落ちこぼれ勇者の家庭教師

十本スイ

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 どうしてこんなことになったのか……。
 今、アミッツの目の前には、エリート勇者候補のアレリアが立っている。
 あれから彼女の誘いを断れずに、流されるまま外へと出てきていた。そしてその足でともにある場所へとやってきていたのだ。

 ここは実技などで使用するドーム場となっており、周りに観客席も設置されている。ここで日々生徒たちは実戦経験を増やしたり、魔法や実技などの修業を行うのだ。

「――さて、どこからでも好きなふうにかかってきなさいな、キャロディルーナさん」
「えと……何で模擬戦をしなければならないのかな?」
「……あなたはとても努力家です。それは私も存じ上げておりますわ。しかし、あなたが身を置くのは才能の世界なのです。努力だけではどうしても結果が出せない世界にいるのです」
「…………」
「このまま結果の出ない試験を受けて退学要求を受けるより、自らの意志で退学した方が、ずっとマシでしてよ」
「だ、だけどそれと模擬戦がどう繋がるの?」
「こういうものを持っている者が上に行く。それを知らしめるためです。あなたのその強固な意志と努力は、勇者ではなく別のことに活かすべきです。学者や医者。そういう道もあるのではなくて?」

 取り巻きはともかく、アレリアからは本当に自分を思っての言葉だということが伝わってくる。彼女は本当に優しいのだろう。
 ムダなことをし続けて、それに費やした時間に後悔するよりは、さっさと自分に合った道を見つけた方が良いと教えてくれているのだ。

 それは――――確かにありがたい。ありがたいことだけど……。

「…………ごめん」
「諦めることをお決めになりましたか?」
「違う!」
「?」
「諦めないことを、もう決めてるから!」
「…………そうですか。では――」

 刹那、アレリアの身体から溢れ出す魔力。それはさすがに〝Bランク〟と称されるほどの量と質であり、並みの者なら気圧されてしまうだろう。

「勇者の才というものをお見せ致しましょう。好きなように、向かってきなさい」

 とは言われても、いまだにどうしてこんな模擬戦が必要なのか分からない。
 ただアレリアは冗談やからかいなどでこんなことをしているわけではないということだけは分かる。

 互いに見解についての相違はあるが、それでも真剣に向き合ってくれている相手に対して、アミッツもまた応えなければというお人好しの性が出てしまう。

「……分かったよ。アミッツ・キャロディルーナ――揺るがず行くよ!」

 模擬戦だからといって、互いに剣や槍などの武器は持っていない。つまりは純粋な肉体のみの格闘術。そして魔法。
 しかしアミッツには魔法での攻撃方法はない。ということは今まで鍛え上げた肉体を駆使して、アレリアを認めさせる必要がある。

「たあぁぁぁぁぁぁっ!」
「……ただ真っ直ぐ突き進んでいても、それは壁を壊すことなどできませんわ」

 何も考えずにただ突っ込むアミッツに対し、アレリアは一歩身を引くと同時に、その引いた足を軸にしてサッと身体ごとずらして、アミッツが掴もうとした目論見を外した。
 そのまま後ろ首にヒヤリとしたものを感じて、咄嗟にアミッツは身を屈めると、後ろ首があったところをアレリアの鋭い手刀が走る。

 すぐにアミッツは彼女から距離を取った。同時にじんわりを身体から汗が滲み出る。

(あ、危なかったぁ。もう少し遅かったら多分……終わってた)

 それだけ鋭い攻撃だった。

「よく避けられましたね。やはり一般人と比べると少しは身体能力や反応速度は高いようです」

 魔力を込めた手刀を見せつけながら、アレリアは凛とした態度で口を開いた。

「ですが今の攻防で、益々あなたに体術の才がないことも分かりましたわ」
「で、でもちゃんと避けたよ!」
「……そうでしょうか?」

 スッとアレリアの目が鋭くなると、ズキッという痛みが左足から走り、思わずアミッツの膝がガクッと折れた。

「――っ!?」

 どうして、という思いが脳裏を駆け巡る。

「分かりませんでしたか? あの一瞬、私は手刀と下段蹴りをほぼ同時に放っていたのですよ」
「……ど、同時?」
「そうです。より手刀の方に殺気を込めたことで、あなたは手刀だけに意識を奪われ、足元を疎かにしてしまっていたのです」

 ハッとなって左足首周辺を見ると、確かに何かが当たったように腫れてしまっていた。

「魔力を集束させて攻撃の威力を増せば、少し当てるだけでもその程度のダメージにはなります。尤も、それは防御に対してもいえることで、しっかり身体全体をそれなりの魔力で防御しておけば、その程度のダメージすら受けることはなかったでしょう」

 彼女が言いたいのは、その程度の攻撃すら防御できない程度の微弱な魔力量しか持っていないのに、これから先、本当に勇者を目指せると思っているのか、ということだろう。

「だ、だったら――」

 アミッツは目を閉じて、昨日と同じく鍵のある扉へと心の中の自分を向かわせる――が、

「――っ」

 足首の痛みで集中することができない。そうでなくとも、まだ扉を開けて魔力を引っ張り出すことに慣れていないアミッツは、時間がかかってしまう。そんな時間は戦闘では致命的に他ならない。


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