聖魔の乙女は運命を転がす~落ちこぼれ回復士の私が救世主になって魔王に愛される理由~

つかさ

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第八章

呪われた雨

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 ゾーイたちはカラヴィアに導かれるままにグリンブル経由でポータル・マシンを使用してオーウェン新王国に戻った。
 宰相とゾーイは優星とアマンダを連れて女王カーラベルデに謁見し、事の次第を報告した。

 元々、あんなバケモノを使うことをよく思っていなかった女王は、仕方がないと理解を示した。
 宰相は、すべての責任は自分にあると云い、辞職を願い出た。
 だが女王は責任を取るのはテュポーンを討伐してからだと彼を叱咤し、自らの名において、テュポーン討伐軍を編成すると宣言した。

 謁見が終わった後、部屋を出るゾーイを女王が呼び止めた。
 その時、女王がゾーイを「兄上」と呼んだのをアマンダは聞き逃さなかった。
 謁見の部屋を出た後、アマンダは思い切って宰相に訊いてみた。

「あの、宰相様。ゾーイさんと女王様はご兄妹なのですか?」
「ああ、カーラベルデは幼い頃両親を亡くしてね。家で引き取って兄妹同然に育ってきたのだよ」
「そうだったんですか」
「うむ。将来2人を結婚させるつもりでな」
「けっ…こん…?」

 宰相は部下に呼ばれて先に行ってしまった。
 アマンダはショックのあまりその場から動けなかった。

「アマンダ、どうかしたのか?」

 アマンダの様子がおかしいことに気付いた優星が声を掛けた。

「な、何でもないです…」
「顔色が悪いよ?大丈夫?」
「優星様…。優星様は、好きな人、います?」
「え?好きな人…?いや、考えたこともなかったけど…」

 アマンダはそう云ってから、ハッと気が付いた。
 目の前の優星は、かつての彼ではなかったんだと。

「あわわ、すいません、何でもないです!」

 アマンダはそう云って、優星をおいて先に廊下を走って行った。
 一人残された優星は、「好きな人」のことを考えていた。そんなことを今まで、考えたこともなかったからだ。

「僕は、人間として不完全なんだろうか…」

 一方、誰もいない廊下まで走ってきたアマンダは、息が苦しくなって立ち止まった。

 以前、ゾーイは故郷に親の決めた婚約者がいると話していた。
 それがあの女王だったとは、夢にも思わなかった。
 女王は燃えるような赤い髪の美しい少女で、年の頃はアマンダと変わらないように見えた。
 意志の強そうな瞳と凛々しい出で立ちは、その出自の高貴さを漂わせていた。自分とは真逆のタイプだと思った。

「女王様が相手じゃ、勝ち目がないじゃありませんか…。エリアナ様ぁ…私どうしたらいいんですか…」

 アマンダは1人でめそめそと泣いた。


 一方、カラヴィアは、リュシー・ゲイブスという祭司長に姿を変えて、マルティスと共にホリー・バーンズら魔法士たちに会うために、大聖堂内の魔法士のサロンへ向かっていた。

 マルティスはホリーとは直接面識はなかったが、ちょっとした縁があった。
 縁といっても後ろめたいことなので、誰にも話せないことだったが、そのおかげで彼女には精神スキルが効かないらしいことを思い出した。知らずにスキルを使って、それがバレたら生きてここを出ることはできなかったかもしれなかった。
 そういうわけで、ホリーの説得はカラヴィアに任せることにした。

 ホリーはオーウェン軍への同行を拒否していたため、大聖堂の別棟の魔法士サロンの特別室で軟禁状態にあった。
 マルティスとリュシーが面会に行くと、ホリーは宰相には一切手を貸さないと断言した。
 オーウェン新王国に吸収された大司教公国は、それまでの政治体系を一新され、女王を中心とした武力中心の軍事国家として再スタートした。
 魔法士たちも、その武力軍団の一組織として扱われ、ホリーの身分も祭司長という立場から、一介の魔法士とされてしまっていたのだ。
 何より魔法士を重要視してきたこの国で出世を夢見ていた彼女にとって、これ以上の屈辱はなかった。
 彼女に必要なのは精神スキルではなく、権力と身分だということに気付いたマルティスは、宰相に、彼女にちょっといい身分を与えて欲しいとした。

 彼女とは別に、新王国の体制に不満を持つ千人以上の魔法士たちも、大聖堂の別棟内に立てこもっていた。
 彼らはオーウェン新王国への恭順を拒否したまま、棟の入り口にバリアを張って誰も通れないようにしていたのだった。
 そこをリュシーはいとも簡単に通り抜け、2人は魔法士たちに会いに行った。
 リュシーは大司教公国でも人望のあった人物で、彼が乗り込んで行った時、魔法士たちは歓迎した。
 彼は事情を話して、テュポーン討伐に力を貸して欲しいと彼らを説得したが、オーウェン軍が勝手に連れ出したバケモノの尻ぬぐいを、なぜ自分たちがせねばならないのかと拒否した。
 リュシーもそれは尤もだと思い、マルティスが精神スキルを使おうとしたのを止めた。彼は魔法士たちに無理強いはしたくないと語った。

「そもそも魔族のワタシがなーんでそこまでしてやる義理があるってーのよ。自分たちで国を守りたいって思わなきゃ、意味ないじゃん?」

 大聖堂内の物置部屋で、リュシーはマルティス相手に愚痴をこぼした。

「それもそうだけどな」

 マルティスも同意した。

「なあ…あんたもこっちでの暮らしが好きなんだろ?」
「まあねえ。もうずっとこっちにいるしさ。魔王様のお傍にいるのもいいんだけど正直あっちは退屈なのよねえ」
「このままほっとくと人間は全滅するぜ」
「んな大げさな」
「あの毒の雨の降った後、見ただろ?」
「あー、うん」
「地面まで真っ赤だったじゃねーか。あの毒は土を腐らせる。あの雨がヨナルデ組合の村に降り注いだら、食い物が全部ダメになる」
「食料不足になるっていうの?」
「食料だけじゃねえ、水もだ。もしそうなったら、テュポーンどころじゃねえ。食い物を巡って人間同士が戦争を起こすぜ」
「…それは…よろしくないわね」
「あの赤い雨を降らせないようにするには、あいつの動きを封じるしかない。あいつが聖属性を嫌うってんなら、なにかしら効果があるはずだ。だから魔法士たちの協力が絶対必要なんだよ」
「そうねえ…。まあ、説得はしてみるけど、最後は彼ら次第よ?そうそう、聖属性っていえば、いいものがあったから、優星に渡そうと思うの。そろそろあの子には本物の勇者になってもらわないとね」
「いいけど、あいつ本当に信用できんのかよ?」
「たぶんね。分断されたこの国をまとめるには勇者が必要なのよ」


 やがて、散り散りに逃げていたオーウェン軍兵らが続々と帰国してきた。
 一部の兵士たちは、テュポーンの召喚した魔獣に追いかけられたまま、王都内に逃げ込んできたものだから、市民たちの怒りを買うことになった。
 この時、王都内に侵入してきた魔獣を討伐したのは白銀の鎧に身を包んだ優星だった。
 それは宰相の差し金だったのだが、彼は十分に役目をこなした。
 優星はカラヴィアからもらった宝玉を使って魔獣を倒したのだった。
 その宝玉はかつて勇者が使っていたと云われる<範囲聖光斬オーラクロス>という聖属性スキルが封じられていたものだった。
 その見事な討伐っぷりに市民たちは、優星を本物の勇者だと噂した。
 やがて青の騎士団、白の騎士団も戻って来たが、10万以上いた兵の半数以上が戻ってこなかった。


 数日後、王都シリウスラントに赤い雨が降った。

 王都にいた一般市民たちは何も知らぬまま、無防備に雨に打たれて次々と倒れた。
 市内のあちこちで悲鳴が上がり、その異常さに人々は驚き、怯えた。

 この雨のことを知っていた騎士たちは、急いで大聖堂へと市民たちを避難させた。
 それまで協力を拒んでいた魔法士や回復士たちも、この騒ぎにようやく腰を上げた。
 補修された大聖堂の礼拝堂が一時避難場所として開放され、毒に冒された者たちが運び込まれてきた。
 魔法士たちはそこで治療に当たった。
 だがS級回復士たちでもテュポーンの毒の解毒はできなかった。
 比較的軽い症状の者は、皮膚の表面の毒を固めて皮膚ごと物理的に除去し、その後皮膚の再生を行うことで治癒することができたのだが、雨を大量に浴びて皮下まで毒が浸透してしまった者は、治癒が追い付かず、時間が経つと死んでいった。

 死んだ者たちは礼拝堂の隅に置かれていた。
 治療を受けていた者たちは、そこで恐るべきものを目にした。
 その死者たちがゆっくりと起き上がって来たのだ。
 全身毒でドス黒く変色した死者は、次々と起き上がって、ユラユラと歩き出した。
 そして、近くにいた者に襲い掛かった。
 礼拝堂内に悲鳴が響く。
 テュポーンの毒で死んだ者たちは、魔獣ではなく今度は不死者ゾンビイとなって蘇ったのだ。
 予期せぬ事態に礼拝堂内はパニックになった。
 不死者は回復士や治療を受けている者たちに次々と襲い掛かった。

 危機一髪のところで、その不死者たちの首が落とされた。
 首を失った不死者はドサリと倒れ、もう動かなかった。
 騒ぎを聞きつけた優星や騎士たちが駆けつけてきたのだ。
 怯える市民たちに優星は、大きな声で云った。

「これはテュポーンという魔獣の吐き出す毒の雨だ。肌に直接触れるとそこから毒に冒され、放置すると死ぬ。不死者となって蘇ったのは、おそらくテュポーンの呪いだろう。だがやみくもに恐れることはない!落ち着いて行動すれば大丈夫、毒の雨は屋根のある所にいれば安全だ。外に出るときは全身を何かで覆うようにすればいい」

 優星は自分の知っていることを叫んだだけだったのだが、市民たちからこんな声が上がった。

「勇者様だ!」
「勇者様が我々を導いてくださる!」

 礼拝堂内に歓声が響いた。
 市民の介抱にあたっていたアマンダは、その様子を不思議な気持ちで見ていた。
 檀上で叫んでいる人物が、アマンダの知っている優星だとは思えなかったのだ。
 本当に、人が変わったかのようだ。

 同じく礼拝堂の騒ぎを聞きつけて様子を見にやってきたマルティスとリュシーも、彼の雄姿を見て、ほくそ笑んだ。

「なかなかいい出来じゃない。あんたの精神スキルってマジ優秀ねえ。あの子、ちゃんと勇者に見えるわよ」
「まあ、俺はちょっと背中を押しただけだけどな」
「あんたみたいな優秀なスキル持ちが、なんでこんなとこでくすぶってたわけ?」
「俺は人魔大戦の時、あいつにスカウトされて人間の国にきたんだよ。なのにどういうわけか人間だけじゃなく魔族まで操らされてね。納得いかねえって逃げ出したんだ。それ以来、理不尽な権力者ってやつが大っ嫌いになったのさ」
「へえ、あんたエウリノームにスカウトされたんだ?」
「そそ。俺がこっちで学んだことは、金は俺を裏切らない、ってことさ」
「アハハ、それわかるぅ~!」

 2人が談笑している背後には、ホリーもいた。
 彼女は、市民から歓声を浴びる優星を見て、どうやら野心に火が付いたようだった。
 ホリーは自分がテュポーンを退治して名を挙げれば、この国でも名声を得られると考えたようだ。
 それまで協力を拒んでいたホリーは、宰相を訪ねると態度を一変させ、魔法士たちを説得してテュポーン討伐に協力することを約束した。


 だが事態はより深刻だった。
 都市部以外の小さな村や田舎町にも赤い雨は降り注いだ。
 何も知らず外で畑仕事をしていた人々は、この雨に濡れて倒れ、適切な治療も受けられずに次々と死んでいった。
 そうして死んだ者が、不死者ゾンビイとなって蘇り、他の人々を襲い、襲われた者はまた不死者となって生者を襲うという死の連鎖が各地で起こっていた。

 雨は止んでも、毒で死んだ不死者ゾンビイたちが各地で大発生し、二次被害を生んでいた。
 毒の雨は井戸にも落ち、飲み水を汚染したため、知らずにそれを飲んだ者も死に、被害は拡大する一方だった。

 テュポーンは赤い雨を吐き出す際、死人の呪いをかけていたのだった。
 人々がそれに気づく頃には、多くの村が滅び、ヨナルデ大平原や各都市を不死者の大群がさ迷い歩くこととなった。

 更に平原では毒で死んだ多くの魔物や動物が不死者ゾンビイ化してさ迷い歩いていて、平原を渡る行商人たちが襲われる事態が頻発し、交通や物流も滞る事態へと発展していった。
 テュポーンによる影響は、徐々に全世界へと広がって行くのだった。

 そのテュポーンの歩みは、誰も止めることができず、黒い霧と赤い雨を巻き散らしながら広大なヨナルデ大平原を迷走し続けていた。
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