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 マリネが診療所の裏手に設置してくれた転移魔法陣を使って、ある場所へとリントたちは来ていた。
 目の前には美しい緑が広がる広大な森が存在している。

 その手前に、リント、ランテ、リリノール、マリネ、そしてエレファントライナーの子供が揃っていた。ニュウは診療所で利用者が来た時のために残っている。

〝――ねえお兄ちゃん、良かったら名前つけてくれる?〟
「あ? 名前? いいのか、オレが付けて」
〝うん! 付けてほしいんだ! 母さまとは付けてもらう前に離れ離れになっちゃったから〟

 悲しげな顔をする彼の頭をそっと撫でる。

「……分かった。そうだなぁ………………ライフってのはどうだ? 命って意味だぞ」
〝ライフ……ライフかぁ。うん! ありがとぉ! うんと大事にするぅ!〟

 そして、ライフは森に向けて一歩踏み出す。

〝……ボク、精一杯生きるから〟
「ライフ……」
〝だって……母さまとお兄ちゃんに守ってもらった命だからね!〟

 そう言うと、最後に別れの咆哮を上げた後、彼はもう振り返ることなく力強い足取りで森の中へと消えていった。
 たくましい彼ならば、きっと森の中にいる仲間たちにも認めてもらうことができるだろう。

 ただやはりというところか、リント以外の者に心を開くことはなかったということだ。あまり接していた時間もなかったので当然といえば当然だ。
 リントが少し特別なのだろう。

「マリネ先生、転移魔法陣の件、ありがとうございました」
「いいえ~、ですが少し無茶し過ぎですよ~。先生が攻撃を受けた時は心臓が止まっちゃうかと思いましたし~」
「はは、何て言うか、あの子の想いを全部ぶつけてほしかったんですよ。それに最初にあの子の親をビンタしてしまった負い目もあったりなんかして」

 多分あの時は、出産で気が荒くなっていたか、それともすでに卵を産んで必死に餌を探していたかのどちらかだろう。
 医者としてそこを見落としてしまうとは、自分もまだまだだと反省しなければならない。

「でも、あなたも変わった人ですね」
「?」
「たかがモンスターって呼ばれるこの世の中で、わざわざお金を出してまで依頼をされるなんて。前回のクローバーキャトルはともかく、今回のは……自腹じゃないんですか?」

 何故彼女がペットモンスターでもない相手を思いやれるのか、依頼を受けた当初から気にはなっていたのだ。

「そうですね~。……昔、助けてもらったことがあるんですよ~」
「助けて……もらった?」
「はい。その恩返しになればと~」
「……モンスターに、ですか?」
「ふふふ、それは秘密です~」

 誘うような笑みを浮かべたままウィンクを一つ送ってきた。
 どうやらこれ以上は話す気がないようだ。彼女の過去をどうしても知りたいというわけではなかったので、視線を切った。

「……ところで、君らは何でそんなに大人しいのさ?」

 いまだ去って行ったエレファントライナーに向かって手を振っているニュウはともかく、ランテとリリノールは静かなものだった。

「だ、だって……あんな話聞いたし」
「あんな? ……ああ、ニュウが喋ったことか。別に君らが気にすることでもねえだろうに」
「それはそうだけど……ねえ?」
「う、うん。所長さんの人嫌いも当然だよ……ね」

 リリノールも普段の明るさが陰を射している。

「ま、人それぞれいろんなことがあるってこと。勉強になったろ?」
「反論できないのが悔しいわ……。けどマリネ先生が言ったように無茶し過ぎ。あれで死んでしまったら、これから先生に救われるモンスターがいなくなってたところよ?」
「おお、反論できねえのが悔しい」
「ちょっと、セリフ取らないでくれるかしら?」
「悪い悪い。けどま、あれ以上の攻撃なら過去に受けたこともあったからな。ちゃんと仙気で防御力も上げたし、大丈夫だって判断したんだよ。かなり痛いなぁとかは思ったけど」
「それでもみんなの心臓に悪いから今後は止めてよね」
「だったら見なきゃいいだけの話でしょうに」
「ニュウちゃんが心配するでしょうが!」
「……ごもっともで」

 ニュウは、こういうことに慣れているので、半分諦めているようだが。
 だが今回のことに関しては少し無茶し過ぎたのも事実だ。反省すべき点ではある。
 しかしライフが幼いことの自分と重なって、考える前にあんな行動に出ていた。

(まだ自分の中で消化し切れてねえんだろうなぁ)

 それだけ親が殺されたという事実は何よりも重い。
 ライフもこれからその重荷を背負って生きていく。リントは彼の人生に、できるだけの祝福があってほしいと祈ることしかできない。

(――頑張れよ、ライフ)

 最後に心の中でエールを送った。


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