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第七章
天幕の生き残り
テュポーン自身による直接攻撃がないにも関わらず、毒による大きな被害を出したアトルヘイム軍はじりじりと後退させられた。
テュポーンはオーウェン軍の陣地から、アトルヘイム軍を追うように移動しはじめ、毒で死んだ多くの兵士や軍馬の亡骸が横たわる平原までやってきた。
そこで立ち止まるとテュポーンは、その大きな両腕で何かを描くような動きを始めた。
「あれ…何かの印を切っているように見えるわね…」
カラヴィアの言葉に、イヴリスはハッと気付いた。
「あれ、空中に魔法陣を描いているんですよ!」
「魔法陣?」
「魔獣召喚の陣です…!」
「魔獣だって!?あいつ、召喚できるのか?」
驚きの声を上げたのは将だった。
イヴリスの云った通り、テュポーンはその巨大な腕で、空中に魔法陣を描いていた。
そしてテュポーンが雄叫びを上げると、宙に描かれた魔法陣から黒い影のようなものが次々と飛び出し、戦場で横たわる多くの遺体に降り注いだ。
するとその遺体らは魔獣に変わっていき、戦場を駆けだした。
「嘘だろ…!魔獣が湧き出してくるぞ!」
「グリフォンとかオルトロスクラスの大型のもいるわよ!」
将たちは驚きの声を上げた。
「戦場の遺体を依り代に魔獣を召喚するなんて…非道です!」
イヴリスは憤っていた。
遺体を依り代に召喚された魔獣らは、アトルヘイム軍や逃亡するオーウェン兵らを追いかけた。
その巨体ゆえに小回りの利かないテュポーンに代わって、魔獣たちは四方八方に逃げ回るオーウェン軍兵士たちに襲い掛かった。
「毒の雨も止んだみたいだし、あたしたちも加勢しようよ!」
「だな!魔獣ならなんとかなる!」
将とエリアナは武器を手にしてゼフォンを振り返った。
「わかった、なら俺も同行する。イヴリス、おまえも来い」
「はい!ゼフォンさん!」
ゼフォンは、優星やマルティスたちを振り返って声を掛けた。
「おまえたちはどうする?伝令のいる所まで後退するか?」
「わた…僕はあのバケモノの背後にまわって、オーウェン軍の天幕に行ってみるよ。…手遅れかもしれないけど、ゾーイたちを探してみる。もしダメでも、形見の品くらいは持ってくるよ」
優星がそう云うと、エリアナは泣きそうな表情で彼を見た。
「優星…ありがと、頼んだわよ」
「…気を付けてな。じゃ、また後で」
将はそう云うと、ゼフォンの馬に同乗して、エリアナを乗せたイヴリスの馬と共に丘を下って行った。
彼らを見送る優星に、ロアが声を掛けた。
「優星さん、私たちも同行します。馬があった方が良いでしょ?ね、マルティス」
「え!?俺も?」
「当然です。さ、行きますよ」
「ロアってけっこー押しが強い…」
「何か言いました?」
「…なんでもない」
「ちょっとぉ~!ワタシも行く!置いてかないでよ!」
優星はマルティスの馬に、ロアの方にはカラヴィアが、それぞれ相乗りしてゼフォンたちとは別の方向へ丘を降りて行った。
テュポーンは、魔獣召喚のため、しばらくその場に立ち止まっていたが、周囲にエサとなる人間がいないことがわかると、退却していくアトルヘイム軍を追うように再びゆっくりと移動し始めた。
優星たちはテュポーンの背後を大きく迂回し、オーウェン軍の天幕跡へと向かった。
テュポーンの巨体に踏み潰された陣地跡には、天幕も何もかも跡形もなくなっていた。運よく無傷のまま残っている天幕もいくつかあったが、天幕の外には生きている人間はいなかった。
彼らは手分けして無事な天幕を1つ1つを回って、ゾーイとアマンダを探し回った。
黒い霧に食われたのだろう、中身のない鎧兜やローブがあちこちに転がる中、優星はゾーイの持っていた上等な聖騎士の盾を探していた。彼らが食われたとしても、盾は残っている筈だと思ったのだ。
優星が必死でゾーイたちを探すも、見つからなかった。
やはり食べられてしまったのかと絶望しかかった時、ロアが3人を呼んだ。
ロアは半分つぶれた天幕の前にいて、この中だ、と指をさした。
彼女は見るからに魔族なので、中には入らず人間に見える3人を呼んだのだった。
3人が天幕に入ると、そこにはローブ姿の魔法士が3人、ガタガタと震えながら固まって座っていた。
彼らのまわりには中身のない鎧やローブが散乱していた。
皆、黒い霧に食われたのだろう。
オーウェン軍兵士に化けているカラヴィアが、魔法士たちに呼びかけると、怯えていた魔法士の1人が、ようやく口を開いた。
この天幕は負傷者を治癒するためのもので、ここには護衛の兵士2人と10人程の回復士がいたそうだ。
天幕内に黒い霧が入ってきて、護衛の兵士とほとんどの回復士が霧に食べられた。仲間の回復士が襲われた時、彼らは、自分の身を顧みず、お互いに回復魔法を掛けていた。
すると、なぜか黒い霧は3人を襲わず通り過ぎていったという。
彼ら3人はなぜ助かったのかはわからなかったが、天幕の中に聖属性魔法の結界を張り、その中で黒い霧とテュポーンをやり過ごしたという。
「聖属性魔法が有効なのか…?」
マルティスが呟いた時、天幕の外から「こっちへきて!」と、ロアの声が聞こえた。
優星とマルティスが天幕の外へでると、彼女は武器倉庫として使用されていた天幕の前にいた。
獣人系魔族のロアの鼻はよく利くようで、天幕の中に誰かいると確信していた。
2人が天幕の中に入ると、そこには武器防具が乱雑に置かれていたが、人の姿はなかった。
優星は天幕の中を見回すと、多くの武器や盾に混じって、ゾーイの持っていたものに似た盾が、天幕の隅に立てかけられるように置かれているのを見つけた。
マルティスが盾をどけると、その影に隠れるように、ゾーイと宰相、その後ろにアマンダがしゃがみ込んでいた。
「ゾーイ…!アマンダ!」
マルティスの背後から覗き込んだ優星が声を掛けると、ゾーイが顔を上げた。
「優星…さ…ま…?」
「無事か?」
マルティスが尋ねると、ゾーイは返事をした。
「あら、しぶといわね。このオジさん」
後からやってきたカラヴィアが、ゾーイの後ろに隠れるようにしてしゃがんでいた宰相のジーク・シュトラッサーを見つけた。
彼は怯えながら頭を押さえ、小さく悲鳴を上げている。どうやらこちらも無事のようだ。
「良かった…!アマンダは…?」
優星が宰相の後ろにいたアマンダに声を掛けると、彼女はしゃがんだまま地面に倒れた。
「アマンダ!?」
ゾーイが驚いて彼女の名を呼んだが、彼女は気を失っていた。
マルティスの見立てでは、魔力切れを起こしているだけだという。
ゾーイはホッとして、気を失ったアマンダを天幕の中に寝かせた。
マルティスは外にいたロアを天幕の中へ呼び寄せ、アマンダの様子を見るよう頼んだ。
テュポーンがここから去ったことを伝えられたゾーイは、ホッとした表情になった。
だが彼の後ろにいた宰相は蹲ったまま、まだブツブツと独り言を云っている。
不審に思ったマルティスがどうしたのかと尋ねると、ゾーイは父が使用していた宝玉を自分が壊したせいだと伝えた。彼の父は宝玉を使って交渉事を成功させていたらしく、その依存度が増して行ったことに危機を感じたゾーイが宝玉を始末したという。その直後から、彼の父の精神はおかしくなってしまったのだ。
「なるほど、<精神支配>の宝玉ね…。そういや同僚にそんなスキルを持ってた奴がいたな。イドラが連れ出してくれなかったら俺もヤバかったってわけか」
マルティスは小声で独り言を云った。
エウリノーム陣営で働かされていた彼も、殺されてスキルを奪われ、今頃彼の精神スキルが宝玉化されて、ここで使われていたかもしれなかったのだ。
彼はゾーイの肩に手を置いて云った。
「ま、事情はわかった。俺に任しときな。パパをパパっと元にもどしてやんよ。なんちって」
「え…?」
マルティスの寒いギャグは通じなかったようで、ゾーイはキョトンとしていた。
カラヴィアは「寒っ!」と両脇を抱え、ロアは苦笑していた。
「あの、何を…?」
ゾーイがマルティスに尋ねようとすると、ロアが代わりに答えた。
「彼はSS級の精神スキル<精神制御>の使い手なんですよ。まあ、見ててください」
「へ~え…SS級の精神スキルねえ…」
カラヴィアはロアの言葉を聞いて、意味ありげにマルティスを見た。
マルティスが宰相の肩を叩くと、宰相は顔を上げた。
あんなに落ち込んでいた宰相が、マルティスと世間話をし始めた。そして軽い口調のマルティスに調子を合わせるように、宰相の舌がペラペラと回り出す。
ゾーイには、2人がただ、話しているだけに見えた。
ひとしきり話すと、宰相と別れ、マルティスが戻ってきた。
「宝玉のことはただのまじない用具だって信じ込ませておいた。だからまあ、玩具が一つ無くなった、って程度の認識になってるはずだ。今までの交渉事も全部自分の実力だと思い込んでるから、自信は失っちゃいねーよ。今後、交渉事に失敗したら、まあ、普通に落ち込むと思うけど、あとは本人の努力次第ってことだな」
「あ…、ありがとうございます!」
ゾーイは立ち尽くしている父親の元へ駆け寄って行った。
ロアはマルティスの傍に歩み寄り、声を掛けた。
「良い人ですね、マルティス」
「たまには役に立つとこも見せないとな」
マルティスは照れくさそうにそっぽを向いて云った。
カラヴィアはそれを面白そうに眺めていた。
「さっきの回復士たちには、助けが来るまであそこで待機しとけって云っといたわ」
「…助けなんか来るのかよ」
「来るわよ。あんた、人間のことわかってないのねえ。なんならワタシが呼びに行ってもいいんだけど?」
カラヴィアが思わぬことを言ったので、マルティスは驚いた。
「なんでそこまですんだよ…。あんた、本当に魔族か?」
「えっ?カラブって…魔族なの?」
優星は驚いてカラヴィアに尋ねた。
カラヴィアはカラブと名乗っているオーウェン軍の兵士の姿をしていて、どこから見ても人間だ。
するとマルティスは優星を呆れた顔で見て云った。
「は?今更かよ…。さっき説明してただろーが!」
「すいません…転移とかテュポーンとか、いろいろ付いて行けないことが多くて、皆さんの話も半分くらいしか…」
優星は肩を落とした。
「まあまあ、この子ちょっと天然なのよ。許してやって」
「フン。ったく何なんだよ…。それより、ゾーイ、だっけ?あんたに聞きたいことがある」
マルティスは父親と話していたゾーイに声を掛けた。
「どうして助かった?他の連中はあのバケモノの餌食になったんだろ?」
「…おそらく、防御スキルを使っていたせいではないでしょうか。私は魔法盾の防御スキルを持っているのです。魔力消費を伴う持続可能なスキルで、アマンダは私に魔力を供給し続けてくれていたんです。自分の魔力が切れるまで…」
ゾーイは横たわるアマンダに視線を落とした。
「あんたのその魔法盾スキルの属性は?」
「聖属性です。アマンダの魔力供給もそうです」
「…決まりだな」
マルティスはカラヴィアとロアの方を見て云った。
「あのバケモノの弱点は聖属性ってことだ」
「聖属性…。だから向こうの回復士たちも助かったんですね」
ロアは納得した。
「それは本当ですか?」
ゾーイは目を見開いて云った。
カラヴィアは人差し指で彼を指さして云った。
「どうやらそうみたいよ。あんたたち人間の出番ね」
「しかし、聖属性を持つと云っても、私のような前衛職は少なく、ほとんどは回復士です。後衛職ばかりであのバケモノとどうやって戦えば…」
ゾーイの指摘は尤もだった。
確かに大司教公国には聖属性魔法を使用できる魔法士は多かったが、そのほとんどは回復士としての専門の修業を積んだ者ばかりなのだ。
かの国では回復士の需要が高く、わざわざ聖属性の攻撃魔法を取得する者などほとんどいなかった。
マルティスは舌打ちして云った。
「回復士だって結界くらいは張れるだろ?」
「え、ええ…」
「少なくともそれで、あいつの足を止めることはできる」
「なるほど…」
「…まあ、ワタシたち魔族の出る幕じゃないってことね」
「だな。アトルヘイム軍に伝えて、俺たちはお役御免だ」
「そ、そんな!カラブいなくなっちゃうのか?それだと、僕が困るんだけど…」
優星はカラヴィアに向かって叫んだ。
「まぁ~可愛いこと言ってくれるじゃない」
子犬のような瞳で見つめてくる優星に、カラヴィアは微笑し、彼の頭に手を乗せて、髪をくしゃくしゃと撫でた。
「ダイジョブよ。あんたを見捨てたりしないわ。その代わり、役に立ちなさいよ」
「う、うん。僕も人間として、できることがあれば何でもするよ」
「人間として、ねえ…フフッ。そうだ、いいこと思いついた」
カラヴィアは笑いながら、何事かをマルティスに耳打ちした。
「…別に構わねえけど。コイツにそんな素質あんのか?」
「あるから頼んでるんじゃない」
カラヴィアはマルティスに向かってウインクした。
ゾーイは今の現状について父と話していた。
彼は父があんなバケモノと取引してこんなところまで連れて来てしまった責任を問うていた。
「オーウェン新王国に残っているS級やSS級の魔法士の協力を、いや、全世界の協力を取り付けてください。これはあなたがやらねばならない仕事です。国のためじゃない、この世界のために」
宰相は、息子の顔を真剣な眼差しで見つめて、大きく頷いた。
テュポーンはオーウェン軍の陣地から、アトルヘイム軍を追うように移動しはじめ、毒で死んだ多くの兵士や軍馬の亡骸が横たわる平原までやってきた。
そこで立ち止まるとテュポーンは、その大きな両腕で何かを描くような動きを始めた。
「あれ…何かの印を切っているように見えるわね…」
カラヴィアの言葉に、イヴリスはハッと気付いた。
「あれ、空中に魔法陣を描いているんですよ!」
「魔法陣?」
「魔獣召喚の陣です…!」
「魔獣だって!?あいつ、召喚できるのか?」
驚きの声を上げたのは将だった。
イヴリスの云った通り、テュポーンはその巨大な腕で、空中に魔法陣を描いていた。
そしてテュポーンが雄叫びを上げると、宙に描かれた魔法陣から黒い影のようなものが次々と飛び出し、戦場で横たわる多くの遺体に降り注いだ。
するとその遺体らは魔獣に変わっていき、戦場を駆けだした。
「嘘だろ…!魔獣が湧き出してくるぞ!」
「グリフォンとかオルトロスクラスの大型のもいるわよ!」
将たちは驚きの声を上げた。
「戦場の遺体を依り代に魔獣を召喚するなんて…非道です!」
イヴリスは憤っていた。
遺体を依り代に召喚された魔獣らは、アトルヘイム軍や逃亡するオーウェン兵らを追いかけた。
その巨体ゆえに小回りの利かないテュポーンに代わって、魔獣たちは四方八方に逃げ回るオーウェン軍兵士たちに襲い掛かった。
「毒の雨も止んだみたいだし、あたしたちも加勢しようよ!」
「だな!魔獣ならなんとかなる!」
将とエリアナは武器を手にしてゼフォンを振り返った。
「わかった、なら俺も同行する。イヴリス、おまえも来い」
「はい!ゼフォンさん!」
ゼフォンは、優星やマルティスたちを振り返って声を掛けた。
「おまえたちはどうする?伝令のいる所まで後退するか?」
「わた…僕はあのバケモノの背後にまわって、オーウェン軍の天幕に行ってみるよ。…手遅れかもしれないけど、ゾーイたちを探してみる。もしダメでも、形見の品くらいは持ってくるよ」
優星がそう云うと、エリアナは泣きそうな表情で彼を見た。
「優星…ありがと、頼んだわよ」
「…気を付けてな。じゃ、また後で」
将はそう云うと、ゼフォンの馬に同乗して、エリアナを乗せたイヴリスの馬と共に丘を下って行った。
彼らを見送る優星に、ロアが声を掛けた。
「優星さん、私たちも同行します。馬があった方が良いでしょ?ね、マルティス」
「え!?俺も?」
「当然です。さ、行きますよ」
「ロアってけっこー押しが強い…」
「何か言いました?」
「…なんでもない」
「ちょっとぉ~!ワタシも行く!置いてかないでよ!」
優星はマルティスの馬に、ロアの方にはカラヴィアが、それぞれ相乗りしてゼフォンたちとは別の方向へ丘を降りて行った。
テュポーンは、魔獣召喚のため、しばらくその場に立ち止まっていたが、周囲にエサとなる人間がいないことがわかると、退却していくアトルヘイム軍を追うように再びゆっくりと移動し始めた。
優星たちはテュポーンの背後を大きく迂回し、オーウェン軍の天幕跡へと向かった。
テュポーンの巨体に踏み潰された陣地跡には、天幕も何もかも跡形もなくなっていた。運よく無傷のまま残っている天幕もいくつかあったが、天幕の外には生きている人間はいなかった。
彼らは手分けして無事な天幕を1つ1つを回って、ゾーイとアマンダを探し回った。
黒い霧に食われたのだろう、中身のない鎧兜やローブがあちこちに転がる中、優星はゾーイの持っていた上等な聖騎士の盾を探していた。彼らが食われたとしても、盾は残っている筈だと思ったのだ。
優星が必死でゾーイたちを探すも、見つからなかった。
やはり食べられてしまったのかと絶望しかかった時、ロアが3人を呼んだ。
ロアは半分つぶれた天幕の前にいて、この中だ、と指をさした。
彼女は見るからに魔族なので、中には入らず人間に見える3人を呼んだのだった。
3人が天幕に入ると、そこにはローブ姿の魔法士が3人、ガタガタと震えながら固まって座っていた。
彼らのまわりには中身のない鎧やローブが散乱していた。
皆、黒い霧に食われたのだろう。
オーウェン軍兵士に化けているカラヴィアが、魔法士たちに呼びかけると、怯えていた魔法士の1人が、ようやく口を開いた。
この天幕は負傷者を治癒するためのもので、ここには護衛の兵士2人と10人程の回復士がいたそうだ。
天幕内に黒い霧が入ってきて、護衛の兵士とほとんどの回復士が霧に食べられた。仲間の回復士が襲われた時、彼らは、自分の身を顧みず、お互いに回復魔法を掛けていた。
すると、なぜか黒い霧は3人を襲わず通り過ぎていったという。
彼ら3人はなぜ助かったのかはわからなかったが、天幕の中に聖属性魔法の結界を張り、その中で黒い霧とテュポーンをやり過ごしたという。
「聖属性魔法が有効なのか…?」
マルティスが呟いた時、天幕の外から「こっちへきて!」と、ロアの声が聞こえた。
優星とマルティスが天幕の外へでると、彼女は武器倉庫として使用されていた天幕の前にいた。
獣人系魔族のロアの鼻はよく利くようで、天幕の中に誰かいると確信していた。
2人が天幕の中に入ると、そこには武器防具が乱雑に置かれていたが、人の姿はなかった。
優星は天幕の中を見回すと、多くの武器や盾に混じって、ゾーイの持っていたものに似た盾が、天幕の隅に立てかけられるように置かれているのを見つけた。
マルティスが盾をどけると、その影に隠れるように、ゾーイと宰相、その後ろにアマンダがしゃがみ込んでいた。
「ゾーイ…!アマンダ!」
マルティスの背後から覗き込んだ優星が声を掛けると、ゾーイが顔を上げた。
「優星…さ…ま…?」
「無事か?」
マルティスが尋ねると、ゾーイは返事をした。
「あら、しぶといわね。このオジさん」
後からやってきたカラヴィアが、ゾーイの後ろに隠れるようにしてしゃがんでいた宰相のジーク・シュトラッサーを見つけた。
彼は怯えながら頭を押さえ、小さく悲鳴を上げている。どうやらこちらも無事のようだ。
「良かった…!アマンダは…?」
優星が宰相の後ろにいたアマンダに声を掛けると、彼女はしゃがんだまま地面に倒れた。
「アマンダ!?」
ゾーイが驚いて彼女の名を呼んだが、彼女は気を失っていた。
マルティスの見立てでは、魔力切れを起こしているだけだという。
ゾーイはホッとして、気を失ったアマンダを天幕の中に寝かせた。
マルティスは外にいたロアを天幕の中へ呼び寄せ、アマンダの様子を見るよう頼んだ。
テュポーンがここから去ったことを伝えられたゾーイは、ホッとした表情になった。
だが彼の後ろにいた宰相は蹲ったまま、まだブツブツと独り言を云っている。
不審に思ったマルティスがどうしたのかと尋ねると、ゾーイは父が使用していた宝玉を自分が壊したせいだと伝えた。彼の父は宝玉を使って交渉事を成功させていたらしく、その依存度が増して行ったことに危機を感じたゾーイが宝玉を始末したという。その直後から、彼の父の精神はおかしくなってしまったのだ。
「なるほど、<精神支配>の宝玉ね…。そういや同僚にそんなスキルを持ってた奴がいたな。イドラが連れ出してくれなかったら俺もヤバかったってわけか」
マルティスは小声で独り言を云った。
エウリノーム陣営で働かされていた彼も、殺されてスキルを奪われ、今頃彼の精神スキルが宝玉化されて、ここで使われていたかもしれなかったのだ。
彼はゾーイの肩に手を置いて云った。
「ま、事情はわかった。俺に任しときな。パパをパパっと元にもどしてやんよ。なんちって」
「え…?」
マルティスの寒いギャグは通じなかったようで、ゾーイはキョトンとしていた。
カラヴィアは「寒っ!」と両脇を抱え、ロアは苦笑していた。
「あの、何を…?」
ゾーイがマルティスに尋ねようとすると、ロアが代わりに答えた。
「彼はSS級の精神スキル<精神制御>の使い手なんですよ。まあ、見ててください」
「へ~え…SS級の精神スキルねえ…」
カラヴィアはロアの言葉を聞いて、意味ありげにマルティスを見た。
マルティスが宰相の肩を叩くと、宰相は顔を上げた。
あんなに落ち込んでいた宰相が、マルティスと世間話をし始めた。そして軽い口調のマルティスに調子を合わせるように、宰相の舌がペラペラと回り出す。
ゾーイには、2人がただ、話しているだけに見えた。
ひとしきり話すと、宰相と別れ、マルティスが戻ってきた。
「宝玉のことはただのまじない用具だって信じ込ませておいた。だからまあ、玩具が一つ無くなった、って程度の認識になってるはずだ。今までの交渉事も全部自分の実力だと思い込んでるから、自信は失っちゃいねーよ。今後、交渉事に失敗したら、まあ、普通に落ち込むと思うけど、あとは本人の努力次第ってことだな」
「あ…、ありがとうございます!」
ゾーイは立ち尽くしている父親の元へ駆け寄って行った。
ロアはマルティスの傍に歩み寄り、声を掛けた。
「良い人ですね、マルティス」
「たまには役に立つとこも見せないとな」
マルティスは照れくさそうにそっぽを向いて云った。
カラヴィアはそれを面白そうに眺めていた。
「さっきの回復士たちには、助けが来るまであそこで待機しとけって云っといたわ」
「…助けなんか来るのかよ」
「来るわよ。あんた、人間のことわかってないのねえ。なんならワタシが呼びに行ってもいいんだけど?」
カラヴィアが思わぬことを言ったので、マルティスは驚いた。
「なんでそこまですんだよ…。あんた、本当に魔族か?」
「えっ?カラブって…魔族なの?」
優星は驚いてカラヴィアに尋ねた。
カラヴィアはカラブと名乗っているオーウェン軍の兵士の姿をしていて、どこから見ても人間だ。
するとマルティスは優星を呆れた顔で見て云った。
「は?今更かよ…。さっき説明してただろーが!」
「すいません…転移とかテュポーンとか、いろいろ付いて行けないことが多くて、皆さんの話も半分くらいしか…」
優星は肩を落とした。
「まあまあ、この子ちょっと天然なのよ。許してやって」
「フン。ったく何なんだよ…。それより、ゾーイ、だっけ?あんたに聞きたいことがある」
マルティスは父親と話していたゾーイに声を掛けた。
「どうして助かった?他の連中はあのバケモノの餌食になったんだろ?」
「…おそらく、防御スキルを使っていたせいではないでしょうか。私は魔法盾の防御スキルを持っているのです。魔力消費を伴う持続可能なスキルで、アマンダは私に魔力を供給し続けてくれていたんです。自分の魔力が切れるまで…」
ゾーイは横たわるアマンダに視線を落とした。
「あんたのその魔法盾スキルの属性は?」
「聖属性です。アマンダの魔力供給もそうです」
「…決まりだな」
マルティスはカラヴィアとロアの方を見て云った。
「あのバケモノの弱点は聖属性ってことだ」
「聖属性…。だから向こうの回復士たちも助かったんですね」
ロアは納得した。
「それは本当ですか?」
ゾーイは目を見開いて云った。
カラヴィアは人差し指で彼を指さして云った。
「どうやらそうみたいよ。あんたたち人間の出番ね」
「しかし、聖属性を持つと云っても、私のような前衛職は少なく、ほとんどは回復士です。後衛職ばかりであのバケモノとどうやって戦えば…」
ゾーイの指摘は尤もだった。
確かに大司教公国には聖属性魔法を使用できる魔法士は多かったが、そのほとんどは回復士としての専門の修業を積んだ者ばかりなのだ。
かの国では回復士の需要が高く、わざわざ聖属性の攻撃魔法を取得する者などほとんどいなかった。
マルティスは舌打ちして云った。
「回復士だって結界くらいは張れるだろ?」
「え、ええ…」
「少なくともそれで、あいつの足を止めることはできる」
「なるほど…」
「…まあ、ワタシたち魔族の出る幕じゃないってことね」
「だな。アトルヘイム軍に伝えて、俺たちはお役御免だ」
「そ、そんな!カラブいなくなっちゃうのか?それだと、僕が困るんだけど…」
優星はカラヴィアに向かって叫んだ。
「まぁ~可愛いこと言ってくれるじゃない」
子犬のような瞳で見つめてくる優星に、カラヴィアは微笑し、彼の頭に手を乗せて、髪をくしゃくしゃと撫でた。
「ダイジョブよ。あんたを見捨てたりしないわ。その代わり、役に立ちなさいよ」
「う、うん。僕も人間として、できることがあれば何でもするよ」
「人間として、ねえ…フフッ。そうだ、いいこと思いついた」
カラヴィアは笑いながら、何事かをマルティスに耳打ちした。
「…別に構わねえけど。コイツにそんな素質あんのか?」
「あるから頼んでるんじゃない」
カラヴィアはマルティスに向かってウインクした。
ゾーイは今の現状について父と話していた。
彼は父があんなバケモノと取引してこんなところまで連れて来てしまった責任を問うていた。
「オーウェン新王国に残っているS級やSS級の魔法士の協力を、いや、全世界の協力を取り付けてください。これはあなたがやらねばならない仕事です。国のためじゃない、この世界のために」
宰相は、息子の顔を真剣な眼差しで見つめて、大きく頷いた。
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たまたま運よく掴んだ功績で第7騎士団の団長になってしまった女性騎士のラモン。そんなラモンの中身は地球から転生した『鈴木ゆり』だった。女神様に転生するに当たってギフトを授かったのだが、これがとっても役立った。ありがとう女神さま! と言う訳で、小娘団長が汗臭い騎士団をどうにか立て直す為、ドーン副団長や団員達とキレイにしたり、旨〜いしたり、キュンキュンしたりするほのぼの物語です。
【第1章 ようこそ第7騎士団へ】 騎士団の中で窓際? 島流し先? と囁かれる第7騎士団を立て直すべく、前世の知識で働き方改革を強行するモラン。 第7は改善されるのか? 副団長のドーンと共にあれこれと毎日大忙しです。
【第2章 王城と私】 第7騎士団での功績が認められて、次は第3騎士団へ行く事になったラモン。勤務地である王城では毎日誰かと何かやらかしてます。第3騎士団には馴染めるかな? って、またまた異動? 果たしてラモンの行き着く先はどこに?
※誤字脱字マジですみません。懲りずに読んで下さい。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
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前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ピンクの髪のオバサン異世界に行く
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私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。
このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
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過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。