聖魔の乙女は運命を転がす~落ちこぼれ回復士の私が救世主になって魔王に愛される理由~

つかさ

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最終章

聖魔と魔王の使い

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「はあ?わざとって何よ。なんでそんなことする必要があるの?」
「テュポーンを倒すためには、せっかくエンゲージした愛しい女とも別れなきゃなんねえ。その女はきっと『私を置いていかないで~』とか『一緒に連れていって~』とか言って、すげえ泣くに決まってるんだ。だったら嫌われて遠ざける方が行きやすいだろ?」
「それ、私のこと言ってるの?」

 私にはマルティスの云いたいことが今一つよくわかっていなかった。

「おまえ以外にどこにいるってんだよ」
「じゃあ、魔王は嘘ついてたって言うの?彼が嘘をついてまで私と別れなきゃいけない理由って何?」
「物わかりの悪いおまえに教えてやるよ。魔王はテュポーンの意識と共にこの世界から去るつもりだったんだよ」
「え…!?この世界から去るって…どこに?」
「神様がどこに帰るのかなんて俺が知るわけねえだろ。ともかくこの世界からテュポーンを連れて出て行くつもりなんだろうよ」

「マルティスさん、それは本当ですか?」

 イヴリスが尋ねるとマルティスは「あくまで俺の予測だがな」と前置きした上で話を続けた。

「魔王には、テュポーンの意識体が殺せないってのが最初からわかってたんだろうな。だから魔獣じゃなくてあんなものをわざわざ呼び出したんだ」

 そんな…!それじゃ、魔王は最初からこの世界を去るつもりでカオスを召喚させたの?
 私に内緒で、勝手にいなくなろうとしてたわけ?
 私が泣くから、わざと嫌われるようなことを云って…?
 何よそれ…!

 なんだか胸がモヤモヤする。
 そんな私の葛藤にも構わず、マルティスは話を続けた。

「本来なら、カオスはテュポーンを倒してその核を取り出したら、役目を終えて消える。召喚士的に言えば、召喚された者は元の世界に戻るってことになるな。その際、カオスはテュポーンの核を持って消えるつもりだったんだ。ところが核であったはずのイドラはおまえが助け出した。そのために、テュポーンの意識を外へ逃がすことになっちまった」
「…そんなこと、予測できなかったんだから、仕方ないじゃない…」
「ああ、そうだ。だけど俺はそこに何かの力を感じるんだよ」
「何かって…?」
「おまえがテュポーンに寄生されちまったことだよ。そのせいで魔王のせっかくの茶番が台無しじゃねえか。おまえも酷いことするよな」
「トワだって、好きでそうなったわけではない。そんな言い方はないだろう。責められるべきは私なのだ」

 イドラが私を庇うように云った。

「そうですよ、トワ様が自分からテュポーンを受け入れるはずないじゃないですか!ひどいですマルティスさん!」

 イヴリスもそう云ってマルティスを責めた。
 だけど、マルティスの云う通り、私には心当たりがある。
 そう、<運命操作>だ。
 私は魔王が私の元へ無事で戻って来て、ずっと一緒に居て欲しいと願った。
 彼が私に黙ってこの世界からいなくなろうとしたのなら、<運命操作>はそれを妨害しようとするはずだ。
 どうして私にテュポーンが入ってきたのか不思議だったけど、これも<運命操作>の輪の中の出来事だったとしたら、納得できる。

「これじゃ魔王も浮かばれないよなあ?団長さんよ」

 マルティスはジュスターを見て、厭味ったらしく云った。
 イドラもそれに倣い、ジュスターに迫った。

「マルティスの言う通りなのか?すべてを知っているのなら話してほしい」
「団長、どうなんです?私も、魔王様があんな風にトワ様を傷つけるなんて、何か理由があるのだろうとは思っていたのです」

 ユリウスもこちらへ歩み寄りながら、ジュスターに向かって尋ねた。

「どうなの?ジュスター、話して」

 ジュスターはふぅ、とため息を漏らし、ようやく重い口を開いた。

「私が甘かったのです。もっと、あなたのことをしっかり守っていればこんなことには…」
「あんたは最初から全部知ってたのか?」

 マルティスは睨むようにジュスターを見て云った。

「…私は反対したんだ」

 ジュスターは、魔王が戻ってきた時のことを話してくれた。


 魔王が戻ったのは、今朝のことだった。
 魔王府の執務室にいたジュスターは、広場が騒がしいことに気づいて外の様子を見ようと席を立った。それはちょうどトワが旧市街の魔族たちを連れて広場に転移してきた時だった。
 トワと入れ違いになったとも知らず、魔王はジュスターの前に姿を現したのだ。
 トワがネックレスごと消えてしまったことを魔王に伝えたジュスターは、さぞや怒りを買うだろうと覚悟していたのだが、意外に冷静な彼の態度に拍子抜けしてしまった。

「…また、あれの仕業か。一体何を考えているのやら」
「トワ様の行方に心当たりはありませんか?」
「カイザードラゴンが一緒なのだろう?ならば放っておけ。その方が都合が良い」
「…都合が良い?」
「どのみち、この作戦の間は眠らせておくつもりだったのだ」

 その後、魔王はテュポーンについて聞きたがった。
 捕縛作戦が成功したと伝令から聞いていたジュスターは、魔王にそう報告した。

「あのデカブツをよくも捕らえたものだな」
「カナンたちは優秀ですから。ですがもう二度と、魔王代理なんてごめんです。おかげで部下をほったらかしにしなければなりませんでしたよ」

 静かに抗議するジュスターに、魔王は少し口ごもりながら云った。

「おまえには感謝している」
「…どうしたんです?やけに素直じゃないですか」
「おまえのおかげで、我の願いは叶った」
「願いが叶った…?…もしや、エンゲージできたんですか?」
「そうだ」

 魔王は微笑んだ。
 ジュスターは微塵も表情を動かさずに魔王を見つめた。

「…それは、良かったですね」

 無表情な上に棒読みでジュスターは云った。

「もっと喜べんのか?」
「…喜んでいますよ」
「我とトワは一心同体となったのだ。ということは、おまえは我の下僕でもあるということだな?」
「…あなたがトワ様のパートナーであるなら、否定はしません」

 ジュスターがそう云った途端、彼の体が強く光った。

「…これは…」
「契約は成った」

 魔王はニヤリと笑った。
 ジュスターはそれがトワの<言霊ことだま>スキルであることをすぐに理解し、魔王が本当にエンゲージに成功したのだと悟った。

「…私をひっかけましたね」
「こうして使ってみると実に便利なスキルだな。見かけもそんなに変わるのか。…面白い」

 魔王はジュスターをじろじろ見て、感心していた。
 彼の云う通り、ジュスターの姿には変化があった。
 輝くような白銀の髪に、その冴えた美貌は変わらず、魔族の特徴であった尖った耳が丸くなり、より人間に近い姿へと変わった。そして、最も特徴的だったのは、彼の背中に収納可能な翼が生えたことだった。これまでは蝙蝠のような、長く飛べない翼があったのだが、それに代わって彼が背中から出して見せたのは、3対の純白の鳥のような大きな翼だった。

「これでおまえはトワの下僕であり、我の下僕にもなった。さしづめおまえは『聖魔と魔王の使い』といったところだな」
「…不本意ですがね」

 魔王はジュスターの瞳を覗き込むように云った。

「ところでおまえ、召喚スキルを持っているだろう?」
「…いいえ」
「とぼけるな。隠しても無駄だ。おまえの出自はわかっている。身元がバレるのを案じて今まで隠していたな?」

 ジュスターは目を逸らし、ムスッと口を結んでいたが、やがて降参したように溜息をついた。

「情報源はカラヴィアですか?」
「我に隠し事などできぬ」
「…言いたくないのなら結構ですが、感じ悪いですよ」
「なぜ隠す?名乗り出てやればよかろうに。マクスウェルが必死で探しているのは知っているだろう」
「面倒くさいことになるのが目に見えているからですよ。イヴリスがどうして家出したか、知っているでしょう?」
「なるほど。繁殖相手を押し付けられるのが嫌なのか」
「当然です。私はトワ様に一生尽くすと決めたんですから」
「…それは聞き捨てならんな」

 魔王がジュスターを睨むと、彼も負けじと睨み返した。

「あなたより私の方が先にあの方と出会ったんです。そこは譲れません」
「何を言っている。我の方が先だぞ。だが、おまえの出方次第では譲ってやらんこともない」
「…何ですって?」

 魔王は、真顔になった。

「…おまえに重要な役目を与える」

 ジュスターは魔王からその役目について聞くと、表情を変えた。

「原初の神を召喚しろですって?」
「そうだ」

 彼が魔王から与えられた新たなスキルは<原初神カオス召神>というものだった。

「しかも、魔王様を依り代にして?あなたはイシュタムという神の一部のはず。他の神の依り代になどなれるものなんですか?」

 ジュスターは半信半疑で尋ねた。
 すると魔王は語りだした。

「我にはこの世界の概念が通用しない。我に関して不可思議なことが多いのはそのせいだ。この身に神が宿れば、我はそれと同化し、この世界に神の現身を出現させる」
「…あなた、本当は何者なんです?」
「自分が何者かなど、知っている者などいるのか?」
「またそうやって誤魔化すんですね」
「おまえだって同じだろう?神を召喚できる存在などこの世界にはいないはずだ」

 ジュスターは魔王の言葉を受け流し、返答しなかった。

「…ともかく、その神を召喚して、テュポーンを倒そうというのですか?」
「だが1つ問題がある。テュポーンの実体を倒せても、奴の意識を滅ぼすことはできない。それがイシュタムの決めたこの世界でのことわりだ。原初の神とてその理を破ることはできん」
「では、太古の神のように、奴を魔界へ追放するのですか?」

 魔王は首を横に振った。

「既に魔界は奴に食い荒らされてしまっていて、もう奴を閉じ込めておくだけの力はない。それに、自我を持った奴は、もはや魔界の神イシュタムの支配から外れてしまった存在だ。コントロールすることはできん」
「…ではどうするんです?」
「単純なことだ。奴の実体から核を取り出し、この世界の理の届かない場所へ追放すればよいだけの話だ」

 その意味を理解したジュスターは、するどい視線を魔王に送った。

「…それが神を召喚する本当の理由ですか…」

 魔王はフッ、と笑った。

「理解したか」
「1つ、確認ですが」

 ジュスターは真顔で魔王を見た。

「先ほどあなたは、原初の神と同化するとおっしゃいましたね。もしかしてあなたも神と共にこの世界から出て行ってしまうんですか?」
「そういうことになるな」
「戻ってこれるんですか?」
「さてな。同化してこの世界を出た後のことなぞ、わかるわけがない」
「<運命操作>を使えば戻ってこれるのでしょう?」
「…さて、原初の神に人のスキルが通用するものかどうかはわからんが、一縷の望みがあるのならそれに賭けてみるのも悪くはない」
「そんな不確かなことでは承服しかねます。あなたがいなくなるのは別に構いませんが、トワ様を泣かせることになるなら協力はできません。それならいっそ、テュポーンなど放置しておけばいい。あの方の涙を見るくらいなら世界などテュポーンにくれてやる」
「物騒なことを言うな。そんなことができないことくらい、わかっているはずだろう」
「自分を犠牲にして、英雄気取りですか?あなたはそれで満足なんですか?」
「…そんなに我を追い詰めるな。おまえは意地が悪いぞ」

 魔王は少し拗ねたように言った。
 それにも構わず、ジュスターは腕組みをして話を続けた。

「召喚された神はどこへ戻るんです?」
「さて。我にもそれはわからぬ。神の世界というものがあるのならば、そこへ戻るのではないか?」
「いい加減な。で、トワ様はどうするんです?」
「…黙って行こうと思っている」
「エンゲージしたまま、置いて行くというんですか?あの方が泣くとわかっていて、なぜそんな酷いことができるんです?」
「…」
「答えろ、魔王!」

 ジュスターは激高して、いつの間にかタメ口になっていた。

「悔しいが、トワ様はあなたを慕っている。あの方を幸せにする責任があなたにはあるんだ。でなければ何のためのエンゲージだ!」

 魔王は真剣な表情のジュスターを見て、フッと笑った。

「何がおかしい?」
「いや、おまえがそれほどまでに我を心配してくれているのかと思ってな」
「ふざけるな。私は怒っているんだ」
「まあ、聞け。…以前、トワが言っていたことがある。自分にできることがあるなら、それを全力でやると。我もそれに倣う。我だけがテュポーンを滅ぼせるのならば、それを実行せねばなるまい。我は魔王として、この世界の調整者としての役目を果たさねばならぬ」

 理路整然と説明されたジュスターは、怒る気を削がれてしまった。

「あなたはどうしてそんなにすました顔でいられる?なぜそんなに冷静なんだ?」
「さあ、なぜかな。不思議と恐れなど感じないのだ。これがエンゲージの効力なのかも知れんな。離れていてもすぐ近くにいるような、そんな温かさを感じる」
「あなたはそれでもいいかもしれんが、トワ様が可哀想だ。きっとたくさん泣くに決まっている」
「…そうだな。それだけが心残りだ」

 ジュスターはため息をついた。

「…もう、何を言っても無駄のようですね」
「ようやく理解したか?」
「理解はしましたが納得はしていませんよ。なんでも勝手に1人で決めるのはあなたの悪い癖です」
「クッ…おまえに説教されるとはな」

 それまでの険悪なムードから一転して、魔王は笑顔を見せた。
 緊張感のないその顔が、ジュスターは気に入らなかった。

「…いつかあなたが戻った時、トワ様を私に譲ってもよいなどと言ったことを後悔しても知りませんよ」
「む?譲ってやるとは言っておらんぞ」
「いや、言った」
「言ってない」
「言いました!どうせいなくなるんだ。あなたにはもう何も言う権利はない」
「…フン、言ってくれるな」
「あなたなんか、こっぴどく嫌われてしまえばいいんだ」
「…なるほど、その手があるか」
「何ですか?」
「いや、何でもない」

 魔王はフッと笑って、何事か思案し始めた。
 今にして思えば、この時ジュスターが云ったことが原因で、トワを余計に悲しませることとなったのだ。

 そして魔王は改めてジュスターに命じた。
 この世界からテュポーンを消滅させるために、原初の神カオスを召喚せよ、と。
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