217 / 246
最終章
聖櫃の秘密
しおりを挟む
目の前にマルティスがいる。
えっと…私どうしてたんだっけ。
あれ…?思い出せないぞ。
なんか、頭が混乱している?
「おーい、大丈夫か?」
マルティスが私に語り掛ける。
「あ…れ…?私…何して…」
周囲を見て、そこが知らない場所だってことに気付いた。
そうだ。
確か、私は魔王の部屋にいたはずよね?えっと、それで…。
「…ここどこ?」
「オイラんちだよ」
赤い毛並みの獣人の男の子が私を覗き込んで云った。
「誰…?」
「オイラはバルデル。あんた、どっから降って来たんだ?」
「え?私が?降って…来た?」
その時私はようやく自分が棺桶みたいなものの中に寝ていたことに気付いた。
なんで棺桶…?
『トワ、トワ!』
首元から私を呼ぶ声がした。
自分の胸元を見ると、黒い石のついたネックレスがかかっていた。
私が眠っている間に、魔王がネックレスを返してくれていたんだな。
あんまりにもネックレスの中からカイザーがうるさいので、ミニドラゴンの姿で呼び出した。
カイザーは私の胸に飛び込んで来て、ピイピイと珍しく雛鳥みたいな声を上げた。
『トワ、無事なのだな!戻ってきたのだな!』
「カイザー…、どうしたの、そんなに鳴くなんて珍し…戻って来たって何よ?」
『覚えていないのか?おまえは意識を失っていたのだ』
「えーっと、ちょっと待って…」
「まさかおまえ、また記憶を失ってるのか?」
マルティスが呆れたように云う。
「待ってってば。ちょっと頭がボヤッとしてて、混乱してるだけだってば」
「それにしても、おまえって俺のこと好きすぎじゃね?なんで俺の所ばっか来るんだよ」
「知らないわよ。好きで来たわけじゃないし、変なこと言わないでよ」
『そうだとも。トワがおまえみたいなヤツを好きなわけがないだろう!トワに謝れ!』
「ちょっと、このドラゴン、失礼じゃねえ?」
マルティスとカイザーは睨みあった。
「でも、ほんとに不思議よね。私、魔王府にいたはずでしょ?よりによって何でマルティスなんかのところに…」
「よりによってって何だよ。おまえが俺を選んでんだろ?」
「私があんたを?そんなわけないじゃん」
「まあ、いいさ。それより、いいところに来てくれたぜ。おまえに頼みがあるんだ」
「何よ。お金ならないわよ」
「そんなんじゃねーって。ちょっとこっちに来てくれよ」
マルティスはカイザーを抱えた私の手を引いて、奥の部屋へと導いた。
そこにはボロボロの木のベッドがあって、バルデルって子とそっくりな青い毛皮の獣人の男の子が寝ていた。名前をロキというその子は、凄く苦しんでいた。
「どうしたの?この子…」
「テュポーンの毒だ」
「テュポーン!?」
「あの怪物が吐いた毒は赤い雨となって人間の国全土に及んでるらしい。それで多くの人間が死んだという話だ。赤い雨が少しでも体に当たると、毒が全身に回っていくんだ。こいつは魔族だから人間よりも毒の周りが遅いだけで、このまま放っておけばいずれ死ぬ。助けてやってくれないか」
「…わかった。やってみる」
私はロキの変色している肩に手を置いて治癒魔法を掛けた。
テュポーンの毒って、神を殺したって絵本にも書かれていたほどの猛毒よね。
私にできるかな?
『おまえならできる。自信を持て』
私の不安を見て取ったカイザーは、私の肩に止まりながらそう声を掛けた。
マルティスとバルデルは固唾をのんで見守っている。
そう、そうよね。治療って、いいイメージを持つことが大事なのよ。
絶対上手く行く!
そう思うと、私の手から発した微かな光は、ロキの毒を奇麗に消していった。
「やった…!できたわ!」
「おお…!おまえ、やっぱすげーわ。神殺しの毒ですら消しちまうのかよ!」
マルティスは大声で云った。
『テスカがこの毒の解毒薬を作れたのだ。その力を与えたおまえが解毒できぬわけがあるまい』
「何だって?おい、解毒薬があるのかよ?」
『ゴラクドールでは毒を中和する薬もある。いくら雨を浴びてももう死者どころか苦しむ者もおらん』
「マジかよ!ちょっとその話詳しく!やべーな、それ持って世界まわりゃ大金持ちじゃねーか!」
『既に近隣の街や都市に分けて与え始めている。そのうちここにも届くだろう』
「そんなの、途中で金に汚い連中が搾取するに決まってんだろ。こんな田舎まで届くのに何年かかるかわかったもんじゃねーよ」
「あんたもそのうちの1人じゃないの?」
「…トワ、おまえは俺を何だと思ってるんだ」
「守銭奴、悪徳商人、女たらし、見栄っ張り、天パー」
「おまえね…」
そうこうしているうちにロキが目を覚ました。バルデルはロキに抱きついて、「助かって良かった」と大泣きした。
元気になったロキとバルデルは私の前に来て、何度も頭を下げて礼を云った。
その隣でマルティスはうんうんと頷いている。
「ま、これも俺様のおかげだな。おまえたち、俺にも感謝しろよ」
「もちろんだよ。マルティス兄さん、ありがとう!」
獣人兄弟の前で、偉そうにしているマルティスに、私は呆れた。
『おまえは何もしておらぬのになぜ偉そうにしているのだ?』
「なんだよ、おまえの方が偉そうじゃねえか」
マルティスとカイザーが云い争うところへ割って入ったのは双子の獣人だった。
「わあ!小さいドラゴンだ!」
「可愛いよね!」
ロキとバルデルは、元気になった途端、ミニドラゴンのカイザーに興味を示した。
双子にペットみたいに撫でられたり触られたりしている姿は、カイザードラゴンとしての威厳も何もあったもんじゃない。その様子が面白くて、私はしばらく笑って見ていた。
なにげなく部屋を見渡していて、さっきまで自分が入っていた棺が目に入った。
「そういや、あの棺って、何なの?」
ロキとバルデルは、その棺が墓地に捨てられていたものだと云い、不思議なことを云い出した。
その棺が空っぽの時に見ると、自分にとって大事な人が見えるのだというのだ。
「オイラはロキが見えたよ」
「オイラはバルデルが見えたよ」
ロキとバルデルは互いに顔を見合わせて云った。
「へえ…。不思議ね。マルティス、あんたも見たの?」
「…内緒だ」
「何よ、ケチ」
私もちょっと面白半分で棺の中を覗いて見た。
「…!ゼル、くん…?」
私の目には、そこに魔王の姿が見えた。
目を閉じて、胸の上に手を組んで…。
それはやがてスッと消えていった。
彼が本当に死んで棺の中に入れられているように思えて、胸が苦しくなった。
「やだ、これ…。なんでこんな…。嫌だ、こんなの見たくない」
私は棺から離れて両手で顔を覆った。
その様子を冷静に見ていたマルティスが云った。
「なるほど、そういうことか」
『私には何も見えなかったが…どういうことだ?』
「心理的な仕掛けだよ。幻惑の魔法かなんかが仕込んであってさ、棺の中を覗き込んだ奴に、大事な人の姿が見えるようになってるんだ。大事な人のことを思い出させて人の良心を掻き立てようってわけさ。棺を盗もうって奴にしてみたら、そんなものが棺桶の中に見えたら不吉だって思うだろ?」
『盗難防止、というわけか』
「手の込んだことしやがって。よっぽどこの棺が大事だったんだろうな」
「大事な、人…」
そう口に出した時、急に私の頭の中が、クリアになった。
「あ…そうだ」
…思い出した。私、魔王を助けないといけないんだった!
まだ魔界にいるのかな?扉は閉められたのかな?
私のバカ!何で忘れてたの…!!
「ねえカイザー。魔王はまだ戻ってきてない?」
『少なくとも私がここへ来る前までは戻っていなかった』
「そっか…」
私は胸の前に両手を組んで祈った。
「運命操作、お願いよ。ゼルくんを無事に戻して…!」
目を閉じて、そう何度も呟いた。
早く彼に会いたい。
あんな死亡フラグ云って去るなんて、不安になるに決まってんじゃん。
今度会ったら文句云ってやるんだから。
そうやって私が祈っていると、カイザーが棺を見て云った。
『もしや、それは聖櫃か?』
「聖櫃?なんだそりゃ」
『魔王が部下たちに捜索を命じていたものだ。話を聞いてもどういうものか、さっぱりわからなかったが、どうやら神の棺らしい』
「神の棺だって…?」
マルティスの目が一瞬光った気がした。
その時、表から悲鳴が聞こえて来た。
慌てて外へ出ると、一ツ目の大柄な魔族が大きな鉈のようなものを持って、痩せた魔族に向かって襲い掛かろうとしているところだった。
一ツ目の魔族っていうビジュアルにちょっと驚いたけど、とにかく止めなくちゃ。
「ちょっと!!何してるの!やめなさい!」
私が大声で叫ぶと、ロキとバルデルが狼のように四つ足で飛び出してきて、一ツ目の魔族に飛び掛かった。
「やめろよ!」
「殺しちゃダメだ!毒は治るんだよ!」
「どけ!そいつは毒に冒されてる。毒で死んだ者を放っておけば不死者になって生きている者を襲う。今殺すしかない!」
彼らは2人がかりでその魔族を止めようとしたけど、強い力で振り払われてしまった。
毒で死んだ人が不死者になるなんて聞いていなかった私は、一瞬躊躇した。
「邪魔するなら貴様らも殺す!」
一ツ目の魔族はそう云いながらロキとバルデルに向かって大鉈を向けた。
「カイザー、あの一ツ目を止めて!」
『心得た』
「まあまあ、落ち着きなって」
カイザーが飛び出そうとした時、そこへ割って入ったのはマルティスだった。
彼は得意の話術で精神スキルを使ったみたいで、一ツ目の魔族に振り上げた鉈を下ろさせることに成功した。
「だが、そいつを放ってはおけん。不死者に襲われた者は不死者になる。これ以上犠牲者を出すわけにはいかんのだ」
一ツ目の魔族は攻撃的ではなくなったものの、毒を受けたと思われる痩せた魔族をジロリと睨んだ。
この一ツ目は、殺人狂というわけじゃなく、皆を守ろうとしていたんだ。
「じゃあ、この人が病気じゃなくなればいいんでしょ?見てなさい」
私は、一ツ目の魔族の目の前で、その痩せた魔族の体を診た。
左頬の下から首に掛けて、毒で変色していた部分を癒した。
みるみるうちにスーッとドス黒かった部分が元の肌色に戻って行く。
「…何をした?」
「毒を消したのよ」
一ツ目の魔族は、訝しんで私と痩せた魔族を交互に見た。
その痩せた魔族は怯えながらも、毒の消えた自分の身体に気付くと、ようやく口を開いた。
「おお…!痛みがなくなった…!毒が、消えた!!」
痩せた魔族は大喜びして、私に大げさなほどに礼を云った。
「ああ、こんな奇跡があるのですね!ありがとうございます!」
「毒が消えただと?そんなことがあるものか!そもそも、魔族を癒すことなんかできるわけがない!」
それを聞いたミニドラゴンのカイザーがフヨフヨと浮いて一ツ目の魔族にツッコミを入れた。
『貴様、知らんのか?「聖魔」の話を』
「『聖魔』だと?魔族を癒すとかいう者のことか?あんなものは嘘に決まっている」
「今、目の前で見ても信じられないってか?」
マルティスに云われて、一ツ目の魔族は私を舐めるように見た。
「…まさか、そんな」
一ツ目族っていうのは、顔の真ん中に1つだけ大きな目がある下級魔族だ。
魔王城にいた時も、人間とは明らかに違う身体的特徴を持つ種族を見たことはあったけど、この人は見るからに乱暴そうでちょっと怖い。
指輪のおかげで、私が人間だってことはバレてないけど、もしバレたらマジで殺されるかもしれなかったな…。でも今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「他にも毒で苦しんでいる人がいたらここへ連れて来て。私が治すわ」
私がそう云うと、ロキとバルデル、その痩せた魔族は、手分けして旧市街の家々に声を掛けて回った。
通りには一ツ目の魔族と同じように、大鉈を持った不死者狩りの魔族が何人かうろついていた。
彼らはロキたちが叫んでいる「毒が治せる」という言葉を信じなかったため、その言葉に釣られて表に出て来た者たちを殺そうと襲い掛かった。
「カイザー、止めて!」
そう叫んだ私の脇から飛び出したカイザーが、元の巨大なドラゴンの姿に戻って、魔族たちの前に現れ、咆哮すると不死者狩りたち2人を睨みつけた。
『貴様ら、殺戮を止めよ』
2人の不死者狩りたちは突然現れたドラゴンに驚いて固まった。
その隙に、先程の一ツ目の魔族が2人に近づくと、彼らから鉈を取り上げた。
突然のドラゴン出現に、表に出て来た魔族たちは驚きの声を上げていた。
「おお…!ドラゴンだ!」
「あれは魔王様のドラゴンか?」
カイザーが私の背後にそのままの姿で戻ってくると、魔族たちは私の前に膝をついて、体をガタガタと震わせ、命乞いを始めた。初めてドラゴン見たらこうなるわよね。無理もないか。
ロキたちが声を掛けてくれたおかげもあって、路上には毒の症状のある者たちが自力で、あるいは別の魔族に担がれたりして続々と集まって来た。その数は100人近くにも上った。
魔族たちの脇には、一ツ目の魔族と、不死者狩りの2人の大男が座り込んでいる。
私は集まった毒の患者たちを、範囲治癒魔法で、まとめて癒した。
一度回復できればコツがつかめるのが私の強みなのだ。
集まった人々は毒が消え、痛みがなくなったと驚き、助かったと大喜びした。
それを見ていた一ツ目の魔族たちは、私の前に出て来て、その大きな体をかがめ、額を地面に擦り付けるように土下座した。
「まさか、本当に『聖魔』様ご本人がおられるとは思わなかった。無礼を許して欲しい。そして、仲間を助けていただき、感謝する」
彼らにつられて、他の魔族たちも一斉に平伏した。
それまで反抗的だった彼らの突然の豹変に、私は昔、テレビで見た『この紋所が目に入らぬかー!』って正体をバラした後、悪役たちが『ははーっ』って土下座する時代劇の1シーンを思い浮かべた。
そんなことが現実に起こるもんだなあと思って、私は内心驚いていた。
その騒ぎを家の中で見ていた健康な魔族たちや、不死者狩りを恐れて家の中に隠れていた者たちも集まって来て、旧市街の通りは魔族でビッシリと埋まってしまった。
彼らは、毒を癒した私を『聖魔』だと知り、一目見ようと集まってきたのだ。要するに野次馬ね。魔族たちは私を称えるように「『聖魔』様、万歳!」と合唱しはじめた。
なんか、もう慣れてきたとはいえ、こういうのってホント恥ずかしい。
その私の様子をマルティスはニヤニヤしながら見て、
「よっ、『聖魔』様」
とか云って、冷やかすのだった。
えっと…私どうしてたんだっけ。
あれ…?思い出せないぞ。
なんか、頭が混乱している?
「おーい、大丈夫か?」
マルティスが私に語り掛ける。
「あ…れ…?私…何して…」
周囲を見て、そこが知らない場所だってことに気付いた。
そうだ。
確か、私は魔王の部屋にいたはずよね?えっと、それで…。
「…ここどこ?」
「オイラんちだよ」
赤い毛並みの獣人の男の子が私を覗き込んで云った。
「誰…?」
「オイラはバルデル。あんた、どっから降って来たんだ?」
「え?私が?降って…来た?」
その時私はようやく自分が棺桶みたいなものの中に寝ていたことに気付いた。
なんで棺桶…?
『トワ、トワ!』
首元から私を呼ぶ声がした。
自分の胸元を見ると、黒い石のついたネックレスがかかっていた。
私が眠っている間に、魔王がネックレスを返してくれていたんだな。
あんまりにもネックレスの中からカイザーがうるさいので、ミニドラゴンの姿で呼び出した。
カイザーは私の胸に飛び込んで来て、ピイピイと珍しく雛鳥みたいな声を上げた。
『トワ、無事なのだな!戻ってきたのだな!』
「カイザー…、どうしたの、そんなに鳴くなんて珍し…戻って来たって何よ?」
『覚えていないのか?おまえは意識を失っていたのだ』
「えーっと、ちょっと待って…」
「まさかおまえ、また記憶を失ってるのか?」
マルティスが呆れたように云う。
「待ってってば。ちょっと頭がボヤッとしてて、混乱してるだけだってば」
「それにしても、おまえって俺のこと好きすぎじゃね?なんで俺の所ばっか来るんだよ」
「知らないわよ。好きで来たわけじゃないし、変なこと言わないでよ」
『そうだとも。トワがおまえみたいなヤツを好きなわけがないだろう!トワに謝れ!』
「ちょっと、このドラゴン、失礼じゃねえ?」
マルティスとカイザーは睨みあった。
「でも、ほんとに不思議よね。私、魔王府にいたはずでしょ?よりによって何でマルティスなんかのところに…」
「よりによってって何だよ。おまえが俺を選んでんだろ?」
「私があんたを?そんなわけないじゃん」
「まあ、いいさ。それより、いいところに来てくれたぜ。おまえに頼みがあるんだ」
「何よ。お金ならないわよ」
「そんなんじゃねーって。ちょっとこっちに来てくれよ」
マルティスはカイザーを抱えた私の手を引いて、奥の部屋へと導いた。
そこにはボロボロの木のベッドがあって、バルデルって子とそっくりな青い毛皮の獣人の男の子が寝ていた。名前をロキというその子は、凄く苦しんでいた。
「どうしたの?この子…」
「テュポーンの毒だ」
「テュポーン!?」
「あの怪物が吐いた毒は赤い雨となって人間の国全土に及んでるらしい。それで多くの人間が死んだという話だ。赤い雨が少しでも体に当たると、毒が全身に回っていくんだ。こいつは魔族だから人間よりも毒の周りが遅いだけで、このまま放っておけばいずれ死ぬ。助けてやってくれないか」
「…わかった。やってみる」
私はロキの変色している肩に手を置いて治癒魔法を掛けた。
テュポーンの毒って、神を殺したって絵本にも書かれていたほどの猛毒よね。
私にできるかな?
『おまえならできる。自信を持て』
私の不安を見て取ったカイザーは、私の肩に止まりながらそう声を掛けた。
マルティスとバルデルは固唾をのんで見守っている。
そう、そうよね。治療って、いいイメージを持つことが大事なのよ。
絶対上手く行く!
そう思うと、私の手から発した微かな光は、ロキの毒を奇麗に消していった。
「やった…!できたわ!」
「おお…!おまえ、やっぱすげーわ。神殺しの毒ですら消しちまうのかよ!」
マルティスは大声で云った。
『テスカがこの毒の解毒薬を作れたのだ。その力を与えたおまえが解毒できぬわけがあるまい』
「何だって?おい、解毒薬があるのかよ?」
『ゴラクドールでは毒を中和する薬もある。いくら雨を浴びてももう死者どころか苦しむ者もおらん』
「マジかよ!ちょっとその話詳しく!やべーな、それ持って世界まわりゃ大金持ちじゃねーか!」
『既に近隣の街や都市に分けて与え始めている。そのうちここにも届くだろう』
「そんなの、途中で金に汚い連中が搾取するに決まってんだろ。こんな田舎まで届くのに何年かかるかわかったもんじゃねーよ」
「あんたもそのうちの1人じゃないの?」
「…トワ、おまえは俺を何だと思ってるんだ」
「守銭奴、悪徳商人、女たらし、見栄っ張り、天パー」
「おまえね…」
そうこうしているうちにロキが目を覚ました。バルデルはロキに抱きついて、「助かって良かった」と大泣きした。
元気になったロキとバルデルは私の前に来て、何度も頭を下げて礼を云った。
その隣でマルティスはうんうんと頷いている。
「ま、これも俺様のおかげだな。おまえたち、俺にも感謝しろよ」
「もちろんだよ。マルティス兄さん、ありがとう!」
獣人兄弟の前で、偉そうにしているマルティスに、私は呆れた。
『おまえは何もしておらぬのになぜ偉そうにしているのだ?』
「なんだよ、おまえの方が偉そうじゃねえか」
マルティスとカイザーが云い争うところへ割って入ったのは双子の獣人だった。
「わあ!小さいドラゴンだ!」
「可愛いよね!」
ロキとバルデルは、元気になった途端、ミニドラゴンのカイザーに興味を示した。
双子にペットみたいに撫でられたり触られたりしている姿は、カイザードラゴンとしての威厳も何もあったもんじゃない。その様子が面白くて、私はしばらく笑って見ていた。
なにげなく部屋を見渡していて、さっきまで自分が入っていた棺が目に入った。
「そういや、あの棺って、何なの?」
ロキとバルデルは、その棺が墓地に捨てられていたものだと云い、不思議なことを云い出した。
その棺が空っぽの時に見ると、自分にとって大事な人が見えるのだというのだ。
「オイラはロキが見えたよ」
「オイラはバルデルが見えたよ」
ロキとバルデルは互いに顔を見合わせて云った。
「へえ…。不思議ね。マルティス、あんたも見たの?」
「…内緒だ」
「何よ、ケチ」
私もちょっと面白半分で棺の中を覗いて見た。
「…!ゼル、くん…?」
私の目には、そこに魔王の姿が見えた。
目を閉じて、胸の上に手を組んで…。
それはやがてスッと消えていった。
彼が本当に死んで棺の中に入れられているように思えて、胸が苦しくなった。
「やだ、これ…。なんでこんな…。嫌だ、こんなの見たくない」
私は棺から離れて両手で顔を覆った。
その様子を冷静に見ていたマルティスが云った。
「なるほど、そういうことか」
『私には何も見えなかったが…どういうことだ?』
「心理的な仕掛けだよ。幻惑の魔法かなんかが仕込んであってさ、棺の中を覗き込んだ奴に、大事な人の姿が見えるようになってるんだ。大事な人のことを思い出させて人の良心を掻き立てようってわけさ。棺を盗もうって奴にしてみたら、そんなものが棺桶の中に見えたら不吉だって思うだろ?」
『盗難防止、というわけか』
「手の込んだことしやがって。よっぽどこの棺が大事だったんだろうな」
「大事な、人…」
そう口に出した時、急に私の頭の中が、クリアになった。
「あ…そうだ」
…思い出した。私、魔王を助けないといけないんだった!
まだ魔界にいるのかな?扉は閉められたのかな?
私のバカ!何で忘れてたの…!!
「ねえカイザー。魔王はまだ戻ってきてない?」
『少なくとも私がここへ来る前までは戻っていなかった』
「そっか…」
私は胸の前に両手を組んで祈った。
「運命操作、お願いよ。ゼルくんを無事に戻して…!」
目を閉じて、そう何度も呟いた。
早く彼に会いたい。
あんな死亡フラグ云って去るなんて、不安になるに決まってんじゃん。
今度会ったら文句云ってやるんだから。
そうやって私が祈っていると、カイザーが棺を見て云った。
『もしや、それは聖櫃か?』
「聖櫃?なんだそりゃ」
『魔王が部下たちに捜索を命じていたものだ。話を聞いてもどういうものか、さっぱりわからなかったが、どうやら神の棺らしい』
「神の棺だって…?」
マルティスの目が一瞬光った気がした。
その時、表から悲鳴が聞こえて来た。
慌てて外へ出ると、一ツ目の大柄な魔族が大きな鉈のようなものを持って、痩せた魔族に向かって襲い掛かろうとしているところだった。
一ツ目の魔族っていうビジュアルにちょっと驚いたけど、とにかく止めなくちゃ。
「ちょっと!!何してるの!やめなさい!」
私が大声で叫ぶと、ロキとバルデルが狼のように四つ足で飛び出してきて、一ツ目の魔族に飛び掛かった。
「やめろよ!」
「殺しちゃダメだ!毒は治るんだよ!」
「どけ!そいつは毒に冒されてる。毒で死んだ者を放っておけば不死者になって生きている者を襲う。今殺すしかない!」
彼らは2人がかりでその魔族を止めようとしたけど、強い力で振り払われてしまった。
毒で死んだ人が不死者になるなんて聞いていなかった私は、一瞬躊躇した。
「邪魔するなら貴様らも殺す!」
一ツ目の魔族はそう云いながらロキとバルデルに向かって大鉈を向けた。
「カイザー、あの一ツ目を止めて!」
『心得た』
「まあまあ、落ち着きなって」
カイザーが飛び出そうとした時、そこへ割って入ったのはマルティスだった。
彼は得意の話術で精神スキルを使ったみたいで、一ツ目の魔族に振り上げた鉈を下ろさせることに成功した。
「だが、そいつを放ってはおけん。不死者に襲われた者は不死者になる。これ以上犠牲者を出すわけにはいかんのだ」
一ツ目の魔族は攻撃的ではなくなったものの、毒を受けたと思われる痩せた魔族をジロリと睨んだ。
この一ツ目は、殺人狂というわけじゃなく、皆を守ろうとしていたんだ。
「じゃあ、この人が病気じゃなくなればいいんでしょ?見てなさい」
私は、一ツ目の魔族の目の前で、その痩せた魔族の体を診た。
左頬の下から首に掛けて、毒で変色していた部分を癒した。
みるみるうちにスーッとドス黒かった部分が元の肌色に戻って行く。
「…何をした?」
「毒を消したのよ」
一ツ目の魔族は、訝しんで私と痩せた魔族を交互に見た。
その痩せた魔族は怯えながらも、毒の消えた自分の身体に気付くと、ようやく口を開いた。
「おお…!痛みがなくなった…!毒が、消えた!!」
痩せた魔族は大喜びして、私に大げさなほどに礼を云った。
「ああ、こんな奇跡があるのですね!ありがとうございます!」
「毒が消えただと?そんなことがあるものか!そもそも、魔族を癒すことなんかできるわけがない!」
それを聞いたミニドラゴンのカイザーがフヨフヨと浮いて一ツ目の魔族にツッコミを入れた。
『貴様、知らんのか?「聖魔」の話を』
「『聖魔』だと?魔族を癒すとかいう者のことか?あんなものは嘘に決まっている」
「今、目の前で見ても信じられないってか?」
マルティスに云われて、一ツ目の魔族は私を舐めるように見た。
「…まさか、そんな」
一ツ目族っていうのは、顔の真ん中に1つだけ大きな目がある下級魔族だ。
魔王城にいた時も、人間とは明らかに違う身体的特徴を持つ種族を見たことはあったけど、この人は見るからに乱暴そうでちょっと怖い。
指輪のおかげで、私が人間だってことはバレてないけど、もしバレたらマジで殺されるかもしれなかったな…。でも今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「他にも毒で苦しんでいる人がいたらここへ連れて来て。私が治すわ」
私がそう云うと、ロキとバルデル、その痩せた魔族は、手分けして旧市街の家々に声を掛けて回った。
通りには一ツ目の魔族と同じように、大鉈を持った不死者狩りの魔族が何人かうろついていた。
彼らはロキたちが叫んでいる「毒が治せる」という言葉を信じなかったため、その言葉に釣られて表に出て来た者たちを殺そうと襲い掛かった。
「カイザー、止めて!」
そう叫んだ私の脇から飛び出したカイザーが、元の巨大なドラゴンの姿に戻って、魔族たちの前に現れ、咆哮すると不死者狩りたち2人を睨みつけた。
『貴様ら、殺戮を止めよ』
2人の不死者狩りたちは突然現れたドラゴンに驚いて固まった。
その隙に、先程の一ツ目の魔族が2人に近づくと、彼らから鉈を取り上げた。
突然のドラゴン出現に、表に出て来た魔族たちは驚きの声を上げていた。
「おお…!ドラゴンだ!」
「あれは魔王様のドラゴンか?」
カイザーが私の背後にそのままの姿で戻ってくると、魔族たちは私の前に膝をついて、体をガタガタと震わせ、命乞いを始めた。初めてドラゴン見たらこうなるわよね。無理もないか。
ロキたちが声を掛けてくれたおかげもあって、路上には毒の症状のある者たちが自力で、あるいは別の魔族に担がれたりして続々と集まって来た。その数は100人近くにも上った。
魔族たちの脇には、一ツ目の魔族と、不死者狩りの2人の大男が座り込んでいる。
私は集まった毒の患者たちを、範囲治癒魔法で、まとめて癒した。
一度回復できればコツがつかめるのが私の強みなのだ。
集まった人々は毒が消え、痛みがなくなったと驚き、助かったと大喜びした。
それを見ていた一ツ目の魔族たちは、私の前に出て来て、その大きな体をかがめ、額を地面に擦り付けるように土下座した。
「まさか、本当に『聖魔』様ご本人がおられるとは思わなかった。無礼を許して欲しい。そして、仲間を助けていただき、感謝する」
彼らにつられて、他の魔族たちも一斉に平伏した。
それまで反抗的だった彼らの突然の豹変に、私は昔、テレビで見た『この紋所が目に入らぬかー!』って正体をバラした後、悪役たちが『ははーっ』って土下座する時代劇の1シーンを思い浮かべた。
そんなことが現実に起こるもんだなあと思って、私は内心驚いていた。
その騒ぎを家の中で見ていた健康な魔族たちや、不死者狩りを恐れて家の中に隠れていた者たちも集まって来て、旧市街の通りは魔族でビッシリと埋まってしまった。
彼らは、毒を癒した私を『聖魔』だと知り、一目見ようと集まってきたのだ。要するに野次馬ね。魔族たちは私を称えるように「『聖魔』様、万歳!」と合唱しはじめた。
なんか、もう慣れてきたとはいえ、こういうのってホント恥ずかしい。
その私の様子をマルティスはニヤニヤしながら見て、
「よっ、『聖魔』様」
とか云って、冷やかすのだった。
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】巻き込まれたけど私が本物 ~転移したら体がモフモフ化してて、公爵家のペットになりました~
千堂みくま
ファンタジー
異世界に幼なじみと一緒に召喚された17歳の莉乃。なぜか体がペンギンの雛(?)になっており、変な鳥だと城から追い出されてしまう。しかし森の中でイケメン公爵様に拾われ、ペットとして大切に飼われる事になった。公爵家でイケメン兄弟と一緒に暮らしていたが、魔物が減ったり、瘴気が薄くなったりと不思議な事件が次々と起こる。どうやら謎のペンギンもどきには重大な秘密があるようで……? ※恋愛要素あるけど進行はゆっくり目。※ファンタジーなので冒険したりします。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる