聖魔の乙女は運命を転がす~落ちこぼれ回復士の私が救世主になって魔王に愛される理由~

つかさ

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最終章

眠り姫再び

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オーウェン新王国王都の郊外にある旧市街地へと続く道は、整備されているとは言い難い、ひどい荒れ路だった。

「あー、くそ~足痛てぇ。こんなことならケチらねえで馬でも借りりゃよかったなぁ」

 マルティスはデコボコ道を歩きながら、1人、文句を云っていた。

 ペルケレ共和国からの要請を受けて、魔法士軍団を中心に編成されたオーウェン軍はテュポーン討伐に出発した。優星を中心として、ゾーイやアマンダ、カラヴィアもそれに同行したが、マルティスだけは同行を拒否して残ったのだった。
 毒の雨騒ぎが収まるまで相応の時間が必要で、マルティスはオーウェン王都に残ったものの、自由に外出もできず、毎日近くの酒場で飲み歩く日々を送っていた。
 最初に赤い雨が降った後も、何度か弱い雨が降ったためだ。おそらく風に煽られて大気中に残っていた毒の粒が舞ったのだろう。それで犠牲者がまた増えた。
 優秀な回復士たちはほとんどが軍に参加したので、国内に残っている魔法士は中級以下の下っ端ばかりだ。不死者ゾンビイ除けの魔法を使える者もほとんどおらず、物理的に排除するしかなかった。そこで王都では有志による不死者ゾンビイ退治部隊が組織され、暇を持て余していたマルティスもそれに駆り出されたのだった。

 不死者の首を落とす毎日に嫌気がさしたマルティスは、都市を逃れて旧市街地を訪れたのだった。
 ようやくたどり着いた旧市街地にも、ところどころに赤い雨の降った後があった。
 朽ち果てた街並みには古い家屋が立ち並び、その中には地下道から逃げ延びた魔族たちが暮らしている筈だった。
 旧市街地には、昔から魔族が潜んでいると噂され、人間が近づくことはほとんどない。元々このあたりは旧オーウェン王国の城下町の一部で、人魔大戦の戦場になった地区である。それでも破壊を免れた建物が多く残っていたが、100年の間風雨にさらされて、廃墟同然になっていた。

 マルティスが上等の靴をすり減らしてまで旧市街を訪れたのは、ここに潜む魔族たちの精神支配を解いて欲しいとカラヴィアに頼まれたからだ。
 ずいぶん遅くなってしまったが、カラヴィアからいくつかの宝玉を報酬として貰ってしまっているので、彼は仕方なく仕事をしに来たのだ。
 ここにいる魔族たちのほとんどはエウリノーム配下の下級魔族たちだという。彼らは大聖堂の地下に住みついていたが、オーウェン軍の掃討作戦により旧市街地まで逃げてきたらしい。

「こんな古い家じゃ雨漏りもするよな。ここもかなり犠牲が出たんだろうなあ」

 マルティスは古い家々を見ながら悪い予測を口にした。
 そうして旧市街の中央通りを歩いていると、大きな体格をした魔族が不死者ゾンビイの首を刎ねる所に出くわした。

「よう、今ので倒した不死者ゾンビイは何人目だ?」

 声を掛けたその大きな魔族が振り向いた時、マルティスは「おっ」と声を出した。
 それは鼻の上に大きな目が1つだけある、一ツ目の魔族だった。
 一ツ目族は魔族の国でも珍しい、レアな一族だ。下級魔族だがその目は遠くを見渡せる<遠目>の能力を持つことで有名で、魔貴族の陣営からスカウトされることも多い。混血が進んだ今では、通常の魔族のように2つの目を持ちながら、<遠目>能力を持つ者も増えている。それ故、これほど完璧な一ツ目族を見ることは、今となっては稀だ。
 一ツ目の魔族は、その堂々とした体躯に返り血を浴びていた。
 通りには他にも2人ほど、返り血を浴びた魔族が、不死者を探してうろついていた。
 おそらく彼らはこの旧市街で出た不死者たちを始末していたのだろう。

「誰だ貴様」
「さっきここへ来たばかりのお仲間さ。何人犠牲になった?」
「先日の弱い雨でまた犠牲が出た。不死者になった者は100を超えた」
「…雨に当たって苦しんでいる者はまだいるのか?」
「苦しんでいた者は全員殺した。放っておけば不死者になるのでな。今も雨に当たった者がいないか探して始末しているところだ」
「そっか…。ところでロキとバルデルってのがどこにいるか知らねえか?」

 一ツ目の魔族は、一軒の朽ちかけた家を指さした。

「あの家に双子のロキとバルデルがいる」
「ありがとうよ」

 マルティスは教わった家に向かった。
 背後では一ツ目の魔族が、別の家の中に入って行くのが見えた。ああして一軒一軒、毒に当たった者がいないかどうか探しているのだろう。

「一文の得にもならないことをよくやるねえ…」

 一ツ目の魔族を横目に見ながらマルティスは、ボロボロの扉をノックした。 
 すると中から小柄な獣人族の魔族が顔を出した。

「あんた誰だ?見かけない顔だな」
「おまえがロキか?」
「オイラはバルデルだよ、チリチリ頭の兄さん。ロキは…」
「ちっと上がらせてもらうぜ」

 マルティスがやや強引に古い家に入ると、バルデルはマルティスを奥の部屋に行かせまいとした。
 マルティスがその理由を知ったのは、奥の部屋の粗末なベッドに横たわる、もう1人の獣人族の魔族を見つけたからだった。
 それはロキという青い毛皮を持つバルデルの双子の兄だった。弟のバルデルは赤い毛皮を持っている。
 マルティスは横たわるロキを見た。
 眠っているようだが、呼吸が荒く、苦しそうだ。
 毛皮に覆われて一見わかりにくいが、右肩から腕にかけて肌がドス黒く変色している。

「赤い雨に当たったのか」
「ち、違うよ。ロキは具合が悪いだけなんだ。すぐ治るよ」
「俺は不死者殺しゾンビイハンターじゃない。ロキを殺したりしないから安心しな」
「…ホントかい?」
「ああ。あんなおっかねえ奴らと一緒にすんなよな」

 バルデルは少しホッとしたような表情になった。

「…最初の雨が降った時、いっぱい死人が出たんだ。そん時オイラたちは地下道にいたから無事だったんだけど、その後また雨が降った時、家にいたら雨漏りがしてきて。ロキが雨漏りを直そうとして天井に板を張ってくれたんだ。その時、屋根に残ってた雨の雫が当たったって言ってた。最初はなんともなかったんだけど、だんだん苦しむようになってきて…」
「…あの赤い雨はな、ちょっとでも当たったらそこから毒に冒されちまうんだ」
「そ、そうなのか?じゃあ、やっぱりロキも死んじまうのか?外の奴らみたいに不死者ゾンビイになっちまうのか?」

 バルデルの必死の叫びに、マルティスは答えようがなかった。
 …どうしようもない。
 この国には人間の回復士はいても、魔族を治せる奴などいない。
 頼みの綱のトワはゴラクドールにいるはずだが、今やトワに面会することすら難しい。たかだか地方の下級魔族を助けるために外出することなど、本人が望んだとしても難しいだろう。
 それに、さっき表にいた奴らが、雨に打たれた者を殺そうとうろついている。あいつらがここにやってきたら、助ける前に殺されてしまう。
 …だが、このまま放っておけばいずれ死んで不死者になる。そうしたら今度はバルデルまで危なくなる。
 どのみち、ロキは死ぬ運命にあるのだと、マルティスは深く溜息をついた。

「くそっ…」

 悪態をついたところで、彼にはどうすることもできない。
 バルデルはロキの傍に膝をついて、声を掛け続けている。

「ロキ…ロキ…嫌だよぉ、死んじゃ嫌だよぉ。オイラを一人ぼっちにしないでおくれよぉ」

 嘆くバルデルを傍で見ていたマルティスの脳裏に、幼い頃の自分がフラッシュバックした。

 炎に包まれる屋敷。
 半身を焼かれたイドラを背負って、業火の中を彼は歩き続けた。
 熱い、痛いと泣くイドラに「死なないでくれ」と泣きながら叫び続けた。
 誰も助けてくれなかった。
 あの時も、無力だった。

 ―あんな思いはもうたくさんだ。

「くそっ!何とか、どうにか、できることねえのかよ…!そうだ、ポーション…!」

 マルティスはロアから持たされた魔族用高級ポーションをロキの口に含ませてみたが、まるで効果がなかった。
 彼は不幸なことに、テスカが解毒薬と中和薬を作る前にペルケレ共和国を後にしてきたので、その薬の存在を知らなかった。当然、この国にもまだ解毒薬は入って来ていない。
 何かないかと、マルティスは家の中をうろついた。
 古い石煉瓦造りの壁はところどころ欠けていて、すきま風がびゅうびゅうと音を立てている。
 屋根もあちこち傷んでいて、今度雨が降ったらバルデルも危ないだろう。
 奥の部屋にはロキが寝ている粗末な木のベッド、手前の部屋には食事をするためのテーブルセットが置いてあるだけで、暖をとれるようなものはなかった。一年を通して気温の低いこの国においては厳しい環境だった。
 ロキには毛皮があるとはいえ、病人を寝かせておくには相応しくない。

「ん?」

 マルティスの目に留まったのは、手前の部屋の隅に置かれている豪華な棺だった。
 この粗末な部屋にはおよそ似つかわしくないものだった。

「おいおい、ずいぶん高価なモンがあるじゃねーか。どうしたんだこれ?」
「それ、黒い霧が寄ってこない不思議な棺でさ。オイラたちが墓地からこっそり持って帰ってきたんだ」
「…なんだって?黒い霧が寄ってこない?」

 途端にマルティスは興味を持ち、棺を調べ始めた。
 棺の蓋の表面には豪華な装飾が施されていた。
 その装飾の中には立派な彫刻があって、特徴的な紋章が刻まれていた。

「あれ…。この紋章、どっかで…」

 彼にはそれに見覚えがあった。
 だが今はそれどころではなかった。
 彼は、その棺の重い蓋を開け、棺の中を見た。

「…!!」

 マルティスは青ざめた。
 棺の中には、彼の見知った人物が眠っていたからだ。
 だがしばらく見つめていると、その姿はスーッと消えていった。

「消えた…。何だったんだ今のは」

 マルティスが狼狽えていると、バルデルが話しかけてきた。

「あんたには何が見えた?オイラにはロキが見えたよ。…ロキにはオイラが見えたって。きっと大事な人が見えるんだよ」

 バルデルは寂しそうに云った。

「何なんだ、これは…」
「墓地にあったんだ。たぶん地下墳墓の埋蔵品だよ。誰かが持ち出したんだ。あそこには神様の遺品が埋まってるって調査に来た学者が言ってたから」

 マルティスは、棺を隅々まで調べたが、中は空っぽで何もなかった。
 彼が先ほど見た幻は、彼の婚約者パートナーだった者に似ていた。 
 これが彼女の身に起こる不吉な前触れではないかと考えると、彼はぶるっと体を震わせて棺から離れた。

「くそっ!縁起でもねえ…」

 そのマルティスに、バルデルが呼び掛けた。

「なあ、チリチリ兄さん」
「だれがチリチリ兄さんだ。マルティス様と言え」
「それじゃマルティス兄さん。あんた、何の用でうちへ来たんだ?」
「ああ、まだ話してなかったっけか。俺はおまえらの精神支配を解いて欲しいって頼まれてきたんだよ」
「あんた、精神スキルが使えるのか?イドラ様が約束守ってくれたんだな!マルティス兄さん、皆を解放してくれよ!」
「いいぜ。やってやるよ。そしたらお前ら全員故郷に帰れるんだ」
「そうしてやってくれよ。オイラは…ロキが良くなったら一緒に帰るからさ。もし…不死者ゾンビイになっても、死体になっても、オイラがちゃあんと連れて帰ってやるんだ…」
「そういうことを言うんじゃねーよ、ったく…」

 マルティスは溜息をつくと、バルデルの方に向かって、両手を広げた。

「おら、うじうじするより泣いた方がスッキリするぞ」
「バ、バカにすんなよ、オイラそんな子供ガキじゃないぞ!」
「我慢すんなよ。辛い時は泣くもんだ」

 マルティスの言葉に、バルデルはついにこらえていた感情が堰を切ったように溢れ出し、大粒の涙をこぼし始めた。

「うえぇぇん!!」

 バルデルはマルティスの腕に飛び込んで思いっきり大声で泣いた。

「嫌だよ、ロキがいなくなっちゃうの、嫌なんだよぉ!うぇぇん!」

 腕の中で号泣するバルデルの背中をヨシヨシと軽く撫でながら、マルティスは天を仰いだ。

「くそ…!どうすることもできねえのかよ。誰か…トワ…!こいつを助けに来てくれよ…!」

 その時、背後で「ドサッ!」という物音がした。

「え…?」

 マルティスは既視感デジャブを感じて、後ろを振り向いた。

「嘘…だろ…!?」

 そこで彼が見たものは、蓋の開いたままの棺の中に倒れている少女の姿だった。

「わああ!人が降ってきたぁ!!」

 泣いていたバルデルはマルティスにしがみついたまま、その現場を目撃していたようで、驚いて大声を上げた。
 マルティスは動揺しているバルデルを落ち着かせると、おそるおそる棺の傍に歩み寄った。
 それは間違いなく彼の知り合いの少女だった。
 既視感を感じたのはそのせいだ。
 あの時と違うのは、少女の髪の色と服装だ。あの時は茶髪だったが、今は黒髪で、バスローブではなく、小奇麗なワンピースを着ていた。

「おい…マジかよ…!」

 彼は棺の中にスッポリと収まっている黒髪の少女を抱き起した。
 意識を失っているが、呼吸はしている。
 マルティスは内心で小躍りした。
 
「ハハッ…!トワ!まったく…おまえってやつは、やっぱり俺の女神様だ!」

 それはまぎれもなくトワだった。
 彼はかつて帝都で彼女を保護した時のことを思い出した。
 あの時の彼女は、そのまま2年も眠り続けた。
 それを思い出して、マルティスは少し不安気にトワを揺り起こした。
 だが、その心配は杞憂だった。
 彼女はすぐにその黒曜石のように輝く瞳を開いた。

「よう、おかえり、眠り姫」

 マルティスが声を掛けると、彼女はキョトンとして、文字通り目を丸くしていた。
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