していませんが、防御力を増やすものと、封印がどうとかいうものだったと記憶しています」
「封印…ですか」
「ですが、実はその後、1つを買い戻したいと言ってきたので、返品しました」
「返品したのはどっちです?」
「たぶん、その封印の方ですね」
「ほう…。コルソー商会はずいぶん危ない橋を渡るんですねえ」

 マサラの目つきが鋭い。
 グリンブル王国はアトルヘイム帝国とは表向きは正式な国交を結んでいないが、商売の面ではオープンにしている。つまり、物資は普通に流通しているのだ。
 ただし、魔族討伐を掲げているアトルヘイム帝国へは、グリンブル国内の魔族への配慮として、それを助長するような武器や防具の輸出は禁じている。
 この宝玉は軍事に利用される可能性が高いため、その禁止条例に抵触する恐れがあるのだ。
 条例に違反すると、最悪取引停止を命じられて商売ができなくなる。

「い、いや、これは武器ではありませんから。たまたまアトルヘイムの魔法局とは、つてがあってですね…」

 ギブスンはハンカチで汗を拭う。
 マサラがこのことを王政府にチクったら、査察が入って他のヤバイ案件もバレる可能性がある。死活問題だ。ギブスンはコルソー商会をクビになって、どこも雇ってくれなくなるだろう。
 そんなギブスンを、マサラはさらに追い詰める。

「どうしてアトルヘイム帝国に売ったんです?アザドーでも良かったでしょうに」

 マサラの言葉にギブスンの耳がピクッと動いた。

「アザドーに売るくらいならアトルヘイムの方がマシですよ」

 ギブスンはそう吐き捨てるように云った。

 マサラは、今度宝玉が手に入ったら真っ先に連絡して欲しい、とギブスンに伝え、彼を帰した。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ギブスンが帰った後、私たちは応接室にそのまま残って話を整理していた。

「封印なんとか、って宝玉のことが気になるわね」
「そうだな」
「しかもそれ、買い戻したってのもなんかアヤシイし」
「売ってしまってから宝玉の価値に気付いたのかもしれませんね」とマサラが云った。

 魔王は私の手を引き寄せて、自分の座っている2人掛けの椅子の隣に座らせた。

「最初に宝玉を売りにきたのはエウリノームなのかな?」
「どうかな。エウリノームが直接ネビュロスの元へ行くとは考えにくい」
「じゃあ仲間がいるってこと?」
「仲間というより部下だろうな」
「かなり優秀な精神スキルを使うって言ってたわよね。そういう魔族に心当たりはないの?」

 魔王は私のおでこを指でツン、と押して「少しは考えろ」と云った。

「精神スキルを封じた宝玉を持っている可能性もあるだろう?宝玉さえあれば誰でも使えるのだぞ」
「あ、そっか…」

 そう云われて、改めてエウリノームの能力を考えると、ちょっと怖くなった。
 彼の能力は、相手を殺してそのスキルを奪う。
 彼は精神スキルを持っていた人を殺して、そのスキルを奪ったかもしれないのだ。
 それって、相手が強いスキルを持っていればいるほど、狙われるってことじゃない?
 例えば、私の<言霊>スキルとか…。
 私の考えていることが魔王にはわかったのか、彼は私の手を握って「心配するな」と云った。

「しかし、その者がコルソー商会を訪ねたことは確実です。入国証を確認してみましょうか?」

 グリンブルに入国してくる人には入国証が渡されることになっているので、それを調べれば不審な人物がいたかどうかわかる。魔族の治安維持機構はちゃんと機能しているのだ。
 だけど、マサラのこの提案に魔王は首を振った。

「我はもうひとつの可能性を考えている」
「それは何ですか?」
「ポータル・マシンを使った可能性だ」
「…あ…」
「アカデミーの教授がポータル・マシンを他国へ横流ししている。あれは既に実験に成功しているのだ。あれを使えば自由に国を行き来できる」

 マサラは魔王の言葉に感心した。
 それは頭になかった、という表情で、彼は尊敬のまなざしを魔王に送った。

 それまで黙っていたジュスターが、突然口を開いた。

「先ほど話に出た、アザドーという組織について、お聞きしてもよろしいでしょうか」

 そういえば、私も気になっていた。初めて聞く名称だったから。
 マサラは答えてくれた。

「アザドーはグリンブル王国に本部を置く魔族の組織です。表向きは魔族の国からの物資を扱う商社ですが、裏では密輸から要人暗殺まで何でも引き受けています。いうなればコルソー商会の商売敵です。アザドーの創始者は魔族という話ですが、組織の中には人間も多く含まれています。人魔同盟、というのを御存知ですか?」

 魔王は首を振ったけど、私はどこかで聞いたような気がしていた。

「人間と魔族の平等と共存を訴える集団です。リーダーは人間の女性ですが、アザドーからの支援を受けています」

 あ!大司教公国であのクソ丸眼鏡の施設に行く途中で見たやつだ。
 あのデモ集団のことか。

「アザドーは今や人間の国の裏の経済を牛耳っていると言っても過言ではありません。この国で言えば、王都から数キロ先にある人間専用の高級別荘地ラエイラの用心棒をアザドーが任されています」
「人間専用なのに?」
「ええ、面白いでしょう?もちろん街中で働いている者は皆人間ですから、住んでいる者たちは気付いていません。ですが裏では問題を起こす観光客や、外部からの無断侵入者らに対し魔族が実力を行使しているんです」
「金持ちの人間どもを魔族が守ってやっているということか。酔狂なことだ」
「そのくせ、魔族たちは裏方に回らざるをえない状況に文句を云っています。どうやらこの街にいると、魔族も人間に毒されてしまうようですね」

 マサラはそう云ったけど、自分のことを揶揄していたのかもしれない。
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