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プロローグ

Episode1

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「えー、春休みだからといって浮かれずにね、勉学や部活動に励むこと。二年生は最高学年になる自覚をですね、えー、ちゃんと意識して新学期に臨むように。えー、これで平成○○年度修了式を終わります。」

 教頭のテンプレートにのっとった挨拶が終わり、
面倒くさい修了式がやっと終わった。

 帰宅部の奴らは春休みだと浮かれているが、俺はどうせ部活三昧だ……
まぁ、バスケは好きだから良いんだけど。

 ゾロゾロと体育館から教室に戻ろうと、生徒たちが列をなして歩いていく。

 今日は午前中で学校が終わるし、部活も無い。
あいつ誘ってストバスでもしに行くか…。

 午後の予定を考えながら、薄暗い体育館から校舎へ続く渡り廊下に出ると、春の眩しい日差しが降ってきたので、俺は明暗の差に目を細めた。
すると、俺より頭一つ分くらいでかい奴が、
俺に気づいたそぶりを見せて歩み寄ってきた。


「あいー、探したんだけど」
左手に紙袋を提げ、頰を膨らませるこいつは佐川裕人。
何に対しても無気力だが、なんせ体格に恵まれてやがる。
うちの部がオフェンス、ディフェンス共に評判がいいのもこいつが化け物じみたポテンシャルを持っているからだった。

「悪い悪い……ってなんか用でもあったのか?今日は部活無いのに」

「ユニフォームをね、せんぱいに返さなきゃなの」

「まだ返してなかったのかよ…」
最後にこのユニフォームを着たのは1ヶ月前の練習試合だ。
裕人は何事においてもルーズなのだなと、少し呆れる。

「でもなんでそれを俺に言うんだ?」

「なんかさみしーから、藍もついてきて」
裕人は、俺の左手を掴みぐいぐい引っ張っていこうとする。

「はぁ?ガキなのか?お前は」
圧倒的な力の差に愕然としながらも、必死に抗おうとしてみるが暖簾に腕押しだった。

「いーから、いこっ!ね?」
ズルズルと引きずられていく俺を尻目に、引っ張っている張本人の裕人は、ケラケラと悪戯っぽく笑う。まったくもって腹立たしい。こうやっていっつも俺はこいつに流されるんだ……そう、いっつも。





「あ!いたいた、じゅんぺー先輩でしょ?あそこにいるの」
何かを見つけたというように、裕人は遠くの方を指差す。目線を裕人の指の先に向けると、遠くの校舎の影の方に、見覚えのある少し頼りないひょろっとした長身の男が見える。

先輩は誰かと話している。相手の方のブレザーに付いているバッジを見ると、相手はどうやら俺らと同学年のようだった。遠くからでも、楽しく談笑しているわけでは無いことが伺えた。

「なんかおもしろそーだね」

「おい、お前まさか……」
変に興味を持った裕人ほどタチの悪いものはない。反論虚しく、裕人は俺の腕を掴んだまま、あっという間に、先輩達から見えるか否かというギリギリのところまで引っ張っていった。

そして

たしかに聞こえた

「僕、ずっと順平先輩が好きでした」
同学年だが面識もない。
しかし、少しあどけなさが残りつつも、風に揺れる少し長めの前髪からチラチラと窺える端正な顔立ちの少年に、俺はどこか惹かれた。
遠くで聞こえる喧騒などおかまいなしに、辺りは水を打ったような静けさに包まれる。

少年は、ブレザーの端をぎゅっと握って、頰を赤らめながらも真っ直ぐな目で順平先輩を見つめている。

「わーお、まじかー」
流石の裕人も、ただでさえ皆無な語彙力がさらに無くなるほど心底驚いているようだったが、俺は他人事には感じなかった。



 先輩の方はというと、あまり驚いている様子はなく、優しげな微笑を浮かべながらも、どこか飄々とした佇まいだった。

そして、先輩は少年と目を合わせるために少し腰を折った。

「周、ほんまにありがとうな」

告白されて、開口一番に「ありがとう」と返す時の大半は……考えずとも先輩の出す答えは明白だった。

周と呼ばれた少年も、何かを悟ったのか目を伏せる。

すると先輩は少年の頭を優しく撫でながら
「でも、俺はほかに好きな人がおるんよ……やから周とは付き合われへん」
と言った。


「あ、あの…気持ち悪かったですよね。
急に呼び出されて…
男なんかに告白されて…ほんとっ…ごめ…なさっ……」
耐えきれなかったのであろう零れ落ちる涙が、少年の小さな頰を幾度となく伝っていった。

「そんなことないで?
むしろ、男同士でなかなか言いづらいのに、よう頑張って告うてくれたなぁ」
と言って、先輩は小刻みに震える少年の肩にそっと手を置いた。

 しばらく沈黙が流れた。

「もう、行こうぜ」
俺は小声で裕人を誘導した。これ以上ここにいてはいけない気がしたからだ。

「うん、あしたの部活でわたす」
裕人も盗み見たことを申し訳なく感じたのか、素直に応じた。

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