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小色が呼び出されたのは、厨房室の隣にある休憩室。そこで待ち構えていた凛は、「よぉ、来たな」と声をかけてきた。
「え、えと、お疲れ様です!」
とりあえずこういう時の定型文的な挨拶を口にする小色。
対して椅子に座っている凜が、煙草を咥えながらジッと小色を観察するように見てきた。その眼力は得も言われぬ威圧感があり、何もしていないのに緊張感で汗が滲み出てしまう。
「……あ、ちなみにこれタバコじゃねえからな」
突然凜が想像もしていなかった言葉を投げかけてきたので「え?」と思わず声が出た。
見せつけてきた咥えていたタバコ。いや、どうやらシガレットチョコレートらしく、当然火をつけても煙は出ない。しかしタバコを咥えている姿はとても絵になっていて、女性ながらカッコ良いと思ってしまった。
「あ、あの……どうしてわたしは呼ばれたんでしょうか?」
恐る恐る尋ねると、凜がドシッと背もたれに身を委ねて口を開く。
「お前さん、確か春日咲小色って言ったな?」
「は、はい、そうです」
「ん……明日からアタシについて仕事をしな」
「……へ? わ、わたしがですか?」
「ここにお前意外に誰がいるんだよ」
「で、でもわたし、まだこの屋敷へ来て一週間くらいですよ?」
働いているメイドの中でも新参者。厨房に入ってからは、まだ三日ほどである。そんな新人が、いきなり厨房長の傍付きになるのは、普通は有り得ないだろう。
異例の大抜擢は言葉こそ華々しいが、長く働いている者たちからすればよく思われないだろうし、こちらとしても申し訳ない。
「フン、別に長くやってるから偉いってわけでもねえ。アタシはお前さんに傍につけって言った。誰にも文句は言わせねえよ」
「……けど他の人にも悪いですし」
厳しい凛ではあるが、その調理の腕と在り方に憧れているメイドたちは多い。中には姐さんと慕っている者たちもいるくらいだ。その人たちを押しのけて妬みの対象になるのは問題を生みかねない。
小色にとっては、ここで平和的に兄である理九と過ごせればいいと思っている。だから妙なトラブルはできる限り避けていきたいのだ。
「いいから明日からアタシの助手をしろ。それが嫌なら厨房から出ていってもらう」
そんな理不尽なと思ったが、厨房に関しては時乃から全権を任されている凛なので、ここで逆らえば間違いなく追い出されてしまうだろう。そうなれば兄に余計な心配をかけてしまいかねない。
「っ……分かりました」
渋々了承すると、凜は満足気に頷き笑顔を見せる。
「よっしゃよっしゃ! それでいいんだよ! なぁに、心配すんな! アタシがお前さんを立派なコックにしてやっからよ!」
それから小色は、休憩室を後にした。
味村凛……身勝手さは置いておいて、その豪胆ブリな雰囲気は、どこかあの青年の姿と被った。
(日門さん、元気かなぁ)
その優しい顔を思い浮かべたら、また会いたい衝動が膨れ上がる。ダメだダメだと頭を振って気持ちを切り替える。
そのまま自分に与えられた部屋に戻ろうとすると、待ち構えていたかのようにすずねがいた。
「あれ? すずねちゃん?」
「あ、小色ちゃん! その、大丈夫だった?」
何故か不安気な様子のすずね。ああなるほど、突然の呼び出しで何か叱られたのではと考えたのかもしれない。何せ作業中に彼女と話をしていて注意を受けていたから。自分のせいで呼ばれたと勘違いしてもおかしくはない。
「安心して、怒られたとかそういうことじゃないから」
「そ、そう……良かったぁ」
張りつめていたものが緩んだようで、ホッと胸を撫で下ろしたすずねを見て、小色もまた彼女の気遣いに胸温かいものを感じだ。
「あ、だったらどういう理由で呼ばれたの?」
「うん、それだけどね――」
呼び出された理由を話すと、「凄い!」とすずねは喜びの声を上げた。
彼女曰く、凛は自分が認めた者にしか助手は任せないとのこと。プロ中のプロに認められるということは、それだけ輝くものを小色に見出したと同義。だからすずねは興奮している……が、すぐに暗い表情へと戻した。
「でも……ちょっと心配かも」
「心配? 何が?」
「あのね、前にも助手に抜擢された人がいるんだけど、たったの数日でその……逃げ出しちゃったから」
「う、嘘……そ、そんなに厳しいの?」
聞けば、凛は非常に効率を重視する。時間を一切無駄にしたくないし手は抜かない。だからこそ助手には優れた手際が求められる。
凛の調理を常に意識し先を読んで、求められるものをその場に提供する必要がある。今日の皿出しもまたその一つだ。
「調味料のグラム数を図るのも助手の仕事で、少しでも間違ったら凄く叱られてたし」
つまりは凜の指示を寸分違わず実行しなければならないということ。そしてそれには慎重さも必要だし、手早く行うことも求められる。それはきっと気が休まらないだろう。
「だからその……大丈夫かなって思って」
「うぅ……そう言われると自信がなくなってきたよぉ。大体何でわたしなんだろう……」
「多分あの中で一番気遣いができて、視界が広いって思われたんじゃないかな。前に選ばれた人もそんな感じだったし」
「でも、その人逃げたんだよね?」
「う、うん……」
大きな溜息が出てしまう。本当に自分は今後やっていけるのかと。しかし逃げ出せば当然この屋敷では過ごしにくくなる。そうなれば兄にも迷惑をかけてしまうので、引き受けた以上は自分のできる限りのことを尽くすつもりだ。
「あ、あのね! 私はフォローするから! だから一緒にがんばろ!」
「すずねちゃん……うん! ありがと! わたし、精一杯頑張るよ!」
心強い友人を得たお蔭もあって、小色は前向きに歩いて行けそうだと思えた。
「え、えと、お疲れ様です!」
とりあえずこういう時の定型文的な挨拶を口にする小色。
対して椅子に座っている凜が、煙草を咥えながらジッと小色を観察するように見てきた。その眼力は得も言われぬ威圧感があり、何もしていないのに緊張感で汗が滲み出てしまう。
「……あ、ちなみにこれタバコじゃねえからな」
突然凜が想像もしていなかった言葉を投げかけてきたので「え?」と思わず声が出た。
見せつけてきた咥えていたタバコ。いや、どうやらシガレットチョコレートらしく、当然火をつけても煙は出ない。しかしタバコを咥えている姿はとても絵になっていて、女性ながらカッコ良いと思ってしまった。
「あ、あの……どうしてわたしは呼ばれたんでしょうか?」
恐る恐る尋ねると、凜がドシッと背もたれに身を委ねて口を開く。
「お前さん、確か春日咲小色って言ったな?」
「は、はい、そうです」
「ん……明日からアタシについて仕事をしな」
「……へ? わ、わたしがですか?」
「ここにお前意外に誰がいるんだよ」
「で、でもわたし、まだこの屋敷へ来て一週間くらいですよ?」
働いているメイドの中でも新参者。厨房に入ってからは、まだ三日ほどである。そんな新人が、いきなり厨房長の傍付きになるのは、普通は有り得ないだろう。
異例の大抜擢は言葉こそ華々しいが、長く働いている者たちからすればよく思われないだろうし、こちらとしても申し訳ない。
「フン、別に長くやってるから偉いってわけでもねえ。アタシはお前さんに傍につけって言った。誰にも文句は言わせねえよ」
「……けど他の人にも悪いですし」
厳しい凛ではあるが、その調理の腕と在り方に憧れているメイドたちは多い。中には姐さんと慕っている者たちもいるくらいだ。その人たちを押しのけて妬みの対象になるのは問題を生みかねない。
小色にとっては、ここで平和的に兄である理九と過ごせればいいと思っている。だから妙なトラブルはできる限り避けていきたいのだ。
「いいから明日からアタシの助手をしろ。それが嫌なら厨房から出ていってもらう」
そんな理不尽なと思ったが、厨房に関しては時乃から全権を任されている凛なので、ここで逆らえば間違いなく追い出されてしまうだろう。そうなれば兄に余計な心配をかけてしまいかねない。
「っ……分かりました」
渋々了承すると、凜は満足気に頷き笑顔を見せる。
「よっしゃよっしゃ! それでいいんだよ! なぁに、心配すんな! アタシがお前さんを立派なコックにしてやっからよ!」
それから小色は、休憩室を後にした。
味村凛……身勝手さは置いておいて、その豪胆ブリな雰囲気は、どこかあの青年の姿と被った。
(日門さん、元気かなぁ)
その優しい顔を思い浮かべたら、また会いたい衝動が膨れ上がる。ダメだダメだと頭を振って気持ちを切り替える。
そのまま自分に与えられた部屋に戻ろうとすると、待ち構えていたかのようにすずねがいた。
「あれ? すずねちゃん?」
「あ、小色ちゃん! その、大丈夫だった?」
何故か不安気な様子のすずね。ああなるほど、突然の呼び出しで何か叱られたのではと考えたのかもしれない。何せ作業中に彼女と話をしていて注意を受けていたから。自分のせいで呼ばれたと勘違いしてもおかしくはない。
「安心して、怒られたとかそういうことじゃないから」
「そ、そう……良かったぁ」
張りつめていたものが緩んだようで、ホッと胸を撫で下ろしたすずねを見て、小色もまた彼女の気遣いに胸温かいものを感じだ。
「あ、だったらどういう理由で呼ばれたの?」
「うん、それだけどね――」
呼び出された理由を話すと、「凄い!」とすずねは喜びの声を上げた。
彼女曰く、凛は自分が認めた者にしか助手は任せないとのこと。プロ中のプロに認められるということは、それだけ輝くものを小色に見出したと同義。だからすずねは興奮している……が、すぐに暗い表情へと戻した。
「でも……ちょっと心配かも」
「心配? 何が?」
「あのね、前にも助手に抜擢された人がいるんだけど、たったの数日でその……逃げ出しちゃったから」
「う、嘘……そ、そんなに厳しいの?」
聞けば、凛は非常に効率を重視する。時間を一切無駄にしたくないし手は抜かない。だからこそ助手には優れた手際が求められる。
凛の調理を常に意識し先を読んで、求められるものをその場に提供する必要がある。今日の皿出しもまたその一つだ。
「調味料のグラム数を図るのも助手の仕事で、少しでも間違ったら凄く叱られてたし」
つまりは凜の指示を寸分違わず実行しなければならないということ。そしてそれには慎重さも必要だし、手早く行うことも求められる。それはきっと気が休まらないだろう。
「だからその……大丈夫かなって思って」
「うぅ……そう言われると自信がなくなってきたよぉ。大体何でわたしなんだろう……」
「多分あの中で一番気遣いができて、視界が広いって思われたんじゃないかな。前に選ばれた人もそんな感じだったし」
「でも、その人逃げたんだよね?」
「う、うん……」
大きな溜息が出てしまう。本当に自分は今後やっていけるのかと。しかし逃げ出せば当然この屋敷では過ごしにくくなる。そうなれば兄にも迷惑をかけてしまうので、引き受けた以上は自分のできる限りのことを尽くすつもりだ。
「あ、あのね! 私はフォローするから! だから一緒にがんばろ!」
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